第5回 企業活動を温室効果ガス排出量データに置き換える――脱炭素経営に必要なデータ開示の視点
脱炭素経営というとESGやサステナビリティの領域という印象が強いですが、データビジネスとしても注目の領域です。温室効果ガス排出量削減のためにはあらゆる企業活動をデータで把握・管理する必要があり、またその取引先の活動もデータで管理されている必要が出てきているため、各企業が足並みを揃えてデータ化に対応していくことが求められています。今回は、Persefoni Japan合同会社(以下、パーセフォニ)でアカウントディレクターを務める蔵品利浩氏から、温室効果ガス排出量削減の必要性、データが持つ意味、日本企業が行っていくべき活動などについて話を伺いました。(聞き手:編集部 毛利)
目次
蔵品 利浩氏
Persefoni Japan合同会社
アカウントディレクター
2021年にパーセフォニに参画。日本市場に向けた戦略立案・実行を担当。これまで、Amazonの広告事業部では100社以上の顧客の売上拡大に貢献し年間最優秀セールスを受賞。その後Johnson & JohnsonにおいてEコマースとデジタルトランスフォーメーションのマネージャーを歴任しオンラインセールスの伸長やマーケットにおけるプレゼンスの向上に寄与。直前のマーケティング系クラウドサービスを提供するSprinklrではカスタマーサクセス部門の体制強化と顧客満足度の改善を実現し、IPOも経験。
温室効果ガス排出量算定・管理は、もはや企業の義務となりつつある
――パーセフォニはどのような活動をされていますか。
当社は、2020年にアメリカで創業したスタートアップ企業で、企業を含む組織の温室効果ガス排出量を、グローバルスタンダードに従って算定を行うクラウドサービスを提供しています。またシステム提供だけでなくそこから先、どのように脱炭素化を進めていくのかなど、気候変動に関連して様々な支援もしています。
アメリカでは、雑誌『TIME』による「Top GreenTech Company 100」にも選出されるなど、リーディングカンパニーとして評価いただいております。元環境省事務次官でサステナビリティに関する重要政策推進の実績を持つ中井徳太郎氏、イギリスの非政府組織「CDP」共同創設者兼会長であるポール ディキンソン氏、オックスフォード大学のロバート エクルズ教授など世界の有識者にアドバイザーとして参画いただき、世界基準での製品開発、情報開示規制などに対するアドバイスを得ています。
――デロイト トーマツ グループとも協業していますね。
先日、協業を発表しておりますが、デロイト トーマツが有しているサステナビリティ領域における戦略策定および業務改革に関する知見および実績に、パーセフォニプラットフォームの炭素会計領域における強みを融合することで、企業のGHG排出量管理の効率化・高度化に向けた戦略の策定からシステム化・実行までを総合的に支援できると考えています。
――近年、企業における温室効果ガス(GHG)排出量の管理に注目が集まっています。その要因はどこにあるのでしょう。
GHGは、世界経済の中ですでに損失を発生させています。例えば、1998〜2017年の20年間に、人為的に引き起こされた気候変動によって発生した自然災害による経済損失は250兆円との研究結果も出ています。今後も世界的に経済成長を続けていこうとしている中で、それを阻害する大きな要因となっているのです。
GHG排出の影響を受けての気候変動は、コーヒーの2050年問題(*1)やビーチリゾートが海に沈むことなど、自然環境の損失を予測させ、それは広範にビジネス、あるいは人の生活を脅かすことにつながります。だからこそ、世界でGHG排出量の削減が叫ばれ、GHG排出量の管理は「実施しなければならないこと」と認識されてきているのです。
*1:コーヒー市場のメインを占めるアラビカ種の流通量が、2050年までに半減する可能性を示す問題
――世界、あるいは日本での具体的な動きとして、どのようなものがありますか。
国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に基づく気候変動に関する国際会議も毎年開催されていますし、関連するイニシアチブも様々あります。そういった取り組みの中でGHGプロトコルが策定され、GHG排出量開示のグローバルルールも整備されつつあります。日本でも東京証券取引所が、コーポレートガバナンス・コードの中でTCFD(*2)相当の情報開示を求めています。この中には大きくガバナンス、リスク、戦略、指標と目標といった項目がありますが、指標と目標のうちにGHG排出量管理が含まれています。GHGの多くが経済活動に伴って排出されているため、開示項目として組み込まれています。
