2024年5月23日に新刊書籍「スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法『ベンチャークライアント』」が発刊されました。ベンチャークライアントモデル(VCM)は、BMW、BOSCH、SIEMENSなど多くのグローバル企業が取り組んでいるスタートアップとの新たな協業モデルです。著者の1人(グレゴール ギミーとの共著)である木村将之に、スタートアップとの協業により戦略的利益を獲得するVCMの要点を聞きました。

木村 将之

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
シリコンバレー事務所パートナー/COO
27pilots Deloitte GmbH
Japan Lead Partner

2007年3月有限責任監査法人トーマツ入社。2010年より、デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社の第2創業に参画し、200社超の成長戦略、資本政策立案をサポート、数多くの企業のIPO実現に貢献。現在は執行責任者を務める。2015年からはシリコンバレーに拠点を設け、世界各国のテクノロジー企業と日系企業の協業を促進している。2022年からはDeloitte Asia Pacificのユニコーン支援のリードパートナーも務める。

VCMがスタートアップとのオープンイノベーションの突破口になる

――まず、「ベンチャークライアントモデル」のコンセプトを教えてください。グローバル企業では認知度が高いようですが、日本ではまだ馴染みがない人も多いのではないでしょうか。

ベンチャークライアントモデル(VCM)とは、「スタートアップの顧客となり、戦略的に利益を獲得するための手法」です。共著のグレゴール ギミー(27pilots CEO)がBMW在籍時に開発しました。スタートアップとの連携方法として主流となっているアクセラレーションやCVCでなく、まず彼らの製品やソリューションを購買する。これが最大のポイントです。

――木村さんがベンチャークライアントモデルに着目している理由を教えてください。長年の経験から、どのような思いを持って推進していますか。

あらゆる企業がスタートアップとのオープンイノベーションに取り組んできていますが、うまくいっていない実態を見てきました。突破口がないかずっと考えていたところに、グレゴール ギミーを通じてVCMに出会いました。これを正しく実践すればオープンイノベーションが達成できる、日本にとって必要であると確信したのです。

日本企業に必要な3つの意識改革

――多くの企業でスタートアップとのオープンイノベーションがうまくいっていない背景にはどのような問題があるのでしょうか。

日本企業は意識改革が必要でしょう。ベンチャークライアントモデルを実践するうえで理解すべき前提があります。「①スタートアップこそが競争優位性を高める技術やソリューションを持つ重要なパートナーである」「②競争優位をもたらす優れたスタートアップが世界中に多数存在している」「③トップクラスのスタートアップは、常に自分たちが連携先を選ぶ立場にある」この3つです。

①については卓越した事例がたくさんあります。GoogleのAndroidも元はスタートアップです。BMWはMobileyeの技術を使って自動運転の開発を加速させ、いち早く量産車に技術を搭載しました。スタートアップは不安定で不確定な存在と考える人が多いのですが、スタートアップの力を信じなくてはいけません。しかも海外には大きなスタートアップエコシステムが多数あります。VCMは世界の素晴らしいスタートアップから購買するというのが基本的な考え方です。③につながりますが、日本では依然として大手事業会社側がスタートアップを選ぶ志向が強いですし、業務委託や共同開発、出資などで関係を結ぶことに目が向きがちです。しかし、そのような発想はシリコンバレーやイスラエルの優れたスタートアップには通用しません。

――2023年12月からベンチャークライアントモデルを日本企業に紹介する中で、どのような受け止めや反応がありますか。

伝わりにくい部分はあります。「購買なら今もやっている」と言われることもありますが、体系的に行っていないケースがほとんどで、VCMとは異なります。

ベンチャークライアントモデルは手法として確立しており、5つのプロセスに分けられます。「Discover(自社の課題を特定し、連携先のスタートアップを見付ける)」「Assess(スタートアップの評価)」「Purchase(購買)」「Pilot(購買後の評価)」「Adopt(本格導入、出資、M&Aなど)」で、一連のプロセスとして実行することで真価を発揮します。しかし、十分なメリットが出ないものを購買したり、購買後の評価のKPIが定まっていなかったり、まず出資に目が向いていたり、プロセスが分断されていることが少なくありません。それでは確実な利益は得られません。

