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日本のスポーツビジネスの転機とこれから

2016年、日本のスポーツビジネスは新たな時代を迎えました。内閣府が「日本再興計画」でスポーツを国の成長産業と明確に位置付けたことで、これまで“お金儲け”とは縁遠かったスポーツ業界に、ビジネスとしての積極的な発展の機運が生まれました。国の成長戦略の一翼を担うことで、業界のマインドも大きく転換し、新たな挑戦や投資が加速しています。今回はスポーツビジネスのスペシャリストで新しいeスポーツのビジネス化を推進しているデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーの里崎慎と小谷哲也に話を聞きました。(聞き手:編集部 川端)2013年に打ち出された日本再興計画では、当時の成長産業10分野の一つにスポーツビジネスが選ばれました。2012年時点で約5.5兆円とされていたスポーツビジネスの市場規模を、2025年には15兆円規模に――つまり約3倍に拡大させようという旗を国が掲げました。これは単なる数字の話だけではなく、スポーツが社会に与えるインパクトや、産業としての可能性を国が正式に認めたという意味合いが大きいです。この国の方針決定が、スポーツ業界だけでなく企業や自治体、メディアにも大きな影響を与えました。オリンピックの招致、スポーツ庁の創設、各種スポーツリーグのプロ化促進など、スポーツを「社会を動かす力」として位置づける動きが加速しました。スポーツビジネスの社会的価値の再発見コロナ禍はスポーツビジネスに大きな打撃を与えました。しかし、里崎は「逆に“スポーツの本当の価値”を改めて考える大きなターニングポイントになったとも考えています。広告宣伝やイベント集客だけではなく、スポーツが持つ社会的価値やエンターテインメント性に、リーグやクラブといったコンテンツホルダーだけでなく、企業も、ファンも、真剣に向き合うようになった」と強調します。SDGsやESGの観点からも、スポーツを支援する企業が増えています。従来は広告宣伝費の一部としてスポーツを活用していた企業も、今は“社会課題の解決”や“地域活性化”といった目的で、より本質的な関わり方を志向し始めています。例えば、スポーツを通じた健康増進プログラムや、子どもたちの教育支援、障がい者スポーツの普及、地域コミュニティづくりなど、スポーツが担う役割はますます多様化しています。日本と世界のスケールの違いと課題日本のスポーツビジネスが拡大してきた一方で、海外との市場規模の差は依然として大きいのが現状です。例えばサッカーのプレミアリーグとJリーグの規模の差は歴然です。最大の違いは“ベッティング(賭け)”の存在。欧米ではスポーツベッティングが巨大な市場を形成しており、放映権料なども含めてお金の動く桁が違います。日本では法規制のハードルが高く、スポーツベッティングが解禁されていません。そのため、スポーツコンテンツのマネタイズ手法が限られ、市場の成長に時間がかかっている面があります。実際、海外ではスポーツベッティング市場がスポーツビジネス全体の成長エンジンになっており、放映権料やスポンサーシップの規模にも直結しています。さらに、海外ではスポーツが“エンターテインメントコンテンツ”として幅広い層に受け入れられており、メディアやテクノロジーの進化も市場拡大を後押ししています。日本でも今後、法制度や社会的理解が進めば、大きな成長余地があるといえます。お金を出す企業と受け手の関係性が変わる「企業からの投資も増えていますが、課題も残っています」と里崎。「今まではスポーツと縁のなかった企業も興味を持つようになりましたが、コンテンツホルダー側が企業の期待にこたえられる体制を整えなければ、せっかくのチャンスを逃してしまうことも多いです。」「スポーツビジネスの成長には“お金を出す側”と“受け手”であるスポーツ団体やリーグ、選手たちの両輪がうまく回ることが大切です。広告宣伝だけでなく、ESGやSDGs、社会貢献、地域連携など、多様な切り口で価値連携できるかが問われています」とコメント。今後の日本スポーツビジネスへの期待スポーツビジネスはまだ「これから」のステージですが、社会的意義や持続可能性を重視した新しいモデルが生まれつつあります。高校野球やアマチュアスポーツにももっと資金が流れる仕組みづくりが必要ですし、ビジネス化が進めば選手や現場を支える人たちにもより良い環境が提供できるようになると考えられます。

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多極化時代のソフトパワー

国際社会が急速に多極化へと向かうなか、「ソフトパワー」や「知的財産」の戦略的価値が注目を集めています。文化や価値観など目に見えない魅力によって他者を惹きつける「ソフトパワー」、人の創造的活動が結実する「知的財産」。これらはどのようなものか、組織・人材戦略、競争力強化にどのように活かせるのか。今回の特集では、ソフトパワー・知財の最新情勢や活用例、プロフェッショナルの分析をお伝えし、経済・ビジネスの活力を引き出すヒントをご提供します。

