スタートアップが描く新時代モビリティの未来像
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
DTFAインスティテュート
小林 明子
コネクテッドカー、自動運転車、MaaS、EVなどがモビリティに欠かせないキーワードとなりました。CASEと呼ばれる世界的な潮流、日本の人口減少に伴う社会課題などを背景に、モビリティ革命ともいえる変化が生まれています。新しく形成された市場にはスタートアップの参入も相次いでいます。次世代のモビリティは私たちの社会や生活を大きく変える可能性を持っており、スタートアップがもたらすイノベーションへの期待が高まります。次世代のモビリティに挑むスタートアップを紹介します。
目次
100年に1度の大変革期を迎えた世界のモビリティ業界
モビリティの未来像を示すキーワードが「CASE」です。CASEは、モビリティに100年に1度の大変革をもたらすといわれ、世界中で新たな動きが進んでいます。
CASEとは、Connected(コネクテッド)、Autonomous/Automated(自動運転)、Shared&Service(シェアリング)、Electric(電動化)の4領域を指します。Connectedとはインターネットなどの通信で外界とつながることです。Autonomous/Automatedについては、日本でも2023年4月施行の道路交通法改正によりレベル4(システムが完全に運転制御を行い人の運転者の存在を前提としない)が解禁されるなど、自動運転の事業化が加速しています。Shared&Serviceは、カーシェアやライドシェア、MaaS(Mobility as a Service)などを含みます。Electricは、環境負荷軽減を主目的としたEV化が進んでいます。
他方で、昨今世界でEVシフトが鈍化している動向には注視する必要があるでしょう。EUは、2035年に内燃機関車(ガソリン車)の新車販売を禁止するとした方針を転換したほか、ドイツでの補助金支給停止、英国でのガソリン車・ディーゼル車の新車発売禁止延期といった動きがみられます。また、台頭する中国のEV車について欧州が不正補助金調査を行い、米国が関税を100%に引き上げるなど対抗姿勢が顕在化しています。このような中、従来型の高価なEVではなく、超小型EV車、マイクロモビリティ、ロボットカーなど新型モビリティが登場し、スタートアップも参入しています。
日本の社会課題解決に向けたイノベーションに期待
日本は少子高齢化にまつわる独自の課題も抱えています。公共交通のドライバー不足は社会問題化しており、都市部でも路線バスを維持するのが困難になっています。高齢化と過疎化が進む地方では一層深刻で、買い物弱者になる高齢者の増加などが懸念されます。
昨今注目されるのはライドシェアの解禁です。2024年4月から、タクシー会社の運行管理のもと、特定の地域や時間帯という制限付きで、一般ドライバーが自家用車で顧客を運ぶサービス提供が認められました。海外で普及しているライドシェアとは差異があり「日本版ライドシェア」と称されます。現在、制限の緩和やタクシー会社以外の参入について議論が進められています。
今後、モビリティはテクノロジーやビジネスモデルの大きな変化が見込まれ、5年後、10年後には、環境性・利便性・経済性を兼ね備えたモビリティが社会や生活をより豊かで便利に変えている可能性があります。スタートアップがもたらすイノベーションに注目し、デロイト トーマツ ベンチャーサポートが開催するピッチイベントMorning Pitchに登壇した注目企業をご紹介します。
eMoBi:電動トゥクトゥクが社会を変える
後藤 詩門氏
株式会社eMoBi
取締役
岐阜県岐阜市出身。慶應義塾大学商学部1年生から3社の長期インターンに参加。移動課題やモビリティに関心があり、3年生の2020年12月に起業家コミュニティの友人と共同でeMoBiを創業。
鎌倉や沖縄でトゥクトゥク(三輪車自動車)が走っているのを見たことがある人もいるでしょう。株式会社eMoBiは、電動トゥクトゥクのレンタルサービスEmobi(エモビ)を提供し、車両の委託製造や管理まで手掛けるスタートアップです。代表の石川達基氏、取締役の後藤詩門氏と日高将景氏が2020年12月に設立しました。3人とも大学在学中に起業した学生起業家です。
旅行好きなメンバーはタイでトゥクトゥクに出会ったそうですが、後藤氏は必ずしもそれがアイデアの元ではないと言います。「創業メンバーは地方出身でモビリティに関心があり、地域の交通課題を解決したいという思いを持つという共通点がありました。私たちは交通の課題や環境問題を考えたとき、電動小型モビリティこそが持続可能な移動手段だと確信しています。そこで電動トゥクトゥクに着眼しました」と語ります。
Emobiの車両はコンパクトな3人乗りで、普通自動車免許で運転できます。ビジネス面でのマネタイズのしやすさ、車両が開放感のある作りで操作性が良く観光利用に適していることから、観光地をターゲットに事業化し、離島(小豆島など)、リゾート地(沖縄など)、都市(鎌倉・東京)、ホテルと、エリアや提携先を拡大しています。InstagramやTikTokでのPRが奏功してZ世代の利用が多く、「楽しい」「面白そう」という口コミ効果でカップルや女子旅での利用が増えているそうです。
