世に問う

伊東 真史

現在30代後半から40代前半に位置する世代は、企業や自治体、医療や教育などの現場で組織運営や意思決定を担い、社会を動かす中心的な役割を果たしている。しかし、団塊世代やZ世代のような広く共有された呼称はなく、その特徴や社会的役割を表す言葉も定着していない。この世代は社会人として歩み始めた後にリーマンショックを経験し、その後も東日本大震災、デジタル化の進展、働き方改革、コンプライアンスやガバナンスの強化、コロナ禍、AI革命など、社会や経済の前提が変化し続ける環境のなかで、その都度、適応を求められてきた。こうした経験からか、この世代には理想を語ることよりも、課題を現実的に解決することを重視する傾向が見られる。その意味で、この世代は未来を構想する側ではなく、未来を現実へと転換する側の中心に立っている。若者への期待や高齢化への対応は語られる。一方で、その中間に位置し、実際に組織や社会を動かしている世代は十分に言語化されていない。未来を語る人だけでなく、未来を形にする人々の存在をどう捉えるのか。我々は、この世代をなんと名づけるのか。

総合

赤坂 直樹

生成AIの急速な普及は、知識や情報へのアクセスを容易にし、知識そのものの希少性を低下させつつある。一方、その知識を価値へ転換する人材や現場の重要性は、むしろ高まっている。製造業の人手不足は、AI時代における価値創造の本質を映し出す課題でもある。品質管理、生産技術、設備保全といった製造現場では、経験や判断力に支えられた技能が不可欠であり、AIによる代替は容易ではない。こうした視点に立つと、人手不足は単なる労働力不足ではなく、日本の競争力を支える価値創造人材の不足という構造的な課題として捉えられる。熊本県でのTSMC進出を契機とした半導体産業の集積に見られるように、企業・大学・自治体が連携する地域産業クラスターは、価値創造の拠点として存在感を高めている。AIやデジタル技術の発展により、地方でも専門性を磨きながら世界市場とつながる道が広がっている。日本は何を創る国であり続けるのか。AI時代に求められるのは、技術そのものではなく、人と技術で価値を生み出す視点だ。現場で挑戦を続ける人材を正当に評価し、その活躍を支えることが日本の持続的な競争力の鍵となる。

イノベーション

山西 顕裕

日本企業では近年、イノベーション創出に向けた取り組みが広がっている。世界知的所有権機関(WIPO)の「Global Innovation Index」においても日本の順位は上昇しているが、一方で新規事業の成果創出に課題を抱える企業は少なくない。背景にはいくつかの共通要因がある。第一に、なぜ自社がその事業に取り組むのか、どのような競争優位を発揮できるのかといった「勝ち筋」が明確でないこと。第二に、人材や予算など必要なリソースが十分に投入されず、PoC(実証実験)の段階から先へ進まないケースが多いこと。第三に、顧客や提携先、スタートアップなど社外の知見や経営資源の活用が十分ではないことが挙げられる。新規事業の創出には時間を要し、短期的な成果を求めすぎると取り組みそのものが停滞しかねない。自社の強みを踏まえた事業構想を描き、必要な資源を配分しながら外部との連携を進め、継続的に挑戦を積み重ねることが成果創出の前提条件となる。イノベーション活動が広がる中、その取り組みをいかに事業成果へ結びつけるか。その課題と対応策を整理する。

地域

阿部 浩二

地域経済の縮小や人口減少が進むなか、中堅・中小企業には従来以上に成長戦略の重要性が高まっている。かつて地域社会におけるM&Aは、経営不振企業の救済や事業売却というネガティブなイメージで捉えられていた。しかし近年は、後継者問題への対応として事業と雇用を引き継ぐ「事業承継型M&A」が浸透し、さらに企業成長を目的とした「成長戦略型M&A」へと役割を広げている。成長戦略型M&Aは、自社のビジネスモデルに応じた活用が重要である。地域密着型企業には、近隣の同業や周辺事業との統合による規模拡大を図る「地域内M&A」が有効であり、高い技術力や製品力を持つ企業には、販路や資本を有する企業との連携による「地域外M&A」が有効となる。こうした意思決定を支える手法として有効なのが「シナリオプランニング」である。複数の未来を想定し、自社に必要な経営資源や取るべきアクションを整理することで、必要なタイミングでM&Aを選択肢として判断しやすくなる。成長戦略型M&Aは、企業の発展だけでなく、地域経済の持続的な成長や雇用維持、技術・ブランドの承継にも寄与する重要な経営手法である。