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第3回 サプライチェーンにおける人権リスクと対応

国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「国連指導原則」)(*1)や日本政府が策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下、「ガイドライン」)(*2)において、企業は「日本国内のみならず世界各地における自社・グループ会社と記載されています。自社の製品・サービスと直接関連する限り、サプライチェーンにおける「負の影響」(人権侵害・そのリスク)についても、「自社の責任」として対応が求められます。取引先等において人権侵害が発生したとしても、「当社と資本関係のない企業であり、当社とは関係がありません」と説明することは、国連指導原則等に則した対応とはなりません。本記事では、法規制などで定められる企業の人権リスクの責任範囲、サプライチェーン上の人権リスクとその影響、実際にサプライチェーン上で起きたグローバル企業における人権侵害の事例、サプライチェーンにおける人権リスクへの対応について解説します。*1ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために(A/HRC/17/31) | 国連広報センター *2責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン|ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会清水 和之デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社パートナー有限責任監査法人トーマツにて上場企業等の法定監査業務に従事した後、DTFAに参画。企業が危機に直面した際の危機管理・危機からの脱出を支援するクライシスマネジメントにおいて、企業の会計・品質偽装・贈収賄等コンプライアンス不正調査案件、企業不正からの改善・再生プロジェクト、クライシスマネジメント対応支援、サプライチェーンリスクマネジメント、人権DDなどに従事。詳細はこちら 大沢 未希デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社シニアコンサルタント 大手総合電機メーカー、総合コンサルティングファームを経て、DTFAに入社。企業の危機管理および危機からの脱出を支援するクライシスマネジメントサービスにおいて、大手企業の危機対応、再発防止策策定・実行、M&A案件におけるビジネス・インテリジェンスサービス、人権課題対応支援などのプロジェクトに従事。 企業の人権リスクの責任範囲グローバルサプライチェーンの広がりに応じて、企業が国内外の自社ビジネスやサプライチェーン全体で人権尊重に取り組むことが求められています。サプライチェーンの末端における児童労働、安い労働力による搾取などといった人権侵害が明るみに出はじめ、企業として責任ある対応を求める声が世界中で高まりました。このような背景を経て、2011年の「国連指導原則」の採択をきっかけとし、各国において人権尊重の取り組みに関する法規制の施行やソフトロー化が急速に進められています。日本においてもこの潮流を受け、2020年には「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)(以下、「行動計画」)が日本政府により策定され、さらにその取り組みの促進のための「ガイドライン」が2022年に策定されました。これらの法規制やガイドラインでは、企業は自社・グループ会社のみならず、サプライチェーン全体における人権リスクを適切に管理・監督する責任があると定めています。例えば「国連指導原則」では、「たとえその影響を助長していない場合であっても、取引関係によって企業の事業、製品またはサービスと直接的につながっている人権への負の影響を防止または軽減するように努める」と記載しており、自社が直接人権に悪影響を及ぼしていない場合であっても、取引先による人権侵害が起こっていれば、防止や軽減に努めることを求めています。2024年7月にEUで発令された「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」では、一定の売上高等の要件を充足する企業(以下、「適用企業」)に、自社及び子会社の事業のみならず、「chain of activities」(*3)と定義された上流及び下流の事業活動全般に関する人権及び環境のデューデリジェンスの実施や開示等を義務付けています。2020年に日本で策定された「行動計画」においても、基本的な考え方として「サプライチェーンにおける人権尊重を促進する仕組みの整備」を実行計画に定めており、人権を尊重する企業の責任を促進するための政府の取り組みは国内外のサプライチェーン全体を対象としています。*3DIRECTIVE (EU) 2024/1760 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL サプライチェーン上の人権リスクとその影響サプライチェーン上の人権リスクは多岐に渡ります。例えばメーカーでは、材料などの「調達」、「生産」、「販売」、「流通」等といった一連のプロセスによって事業活動が営まれますが、「調達」の段階では、鉱物資源の調達時における紛争地での人権侵害への加担といった人権リスク、「生産」では取引先の下請工場による児童労働や強制労働といった人権リスク等、全ての事業活動のステージにおいて、人が関与している限り、人権侵害が起こる可能性があります。そのため、一つのプロセスだけでなく、事業活動の全てのプロセスにおいて、サプライチェーン全体における人権リスクの可視化が求められます。図1 サプライチェーンにおけるコンプライアンスリスクこれらのサプライチェーン全体を含めた人権リスクの適切な管理・監督を怠ることで、中長期的には、レピュテーションの毀損、訴訟、ストライキといった多様な事象に対処する必要に迫られることになる可能性があります。人権リスクに適切に対応しない場合の経営リスクの例を挙げますと、例えば、サプライチェーン上の人権侵害が明るみに出ることで、不買運動などによる消費者購買の減少、取引先の調達基準を充足できないことによる取引停止、海外諸国において製品の輸入禁止措置を受ける等、売上や仕入への影響をきたす「オペレーションリスク」があります。また、昨今の欧州をはじめとする各国における法規制は、違反した場合多額の罰金を課す等の罰則が規定されている場合が多く、人権侵害を被った被害者などからの訴訟により、多額の賠償金の支払いが課される可能性があります。このような訴訟や訴訟対応コスト、法令違反による課徴金等による大幅なコスト増につながる可能性のある「法務・レピュテーションリスク」があります。さらに、法規制への違反の罰則として企業名を公表されるなどといった措置による企業イメージの悪化、それによる投資家からの評価減による株価の下落、などといった企業価値の毀損につながる「財務リスク」があります。こうした人権リスクを回避し、事業を安定的かつ継続的に維持するため、企業は人権を事業活動上の重要なリスク・ファクターとしてとらえ、その低減に努める必要があります。