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第3回 サプライチェーンにおける人権リスクと対応

国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「国連指導原則」)(*1)や日本政府が策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下、「ガイドライン」)(*2)において、企業は「日本国内のみならず世界各地における自社・グループ会社と記載されています。自社の製品・サービスと直接関連する限り、サプライチェーンにおける「負の影響」(人権侵害・そのリスク)についても、「自社の責任」として対応が求められます。取引先等において人権侵害が発生したとしても、「当社と資本関係のない企業であり、当社とは関係がありません」と説明することは、国連指導原則等に則した対応とはなりません。本記事では、法規制などで定められる企業の人権リスクの責任範囲、サプライチェーン上の人権リスクとその影響、実際にサプライチェーン上で起きたグローバル企業における人権侵害の事例、サプライチェーンにおける人権リスクへの対応について解説します。*1ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために(A/HRC/17/31) | 国連広報センター *2責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン|ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会清水 和之デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社パートナー有限責任監査法人トーマツにて上場企業等の法定監査業務に従事した後、DTFAに参画。企業が危機に直面した際の危機管理・危機からの脱出を支援するクライシスマネジメントにおいて、企業の会計・品質偽装・贈収賄等コンプライアンス不正調査案件、企業不正からの改善・再生プロジェクト、クライシスマネジメント対応支援、サプライチェーンリスクマネジメント、人権DDなどに従事。詳細はこちら 大沢 未希デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社シニアコンサルタント 大手総合電機メーカー、総合コンサルティングファームを経て、DTFAに入社。企業の危機管理および危機からの脱出を支援するクライシスマネジメントサービスにおいて、大手企業の危機対応、再発防止策策定・実行、M&A案件におけるビジネス・インテリジェンスサービス、人権課題対応支援などのプロジェクトに従事。 企業の人権リスクの責任範囲グローバルサプライチェーンの広がりに応じて、企業が国内外の自社ビジネスやサプライチェーン全体で人権尊重に取り組むことが求められています。サプライチェーンの末端における児童労働、安い労働力による搾取などといった人権侵害が明るみに出はじめ、企業として責任ある対応を求める声が世界中で高まりました。このような背景を経て、2011年の「国連指導原則」の採択をきっかけとし、各国において人権尊重の取り組みに関する法規制の施行やソフトロー化が急速に進められています。日本においてもこの潮流を受け、2020年には「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)(以下、「行動計画」)が日本政府により策定され、さらにその取り組みの促進のための「ガイドライン」が2022年に策定されました。これらの法規制やガイドラインでは、企業は自社・グループ会社のみならず、サプライチェーン全体における人権リスクを適切に管理・監督する責任があると定めています。例えば「国連指導原則」では、「たとえその影響を助長していない場合であっても、取引関係によって企業の事業、製品またはサービスと直接的につながっている人権への負の影響を防止または軽減するように努める」と記載しており、自社が直接人権に悪影響を及ぼしていない場合であっても、取引先による人権侵害が起こっていれば、防止や軽減に努めることを求めています。2024年7月にEUで発令された「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」では、一定の売上高等の要件を充足する企業(以下、「適用企業」)に、自社及び子会社の事業のみならず、「chain of activities」(*3)と定義された上流及び下流の事業活動全般に関する人権及び環境のデューデリジェンスの実施や開示等を義務付けています。2020年に日本で策定された「行動計画」においても、基本的な考え方として「サプライチェーンにおける人権尊重を促進する仕組みの整備」を実行計画に定めており、人権を尊重する企業の責任を促進するための政府の取り組みは国内外のサプライチェーン全体を対象としています。*3DIRECTIVE (EU) 2024/1760 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL サプライチェーン上の人権リスクとその影響サプライチェーン上の人権リスクは多岐に渡ります。例えばメーカーでは、材料などの「調達」、「生産」、「販売」、「流通」等といった一連のプロセスによって事業活動が営まれますが、「調達」の段階では、鉱物資源の調達時における紛争地での人権侵害への加担といった人権リスク、「生産」では取引先の下請工場による児童労働や強制労働といった人権リスク等、全ての事業活動のステージにおいて、人が関与している限り、人権侵害が起こる可能性があります。そのため、一つのプロセスだけでなく、事業活動の全てのプロセスにおいて、サプライチェーン全体における人権リスクの可視化が求められます。図1 サプライチェーンにおけるコンプライアンスリスクこれらのサプライチェーン全体を含めた人権リスクの適切な管理・監督を怠ることで、中長期的には、レピュテーションの毀損、訴訟、ストライキといった多様な事象に対処する必要に迫られることになる可能性があります。人権リスクに適切に対応しない場合の経営リスクの例を挙げますと、例えば、サプライチェーン上の人権侵害が明るみに出ることで、不買運動などによる消費者購買の減少、取引先の調達基準を充足できないことによる取引停止、海外諸国において製品の輸入禁止措置を受ける等、売上や仕入への影響をきたす「オペレーションリスク」があります。また、昨今の欧州をはじめとする各国における法規制は、違反した場合多額の罰金を課す等の罰則が規定されている場合が多く、人権侵害を被った被害者などからの訴訟により、多額の賠償金の支払いが課される可能性があります。このような訴訟や訴訟対応コスト、法令違反による課徴金等による大幅なコスト増につながる可能性のある「法務・レピュテーションリスク」があります。さらに、法規制への違反の罰則として企業名を公表されるなどといった措置による企業イメージの悪化、それによる投資家からの評価減による株価の下落、などといった企業価値の毀損につながる「財務リスク」があります。こうした人権リスクを回避し、事業を安定的かつ継続的に維持するため、企業は人権を事業活動上の重要なリスク・ファクターとしてとらえ、その低減に努める必要があります。図2 人権対応への遅れがもたらす重要な経営リスク グローバル企業におけるサプライチェーン上の人権侵害の事例人権を経営リスクとして捉え、サプライチェーンまで含めた人権デューデリジェンスに取り組むグローバル企業は増加傾向にありますが、関係企業や取引先といった一次サプライヤーまでリスク管理対象範囲としている企業は多い一方、その先の二次サプライヤー以降までをも管理対象としている日本企業はまだそれほど多くありません。当社が2023年に実施した「人権サーベイ2023」(上場企業を中心に約100社に対し人権意識や各企業の取り組み状況を調査)では、「サプライチェーンにおいて、どこまでをリスク把握・管理の対象としていますか」といった質問に対して、約9割の企業が2次サプライヤーまで人権リスクを把握できていないと回答しました。図3 サプライチェーンにおけるリスク把握・管理の対象範囲出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社「人権サーベイ2023」ここで実際に、二次サプライヤー以降で発生した人権侵害への責任が、発注元の企業に問われた事例(*4)を紹介します。グローバルに事業を展開するD社、S社、T社、N社は、ライセンス使用権限をタイにあるライセンシー(元請け)に譲渡し、元請けは、下請けの縫製工場(A工場、B工場)に依頼し、キャラクターグッズ等の製造を依頼していました。2019年、複数の下請工場において、ミャンマーからの移民労働者に対し、最低賃金に満たない給与を支払っていたことが判明しました。図4 グローバル企業におけるサプライチェーン上の人権侵害の事例当局はA工場、B工場のオーナーに未払い分の給与を労働者に支払うよう命じ、A工場のオーナーは、約18百万タイバーツ(日本円換算で約79百万円)の補償金を支払いました(図4①)。一方で、B工場のオーナーは、家宅捜索後に事業を閉鎖したため、約3.5百万バーツ(日本円換算で約15.4百万円)分の未払い賃金が支払われない状態となりました。そこで労働者たちは、裁判所に訴訟を起こし、B工場のオーナーに未払い賃金の支払いを求めました。結果、労働者はB工場のオーナーから約1百万バーツ(日本円換算で約4.4百万円)の未払い賃金の支払いを受けることで和解に合意しました(図4②)。しかし、残りの2.5百万バーツ(日本円換算で約11百万円)については未払いのままとなりました。このような状況において、世論から発注元であるトップブランドの各社(D社、S社、T社、N社)においても、サプライチェーン上の労働者に対し未払い賃金の支払い責任を負うべきだといった批判の声があがりました。結果、残りの未払い賃金2.5百万バーツ(日本円換算で約11百万円)については、発注元各社が労働者に対し直接補償を行うこととなりました(図4③)。また、発注元各社は補償対応をより迅速に行うべきであったと、対応への遅れに批判の声が挙げられました。このように、直接契約等の効力が及ばない二次サプライヤー以降であっても、サプライチェーン上で発生した人権侵害への対応や賠償が要求されたり、自社製品やブラント、レピュテーションへ影響したりする、といったリスクがあります。グローバルにビジネスを展開する企業にとって、サプライチェーンの持続性を保つことは不可欠であり、リスクの低減を図るためには、高い管理水準をサプライチェーン上の企業にも適用することが肝要です。*4Thailand: Starbucks, Disney, Tesco & NBC commit to compensate illegally underpaid migrant garment workers in their supply chains - Business & Human Rights Resource Centre サプライチェーンにおける人権リスクへの対応企業はサプライチェーン全体を含めた人権尊重責任を果たすため、サプライチェーンの段階に合わせて人権リスクへの対応を実施していく必要があります。図5 サプライチェーンにおける人権リスクへの対応図5は、サプライチェーンの広がりに応じた人権リスクへの統制について示したものです。本社においては、自社内におけるガバナンスと統制を効かせることで、人権リスクを低減することが可能です。次に、日本や海外にある子会社に対しては、資本関係や株主権限によるガバナンスを利かせることができる範囲であり、人権リスクの発生を抑えていくことが可能です。次にサプライヤーの階層ですが、一次サプライヤーとは契約書を締結するので、契約書に人権条項を入れる形で影響力を高める法的アレンジメントが可能となります。ただし、人権条項の内容によっては努力義務に留まるなど、実効性の確保には相応の努力が必要となります。さらにその先の二次サプライヤーや三次サプライヤー等については、本社と直接的な契約がないため、本社による統制が効かない範囲となります。資本関係や契約書などの直接的な関係性がないため、人権リスク調査などの対応は依頼ベースとなり、「交渉」が必要となります。二次サプライヤー以降など自社グループから遠くなればなるほど、サプライチェーンの統制は難しくなります。そのため、まずは、二次サプライヤー以降も含めたサプライチェーン全体の可視化を行い、それぞれのサプライチェーンにおける潜在的な人権リスクを調査したうえで、自社の事業特性などを踏まえて人権リスクを評価します。二次サプライヤー以降に対するリスク調査は、上記の通り依頼ベースとなるため、円滑なコミュニケーションを図ることができる、一次サプライヤーの購買担当者を窓口にするなどといった工夫が必要となります。また、リスク評価の結果、二次サプライヤーにおいて高リスクの人権リスクが発見された場合は、オンサイトで人権デューデリジェンスを実施する等の対応を取ることが推奨されます。特に、それらの取引先が海外にある場合、対象となる従業員等は社会的に脆弱な立場にあるステークホルダーである可能性があり、より深刻な負の影響を受けやすいため、特別な注意を払う必要があります。オンサイトで人権デューデリジェンスを実施する際は、現地言語が通じる人員によるインタビューの実施、現地従業員がどのような人権侵害を受けたか判断するため、現地法律に対する理解が重要となります。これらに自社で対応することが難しい場合は、外部専門家の活用も選択肢となります。 おわりに欧米をはじめとする世界的な法規制や社会的要請が強まる中、サプライチェーンにおける人権侵害リスクを防止・軽減する取り組みは、企業の社会的責任を果たすために不可欠です。「人権」を重大な経営リスクと捉え、企業が人権を尊重した経営を実践することは、サプライチェーンに広がる多様な人権リスクを予防することにつながります。二次サプライヤー等自社グループから遠い場所から人権侵害が発生したとしても、人権侵害は自社製品/商品/サービスやブランドに直接的な影響があります。よって、自社のサプライチェーンを可視化し、自社の統制が直接効かない二次サプライヤー以降のサプライチェーンに対しても人権デューデリジェンスを実施していくことが求められます。「ビジネスと人権」シリーズ最終回は、人権を尊重する経営のためには、具体的にどのような取り組みを行うべきかを解説します。<<第2回 日本における「ビジネスと人権」の動向はこちらから第4回 人権を尊重する経営のための取り組みに続く>>関連書籍サプライチェーンにおける人権リスク対応の実務ー「ビジネスと人権」の視点で捉える、リスクの可視化とデュー・ディリジェンスの実践