経済

鷺坂 知幸

専門家は、自らの専門分野の常識をどこまで疑えるのだろうか。企業価値評価の実務で広く用いられるDCF法を題材に、事業計画期間終了後の価値である「継続価値」の考え方を見つめ直したい。継続価値の計算では、インフレ率程度の成長を前提としながら、割引率には実質成長も織り込まれており、一見すると異なる成長期待が同時に存在しているようにも見える。この素朴な疑問を出発点に、企業価値をM&Aにおける「譲渡対価」という観点から捉え直し、事業計画期間内の成長は売手が築いた価値として対価に反映される一方、その後の成長は買手が生み出す価値であると考えることで、継続価値に定常状態を置く実務慣行を説明する「対価性理論」を導き出せる。企業価値評価の専門的な論点を掘り下げながら、「実務ではこうするから」「本に書いてあるから」と前提を受け入れるのではなく、「なぜこの方法が正しいのか」という思考法で定義から考える重要性を問いかけたい。AIが既存知識を学習し再現する時代だからこそ、常識を疑い、新たな考え方や実務を生み出そうとする知的好奇心こそが、人間ならではの価値となる。

世に問う

伊東 真史

サブスクリプションは、必要なときに必要なものを利用できる柔軟な仕組みとして急速に浸透し、所有しない暮らしを当たり前にした。住居や自動車、音楽、家電まで月額課金で利用できる社会は、初期費用や維持管理の負担を軽減し、多様な生き方を支えている。一方、その利便性の裏では、資産を持つための蓄えや投資余力が失われ、将来の選択肢が狭まる危険も見え隠れする。さらに社会インフラや保障制度までサブスク化が進めば、生きるために必要なサービスへの支払いが常態化し、利用する者と所有する者の格差は一層拡大しかねない。住宅や土地、インフラ、知的財産、AI基盤など、利用の前提となる資産は必ず誰かが保有している。便利さに身を委ねるあまり、所有し育て守る意識を失えば、経済的な豊かさだけでなく、知的自立や社会の主体性までも手放すことになる。利用の自由を享受しながらも、何を所有し次世代へ引き継ぐのか。その選択は個人の家計にとどまらず、企業や国家の競争力、社会全体の持続可能性にも直結する。利用の快適さと所有の責任、その均衡点を見極めることが、これからのサブスク社会を生き抜く鍵となる。

DTFA Times|一目未来

どのコンテンツを通って育ってきたかで世代が分かると言うと、心当たりがある方も多いのではないだろうか。夏休みの朝を満たしてくれた再放送のアニメ、中学生男子の脳内をそのまま形にしたようなギャグ漫画、夢中になったパンクロック。一方で世代を超えて語り継がれ、誰もがどこかで触れる普遍的なコンテンツも存在する。何が両者を分けるのだろうか。▼題材の魅力、時代に合った表現、愛すべきキャラクター、二次創作を含む豊かな広がり。理由はいくつも考えられる。しかし、その全てを支える土台はファンの弛まぬ愛情なのではないかと思う。▼日本では日々膨大な数のコンテンツが生まれる。しかし、その多くは流れ星のように一時の輝きを放ち、やがて姿を消していく。一方でファンに愛され続けるコンテンツはまるで恒星のようだ。時代が移り変わってもなお光を放ち、新たなファンを惹きつけ続け、ファンコミュニティに育まれながら、やがてクリエイターの手を離れて独自の生命を持つ。▼コンテンツが次々と生まれる時代だからこそ、埋もれてしまう価値ある作品を次世代へ繋ぐ意義は大きい。優れたコンテンツは必ずしも寿命を迎えて消えるのではない。届け方や担い手を失っているだけかもしれない。必要なのは、新たな出会いを生み出す仕組みである。これからはファンコミュニティだけではなく、新たな権利者や事業者もまたコンテンツを未来へ繋ぐ担い手になっていくだろう。私は眠れるコンテンツと新たな担い手との出会いを生み出し、価値あるコンテンツを次世代へ繋ぐ仕組みづくりに貢献していきたい。(パートナー 友永 亮一)

SUNDAY, OCTOBER 18, 2026

デロイトトーマツ|TIMESロゴ

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総合
general

白土 学

AIやアルゴリズムの進展により、企業や個人の意思決定の効率化が進んでいる一方、人的資本や企業文化、ブランドといった無形資産を生み出す土壌が失われつつある。必要な情報や人へ最短距離で到達できる社会では、その合理性の反面、偶発的な出会いや対話、新たな気づきが生まれる機会は減少している。廊下での立ち話や部署を越えた雑談などから生まれるセレンディピティは、新たな発想だけでなく、組織への愛着や企業文化の形成にもつながる。実際に社員寮を人材育成の場として再定義し、自然な交流を促す環境づくりに取り組む企業も現れている。無形資産への投資と企業価値の関係を説明する重要性が高まる中、求められるのは指標の整備だけでなく、接点や対話、創発が価値へ転化する仕組みの把握である。こうした課題への対応策として提唱されるのが「MX(Margin Transformation)」だ。偶発的な接点や対話、創発が生まれる条件を組織に組み込み、無形資産の生成基盤を再設計する考え方である。AIにより模倣可能性が高まる時代、企業価値を左右するのは、文化や関係性、ブランドへの期待といった見えにくい資産をいかに育み、可視化する経営である。