図2 人権対応への遅れがもたらす重要な経営リスク グローバル企業におけるサプライチェーン上の人権侵害の事例人権を経営リスクとして捉え、サプライチェーンまで含めた人権デューデリジェンスに取り組むグローバル企業は増加傾向にありますが、関係企業や取引先といった一次サプライヤーまでリスク管理対象範囲としている企業は多い一方、その先の二次サプライヤー以降までをも管理対象としている日本企業はまだそれほど多くありません。当社が2023年に実施した「人権サーベイ2023」(上場企業を中心に約100社に対し人権意識や各企業の取り組み状況を調査)では、「サプライチェーンにおいて、どこまでをリスク把握・管理の対象としていますか」といった質問に対して、約9割の企業が2次サプライヤーまで人権リスクを把握できていないと回答しました。図3 サプライチェーンにおけるリスク把握・管理の対象範囲出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社「人権サーベイ2023」ここで実際に、二次サプライヤー以降で発生した人権侵害への責任が、発注元の企業に問われた事例(*4)を紹介します。グローバルに事業を展開するD社、S社、T社、N社は、ライセンス使用権限をタイにあるライセンシー(元請け)に譲渡し、元請けは、下請けの縫製工場(A工場、B工場)に依頼し、キャラクターグッズ等の製造を依頼していました。2019年、複数の下請工場において、ミャンマーからの移民労働者に対し、最低賃金に満たない給与を支払っていたことが判明しました。図4 グローバル企業におけるサプライチェーン上の人権侵害の事例当局はA工場、B工場のオーナーに未払い分の給与を労働者に支払うよう命じ、A工場のオーナーは、約18百万タイバーツ(日本円換算で約79百万円)の補償金を支払いました(図4①)。一方で、B工場のオーナーは、家宅捜索後に事業を閉鎖したため、約3.5百万バーツ(日本円換算で約15.4百万円)分の未払い賃金が支払われない状態となりました。そこで労働者たちは、裁判所に訴訟を起こし、B工場のオーナーに未払い賃金の支払いを求めました。結果、労働者はB工場のオーナーから約1百万バーツ(日本円換算で約4.4百万円)の未払い賃金の支払いを受けることで和解に合意しました(図4②)。しかし、残りの2.5百万バーツ(日本円換算で約11百万円)については未払いのままとなりました。このような状況において、世論から発注元であるトップブランドの各社(D社、S社、T社、N社)においても、サプライチェーン上の労働者に対し未払い賃金の支払い責任を負うべきだといった批判の声があがりました。結果、残りの未払い賃金2.5百万バーツ(日本円換算で約11百万円)については、発注元各社が労働者に対し直接補償を行うこととなりました(図4③)。また、発注元各社は補償対応をより迅速に行うべきであったと、対応への遅れに批判の声が挙げられました。このように、直接契約等の効力が及ばない二次サプライヤー以降であっても、サプライチェーン上で発生した人権侵害への対応や賠償が要求されたり、自社製品やブラント、レピュテーションへ影響したりする、といったリスクがあります。グローバルにビジネスを展開する企業にとって、サプライチェーンの持続性を保つことは不可欠であり、リスクの低減を図るためには、高い管理水準をサプライチェーン上の企業にも適用することが肝要です。*4Thailand: Starbucks, Disney, Tesco & NBC commit to compensate illegally underpaid migrant garment workers in their supply chains - Business & Human Rights Resource Centre サプライチェーンにおける人権リスクへの対応企業はサプライチェーン全体を含めた人権尊重責任を果たすため、サプライチェーンの段階に合わせて人権リスクへの対応を実施していく必要があります。図5 サプライチェーンにおける人権リスクへの対応図5は、サプライチェーンの広がりに応じた人権リスクへの統制について示したものです。本社においては、自社内におけるガバナンスと統制を効かせることで、人権リスクを低減することが可能です。次に、日本や海外にある子会社に対しては、資本関係や株主権限によるガバナンスを利かせることができる範囲であり、人権リスクの発生を抑えていくことが可能です。次にサプライヤーの階層ですが、一次サプライヤーとは契約書を締結するので、契約書に人権条項を入れる形で影響力を高める法的アレンジメントが可能となります。ただし、人権条項の内容によっては努力義務に留まるなど、実効性の確保には相応の努力が必要となります。さらにその先の二次サプライヤーや三次サプライヤー等については、本社と直接的な契約がないため、本社による統制が効かない範囲となります。資本関係や契約書などの直接的な関係性がないため、人権リスク調査などの対応は依頼ベースとなり、「交渉」が必要となります。二次サプライヤー以降など自社グループから遠くなればなるほど、サプライチェーンの統制は難しくなります。そのため、まずは、二次サプライヤー以降も含めたサプライチェーン全体の可視化を行い、それぞれのサプライチェーンにおける潜在的な人権リスクを調査したうえで、自社の事業特性などを踏まえて人権リスクを評価します。二次サプライヤー以降に対するリスク調査は、上記の通り依頼ベースとなるため、円滑なコミュニケーションを図ることができる、一次サプライヤーの購買担当者を窓口にするなどといった工夫が必要となります。また、リスク評価の結果、二次サプライヤーにおいて高リスクの人権リスクが発見された場合は、オンサイトで人権デューデリジェンスを実施する等の対応を取ることが推奨されます。特に、それらの取引先が海外にある場合、対象となる従業員等は社会的に脆弱な立場にあるステークホルダーである可能性があり、より深刻な負の影響を受けやすいため、特別な注意を払う必要があります。オンサイトで人権デューデリジェンスを実施する際は、現地言語が通じる人員によるインタビューの実施、現地従業員がどのような人権侵害を受けたか判断するため、現地法律に対する理解が重要となります。これらに自社で対応することが難しい場合は、外部専門家の活用も選択肢となります。 おわりに欧米をはじめとする世界的な法規制や社会的要請が強まる中、サプライチェーンにおける人権侵害リスクを防止・軽減する取り組みは、企業の社会的責任を果たすために不可欠です。「人権」を重大な経営リスクと捉え、企業が人権を尊重した経営を実践することは、サプライチェーンに広がる多様な人権リスクを予防することにつながります。二次サプライヤー等自社グループから遠い場所から人権侵害が発生したとしても、人権侵害は自社製品/商品/サービスやブランドに直接的な影響があります。よって、自社のサプライチェーンを可視化し、自社の統制が直接効かない二次サプライヤー以降のサプライチェーンに対しても人権デューデリジェンスを実施していくことが求められます。「ビジネスと人権」シリーズ最終回は、人権を尊重する経営のためには、具体的にどのような取り組みを行うべきかを解説します。<<第2回 日本における「ビジネスと人権」の動向はこちらから第4回 人権を尊重する経営のための取り組みに続く>>関連書籍サプライチェーンにおける人権リスク対応の実務ー「ビジネスと人権」の視点で捉える、リスクの可視化とデュー・ディリジェンスの実践