ビジネスと人権

欧州の防衛費増加への転換が成長を後押しする可能性

景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2025年3月17日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。Ira KalishDeloitte Touche Tohmatsuチーフエコノミスト経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。 欧州では、防衛費を大幅に増額するべきだという意見が広がりつつあります。フィナンシャル・タイムズにおける最近の調査によると、米国を信頼できる同盟国と見なす欧州人はわずか16%でした。地政学的な影響を別とすれば、欧州の防衛費増加は財政出動を通じて欧州の成長を復活させる手段となりえます。特に、この歳出は借入の増加によって資金調達される可能性が高いためです。成長が速まれば、欧州の資産は世界の投資家にとって魅力的になり、ユーロの価値が上昇する可能性があります。また、成長が速まることは、借入コストの上昇や欧州中央銀行(ECB)による金融緩和のペースが遅くなることを意味します。NATOの枠外での共同防衛能力を開発する過程で、欧州はユーロの国際的な役割を強化する基盤を整えることができるかもしれません。欧州連合(EU)による共同債発行は、欧州が大規模かつ流動性の高い欧州債のセカンダリーマーケットを創出する方向へ進むことを意味し、将来的には米国債支配に挑戦する可能性があります。米国の巨大な国債市場は、ドルが世界における支配的な通貨である一因となっています。しかし、欧州の政府や投資家はドルへの依存を減らしたいと考えている可能性があります。欧州の財政的な再生の鍵となるのは、欧州最大の経済大国であるドイツです。新政権は、つい最近までは考えられなかった規模の国債発行に取り組む可能性があります。この考え方の変化は、米国の対欧州政策の変化によって促進されています。フィナンシャル・タイムズによる経済学者への調査では、ドイツはほぼ問題なく約2兆ユーロの債務を増やせる可能性があるとしています。同国の現在の債務残高の対GDP比が比較的低いためです。ドイツ国債は、他のすべての欧州国債の基準となります。ドイツ国債残高が劇的に増加すれば、ユーロが米ドルに代わる準備通貨および取引通貨としての地位を部分的に獲得することが可能になるかもしれません。※本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。Deloitte Global Economist NetworkについてDeloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

