B.革新におけるリーグレギュレーション変更に向けて、Bリーグおよび各クラブに一段高いレイヤーでの運営が求められる状況となっています。さらにより高いレイヤーでの経営を目指すという意味において、近年注目されているスポーツESG経営という観点は避けては通れないものとなっています。今回は、BリーグにおけるスポーツESG経営の現在地について考察したいと思います。
※当記事はBリーグ マネジメントカップ2023調査レポートに掲載した内容を一部改訂して転載しています。目次
Bリーグとしてのキーワードは社会性とB.HOPE
Bリーグとしては、2026-27年シーズンから開始するB.革新にて、新たな基準での各クラブの審査を予定しています。B.LEAGUE PREMIERの審査基準は既に公開されている通り、①平均入場者数4,000名以上、②売上12億円以上、③新設アリーナ基準の充足などとなっていて、これはBリーグとして目指す姿から必要な経営規模を逆算して設定されています。言い換えると、「バスケで日本を元気に!」を実現するため、また、クラブがステークホルダーや地域の方々を幸せにできる存在となるためには、クラブが今以上に経営力をつけ、長期的視野で成長のための投資を行うことができる環境を作ることが不可欠であると考えられます。
図表1の通り、Bリーグは経営・強化・社会性を重要指標として掲げていますが、その中でも本コラムでは「社会性」に焦点を当ててみたいと思います。なぜなら、クラブが地域課題解決や地域活性に貢献できる存在となることは、中長期的な視点で非常に重要となるものの、まだまだリーグ・クラブとしてもアクションが必要な領域であると感じるからです。
社会性という観点では、Bリーグは「B.HOPE」という活動を主導しています。図表2のように、Off-Court 3Point Challengeをコンセプトとして、「PEOPLE(人類)」「PEACE(平和)」「PLANET(地球)」という3つの領域で、クラブ・選手・ファン・地域・パートナー企業の方々を巻き込んでともにSDGsの実現を目指しています。ただ、各クラブの取り組み事例を集約する枠組みはあるものの、欧州のように「温室効果ガス(GHG)排出量」「資源」「社会的責任」といったカテゴリーごとのサステナビリティ方針の定義や、定期的な評価・報告は行われていない状況であると思われます。
ESG経営の中で収益源となる要素はEから
JリーグでもB.HOPEと類似した活動として「シャレン!Jリーグ社会連携」がありますが、加えて、2021年6月に環境省と連携協定を締結し、気候変動の問題の解決に向けたアクションに取り組んでいます。2023年7月には、環境省×Jリーグ連携協定締結2周年記念イベントを開催し、NTTグループ・明治安田生命保険相互会社・丸紅新電力株式会社と、気候アクションに特化した「Jリーグ気候アクションパートナー」契約の締結を発表しました。ESGの中でも、環境(E)への取り組みは最重要な社会的課題であるだけでなく、収益性とも両立する要素として期待されています。
Bリーグでは、リーグが主導して気候変動に対して取り組む活動は確認できませんが、B.HOPEにおける「PLANET(地球)」の領域で、プラスチックゴミを減らしていく働きかけを行うことを検討しているようです。一方で、各クラブでは気候変動についての取り組みが進められていて、その活動は大きく2種類のアプローチに大別することができます。
各クラブのESG経営(E:気候変動など)におけるアプローチの類型
1つ目のアプローチの類型としては、A東京、名古屋D、群馬など、運営会社に一部上場の大企業が資本参画している都市圏のクラブの取り組みです。UNFCCC「スポーツを通じた気候行動枠組み(Sports for Climate Action Framework)」に署名しており、ホームゲームのCO2排出量を可視化してオフセットを達成していることが公表されています。さらには、欧州の開示基準などにも準拠する必要性が出てくるため、運営会社の社会的な責務としても気候変動について対応に迫られています。
もう1つのアプローチの類型は、佐賀・秋田・信州など、ホームタウンに支えられているクラブの取り組みであり、運営会社にも大企業の参画が確認できないケースのものです。これらのクラブは、いずれも地域に根差す形で、アカデミアや自治体、地域の企業を巻き込みつつ、それぞれの形で社会貢献の活動を行っています。いきなり全ての自治体ができるわけではなく、体力のある自治体がロールモデルとなり、横展開していく流れが主流になるものと思われます。
中でも、独自の社会貢献のモデル構築(以下、佐賀モデル)を目指している佐賀バルーナーズ(以下、佐賀B)の事例は興味深いものとなっています。2023年10月に九州大学・都市研究センターとのESG経営に関する包括的な取り組みとして連携することを発表していて、クラブが地域の大学と協業して取り組みを主導し、地域創生の起因となる好事例です。