連載:ビジネスと人権
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米国の対中政策の転換

景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2025年8月18日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。Ira KalishDeloitte Touche Tomatsuチーフエコノミスト経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。 ハイテク製品の輸出制限緩和近年、米国政府は中国に対し、先端半導体やその製造装置など重要な技術の輸出を制限してきました。その目的は、中国が米国の覇権を脅かす軍事能力を得ることを阻止することにありました。この政策は第1次トランプ政権、さらにバイデン政権でも継続され、超党派の支持を得ていました。しかし現在、第2次トランプ政権では異なるアプローチを採用しています。主要品目の輸出を制限するのではなく、輸出企業が米政府に手数料を支払うことを条件に、一部ハイテク製品の対中輸出を認める方針へと転換しました。政府は、「中国が最先端技術を入手できないよう、技術水準を落としている」と説明していますが、政権の批判派は「新しいアプローチでも、依然として中国の軍事能力向上につながってしまう」と警鐘を鳴らしています。米国連邦議会下院・中国特別委員会の共和党委員長は、「輸出管理は国家安全保障を守る最前線の防衛手段であり、中国のAI能力を強化する技術の販売を政府が許可するような前例を作るべきではない」と主張しました。これに対し政権側は、新たな政策は米国の輸出拡大に資するものであるとして正当化しています。アジア諸国への高率関税による逆効果一方、米国は企業に近隣のアジア諸国への投資を通じた対中依存リスクの軽減を促してきましたが、それらのアジア諸国に課した高関税はその狙いとは反する効果をもたらしているようです。東アジア諸国に課す高関税は、これらの国々と中国の経済的・政治的関係を強化する要因となっています。一方、中国に対する高関税は、中国への海外直接投資(FDI)の急減につながっています。2025年第2四半期のFDIは87億ドルと、2022年第1四半期に記録したピーク時の10%未満まで落ち込みました。インドとの関係悪化米国と関係が悪化しているように見える国の一つが、インドです。インドがロシアからの原油輸入を継続していることを理由に、米国はインドからの輸入に高関税を課しました。その影響により、インド国内では米国製品の不買運動が始まっています。米国にとって、インドはアジア太平洋地域で拡大する中国の地政学的影響力を抑えるための重要な存在とみなされてきました。そのため、現在のインドに対する対応は、一部で疑問視されています。※本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。Deloitte Global Economist NetworkについてDeloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

連載:海外レポートから読み解く世界経済
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「世界の悲しい経験を減らしたい」海外に飛び出し社会課題に立ち向かう女性起業家たち