有価証券報告書にもサステナビリティに関する項目が設けられ、世界標準に基づいた開示項目の整備が進んでいます。今後は、排出量の少ないとみられている企業であっても一律に対応が求められるようになる見込みです。
*2:気候関連財務情報開示タスクフォース。企業の気候変動への取り組み、あるいはその影響に関する財務情報開示のための枠組み
サプライヤーまで含めてGHG排出量をデータ化し、投資を誘う
――GHG排出量管理のメリットはどこにありますか。
先に述べた通りメリットというよりも、投資を受ける企業として実施は不可欠という環境が生まれつつあります。欧州では取引契約書内に「GHG排出量」に関する項目が組み込まれているケースが増えていますし、関連する規制も次々に施行されています。大企業になるほどグローバル化していますから、その項目を満たすことは必須になりますし、中小企業であってもそのルールに準拠しなければならないプレッシャーが高まっていくと思います。そのため、今後はサプライヤーとなる中小企業もGHG排出量算定を実施してデータ化、その結果を取引先企業と共有するデータ連携がより活発化していくものと予測されます。対応できないと、取引先として選ばれない存在になってしまうリスクすら顕在化しています。こういったリアルな影響は、自社の企業活動を確実にデータ化していく取り組みをスタートさせる、大きなきっかけになり得ると考えます。
――今後、日本企業はどのように対応していくべきでしょう。
製造、物流はわかりやすいですが、あらゆるシーンでGHGは排出されています。しかしその量は目に見えないため、ある経済活動を行うことでどれだけのGHGが排出されるかを示すデータベースが存在します。これを活用すれば、GHG排出量の計算を行うことができます。
ちなみに、冒頭に述べたGHGプロトコル(GHG排出量の算定・報告を実施する際に用いられる国際基準)ではスコープ1〜3という枠組みが定められています。そのうちのスコープ3は、企業自体だけでなく、関連するサプライチェーンのGHG排出量を示しています。例えば自動車メーカーであれば、原料・資材の調達から製造販売後、エンドユーザーが自動車を使うことや最終的に廃棄する際に排出するGHG量までを対象として計算していくことになります。また、今後は第三者保証を経てデータの正確性を担保し、情報開示することの義務化が検討されています。その意味では、今回締結された弊社とデロイト トーマツの協業も生きてくると考えられます。
さらにいえば、世界で5,000以上の投資機関が署名しているPRI(責任投資原則)でも、投資の意思決定などにおいてESG課題(環境、社会、企業統治)の考慮が求められているのもポイントです。投資をするならGHG排出量を管理し、削減していくことを意識している企業を対象とするよう促していますから、積極的にしっかり対応することが投資家を引き寄せることにもつながっていくことになります。それが他社との差別化となり、自社のビジネスをドライブさせる要素にもなり得ると思います。
企業だけでなく、「人」の意識そのものが変化していくとの予測
――企業におけるGHG排出量管理だけでは、脱炭素化は進まないと考えます。とはいえ、一般消費者がGHG排出量を知るのは困難ではないでしょうか。
実は意識して見ると、GHG排出量を開示しているシーンはよくあります。例えば航空チケットを購入する際、フライト時間や価格とともに、GHG排出量が明示されるようになってきています。タクシーサービスのアプリでも利用履歴を見れば、「環境指標」などの名称で公開されているのです。この動きは、いずれ一般化されていくのではないでしょうか。ということは、今後消費者が何かを選択する場合GHG排出量も意識して判断を行うようになり、同じ価格であれば「より地球に優しい」選択肢を取るというように、消費者の意識、行動も変化していくと考えられます。
――GHG排出量管理の問題は企業に任せるものではなく、一般消費者も参加しての実践が求められるということですね。
例えていうなら、地球のヘルスチェックです。私たちが自分の健康を気遣って食事を考えたり、運動をしたりするのと同じようなものです。自分の健康、企業の健康、そして地球の健康を考えるという意識を持って生活する、この流れに沿って「人」は変化していくと予測されます。短期間で大きな変化は生じないかもしれませんが、意識を変え、継続的に取り組んでいくことで最終的にカーボンニュートラルという目標が達成されるのではないでしょうか。