海外レポートから読み解く世界経済
総合

第2回 日本における「ビジネスと人権」の動向

近年、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、「ビジネスと人権」に関連する法規制または法規制制定の準備が急速に進められています。グローバル・バリューチェーンにおける人権や環境に関する問題を解決するため、企業には責任ある行動が強く求められつつあります。本シリーズは、その推進に資するために、様々な観点から記事をお届けする連載企画です。初回は、「ビジネスと人権」の歩みともに、特に欧米各国や関係諸機関で進む法規制化の動きを解説し、国際動向を踏まえ、日本企業でどのような対応が求められるのかを解説します。清水 和之デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社パートナー有限責任監査法人トーマツにて上場企業等の法定監査業務に従事した後、DTFAに参画。企業が危機に直面した際の危機管理・危機からの脱出を支援するクライシスマネジメントにおいて、企業の会計・品質偽装・贈収賄等コンプライアンス不正調査案件、企業不正からの改善・再生プロジェクト、クライシスマネジメント対応支援、サプライチェーンリスクマネジメント、人権DDなどに従事。詳細はこちら 大沢 未希デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社シニアコンサルタント 大手総合電機メーカー、総合コンサルティングファームを経て、DTFAに入社。企業の危機管理および危機からの脱出を支援するクライシスマネジメントサービスにおいて、大手企業の危機対応、再発防止策策定・実行、M&A案件におけるビジネス・インテリジェンスサービス、人権課題対応支援などのプロジェクトに従事。 日本における「ビジネスと人権」の取り組み 「ビジネスと人権」に関する行動計画の策定2011年、国連人権理事会にて、「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「国連指導原則」)が全会一致で制定されました。国連指導原則の普及、実施にかかる「ビジネスと人権に関する国別行動計画」(National Action Plan; NAP)を作成することが各国に奨励されたことを受け、日本では、2020年10月、「ビジネスと人権に関する行動計画に係る関係府省庁連絡会議」において、企業活動における人権尊重の促進を図るため、「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)(以下、「行動計画」)が策定されました(*1)。本行動計画においては、「ビジネスと人権」に関して、今後政府が取り組む各種施策が記載されているほか、企業に対し、企業活動における人権への悪影響の特定、予防・軽減、対処、情報共有を行うこと、人権デューデリジェンスの導入促進への期待が表明されています。*1「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020ー2025)の策定について|外務省 「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の策定その後、2021年9月~10月に日本政府が行った「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取り組み状況のアンケート調査」(*2)の結果を受けて、2022年9月、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下、「ガイドライン」)(*3)が策定されました。本ガイドラインは、2021年のアンケート調査において企業から具体的な取り組み方法がわからないといった声が寄せられたことを踏まえ、企業に求められる人権尊重の取り組みについて、企業の理解の深化を助け、その取り組みを促進することを目的としています。*2「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」を公表しました (METI/経済産業省)*3責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン 日本政府の公共調達への入札企業に対する人権尊重対応の要件化2023年4月、日本政府により開催された「ビジネスと⼈権に関する⾏動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」(*4)において、公共調達における人権配慮に関する政府方針が決定しました。具体的には、政府が企業から製品やサービスを購入する際に使用する入札指示書や契約書に、人権を尊重する努力を求める条項を導入するものです。これを踏まえ、関係府省庁の「入札希望者/契約者」は、「ガイドライン」に沿って、自社の人権リスクの特定や対処などといった人権デューデリジェンス体制を構築し、人権尊重に向けて具体的に取り組むことが求められます。政府が社会的・経済的影響力の大きい公共調達を通して人権尊重の取り組みを促進することで、多くの企業に影響をもたらすこととなり、人権尊重に向けた責任ある企業活動は加速する可能性があるといえます。ただし、公共調達の契約書等に導入される文言は、「人権尊重に取り組むよう努める」といった努力義務にとどまり、強制力はありません。また、表現が抽象的である為、どこまで人権尊重への取り組みを行えばいいのか判断が難しく、現状は個々の企業の判断に委ねられることになります。さらに、発注する府省庁が各企業の人権の取り組み状況を逐一精査することは現実的ではありません。これらの課題に対処し、実効性を確保していく為、政府が更なる取り組み強化施策を施行する可能性もあり、その動向に注目するべきでしょう。*4ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議|内閣官房ホームページ日本における「ビジネスと人権」への取り組みの実態では実際に日本において、企業による人権尊重の取り組みはどれほど進んでいるのでしょうか。当社が2023年に行った「人権サーベイ2023」(上場企業を中心に約100社に対し人権意識や各企業の取り組み状況を調査)によると、「自分の所属する組織(企業など)で人権リスクに取り組む姿勢は十分か」といった質問に、「取り組みの姿勢は十分ではないと思う」「わからない」と回答した企業は、約25%にのぼった。この「取り組みの姿勢は十分ではないと思う」「わからない」と回答した企業を分析したものが、図1の右側の円グラフです。右上のグラフを見ると、約半数以上が上場企業であり、右下のグラフを見ると、海外に子会社があると回答した企業は半数を超えています。つまり、上場企業で、海外に進出している企業において特に、人権リスクへの取り組みに課題を感じている、といった傾向がみえます。図1 自社グループでの人権リスクへの取り組み姿勢デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社.「人権サーベイ2023」具体的な人権尊重の取り組み内容についての質問に対しては、約67%の企業は人権方針を策定していると回答しました。しかし、その67%の企業のうち、右側の円グラフにあるように、約65%がサプライチェーンに対して人権DDを実施していないと回答していました。人権方針は策定している一方で、まだ人権DDの実施にまでは至っていない企業が半数以上という結果でした。図2 自社グループでの人権関連取り組み内容デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社.「人権サーベイ2023」人権方針の策定を行っている企業の割合は約67%であることからすると、何らかの人権尊重の取り組みを実施すべきという意識自体は確かにあるといえるものの、サプライチェーンまで含めた人権デューデリジェンスの実施により、自社の事業がバリューチェーン全体を含めた人権に与えうる影響の特定や対処を行っていなければ、実質的な取り組みとしては不十分であるといえます。日本における「ビジネスと人権」への取り組みの課題2024年5月に国連のウェブサイトにおいて、「国連ビジネスと人権の作業部会」(以下、「ビジネスと人権作業部会」)の訪日による日本における「ビジネスと人権」への取り組み実態の調査報告書が公表されました(*5)。報告書によると、「行動計画」や、「ガイドライン」の策定、およびそれに基づいた取り組みについては一定の評価があったものの、日本における国連指導原則や「行動計画」に対する認知度が非常に低いことや、事業活動が人権に与える影響に対する認識が不十分であると指摘されています。取り組みの促進には、国家レベルでのより一貫した政策と、政府・企業双方のさらなる努力が必要であるとの指摘もありました。前述の「日本における「ビジネスと人権」の取り組み」のとおり、日本政府が策定した「行動計画」の中で様々な取り組みが策定されているものの、「ガイドライン」の策定や努力義務を課す、などといったソフトローに留まり、法的な強制力はなく、その実効性が課題です。「ビジネスと人権作業部会」による報告書で指摘されたように、まずは日本企業の経営層の意識改革が急務であり、責任ある企業行動は「義務」であること、事業活動による人権への悪影響を評価・特定・対処しないことは重大な経営リスクであること、人権尊重の取り組みは企業価値や国際競争力の向上につながる、という認識を、政府が主導し日本企業に浸透させていくことが求められています。その為には、欧米に倣い企業による自主的な取り組みに任せるだけではなく、人権尊重の取り組みを国として「義務化」する為の法制化に取り組むことへの検討も期待されています。*5General Assembly|United Nations企業への国際的な人権尊重要請の高まり「ビジネスと人権」の企業の取り組みに対する国際的要請の高まりは、多方面で広がっています。近年、サステナブル投資は拡大しており、投資家は企業による人権分野の取り組みの情報開示と、それに基づく対話を期待しています。様々な国際的イニシアティブにおいても、「ビジネスと人権」の議題が取り上げられており、例えば「国連責任投資原則(PRI)」は、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の主要な要素の一つとして「人権」を位置付けています。PRIは、2020年に公表した「投資家が人権を尊重するべき理由およびその方法」と題する報告書において、人権を尊重する機関投資家の責任や求められる対応について述べ、人権を尊重した投資活動が奨励されています(*6)。また、企業の人権配慮への取り組みを格付け化する動きも活発化しており、企業のSDGs達成状況を評価するWorld Benchmarking Alliance(WBA)は、企業の人権への取り組みを評価するベンチマークとして、Corporate Human Rights Benchmark(CHRB)を公開し、その評価結果は多くの投資家に判断材料として活用されています(*7)。図3 出典:国連責任投資原則."投資家が人権を尊重するべき理由およびその方法".https://www.unpri.org/download?ac=13796.(参照3月6日)日本においては、サステナビリティ開示基準の開発を目的とし設置された「サステナビリティ基準委員会」(以下、「SSBJ」)により、2024年に「サステナビリティ開示基準」(以下、「SSBJ基準」)公開草案が公表され、東京証券取引所プライム上場企業を中心とした一定の基準を満たす適用対象企業に対し、サステナビリティ関連情報の開示や、財務情報と同等の第三者保証を義務付ける案が検討されています(*8)。2025年3月末までに確定基準が公表されることが見込まれており、動向を注視していく必要があるとともに、人権尊重をはじめとするサステナビリティへの取り組みを加速させる必要がありそうです。また、市民社会や消費者においても、企業に人権尊重を求める意識が高まっています。GOTS(Global Organic Textile Standard)認証(オーガニック製品の国際的な認証制度)、GRS(Global Recycled Standard)認証(リサイクル製品の国際的認証プログラム)、ISCC(International Sustainability and Carbon Certification)認証(国際持続可能性カーボン認証)などといった、国際的な大手認証プログラムにおいて、認証取得の要件に、労働者の権利や児童労働の禁止などといった人権尊重の取り組みを含む社会的な要件を含む動きが加速しています。消費者は、単に高品質な製品を求めるだけでなく、その製造過程においても企業が社会的責任を果たすことを求めるようになっており、人権尊重の取り組みを実施しなければ、真に消費者の信頼を得ることが難しくなってきているといえます。*6投資家が人権を尊重するべき理由およびその方法*7Corporate Human Rights Benchmark WBA*8サステナビリティ基準委員会今後の動向予測と日本企業に求められる対応このような国際的潮流の中で、今後日本において一層の人権尊重の取り組みが求められていくと予想されます。日本政府が策定した現行の「行動計画」は、2025年までの取り組みが記載されているため、近々2026年以降の「行動計画」が策定されるものと見られます。日本における人権尊重の取り組みの実態や国際的な取り組み要請の高まりを考慮し、次期「行動計画」には、より一層の企業への理解と取り組みの促進を求める内容が盛り込まれることが予想され、その動向には注目すべきです。企業側は、欧米で加速する人権尊重の取り組みの法制化による「義務化」潮流を受け、グローバルにビジネスを展開する企業は、該当する国や地域の最新の法規制や関連するガイドラインなどの情報をチェックしつつ、現状の取り組みの実態に合わせ、人権尊重の取り組みを加速させる必要があります。また、日本国内では、ソフトローによる実効性への課題を踏まえ、近い将来ハードロー化が進むことを想定し、人権リスク管理プロセスの構築を早急に進めることを推奨します。サプライチェーンが世界に張り巡らされる今日において、自社のビジネスが各国の人権にもたらす影響を把握していないことは経営リスクです。日本企業は、国際社会を含む社会全体の人権の尊重・促進に貢献し、日本企業の信頼・評価を高め、国際的な競争力および持続可能性の確保・向上に寄与していくことが求められています。次回は、サプライチェーンにおける人権尊重の取り組みにフォーカスし、そのリスクや影響、サプライチェーンにおける人権リスクへの対応について解説します。<<第1回 「ビジネスと人権」を巡る国際動向 はこちらから第3回 サプライチェーンにおける人権リスクと対応 に続く>>関連書籍サプライチェーンにおける人権リスク対応の実務ー「ビジネスと人権」の視点で捉える、リスクの可視化とデュー・ディリジェンスの実践ー