強盗の件数が日本の1500倍のブラジル、テロが頻発するブルキナファソ、女性が若年妊娠と貧困に苦しむタンザニア。これらの社会課題に取り組む女性起業家が、大阪・関西万博で開催されたイベントに登壇し、世界で困難に立ち向かい道を切り拓く体験が語られました。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(DTFA)が運営を担当する女性活躍支援プロジェクトToget-HERが本イベントを主催しました。女性活躍支援プロジェクトToget-HERが万博で特別イベント開催女性活躍を支援する一般社団法人Toget-HERが、2025年7月10日・11日に大阪・関西万博のウーマンズパビリオンで特別イベントを開催しました。10日には「社会課題を解決する女性起業家たち​」と題したプログラムに、南米やアフリカで、犯罪・治安、貧困、女性の雇用などの社会課題に取り組む3人の女性起業家が登壇し、Toget-HERをリードするDTFAの大塚泰子がモデレーターを務めました。「世界の悲しい経験を減らしたい」「貧困をなくしたいという志を持って単身ブルキナファソに拠点を移した」「タンザニアで、16歳で双子を妊娠して退学したアナに出会った」など印象的なコメントが多いパネルディスカッションとなりました。画面上左上 菊池モアナさん、右上 梶田真実さん、下 原口瑛子さん、手前 DTFA 大塚泰子株式会社Singular Perturbations 梶田真実さん 独自アルゴリズムで犯罪発生数を68%削減最初に自己紹介をしたのは、株式会社Singular Perturbations(シンギュラー パータベーションズ)代表の梶田真実さんです。統計物理(理論)を専門とする研究者でしたが、病気にかかったことなどをきっかけに、社会をより良くするために知識や能力を使いたいと考えるようになり、起業したと言います。イタリアでスリに遭った後、曜日や時間、場所などがスリが起きる確率が高くなる条件に当てはまっていたことに気づきました。そこで人口、過去の犯罪データ、衛星画像、建物属性等様々なデータを使い、独自のアルゴリズムに基づき犯罪予測を行うシステムCRIME NABIを開発し、「世界の悲しい経験を減らす」というビジョンを掲げ事業を進めています。世界的に犯罪件数が多い中南米を主要ターゲットとし、ブラジルやホンジュラスの警察などにサービスを提供しています。転移学習を使いデータが少なくても予測が行える、AIの専門家でなくても犯罪のパトロールや監視カメラのモニタリングを効果的に行えるといった強みがあり、ブラジルのミナスジェライス州では盗難の発生数を68%削減するという効果を得ました。女性としての難しさを聞くと、「私は物理学、起業、警察と、男性の割合が非常に高い中で生きてきています。その中でリーダーシップを発揮するためには、納得性が高いロジックや成果を示すことが大切だと考えています。また、やはり属性が似ている人とは関係を築きやすいというのはあります。ブラジルで初めて警察向けの事例ができた都市は、首長が女性だったことが関係しているかもしれません」と答えました。【Borderless Burkina Faso】原口瑛子さん テロの影響を受ける国で女性の雇用を創出ソーシャルビジネスを専門とする株式会社ボーダレス・ジャパングループから、原口瑛子さんと菊池モアナさんが、事業を行うアフリカ現地から登壇しました。原口さんは、学生のときにケビン・カーターの有名な写真「ハゲワシと少女」を見て、貧困をなくしたいという志を抱いたと話し始めました。2022年に単身ブルキナファソに拠点を移し起業します。ブルキナファソは世界最貧国の1つで、テロも頻発しています。原口さんが現地の人と膝を突き合わせて語り合ううちに、就学率・就労率が低い女性が特に弱い立場に置かれていることを知りました。女性達に自立できる安定収入と帰属できるコミュニティを提供できるビジネスを行いたいと考えました。ブルキナファソはシアナッツの生産が世界トップレベルで、その資源を活かしシアバターを事業化しました。シアバターの加工・製造を行う女性組合と連携し、海外の化粧品メーカーに販売を行います。取引先からは原料の作り手の顔が見えるトレーサビリティの高さが評価されているといいます。さらに、革製品のケア用品などシアバターの用途拡大にも取り組んでいます。「貧困の解決という大きな課題に対しては大海の一滴でしょうが、私の挑戦によって、ほかの誰かが後に続きやすくなるかもしれないと思っています。私は子供時代を熊本で過ごしましたが情報が乏しかった。今はどこにいても、世界で様々な活動している女性を身近に感じることができますよね、このイベントや万博もその機会の一つです」と語りました。【Borderless Tanzania】菊池モアナさん 生理用ナプキンの製造工場を全国に展開したい菊池さんは大学で「教育が社会課題解決のカギを握る」と学び、現場を見たいとタンザニアに行きました。そのとき、16歳で双子を妊娠して退学し、貧困の中で自殺も考えた少女アナに出会いました。タンザニアでは、女性の4人に1人が10代で望まない妊娠をし、学校を辞めざるを得ず、中絶を禁じられ、シングルマザーとして貧困に苦しんでいるという厳しい現状を知ります。菊池さん自身も若くして妊娠・出産を経験しましたが、「日本は様々な援助があり恵まれている。助けてもらった分、タンザニアの女性達をサポートしたい」と決意したそうです。タンザニアでは生理用ナプキンの製造工場を設立し、若年妊娠で退学した女性達に働く場を提供しています。ナプキンは中~高所得者向けに販売し、利益から貧困層の少女達にナプキンや性教育を寄付する仕組みです。「初めは安く作ろうと考えましたが、いくら安くても、貧困ライン(一日280円)以下で生活している貧困層には手が届かないと気づきました。彼女たちは生理用品がないので紙や端切れなどで代用し、水も満足に使えないため不衛生で、尿路感染症が風邪レベルで流行しています。生理ケアができないため学校を休み、授業についていけなくなって退学する子も多い」と説明します。国連人口基金などとも連携し、これまでナプキン53万枚の寄付を行ったほか、工場を全国に展開する計画を進めています。最初の訪問で出会ったアナは、今は工場のリーダーとして生き生きと働いているそうです。女性の視点が社会課題の解決にどうつながったか、という質問には「男性社会では『若い女性が子供を産んで家にいるのは普通だ』と思われてしまうので、見落とされやすいテーマを扱えています。ただし、外国人の小娘として扱われる難しさはあります。政府の役人から袖の下を要求されたりもします」と答えました。上川陽子前外務大臣もエール「大変頼もしく、感動しました。また話を聞きたい」上川陽子衆議院議員も会場でセッションを聞いていました。「私はWPS(Women, Peace, and Security、紛争・災害・暴力等の課題への女性参画)に取り組んでいます。皆さん使命感を持ってその現場で活動されていて、大変頼もしい。課題に立ち向かい、切り拓いていく力に感動しました。持続し拡大していく中では、さらに大きな問題を乗り越えていかなくてはならないでしょうし、自分が今持ってない力が必要となるフェーズもあるでしょう。この先のお話もまた聞きたいです」とコメントし、3人の女性起業家にエールを送りました。DTFAの大塚は、「皆さんのお話には感動しました。女性は『次世代のために、いい社会を作りたい』という意識が強いと思います。そういう女性の強みを活かしていきたいですね」と締めくくりました。