さらに、全社的に実施しようとすれば組織化も必要でしょうし、グローバルなスタートアップエコシステムの中から組むべき相手を見極めることも必要です。私たちは、VCMの戦略的な推進と着実な利益獲得を支援していきたいのです。

VCMの実施プロセスと主な活動
出所:デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社

低リスクな最小限の購買を迅速に多数行う

――プロセスの中心は購買になりますね。購買の手法で重要な点は何ですか。

ミニマムな購買を、迅速に、多数行うことがポイントです。私たちは、購買の金額は5万ドル以下とアドバイスしています。現場で決裁できる金額で、素早く、多数の購入を行うのです。また、この段階では購買に徹し、共同開発などでスタートアップからIP(知的財産)を要求してはいけません。優れたスタートアップは知財を自社のコントロール下に置くことを希望しており決して手放したがりません。

出資やアクセラレーションと比べると、金額規模が小さいので素早く決断でき、リスクが小さいのも特徴的です。

日本のスタートアップエコシステム発展につながると期待

――ベンチャークライアントモデルによって日本のスタートアップ市場はどう変わるのでしょうか。日本のスタートアップ企業にとってもプラスになりますか。

もちろん日本のスタートアップ市場にとっても追い風になります。本質的に、スタートアップとのオープンイノベーションを実践するうえで国境はありません。グローバルで有効なVCMは日本でもそのまま導入可能で、同様に有効です。

スタートアップが求めているのは、経営アドバイスや出資以上に、何よりも売上でしょう。サンプル購入のような形でまず購買するという有益な手段が理解されていないため、スタートアップは100件商談を繰り返しても1件決まるかどうかという不安定な状態に置かれ、売上が得られず成長できないでいます。VCMが広まれば、スタートアップ側には顧客獲得や本格導入のチャンスが増えます。スタートアップにとって良好な環境が整えば、起業家はいっそう切磋琢磨し成長を目指せるでしょう。日本のスタートアップエコシステムの発展を期待しています。

――新刊書籍「スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法『ベンチャークライアント』」はどういう立場の人に読んでほしいですか。

経営層にも現場のスタートアップ協業担当者にも興味をお持ちいただけるのではないかと考えます。経営層の方には、スタートアップとのオープンイノベーションや、そこからの利益獲得について理解を深めていただけるでしょう。また、現場でスタートアップと触れ合っている方には、グローバル企業で採用されている新たな手法の実践方法をお伝えできます。VCMの実務に触れた世界初の書籍なのです。

――事業会社にとっては、購買はコスト効率がよく、初期段階で顧客になることで優れたスタートアップと関係を築けます。また、スタートアップ側も協業や投資のような手間のかかるプロセスと比べて短期で売り上げを確保できるなど、事業会社・スタートアップ双方にとってメリットがあるモデルといえます。オープンイノベーションの実現に向けた有益な手法であることを多くの人に知っていただきたいと思います。本日はありがとうございました。

書名:スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法「ベンチャークライアント」
発行元:日経BP
著者:木村将之、グレゴール ギミー
価格:1,980円(税込)
ISBN: 9784296204915

BMWが生み出し世界各地に広がった新しいオープンイノベーション手法「ベンチャークライアントモデル」。戦略的利益の実現を目指して「スタートアップの顧客になる」手法の活用により、いち早くADAS(先進運転支援システム)を自社の量産車ラインアップに搭載したBMWの事例を挙げ、この手法の有効性や再現性、効果を高める運用方法などを紹介します。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
DTFAインスティテュート

小林 明子 / Kobayashi Akiko

マネジャー

調査会社の主席研究員として、調査、コンサルティング、メディアへの寄稿などに従事。IT業界およびデジタル技術を専門とし、企業および自治体・公共向けIT市場の調査分析、テクノロジーやイノベーションについての研究を行う。2023年8月よりの主任研究員としてDTFAインスティテュートに参画。

関連コンテンツ