ビジネスと人権
経済

費用対効果分析を活用した医療技術の社会的価値評価

近年、ESGやサステナビリティ経営が重要視されています。特にライフサイエンス・ヘルスケア領域の企業、医療法人、大学および自治体等は事業活動や経営の意思決定において、より広範な社会コミュニティへの還元に関心が集まっており、こうした動きは益々活発になっていくでしょう。広義のライフサイエンス・ヘルスケア領域は、「医薬品」、「バイオテクノロジー」、「医療機器」、「病院・クリニック」、「介護・福祉施設」等のみならず、「フィットネス」、「健康食品・サプリ」、「スポーツ」といった多岐の分野にわたっています。各分野のサービスを受けることで、受益者のWell-being向上を定量的に可視化する分析方法は複数存在しています。今回、企業が戦略および財務的な運営方針を決定するうえで、定量的な評価に基づく意思決定にESGがどのように組み込まれているか、ライフサイエンス・ヘルスケア領域でも、医薬品分野を対象に紹介していきます。特に、医薬品(新薬・ジェネリック・診断薬等)の社会的価値を評価するために定量的な分析手法がどのように使用され、企業の意志決定へ影響するかにフォーカスし概説しています。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社背景疾病は公的衛生の優先事項として解決されるべき課題です。患者のみならず、患者の家族や友人のWell-beingの低下や経済的損失にもたらす影響にも注目する必要があります。個人および社会の経済的損失を軽減させるためには費用対効果の高い介入が必要であり、具体的には患者の医療費支払いの削減やそれに伴う社会保障制度からの医療負担軽減がその一例です。また、疾病の予防や治療は人々の健康のみならず、患者と患者の家族や友人のWell-being向上につながります。近年の高齢化社会や医療費増加などの社会課題が深刻化する中、費用対効果分析に注目が集まっています。世界的には、効果の定量化のため、新たな医療技術(医薬品、医療機器等)がもたらす経済的および社会的インパクト評価手法の導入が広がっています。費用対効果分析は、医療技術評価(Health Technology Assessment : 以下、HTA)の1つとして説明されており、HTAは「保健医療技術の普及と意思決定支援を目的に、医療技術を医学的、経済的、社会的な側面などから総合的かつ包括的に評価する」と定義されています。そのゴールは、医療システムの効率を高めることであり、医療技術の使用に係る費用と、そこから生み出される経済的および社会的インパクト(患者の健康上のメリット等)を分析することで、学術的な根拠を基に医療に関わる政策の意思決定を目指しています。例えば、新薬の費用対効果分析を実施することで、効率的な医療システムや治療方法に応じた適切な価格設定の実現を目指すことが可能となります。このようにHTAは、医療システムの効率を高めるうえで重要なツールの1つです。アジアでは、事業の優先順位の判断や新医薬品の価格交渉のためのツールとなりつつあり、欧州地域では、新医薬品の価格設定に重要な影響を与えています。疾病負担(経済的損失)医薬品の費用対効果の分析については、まずは、患者および患者の家族や友人の生涯費用を定量化し経済的損失を推計する必要があります。疾病は、個人の生活の質(Quality of Life, 以下QoL)やWell-beingを損なうだけでなく、社会としても重大な経済的損失です。これらの損失を疾病負担と定義し、その中には以下の4種類の費用が疾病負担として含まれます。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社直接費用 (Direct costs)各国政府の社会保障制度または医療を受けている患者等が負担する費用が含まれます。主に、診察、治療、診断、検査、調剤、手術、入院費および食費(入院患者のみ)等が該当します。間接費用 (Indirect costs)患者の家族や友人が介護および看病に費やした時間や費用があげられ、これらの暗黙の費用を「非公開の医療費用」と呼び、機会費用(死亡による生産性の損失)として推計します。世間に公表された各国の公衆衛生制度には、患者の家族や友人が提供する介護および看病の間接費用はほとんど考慮されていません。一方で、患者の家族や友人が介護および看病に費やした時間は機会費用が伴っていると考えられます。患者の家族や友人の余暇や労働等の活動時間が患者の介護や看病で失われ、経済的損失が生じるためです。これらの非公開の医療費用は、患者へ費やした介護および看病の時間を計測し、一般的な賃金水準を乗じて機会費用が推計されます。個人の生産性損失 (Productivity loss)生産性損失とは、疾病によって仕事や家事ができない、または、仕事や家事の時間が減少することで社会全体としてみれば損失であると考えられ、実際に金銭のやり取りが生じない費用を指しています。疾病は、個人の労働力にも悪影響を与える可能性があります。完全な健康状態の人と比較して、健康レベルの低い人は、労働への満足度が低く、労働の選択の自由が限定されます。その結果、早期退職、欠勤の増加やスキル開発機会の減少等につながるのです。こうした患者個人の健康状態が退職年齢までの労働力へ影響することによる、労働への不安も報告されています。これは生産性の損失と考えられます。生産性の損失の算出方法については、疾患者の就業率と一般人口の就業率の差に一般人口の平均賃金を乗じて生産性の損失が推計されています。死荷重 (Deadweight loss)税が課せられることで、課せられた税がないときと比べて、財の生産および消費が少なくなります。その結果、社会から失われた損失が発生しており、その損失を死荷重と呼びます。患者の疾病に伴う直接的な医療費は、政府によって賄われています。このため必要な予算を確保するため、政府は実質的に税収を上げる必要があります。税金および費用移転(助成金や年金等)自体は、ある経済主体から別の経済主体への支出であって、国の財源を使用するわけではなく、実際の経済的損失ではありません。しかし、税金を上げることで、資源の利用効率を下げ、いくらかの経済的損失が生じる可能性があります。例えば、所得税引上げは、余暇と比例して労働の相対的な価値を上昇させるため、労働意欲を阻害する要因となります。つまり、税の死荷重あるいは超過負担と言われる、消費者余剰および生産者余剰における損失が発生するのです。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社医薬品の費用対効果分析(経済的インパクト)HTAプログラムでは、前節で示した疾病負担の経済的損失が定量化された後、医薬品の費用対効果分析が評価されます。政策立案者は、新薬の薬価の設定を決定する際や新薬の認可を承認判断する際に、新薬がもたらす費用対効果分析の結果を有用な情報として活用しています。ここでは、罹患率と死亡率を1つの数値で示す代表的な健康指標である健康調整生存年数(HALYs, Health-Adjusted Life Years)をベースに、主に2つの方法論を述べます。健康調整生存年数は病気の負担の全体的な推計、地域社会に対する特定の病気や症状の相対的な影響の比較および経済分析で利用されています。HALYsは、障害調整生存年数(DALYs, Disability-adjusted life years)と質調整生存年数(QALYs, Quality-adjusted life years)を総称する用語です。DALYsは完全な健康状態に費やした年数である一方、QALYsは完全な健康状態を維持して得られる年数を指します。①障害調整生存年 (DALYs)DALYsは世界銀行や世界保健機関(WHO)が公表した早期死亡や疾病および障害による健康負担を総合的に定量化した指標です。DALYsは、早期死亡や疾病および障害によって失われる年数と平均寿命まで健康に生きた場合との差で示されます。疾病負担は、生活の質の低下からもたらさせる障害や健康の喪失による目に見えないコストです。DALYsは、WHOやその他組織団体が疾病負担を定量化するために使用する主要な非財務指標であり、疾病や障害による苦痛と早期死亡による損失を測定します。DALYsによる測定は、他のアプローチと比較して個人の主観性が回避されており、個人および国単位での比較が可能です。DALYsが0であった場合、1年間は完全に健康状態であると解釈されます。一方でDALYsが1であった場合は、死亡と解釈されます。その他の健康状態は0~1の間で示され、様々な健康状態についてのQoLに関する公開データを基に専門家が評価しています。例えば、失明による障害負担は0.43であり、完全に健康状態である人に比べて、QoLが43%低下していると解釈されます。疾病負担の分析は、社会保障制度や非公開の医療費用などの指標によって推計され、経済的費用を見積もります。一方で、費用対効果分析は2つ以上の行動方針の相対的な費用と結果を比較する経済分析です。例えば、疾病の費用負担減少の介入と、介入を行わない場合の比較です。