連載:社会課題の解決に挑むスタートアップ
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海洋国家日本から世界へ、イノベーションでブルーエコノミーの未来に挑む

海洋資源の持続可能な利用と環境保護を両立するブルーエコノミー。海に囲まれた島国日本にとっては、新たなビジネスフロンティアになるという期待が高まっています。伝統的な業界である水産業から最新の環境保全まで、ブルーエコノミーに革新をもたらすスタートアップが世界に挑もうとしています。身近な海とイノベーションが交差する未来を展望します。水産業や海の生物多様性に取り組む注目のスタートアップ日本は、国土面積は世界61位の島国ですが、排他的経済水域の面積では世界6位となる海洋国家です。さらに、日本は大深度水域を広く保有しているため、排他的経済水域の体積では世界4位に浮上します。日本にとって、食料、資源・エネルギーの確保、地球環境の維持、物資の輸送等、海は大きな役割を果たしています。一方で、気候変動による生態系の変化、プラスチックごみなどによる海洋汚染、世界的な人口増と乱獲などによる水産資源の減少など、海の環境は多面的な危機に直面しています。図 1:排他的経済水域の海洋体積データソース:笹川平和財団(*1)近年、海洋の生態系や環境の保護・維持・回復によって、経済成長や生活の向上を促進する、ブルーエコノミーへの関心が高まっています。漁業や海運などの経済活動に関わる価値創出に留まらず、生物多様性、循環型経済(サーキュラーエコノミー)、藻場やマングローブでのCO2吸収(ブル―カーボン)、経済安全保障などとも深い関係があります。海洋国家の日本はブルーエコノミーとの親和性が高く、海は身近なビジネスフロンティアになり得るポテンシャルを持っています。図 2 ブルーエコノミーの概念図デロイト トーマツ戦略研究所作成ブルーエコノミーのステークホルダーは、企業、自治体、研究機関など多岐にわたります。どの主体にとっても、革新的なビジネスモデルや技術を持つスタートアップとのオープンイノベーションは重要な要素の一つとなるでしょう。本稿では世界市場を見据えて事業を展開するスタートアップ2社を紹介します。イノカの海の生き物が好きという熱意、ベンナーズの水産系企業3代目としての思いなど、熱意を持った起業家が社会と環境にインパクトをもたらすことが期待されます。(掲載は企業名50音順)【株式会社イノカ】海の生物多様性を守るため自然の環境を再現する「環境移送技術」を開発 竹内 四季氏 株式会社イノカ COO東京大学在学中に障がい者雇用に関する先進企業事例を研究し、社会起業家を志す。人材系メガベンチャーでの営業経験を経て、2020年2月にイノカに合流し、COOとして事業開発・パブリックリレーションズ全般を管掌。 イノカは、代表の高倉氏が、趣味だったアクアリウム(水槽で水生生物を飼育し鑑賞すること)から社会に価値を生み出すことを目的に2019年に創業しました。イノカCOOの竹内氏は、「ソーシャルビジネスに携わりたいと考えていましたが、大学のサークル仲間だった高倉から最初に話を聞いた時は、ずいぶんニッチな領域だと思いました。しかし、自然資本を経済活動に組み込むというアイデアに魅力を感じたのです」と創業当時を振り返ります。高度な生態系飼育技術を持つCAO(Chief Aquarium Officer)の増田氏を筆頭に、自然の海の水温・明るさ・水流・水質・生物などの複雑な要素をパラメーターとしてIoTや機械学習などのテクノロジーを使って制御し、水槽の中で自然の環境を再現する独自の「環境移送技術」を開発しています。飼育が容易ではないサンゴを、人工海水を使った閉鎖的な環境で、時期を管理して産卵させることにも成功しました。竹内氏は技術の事業化を担っています。「初めは我々の技術をどう役立てられるか手探りでしたが、生物多様性やネイチャーポジティブへの関心の高まりが追い風になりました。事業化に取り組む企業が増えている実感があります」といいます。自然の海では実験や研究に手間やコストがかかるうえに地域、天候など諸条件が不安定ですが、環境移送技術を使った人工的な環境は、安定して比較検証を行えるメリットがあります。資生堂との提携で日焼け止めなどの成分がサンゴ礁に与える影響の研究、JFEスチールの鉄鋼製造の副産物である鉄鋼スラグを使ったサンゴ再生の研究などの事例が生まれており、共同研究が売上の7割を占めます。2022年にはデロイト トーマツ コンサルティングともアライアンスを締結し、ブルーエコノミーについてのセミナーを行うなど様々な活動を行っています(*1)。テクノロジーのフィールドはサンゴ礁に留まらず、藻場の再生、汽水湖(海水と淡水が混ざり合った湖)に生息するアサリ、マングローブ林など、幅広い水場の生態系へと広がっています。日本中のアクアリストが集うイベントも開催し、様々な生き物の生態に関する知見が集まるエコシステムの構築にも取り組んでいます。図 3 イノカのラボ風景写真提供:イノカ海洋大国である日本発で国際的なルールメイキングを推進したい気候変動、海洋汚染、開発などにより、サンゴの死滅や藻場の減少などの問題が深刻化しています。企業活動に関連して海にネガティブな影響を与える物質には、事業所からの排水、農薬・洗剤・船の塗装剤などの化学物質、日焼け止めや化粧品、洗濯した衣類からも出るマイクロプラスチックなど数多くあります。環境への負担を軽減するための具体的なアクションにつなげるためには、官民を挙げた取り組みが必要となります。イノカは2024年9月に企業、自治体、アカデミアが参画するプロジェクト「瀬戸内渚フォーラム」を立ち上げ、産官学共同で瀬戸内海の環境保全や海洋関係ビジネスの創出を目指しています。さらに、グローバルではGHG(温室効果ガス)における取り組みと同様、国際標準となる枠組みの構築に関する議論が活発化しています。竹内氏は「アジアは海洋生物多様性のホットスポットです。日本は海洋大国ですし、フィリピン、インドネシア、マレーシアなどにはコーラルトライアングルと呼ばれる生物多様性の宝庫の海域があります。