経済
economy

松本 鉄矢

生成AIの進展や地政学リスクの高まりなどを背景に、企業を取り巻く経営環境は大きく変化している。こうした中で資本市場やメディアの関心は成長市場や新規事業に集まりやすいが、実際の経営現場では市場の成熟や人材制約、供給責任などを踏まえながら、どこを伸ばし、どこを守るかという現実的な判断が行われている。中国企業が規模の競争で優位性を持ち、米国企業が先端デジタル分野を先導する中、日本企業が全ての分野で同じ勝ち方を目指すことは容易ではない。むしろ重要なのは、素材や部材、装置、品質保証などの領域で代替不可能な地位を築き、「なくてはならない存在」として価値を発揮することである。高い品質や安定供給、長年培われた知見による競争優位は、派手な成長率には表れにくいものの、持続的な収益と企業価値を支える重要な基盤である。成長を追うだけではなく、生き残る力を磨くこと。そして市場もまた、その力を正当に評価すること。変化の時代の日本企業に求められているのは、成長一辺倒の発想を超え、「なくなったら困る存在」が報われる新たな競争観ではないだろうか。

社会
society

手計 徹也

2026年7月、「飛鳥・藤原の宮都」が世界遺産に登録された。評価されたのは、中国大陸や朝鮮半島との交流を背景に、日本の古代国家形成の過程を示す遺跡群としての価値である。しかし世界遺産登録はゴールではなく、新たな出発点である。政府は地域未来戦略や観光政策を通じて文化資源の活用を地域成長につなげようとしており、2030年には訪日外国人旅行者数6,000万人を目指している。一方、来訪者増加は交通混雑や景観への負荷、住民生活への影響といった課題も生む。世界遺産の価値を守るには、保存と活用を対立ではなく循環として捉え、その成果を価値保全へ還元する視点が欠かせない。その実現には、文化財保護や住民合意を担う行政と、体験設計や情報発信、資金調達を担う民間との連携が重要となる。事業者は長期価値を見据え、行政は価値向上の支え方を考える。その積み重ねが、公共性と事業性の両立を可能にする。遺産を守るとは遺産だけでなく、景観や地域の日常を未来へ受け継ぐことでもある。飛鳥・藤原の宮都の登録は、日本の文化資産をどう生かし、官民でどう支えていくのかを問いかけている。

イノベーション
innovation

斎藤 祐馬

「スタートアップ支援の終わり」とは、支援をやめることではない。起業家や企業の数を増やす段階を終え、スタートアップを起点に新たな産業と市場を創る段階へ進むことを意味する。この10年で日本のスタートアップエコシステムは大きく広がった。しかし、支援件数やイベント参加者数、実証実験数といった活動量を追うだけでは足りない。重要なのは、スタートアップを社会課題解決と産業創出の手段として位置付けることだ。世界のイノベーション拠点が目指してきたのは、企業数の拡大ではなく、大学、研究機関、大企業、投資家、人材などを結び付け、世界をリードする産業を形成することである。日本も優れた研究成果や技術、人材、大企業基盤を持つが、それらの「点」がつながらず、産業という「面」になっていない。求められるのは、研究開発から市場形成、量産、海外展開までを見据えた産業形成の視点だ。これから問われるのは、起業数や投資額ではなく、どの産業を生み、どの市場を獲得し、どの社会課題を解決したかである。終わるのは支援ではなく、支援で完結する発想だ。始まるのはスタートアップによる産業創造の時代である。

地域
local

伊東 真史

地方創生は長年にわたり日本の重要な政策課題とされ、移住促進や観光振興、スタートアップ支援など多様な取り組みが全国で進められてきた。一方で、成功事例やノウハウの共有が進むほど自治体の施策は似通い、限られた人口や企業、観光客を奪い合う競争が生じやすくなっている。人口減少が進む中で、すべての自治体が同じ目標を追い続けるだけでは、日本全体としての最適化にはつながらない。そこで重要になるのが、日本全体の成長戦略の中で各地域の役割を捉え直す視点である。AI、半導体、エネルギー、防災、医療、農業などの成長分野は地域を実装の現場としており、それぞれが異なる機能を担う余地がある。地方は支援される対象ではなく、成長産業の実装主体となり得る。地方創生とは、すべての地域が同じ成功モデルを追うことではなく、日本全体の中で担うべき機能を再定義することである。その実現には、中央から地域への支援だけでなく、地域同士が学び合い連携する視点も欠かせない。地方創生を自治体間の競争から、国家戦略の中で地域ごとの役割を生かす取り組みへと転換していくことが求められている。

DTFA Times