WHOの「費用対効果が高い介入の選択」(プロジェクトCHOICE)は、方法論として一貫した費用対効果の比率を利用して、優先順位の設定および意思決定等をサポートするために1998年に設立されました。CHOICEは分析に閾値を使用し、健康改善を目的とした介入の相対的な費用対効果を評価しています。WHOでは「マクロ経済と健康に関する委員会」の推奨に従い、簡便に入手可能な指標である国内総生産(GDP)を用いて費用対効果を3種類のカテゴリーに定義しています。費用対効果に優れている(high cost effective) – 1DALYを回避するための費用が国民1人当たりGDPを下回る。費用対効果は要検討(cost effective) – 1DALYを回避するための費用が国民1人あたりGDPの1倍から3倍の間である。費用対効果に劣る(not cost effective) – 1DALYを回避するための費用が国民1人あたりGDPの3倍を上回る。費用は、患者に関連した費用と医療プログラムに関連した費用に分かれており、患者に関連した費用は、疾病した時点から発生する薬剤、診断、医療施設へ訪問等に係る費用(医療従事者の時間を含む)があります。また、医療プログラムに関連した費用には、プログラムを運営するのに必要な費用が含まれ、具体的にはプログラムの管理、モニタリング、監督等の費用を指します。DALYsの定量化は、様々な心身の健康状態(健康の喪失または獲得)について、国際的に医療専門家グループを対象に行われたPerson-trade-off法による調査によって指標が設定されています。Person-trade-off法は、様々な疾病を持つ人の命と健康関連の生活の質(HRQoL)がトレードオフの関係にあるとする考え方です。この手法では、「特定の症状」に様々な健康状態の介入があったAと、完全な健康な状態である介入があったBの価値が等しくなる値を医療専門家グループに重み付けをさせます。例えば、「完全な健康な1,000人に1年間の健康を提供する介入」と「狭心症疾患のある2,000人に1年間の健康を提供する介入」が等しいと仮定した場合、その狭心症疾患の障害ウェイトは0.5 =(1-(1000÷2000))となります。このように様々な疾病のトレードオフを検討し、障害ウェイトにて指標が確立されます。全ての介入は、疫学が導き出された年に開始され、影響を受ける人々の必要な治療期間全体、あるいは生涯にわたって継続すると仮定して評価されます。これらの利益は国土交通省の社会的割引率に関する指針等を参考に3~4%の割引率を用いて割引計算を行い、時間的価値を反映させます。その結果算出されるのが、「健康寿命一人当たりの獲得コスト」DALYです。②質調整生存年 (QALY)QALYは1960年代後半に経済学者らにより開発されました。費用効用分析は、健康介入から得られる健康効果の単位の増分価値を説明するために実行されます。QALYは、健康アウトカムの価値を示す指標です。健康は生存年と生命の質の関数であることから、これらの価値を1つの指標数値にまとめる試みとしてQALYが開発されました。QALYは0~1の間で示され、特定の1年のQALYが1であった場合には、完全に健康な1年を過ごしたと解釈されます。QALYは、患者の健康関連の生活の質と生存の観点から様々な介入の有効性を評価するために使用され、介入を提供する際に発生したコストと組み合わせて費用対効果の比率を生成します。QALYは、以下4要素に基づいて社会における一人当たりの年間価値に換算できます。a) 質調整生存年(QALY:Quality-Adjusted Life Year)の増加分(標準治療(SOC)との比較)、b)支払意思額(WTP:Willingness to Pay)の閾値、c)総費用の差額(SOCとの比較)、d)投与期間(治療期間)a)QALYの増加分は、健康アウトカムの価値の指標であり、当事者である「患者および患者の介護者」の健康アウトカムを改善したことで得られる数値としているb)支払意思額(WTP)の閾値は、その国の1人当たり国内総生産の1~3倍が基準とされ、疾病による健康状態の深刻さを考慮してより高いWTPの閾値が適用される可能性もあるc)総費用の差額(SOCとの比較)は、標準治療費と比較して、患者および患者の介護者の1人当たりの障害にわたる直接費用、間接費用の総額との間で生じる費用差とするd)投下期間(治療期間)は、通常の平均治療期間に基づいて考慮する仮に疾患Xの新医薬品による健康アウトカムQALYの増加分を0.3とします。これは、新医薬品により当事者の健康アウトカムを改善することで得られた指標数値となります。次にWTPの閾値を令和4年の日本の1人当たりGDP を参考に400万円を考慮します。総費用の差額として考慮されるのは、疾患Xの当事者1人当たり疾病負担を直接費用、間接費用、個人の生産性損失、デッドウエイト・ロスです。疾患Xの当事者1人当たり疾病負担総額と標準治療を比較し、70万円減少したと仮定します。最後に、疾患Xの治療期間を5年と仮定しました。上記前提を用いて、疾患Xの新医薬品による患者および患者の介護者1人当たりの社会的価値を計算すると、年間38万円と推定されます。この社会的価値は1つのベンチマークとなり、新医薬品の価格設定等の意志決定をするうえでの根拠材料に活用できると考えています。費用対効果分析の活用例デロイトは、前節で紹介した費用対効果分析をエコノミクスサービスとして提供しており、そのサービスは海外の医療分野において政策立案の指針として活用されています。デロイト オーストラリアは、オーストラリアの個人が抱える慢性の痛みが与える影響を調査しました(*1)。調査内容は、慢性の痛みを抑えるための鎮痛剤の誤った使用による経済的損失を可視化し、医療関連の公的機関の費用対効果による介入を分析するというものです。また日本では、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社と第一三共株式会社が「乳がん患者にどのような困りごとがあり、それによる社会的損失がどの程度あるのか」について共同調査を行い、経済的および社会的インパクトを可視化しました(*2)。乳がん患者1人あたりの社会的損失額は50万円程度に該当すると分析を行いました。本調査によって明らかになった乳がん患者の社会的損失は、今後の医療システムや患者個人として最適なサービスのあり方につながる政策立案の根拠材料に活用が期待されます。企業でも自社が生み出す経済的および社会的インパクトの可視化に取り込む事例は増えています。スイス製薬企業であるノバルティスは、医薬品の社会的価値の評価を標準治療に対して、患者が同社の医薬品で治療を受けたことによる健康上の利益を同社の貢献分として評価しています(*3)。また、健康な人々が生み出す生産的または非生産的な時間を金銭化し、GDP貢献として評価を行っています。2020年には、139種類の医薬品で総額2,420億米ドルの社会的価値として発表しました。このように、海外の一部製薬企業は、自社の社会的価値を包括的に評価することで、ステークホルダーとの対話に活用し、医療を「コスト」ではなく「投資」として捉え直すことを目指しています。こうした透明性の向上により、他の企業への指針となると考えられます。また、近年日本の製薬企業は、米国FDAから承認されたアルツハイマー病治療薬の経済効果分析を一般公開しました。これは、国内の民間企業が「医療の意思決定」に経済的な視点を適用した最初の一歩です。*1The cost of pain in Australia | Deloitte Australia | Deloitte Access Economics, Healthcare, Public sector*2乳がん患者の困りごと調査と社会的損失に関する分析|ファイナンシャルアドバイザリー|デロイト トーマツ グループ|Deloitte*3ESG Index: Other topics | Novartis Novartis in Society Integrated Report 2021結論疾病は人々の健康や生活の質を低下させますが、現代では医療技術の進歩により治療の選択肢が増え、個人のWell-being向上の期待も高まっています。しかし、医療に関わる政策立案においては、人口増加および高齢化社会に伴う公的医療制度の予算問題や、民間企業では新医薬品に対する価格設定や最適な事業投資を選択するうえでの意思決定の難しさなど様々な問題を抱えています。その中で世界的に注目が高まっているのが、医療技術評価ツールの活用です。日本でも、厚生労働省によって、潜在的な疾患の新たな治療法の金銭的価値を判断するうえで、HALY分析に関する参考文献が引用されています。また前節で紹介した通り、日本の民間企業でも費用対効果分析の活用が始まりました。今後ますます、特定の治療法の承認判断や、医薬品の価格設定に際して、経済的および社会的インパクトを分析することで、効率的な医療システムや治療方法に応じた適切な価格設定の実現を目指す公的機関や企業が増えるでしょう。