GHGのルールメイキングは欧州が牽引していますが、海の生物多様性に関しては、日本発となるグローバルスタンダードを発信したいのです」とビジョンを示します。イノカは自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」のTNFDデータカタリストに参画しているほか、竹内氏は環境省ISO/TC331(生物多様性の標準化)審議委員会の委員も務めています。「グローバル標準が確立すれば、『この商品は海に優しいから買おう』など、消費者の行動変容につながる可能性もあります。企業、消費者双方のポジティブな選択につながるオープンイノベーションを実現します」と力強く語りました。またイノカは、大阪・関西万博で、8/4~8/17にブルーオーシャン・ドームでサンゴの生態調査に関するシチズンサイエンス(市民の研究活動参加)プログラムの実施、8/5~8/11に大阪ヘルスケアパビリオンでサンゴ礁の再生に関する関西大学との共同研究の展示を行う予定です。【ベンナーズ】「魚を美味しく加工して食べる」技術で魚食普及に取り組み世界を目指す 井口 剛志氏 株式会社ベンナーズ 代表取締役社長福岡の高校を中退しアメリカの高校へ編入。ボストン大学で起業学(アントレプレナーシップ)を専攻。日本の食と漁業を守ることをビジョンとし、2018年4月に福岡で株式会社ベンナーズを創業。 井口氏の祖父母は水産加工業、父親が水産卸業を経営しており、水産業は身近な事業であったとともに、消費者の魚離れ、漁業者の高齢化と担い手不足、漁獲量の減少など多くの課題を抱えていることも間近に見てきました。祖母からは「水産業に関わるな」とも言われていたそうです。しかし、ボストン大学の起業学で「起業とは社会の課題を解決すること。課題が大きいほど社会に与えるインパクトが大きい」と学び、複雑な問題が絡み合っている水産業で起業することを決めました。最初は、複雑でブラックボックス化している水産業の流通に注目し、漁業者と購入者をマッチングするB2Bのプラットフォームの提供を行いました。しかし新しい仕組みが受け入れにくかったことに加えコロナ禍で売り上げが9割減少する事態に直面しました。スーパーのバイヤーなどから「末端の消費者が魚を食べなくなっている」という声を聞いた経験も踏まえ、需要を創出するための新規事業に乗り出します。2021年3月にB2Cで魚のミールパックを定額配送するEC事業「フィシュル!」を開始しました。フィシュル!事業の入り口となった特徴の一つは「未利用魚」の提供です。水揚げ量が少ない、傷があるなどの理由で流通しない魚を指し、通常は水揚げ量の3~4割が破棄されており消費者の目に触れません。フィシュル!は、未利用魚を漁師や市場などから買い付け、新鮮な状態で工場にて加工し下味をつけ、ミールパックの状態でネット販売します。あまり知られていない美味しい魚を提供できる一方で、食材としては、狙って捕るものではなく安定しない、まとまった量がない、加工にコストがかかるなどの課題もあります。未利用魚の利用は、限られた水産資源の有効活用、廃棄ロスの削減、漁業者の収入増などの社会的意義が大きく、メディアの注目も集めました。フィシュル!のサブスクリプション会員は順調に増加し、2025年6月時点で累計5万5千人に達しました。福岡の自社工場以外に、委託工場が全国13カ所にあり、各地方の様々な水産物を提供する仕組みを整えています。現在は、未利用魚を積極的に利用しつつも、「全国の美味しい魚を美味しく加工する」という、総合的なコンセプトのもとにサービスを展開しています。バラエティに富んだ味付け、手軽さ、SNSでのアレンジレシピの発信など商品企画やマーケティングに工夫を凝らしています。大手企業との提携や海外事業など、新たな事業の柱を育成食品メーカー、外食、商社など大手企業との連携も進めています。株式会社Mizkanの味ぽん発売60周年を記念したコラボ商品の企画、株式会社ピエトロが運営するレストランで未利用魚を使ったメニューの提供、企業との連携による学生向けの食育の実施などが実現しています。企業がSDGsを推進する中で、ベンナーズの取り組みに関心が高まっており、これらの実績につながっているといいます。さらに、2024年4月には、京都に直営の海鮮丼専門店「玄海丼」をオープンしました。井口氏は、海外を訪れた際に外食市場での日本食人気の高さに感銘を受け、海外に新たな商機があると考えました。最初の出店にインバウンドが多い京都を選び、自社の商品とサプライチェーンを活かしつつ効率的なオペレーションが可能なメニューとして海鮮丼に特化しました。狙い通り外食産業としては利益率が高い事業となっており、既に京都で2店目を開設し、2025年中に大阪と東京に出店する予定です。2026年以降には海外進出を計画しています。井口氏は「日本には、世界トップクラスの魚の加工や管理、低温物流などの技術があります。海外には水産業が成長産業となっている国も多く、外食だけではなく魚を美味しく食べるための技術もトータルに展開していきたい。これまで新鮮な魚を食べていなかった人の食生活が変わるかもしれません。世界に目を向けるとポテンシャルは大きいのです」と言います。魚食文化を世界へ広めることを目指し、準備を進めています。<参考>*1笹川平和財団 Ocean Newsletter 123号「わが国の200海里水域の体積は?」(2005年9月)https://www.spf.org/opri/newsletter/123_3.html*2イノカと デロイト トーマツ、海洋資源の保全と活用を両立させる「ブルーエコノミー」推進に向けたアライアンスを締結(2022年7月)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000032.000047217.htmlTMIP「Blue Economyサークル勉強会」開催(2023年4月)https://www.tmip.jp/ja/report/3669