社会に不可欠なモビリティへの進化を目指す
今後の事業展開として、後藤氏は「観光客に珍しがられているだけでは広がりに限界が出るでしょう。ピクニックセット貸し出し、車内備え付けのタブレット端末を使った観光地のレコメンドやコンテンツ配信、店舗との提携による利用者限定のお得なサービス提供など、移動手段だけではない付加価値の提供を進めていきます。電動キックボードとも違って長時間、複数人で乗るという特徴を活かしたい」と言います。また、「観光だけがターゲットではありません。大学や工場などの最寄り駅から遠く、移動需要があるユースケースなどでも活用していきたい」と力を込めました。
ハード面も進化させ、デジタル化やコネクテッド化、メンテナンスの簡易化などは欠かせないと考えています。さらに、東京大学の瀬川研究室と共同で、高性能太陽電池を屋根に設置し、発電しながら走行する究極のエコ車両の実験も行っています。最小限の環境負担で、或いはインフラが未整備の場所であっても、自由に移動できるモビリティ。国内外で、電動小型モビリティを利用するのが当たり前の社会を実現するのが、eMoBiが目指す未来です。
NearMe:「シェア乗り」のテクノロジーで交通課題を解決する
髙原 幸一郎氏
株式会社NearMe
CEO
シカゴ大学経営大学院卒。2001年SAPジャパンへ新卒入社。2012年楽天に入社。物流事業の新規立ち上げ、日用品EC事業の責任者、米・仏グループ会社の取締役やCEOなどを歴任。日本には豊富な地域資源があるのに「もったいない」ことが多く、今後は日本の地域活性化に貢献したいという思いで日本に帰国。地域課題でも特に深刻なドアツードアの移動問題に取り組むため2017年にNearMeを創業。
株式会社NearMeは代表の髙原幸一郎氏が2017年に創業しました。代表的なサービスは、自宅やホテルと空港をドアtoドアで結ぶコストパフォーマンスの良いシェア乗り送迎サービス「NearMe(ニアミー)」です。2024年6月現在、全国16空港に対応しています。同社はルート最適化やマッチングの仕組みやアプリを提供し、運行は地元のタクシー会社などが行います。
創業のきっかけは会社員時代の経験でした。「東京出身で自然豊かな郊外に憧れがあり、当時の自宅は最寄り駅からバスで15分でした。仕事が忙しいと週に何度も終バスに乗り遅れる。タクシー乗り場は大行列で、雨だと最悪、雪が降ろうものなら絶望的です。同じ方面に行く人がいても1人1台。このペインを解決したかったのが原点です」と言います。
創業当初は個人間のマッチングアプリでしたが、2021年11月に政府がタクシーの相乗りを承認したため、運行会社向けのビジネスを開始しました。相乗りサービスにとって、大勢の利用者が共通の目的地に向かう空港送迎は事業拡大のチャンスになりました。
NearMeの特長は、社会実装の豊富な経験から得た自由度の高いサービスデザインです。車両タイプ(タクシー・シャトル・バスなど)やインタフェース(アプリ・LINE・Webなど)を選ばず、多様な利用シナリオに対応可能です。観光地周遊やゴルフ場送迎などサービスの拡大を進めています。
ライドシェアでは「ライドプーリング」を重視
昨今注目度が高まるライドシェアですが、髙原氏は「ライドシェアには、車を呼ぶ配車サービス『ライドヘイリング』と、1台の車に複数組が相乗りする『ライドプーリング』という2種類の考え方があります。日本版ライドシェアとして議論になっているのは主に一般ドライバーによるライドヘイリングですが、私たちはライドプーリング、つまり“シェア乗り”を重視しています」と説明します。
ドライバー不足が深刻化し、CO2削減が喫緊の課題となっている中で、モビリティの質、つまり効率性を高めることは欠かせないでしょう。シェア乗りの空港シャトルは1人で乗るタクシーの6倍の輸送量を創出します。
課題先進国日本発、シェア乗りを未来の交通につなげる
髙原氏は留学など海外経験が豊富ですが、海外のライドシェアに追随するつもりはないといいます。「欧米を筆頭にライドシェアプラットフォーマーの方向性は『ライドヘイリング』が主流になっていますが、人口減少対策と環境対応を両立させつつ新たな公共交通を構築しなくてはならない、世界の中でも交通課題先進国である日本こそが将来のモビリティとして『ライドプーリング』がその方向性の1つであることを示したい」と指摘します。
同氏は創業当時から日本の地方の問題を重視しており、モビリティを通じて地域課題に関与していきたいと言います。路線バスの減便や廃止、高齢者の移動困難などに対して、相乗りのマッチングは有効なテクノロジーになり得ます。現役世代の通勤や買い物も、1人1台の自家用車ではなくシェア乗りを使えば、個人にとっては経済的負担の減少、社会にとっては渋滞の緩和や環境負荷の軽減が実現します。
「モビリティは、自動運転技術が実現しサービス化が進展し、いずれ低コストの社会インフラになるでしょう。ユーザは手段を気にせず自由に行きたい場所に行けるのです」と構想します。望む未来につなげるために今すべきこととして、シェア乗りというビジョンと価値を広めていく考えです。「モビリティ事業の進化はネットだけでは完結しない」として、デジタルとリアルを行き来しながらも生活者が豊かになる未来を愚直に目指していきます。