社会

第3回 デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 前田代表執行役が考えるDEIで目指す組織の姿

多様なバックグラウンドを持つ方々にご登場いただき、DEI推進の課題や未来につなげるためのヒントを紹介する連載「Beyond DEI」。今回は、2024年6月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)の代表取締役に就任した前田善宏と、DTFA DEIリーダーの橋本久見が、DTFAにおけるDEIの位置づけや方向性、各DEI施策における課題や解決策などについて対談を行いました。前田 善宏デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社代表取締役 外資系コンサルティング会社、財務アドバイザリー会社を経てデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。多業種における戦略、財務、M&A・再編等のアドバイザリー業務に幅広く従事。2024年6月よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 代表執行役に就任。 橋本 久見デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 マネージングディレクター 米国デロイト・トウシュLLP入社後、監査法人トーマツ コーポレートファイナンス部に移籍し、M&Aに係わる様々なアドバイザリー業務に携わる。その後米国大手アドバイザリーファームを経て、2014年にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に復帰。現在はアナリティクス業務を中心に従事。2024年6月よりDTFA DEIリーダーに就任し、各種DEI施策の推進にイニシアチブを発揮。 経営戦略としてのDEI橋本まず初めに経営戦略上のDEIの位置づけをお聞かせください。なぜDEIの推進がビジネスにおいて有効なのでしょうか。前田DTFAでは、DEIを重要経営戦略の一つとして位置付けています。この理由としては、第一にあらゆる個々人の違いを尊重し、誰もが貢献できる会社作りを行うことは当然のことでありながら、実際の達成には、制度面の整備や意識改革など、全社的な推進が必要不可欠であるため、DEIを重要な経営戦略として位置付け、積極的に推進していく必要があるからです。第二には、多様な人材が能力を最大限に発揮する環境を会社が整えることで、メンバー一人ひとりが持つポテンシャルを発揮することが可能となり、その結果、異なる経験や価値観から多様なアイデアが生まれ、組織の原動力になると考えるからです。橋本DEI推進にあたり、具体的にはどのような施策や取り組みが有効だとお考えですか。前田育児や介護、言語をはじめとする文化的な価値観の違いなどの様々なご事情により、キャリアとの両立に悩まれている方々がいらっしゃると思います。会社としては、これらの悩みを取り除き、その能力を最大限に発揮して、皆さんが生き生きと活躍できる様々な制度を整えることがまず重要だと思います。具体的には、女性男性問わず産前産後休業や育児休業の積極的な取得に向けた推進、産休を取られた後に復帰しやすい環境作り、言語や文化的な障壁を取り除くための取り組みなど、それぞれの悩みや事情に寄り添った制度作りが有効と考えます。DEI推進にあたっての課題橋本現在のDTFAにおけるDEI推進状況はどのようにお感じになっていらっしゃいますか。前田女性活躍、育児や介護サポート制度の整備など、重要テーマを中心としてDEIの取り組みを積極的に推進してはいますが、海外と比べると劣後していると思っています。例えば、Internationalメンバーの採用は積極的に行っていますが、日本語を第一言語としないメンバーもご活躍頂けるように、日本語の勉強の機会の提供や生活面でお困りごとに対する支援などに不足を感じています。これに限らず、今後も多様な面におけるサポートの強化をしていきたいと考えています。橋本会社としては男性の育児休業などの取得率100%を目指しておりますが、実態としては道半ばというところです。会社はどのようなサポートができるとお考えでしょうか。前田育児休業の取得を躊躇している方の中には、キャリアの停滞や復職に不安をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。会社としては、個人の機会を育休によって狭めたり、仕事上不利になることはあってはならないと思いますし、純粋なスキルや成果によって評価がされるべきだと思います。育児の時期は意外に早く過ぎ去ってしまうものですので、パートナーや周囲の人とよく話し合って頂き、後ろめたさを感じず、ポジティブに休みを取得して頂きたいと思います。女性活躍推進について橋本グローバルと比較して、DTFAは女性管理職が少ない部門がありますが、そのあたりはどのようにお考えですか。前田例えば、中途採用における指標の中に一定数女性を採用する項目を入れたり、新卒採用の際に女性の採用比率を高めに設定するなど、今は様々な仕組みを導入することで女性の割合を増やすようにしています。彼女らが昇進していくことで、段々と女性管理職が増えていくのではないかと思います。ただ、ゆくゆくは仕組みの中で強制されるのではなく、自然と女性が積極的に採用されるようになると良いなと思っています。相互理解を深め、自然に協力し合える体制の構築橋本仕事柄、クライアント対応やクロスボーダー案件などで深夜や早朝に勤務しなくてはならないこともある中で、ライフステージの変化によって離職や転籍を選ぶ人もいます。こういった方々をどのようにサポートしていくべきかというのは永遠の課題のように思います。前田本当にその通りだと思います。そういった方が安心して働けるように、相互理解を促進し、カバー体制を強化しなくてはならないと思っています。例えば、お子さんのお迎えで早く帰らないといけないメンバーがいたらその時間をカバーできる別のメンバーを配置するようにチーム体制を組むことや、お子さんが急に熱を出してしまい抜けなくてはいけないメンバーがいた際、自然と代わりに別のメンバーがカバーに入れるような理解・協力のある環境にしていきたいと強く思っています。これはDEIに関わらず、事故や病気などで突然働けなくなることは誰にでも起こりうることなので、リスクヘッジのためにもこういったカバー体制を整えることは非常に重要だと思っています。育児や介護などとの両立で時間的な拘束がある方はもちろんのこと、そうでない方であっても、言語・文化的な違いや、朝・夜が苦手といった生活習慣の違いなど、メンバーそれぞれに「個性」があります。そういった「個性」をお互いが理解し協力し合うことで、チームとしてバリューを最大限発揮できるようにすることが、DEIの「多様性の尊重」の一つであると考えており、そのような職場環境を作れるよう強く推進していきたいと思います。ワークもライフも推進し、すべてのタレントが活躍できる環境づくり橋本DEIについて、前田さんご自身のご経験や感じていらっしゃることがあれば、教えてください。永津私の子どもが幼い頃は、男性が育児休業を取ることが一般的でなかった時代でもあり、育児支援もないままに夫婦で協力して綱渡りで育児に奮闘しました。当時は若さで何とか乗り切ったものの、今であれば制度を利用し、あの眠さと辛さを少しでも軽減できたのではないかと懐かしくも面映ゆくも思い出します。しかしながら子どもの成長に向き合う時間は、自らの視野や理解力に幅と奥行きを持たせ、寛容性を培うかけがえのない経験をもたらしてくれました。現在育児に奮闘中の皆さんには、ぜひ育休の取得などの制度を利用し、今このときにしかできない貴重な時間を経験していただき、将来の仕事の糧としてほしいと切に願っています。また私は、これまで厳しい上下関係がないフラットな組織で働いてきた経験から、自分の意見を率直に言いやすく、役職や立場を問わず従業員同士の意見交換が活発な場こそ、組織を活性化させるものと身に染みて感じてきました。皆さんが伸び伸びと仕事ができ、能力や意欲を最大限に発揮できるよう、DTFAをよりフラットで風通しの良い職場にしていきたいと思っています。橋本最後に、メッセージをお願いします。前田会社というのは宿り木のようなものだと思っています。結婚・出産といったライフステージの変化などあらゆる人生のフェーズにおける居場所の一つとして会社を捉えてもらい、入社される方も、会社を出て新しい挑戦をされる方も自由に受け入れ、仕事を通じて皆さんの成長を促す場所であるべきだと考えています。皆さんのライフステージの応援はもちろん、様々な場面での活躍を後押しする制度・環境をDEIの観点から更に充実させていきますので、どうぞご期待ください。皆で一緒にこのDTFAという木を大きく育てていきましょう。