佐賀Bは、2022-23年シーズンでB2リーグを制し、B1リーグに昇格しています。最終戦では同じくB1に昇格した長崎と「SAGAアリーナ」で7,500人を超えるファン・ブースターとともに熱戦を演じたのは記憶に新しいところです。B.LEAGUE PREMIER基準を満たしている新アリーナとともにB1で迎える2023-24年シーズンを契機として、2026年からスタートするB.LEAGUE PREMIERへの参入、そして世界に誇れるクラブを目指すというクラブビジョンを描いています。B.LEAGUE PREMIER参入に向けた最大の課題は、中長期的な入場者数の確保であり、そのために佐賀モデルは不可欠なものであると佐賀Bの田畠寿太郎社長は語っています。
佐賀モデルを理解するには、佐賀県とスポーツの関係についても理解しておく必要があります。佐賀県では、2018年にSAGAスポーツピラミッド構想(図表4)がスタートし、その実現のための重点的な分野として、スポーツを「稼げる産業」と捉えた「スポーツビジネスによる新たな価値の創造」が挙げられています。佐賀BのB1昇格に加えて、バレーボール・Vリーグの久光スプリングスの練習拠点の佐賀移転、全国トップレベルのクライミング施設の完成、国民スポーツ大会「SAGA2024」の開催など、中長期的な構想にスポーツビジネスが沸き上がっています。
スポーツを成長産業と位置付ける佐賀県において、佐賀Bは、令和5年度 スポーツ産業の成長促進事業「スポーツオープンイノベーション推進事業(地域版SOIPの先進事例形成)」の参加スポーツクラブとして、地域経済に貢献するクラブの日常化、地域に寄り添うファンエンゲージメント創出をテーマとし、共創アイデアを募りました。つまり、佐賀モデルの目指すところとして、プロスポーツを最上位概念とし、その概念の下で、「共に稼ぐ」を、県内企業(中小零細~大手)、九州地域の企業、大都市の大手企業へ拡大、実現していくことを目指しているということです。Integrityを追求するスポーツビジネスだからこそ、長期目線でESG/CSVを捉え、地道に、確実に進めていくことが重要であるという哲学が根底にあると思われます。
上記の背景を読み解くと、クラブが、九州大学・都市研究センターとのESG経営に関する包括的な取り組みから着手した狙いが理解できます。ホームゲームに起因するCO2排出量の計測と可視化を行うだけではなく、CO2排出量の削減に向けた、佐賀県内および県外事業者との連携拡大により、地域特性を活かした、地域社会に経済的な好循環をもたらすような地産のカーボンクレジットの創出に意欲的に取り組むことを目指しています。さらには、スポーツが地域の旗印となり、「どう地域経済の強化に貢献したか」、「その一部をクラブに還元してもらった結果、地域のwell-beingはどう上がったのか」を数値化して、継続的にモニタリングすることも目指しています。これらは、いずれも手間も時間もかかることですが、世界的なアカデミアが集う九州大学・都市研究センターとの連携により実現できる可能性は高いと思われます。
今後の指標・スポーツビジネスへの横展開
ESGの中でもE(環境)への取り組みが注目される中、社会的側面(S)とガバナンス(G)への着眼も欠かせません。国際的な報告基準の発展に伴い、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)および自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の枠組みをはじめとした既存のサステナビリティ開示基準の動きに続き、不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース(TISFD)も社会的不平等とその財務への影響に焦点を当てて進展しています。潮流としては、法的拘束力のないソフトローだったものが、法的拘束力のあるハードロー化してきているというのが実態です。このような状況において、企業は、環境・社会面の情報開示をしっかり行わないとサプライヤーなどとの取引を停止されてしまうといった事例が実際に生じ始めています。スポーツ業界に当てはめると、ユニフォームやグッズが作られるまでのサプライチェーンを遡って、全ての労働環境を開示して評価される時代が遠くないのかもしれません。S(社会的側面)とG(ガバナンス)の要素をいかにコストとしてではなく事業投資として効果的に組み込むかが、企業においても、スポーツ産業の成長においても重要であると考えられます。
今回のコラムを通じて、Bリーグが現時点で主導的にESG経営における枠組みを各クラブに示していない中で、大資本の企業がバックにある都市圏のクラブと、地方創生の旗印となるクラブでは、クラブ経営の中でESG経営への取り組みのスタイルに違いがあることが見えてきました。佐賀Bのように「地方創生の旗印となるクラブ」としての動き方や目指すところを今回紹介することで、それに続くクラブが現れるきっかけのひとつとなり、Bリーグ全体や、クラブのある地域の活性化につながっていくことを期待しています。
本分析がその一助となれば幸いです。