Beyond DEI
イノベーション

EOSメディアを使ったPRが築く信頼性の高いブランド価値

2024年12月にグループインしたデロイト トーマツ パブリックグッド株式会社(以下、DTPG)は、ソーシャルマーケティングという理念を持ったPRのプロフェッショナルです。事業の社会実装に適したEarned、Owned、Shared(EOS)メディアを活用し、信頼性の高いPR活動を支援します。ここでは、これまでの実績やブランディングアドバイザリーとの協業についてご紹介します。菅原 賢一デロイト トーマツ パブリックグッド株式会社代表取締役 大手PR会社、マーケティング会社を経て2013年に株式会社パブリックグッド創業。インターネット事業全般、食品・ヘルスケア、消費財、家電、サービス業などのコミュニケーション戦略立案を専門とする。 和田 莉奈デロイト トーマツ パブリックグッド株式会社 アシスタントプロデューサー 化粧品会社の販売部門を経て2021年に株式会社パブリックグッド入社。主に、食品・ヘルスケア・ECサービスなどの商材のPR活動・SNS施策業務を担当する。 「EOSメディア」を主戦場とするコミュニケーション支援DTPG代表の菅原賢一は、2013年にPR専門の企業として株式会社パブリックグッドを創業しました。PR会社の主要な役割は、企業活動について客観的で信頼性の高い情報発信を行うための広報活動の支援を行うことです。DTPGが得意とするのは、EOS(イオス)メディア(メディアの4区分のうち、Earned、Owned、Sharedの3つの頭文字を取ったDTPGによる造語)戦略の立案・実施で、プレスリリースや記者会見によって、メディアなどの記事や報道で取り上げてもらうなどのEarnedメディアを主軸とし、SNSやインフルエンサーを活用したSharedメディア活用など、様々な広報のニーズに対応しています。クライアントの中心は大手B2C企業です。事業内容はマーケティングコミュニケーション戦略の支援、コンテンツの企画・制作、イベント設営などに拡大しており、現在はパブリシティ以外の事業が売上の7割以上を占めるようになっています。EOSメディアとはデロイト トーマツ パブリックグッド株式会社マーケティングコミュニケーション戦略に用いているフレーム例デロイト トーマツ パブリックグッド株式会社フレームワーク例デロイト トーマツ パブリックグッド株式会社マーケティング課題の解決を通じた社会課題解決を目指す菅原は「パブリックグッドという社名には、社会課題の解決に貢献する、ソーシャルマーケティングの会社であるという思いを込めました。マーケティングでは、いかに競合より商品を目立たせるか、価格競争に勝つかという目の前の問題にフォーカスしがちですが、本来企業は、消費者の困りごとを解決し社会の役に立つという理念に基づいて商品を世に送り出しているはずです。経済性と社会性を両立させ、企業価値を向上させるPRを支援したいのです」と語ります。DTPGの調査では、一般生活者は、企業やブランドの社会課題解決の取り組みに関する情報や企業やブランドのパーパスに関する情報など、企業の社会性の高い情報は、同社が注力するEOSメディア、特にEarnedやOwnedメディアを使って情報を収集している傾向が明らかになっています。マーケティングの課題と社会課題を結び付けた事例の一つとなったのが、国内大手ECサイト運営会社に提案した、ポストに投函できるお歳暮商品です。クライアントはお歳暮のキャンペーン展開を予定していましたが、マーケティング課題として、儀礼的な贈答の減少とギフトのカジュアル化というトレンド変化によってお歳暮需要は縮小し、メディアの報道量は下がっていました。そのような中でパブリックグッド(当時)が注目したのは、宅配便の再配達という社会問題でした。ECサイトの利用拡大によって宅配便の取扱量が増える一方で、荷物の1割が再配達となっています。物流業の人材不足を深刻化させる要因の一つとして、世間的な関心も高まっていました。そこで、ポストに投函可能なパッケージでいつでも受け取れるお歳暮商品を企画しました。クライアントと共に販売店に訪問し、コンパクトなパッケージで贈れるお歳暮商品の提案を行いました。この事例は、多くのメディアで取り上げられるという成果を得た上に、日本パブリックリレーションズ協会が優れたPR事例を表彰する日本PRアワードソーシャルグッド部門でブロンズ賞を受賞しました。デロイト トーマツのブランディングアドバイザリーとのシナジー発揮コロナ禍を経て、ネット広告の利用拡大とデジタルマーケティングの活用が加速しています。デジタルマーケティングは、CPA(Cost Per Acquisition:顧客獲得単価)、CPO(Cost Per Order:注文獲得単価)といった指標をKPIとし、これらの指標の改善に向けて短期で高速にPDCAサイクルを回すことが特徴です。菅原は、デジタルマーケティングのROI(投資利益率)の考え方がPRの領域にも適用され、顧客から短期的な効果測定を求められる傾向が強まってきたことに懸念を抱くようになっていたといいます。そのようなタイミングで、デロイト トーマツ グループへのグループインの打診を受けました。グループインを決断したきっかけの一つになったのは、デロイト トーマツが姫路城の社会的価値が1.8兆円であると発表した調査結果でした。菅原は、グループインの動機と今後の展望について、「デジタルマーケティングの手法とは全く異なる価値測定ができることに興味を持ちました。デロイト トーマツが、クライアントの経営層にアプローチし、中長期視点でブランド価値向上に向けた投資のアドバイザリーを行っていることにも新たな可能性を感じています。ソーシャルマーケティングという創業からの理念にも合致します。また、デロイト トーマツは女性リーダーの育成や輩出を支援するプロジェクト『Toget-HER』など社会的に意義のある自社事業を行っているので、その情報発信に参画したいとも考えています」と語りました。グループイン後の実感を聞くと、「創業以来オフィスを渋谷に置いていましたが、デロイト トーマツ グループの拠点である丸の内に移転しました。雑多な活気のある渋谷と、落ち着いて整然とした丸の内とのギャップは感じています」と付け加えました。デロイト トーマツは、戦略的価値のある資産としてのブランド構築を支援するサービスを提供しています。PR経験の豊富なDTPGによって、ブランド戦略に基づくPR施策実行と信頼性の高いブランド価値の発信まで、サービスの幅を広げていきます。

グループイン企業インタビュー
研究員の視点

政策からひも解く量子技術の今後 シリーズ第2回 ~今後数年で真価を問われる日本の技術政策~

物質を構成する原子や電子など「量子」の特性を利用した量子コンピュータを取り巻く世界的な環境は近年、大きく変化した。研究開発の飛躍的な進展に伴い、各国で量子技術に関する国家戦略が策定・更新され、産業化を見据えたエコシステム形成の動きが加速しつつある。日本政府も2021~25年度の「第6期科学技術・イノベーション基本計画」で、量子技術を社会経済および安全保障上の国家戦略の一つに位置づけた。基礎的な研究開発から社会実装までを一貫して推進する戦略のもと、国際連携、人材育成、社会機運の醸成など様々な取り組みが産学官で動き出している。本レポートは、技術的な視点から語られることの多い量子技術の現状を、政策的観点から検証する。量子技術開発とビジネス創出に取り組んでいる企業や、参入を計画している企業の参考になれば幸いである。1.量子技術の社会実装を目指す日本政府(1) 量子技術活用の未来予想図を提示日本政府は2016年からの「第5期科学技術基本計画」において、量子技術を「新たな価値創出のコアとなる強みを有する基盤技術」とした。続く「第6期科学技術・イノベーション基本計画」では「量子コンピュータ・量子シミュレーション」、「量子計測・センシング」、「量子通信・暗号」及び「量子マテリアル(量子物性・材料)」を主要技術領域に指定し、量子技術を「社会経済及び安全保障上の国家戦略」に位置付けた(図表1)。そして、2022年に量子技術の社会実装によって実現を目指す未来社会像(ビジョン)(図表2)が提示されたのに合わせ、その実現のための応用研究、社会実装に至る、一連の方針・戦略が策定されることとなった。図表1 日本政府の量子技術政策の推移(2016年以降)出所:内閣府 量子技術イノベーション各種資料を基に、DTFA Instituteが作成。(https://www8.cao.go.jp/cstp/ryoshigijutsu/ryoshigijutsu.html)図表2 未来社会における量子技術活用イメージ出所:内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局(2022年4月22日) 「量子未来ビジョン~量子技術により目指すべき未来社会ビジョンとその実現に向けた戦略~概要」 (https://www8.cao.go.jp/cstp/ryoshigijutsu/ryoshi_gaiyo_print.pdf)(2)研究開発から産業応用へ今後本格化が見込まれる技術の実用化とその先の産業化を見据え、日本政府は日本企業による海外市場の獲得を目指す。それにより、2030年までに、国内の量子技術利用者1,000万人、量子技術による生産額50兆円規模、そして国内ユニコーン企業創出の三つの目標を達成するとしている。近年の技術革新や経済安全保障の観点からの関心の高まりなど、量子技術を取り巻く世界的環境の変化に対応するため、2024年4月には、「量子産業の創出・発展に向けた推進方策」を公表(図表3)し、現在ボトルネックとなっている技術とビジネス的課題の具体的な解決策を示した。これにより、従来の一連の戦略を強力に推進していく姿勢を打ち出した。図表3 量子産業の創出に向けた方針出所:内閣府 量子技術イノベーション会議(2024年4月9日)「量子産業の創出・発展に向けた推進方策」 (https://www8.cao.go.jp/cstp/ryoshigijutsu/240409_q_measures.pdf)を基に、DTFA Instituteが作成。推進方策には、現時点で限定的なものにとどまっている有志国との連携や、量子技術により創出された製品の海外市場への展開を強化していくことが明記された。背景にあるのは、グローバル量子エコシステムから日本が脱落することへの危機感だ。「世界先端クラブメンバー」に踏みとどまり、量子技術領域での国際競争力を確保するには、研究および産業化の基礎となる人材育成の強化も急務だ(図表4)。図表4 量子技術産業の創出に向けた課題と取り組み出所:内閣府 量子技術イノベーション会議「量子産業の創出・発展に向けた推進方策」(2024年4月9日)(https://www8.cao.go.jp/cstp/ryoshigijutsu/240409_q_measures.pdf)を基に、DTFA Instituteが作成。推進方策で重視されたのが理化学研究所に本部を置く量子技術イノベーション拠点(QIH)の強化・拡充だ(図表5)。2020年策定の「量子技術イノベーション戦略」によって、国の研究開発機関や大学を中核とする産学官が、産業支援や人材育成、国際連携、知財管理などに一気通貫で取り組む拠点として設立された。優れた技術の国内創出と海外進出を支援するため、研究・開発や施設整備の強化が図られている。加えて、推進方策で指摘された各拠点間の連携不足を補うため、合同のワークショップ開催や、研究者の交流を促進していく。QIHを構成する理研や産業技術総合研究所(産総研)などは近年、国内外の企業から異なる方式の最新鋭の量子コンピュータ導入を進め、産業化への動きを加速させている(※1および※2)。図表5 量子技術イノベーション拠点の全体像データソース:内閣府 量子技術イノベーション会議(2024年4月9日)「量子産業の創出・発展に向けた推進方策概要」 (https://www8.cao.go.jp/cstp/ryoshigijutsu/240409_q_measures.pdf)(3)3省庁が推進体制の中心に日本政府の量子技術政策で中心的な役割を果たすのは、政策の統合及び調整を担う内閣府、基礎研究推進と人材育成を担う文部科学省、そして産業応用と連携を担う経済産業省の3省庁となる(図表5)。既存の暗号技術にとって代わるとされる量子暗号通信の研究・開発は、総務省が推進する。先述した政府の未来社会像にみられるように、量子技術は社会経済の幅広い分野での利用が想定される。産業化に合わせてと共に、他省庁の量子技術政策への関与も進んでいくと考えられる。図表6 日本政府の量子技術政策推進体制出所: DTFA Institute作成2.政府予算からみる量子政策(1)増額に合わせて裾野も拡大内閣府の試算によると、政府全体の量子関連事業予算は、2023年度は当初および補正を合わせて約800億円だったが、2024年度では1,003億円(当初368億円、補正635億円)に拡充された(図表7)。直近の2025年度予算案も引き続き文科省および経産省に重点的に割り当てられたものの、これまで予算がつかなかった省庁にも配分された(図表8)。図表7 過去3年の量子技術関連予算データソース: 内閣府 第20回量子技術イノベーション会議(2024年7月26日)「量子未来社会ビジョンの実現に向けた取組の推進」 (https://www8.cao.go.jp/cstp/ryoshigijutsu/20kai/sanko4.pdf)文部科学省 第34回量子科学技術委員会(2025年2月14日)「令和7年度予算案の量子技術関連予算について」(https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/089/shiryo/1421258_00016.htm)注:基金は単年度に要する予算を推計して計上。また量子関連予算は半導体、AIなどの大型事業の一部に含まれることもある。量子関係予算のみを切り出すことが困難な場合は未計上である点に留意。図表8 2025年度当初予算における量子技術関連事業(抜粋)データソース:内閣官房行政事業レビュー見える化サイト RSシステム(https://rssystem.go.jp/top) および各省の予算資料2025年度予算で、防衛省においても量子暗号技術導入実証に関する関連予算が計上された点に注目したい。それまでは概算要求にとどまっていたが、安全保障における量子技術の重要度の高まりから計上に至ったと考えられ、今後は応用可能性の検討が進められていくだろう。また外務省も小規模ながら海外技術動向調査のための予算を計上しており、二国間・多国間での関係強化を図っていく。(2)経産省の予算動向とG-QuAT稼働量子技術の産業分野で応用のための政策を推進する経産省の予算動向を詳細に紹介したい。同省所管の産総研が企業や研究機関との共同研究・実証実験を担いつつ、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を通じてプロジェクトに対する資金援助を提供している。2025年度予算案においても技術開発、産業応用研究支援などで既存事業の積み増しが目立つ。同時に、推進方策に沿う形で、今後の量子技術の実用化・産業化を見据えた技術管理体制の「制度設計」のための基礎調査などが盛り込まれた点にも注目したい。文献調査・アンケートやヒアリングなどを通じて、国内外の研究開発活動や海外政策の動向、それを取り巻く環境や技術及び社会ニーズなどの把握・分析を行っていく。2024年度補正予算において同省は、量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)の強化に1,000億円を充て、最先端の量子コンピュータの技術開発や産業育成に注力している。2023年に産総研が設立したG-QuATは、AI向けのスーパーコンピュータと量子コンピュータの実機を使った実証研究の機会を研究者や企業ユーザーに提供する、世界でも稀有な施設だ。6月から設備の利用開始予定であり(※3)、今後の日本の量子技術産業化において中心的な役割を果たすことが期待される。3.ビジネス創出に資する政策を日本の量子技術関連予算は拡大傾向にあるものの、中国や米国、英国、ドイツなどと比較すると規模はかなり小さい(図表9)。それでも研究開発の成果を実際にビジネスの創出につなげることができるのとの前提に立って、日本の量子技術戦略の方向性を支持したい。図表9 各国の量子技術に対する公的投資の規模(公表ベース、予算額を含む)データソース:Mckinsey&Company(2024) ”Steady progress in approaching the quantum advantage” (https://www.mckinsey.com/capabilities/mckinsey-digital/our-insights/steady-progress-in-approaching-the-quantum-advantage)ビジネス創出の観点から、日本の強みとなりえる要素はある。先進的な国内企業は、量子コンピュータ特有の問題解決手法を高度な並列処理能力を持つ古典的なハード上で模倣する「量子インスパイアード技術」を用いて、多様なユースケースを蓄積してきた。また、NEDOは、国内企業を中心とする量子コンピュータのビジネスでの利活用事例56件を公表している(※4)。サプライチェーンとの対応関係やビジネス効果などを整理・分析した情報であり、量子コンピュータ活用の糸口となる。量子技術への関心は高いものの、実際に自社でどのように活用し付加価値を創出できるのか具体的イメージを持てない企業は多い。それだけに、NEDOの情報公開は非常に重要である。また、G-QuATの本格稼働により、そのような企業の参考となるビジネスユースケースがさらに蓄積されていく可能性が高い。スタートアップ育成を支援するインキュベーション事業も不可欠だ。ハード・ソフト両面での開発や優れたユースケース創出を通じて国内外から投資資金を呼び込むビジネスエコシステムの構築には、その基盤となる日本発スタートアップの創出が欠かせない。しかし、デロイト トーマツによる世界の量子コンピューティングスタートアップ資金調達ランキング(上位50社)には、日本と比較しても経済・人口規模の小さいカナダやフィンランド、オーストラリアなどのスタートアップが複数見当たる一方で、日本企業は1社のみだ(※5)。今後数年の産学官における量子技術の取り組みは、未来の世界のビジネス勢力図を大きく変えうる。日本が今まさにその分水嶺にあることを意識しつつ、産官学の密接な連携のもと、量子技術が創り出す未来の可能性を広く社会に共有することで、社会機運の醸成を図っていきたい。【関連ウェブサイト】デロイト トーマツ、日本の量子産業創出に向けて、“Quantum Harbor”プロジェクトを始動|ニュースリリース|デロイト トーマツ グループ|Deloitteデロイト トーマツ、量子コンピュータ開発の米QuEraと日本での量子産業発展の加速を目指す戦略的協業を開始|ニュースリリース|デロイト トーマツ グループ|Deloitte<参考文献・資料>(※1)国立研究開発法人産業技術総合研究所. 2024年10月24日ニュースリリース「産総研とQuEraとのMOU締結で量子コンピュータの商用利用に向けた連携を強化」(https://www.aist.go.jp/aist_j/news/au20241024.html)(※2)国立研究開発法人理化学研究所. 2025年2月12日. 「量子コンピュータ「黎明」が理化学研究所で本格稼働、量子ハイブリッド高性能コンピューティング新時代を切り拓く」 (https://www.riken.jp/pr/news/2025/20250212_1/index.html)(※3)国立研究開発法人産業技術総合研究所 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター. 2025年3月21日「設備の利用開始に関するお知らせ」(https://unit.aist.go.jp/g-quat/ja/results/announce/announce_20250321.html)(※4)国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構. 2025年2月17日ニュースリリース「国内公的機関として初めて、量子コンピューターの利活用事例集を公開しました―国内企業を中心とした56事例を掲載、独自の分析結果提供―」 (https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101809.html)(※5)デロイト トーマツ. 2024年3月. 「量子コンピューティングの未来を切り開くグローバルスタートアップの今 量子スタートアップ調達額ランキング-2025年2月」(https://www2.deloitte.com/jp/ja/blog/d-nnovation-perspectives/2025/global-startup.html)

FA Professional Interview

ヒトメミライ 一目未来

ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「NEXUS情報の人類史」を読みながら、最近のトランプ関税の動きを眺めている。超大国の民主主義国家であるアメリカが一人の大統領によって大きく動かされ、世界を巻き込み、混乱が生じつつあるのは改めてアメリカの影響力を感じるし、今後の不透明感がより高まっていると思うこの頃である。民主主義国家の代表であるアメリカがこれまでとは違う側に行くのか、非常に興味深い。▼アメリカは、若い国であり、今後、第二次世界大戦の時のような権威主義・全体主義にも行きかねない危なさはある。そういう危機の入り口にいるのかもしれない。また、AI革命が盛んに喧伝されるが、AIは情報の中央集権体制と相性がいいという側面を持つ。アメリカでも意見の多様性を排除するような言説が目立ち、そこにAIの進化が加わってくるとディストピアの世界感が出てきて、悲観的になるところもあるかもしれない。▼しかし、そういう悲観的な状況になればなるほど、楽観の力を信じたい。楽観的に、将来を良い方向に変えていこうとする実行力が求められている。テクノロジーの進歩は止められないが、それを破壊的な動きに繋げることは避けなければならない。▼テクノロジー業界に身を置くものとして、テクノロジーを良い方向に使っていこうという意志、議論を封じる方向ではなく議論を活発化する方向に使っていこうという意志が、今まさに求められているところである。(パートナー 熊谷圭介)
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