連載:社会課題の解決に挑むスタートアップ
研究員の視点 >>

人材流動時代の "ソフトパワー" (解説動画)

国際社会が急速に多極化へと向かい、競争は激化している。企業が次なる競争優位を築く鍵は、「惹きつける力」=ソフトパワーにあるのではないか。企業ブランドやアイデンティティ、価値観においても違いを打ち出すことが求められている。デロイト トーマツ戦略研究所の研究員が、人材獲得競争が激化する現在、国家や企業がどのようにソフトパワーを活用し、グローバル人材を惹きつけるのか解説する。解説動画デロイト トーマツ アカデミー / 人材流動時代の"ソフトパワー" 概要編デロイト トーマツ アカデミー / 人材流動時代の"ソフトパワー" 実践編(ご視聴にはサブスク会員登録が必要です)

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ヒトメミライ 一目未来

最近、スポーツコンテンツが生み出す非財務的価値を可視化し、多くのステークホルダーにその価値を説明できるツールとして、SROI(Social Return On Investment)分析という手法が注目を集めている。一定の条件の下でこの手法を活用すると、これまで説明の難しかった非財務的価値を量的に可視化することが可能となるからだ。そしてこの手法は、スポーツコンテンツに限らず、多くの企業が取り組むSDGsやESGの活動の成果を可視化するツールとしても応用可能である。▼日本ではスポーツビジネス界が先行して取り組んでいるSROI分析は、リーグやクラブからスポーツをサポートしているパートナー企業に広がり、さらにそこから他のビジネスにも派生していくことで、お金で買えない価値ある活動にも、企業として正面から投資ができる未来に繋がっていく可能性がある。▼足元でも、スポーツコンテンツの生み出す非財務的な価値を可視化する取り組みをきっかけに、企業の投資行動にパラダイムシフトが起これば、世の中にこれまでなかった新たな付加価値が生まれ、さらにスポーツコンテンツの価値が高まるという好循環のサイクルを創り出せる可能性がある。▼スポーツビジネスは興行ビジネスや権利ビジネスと捉えられがちだが、Well-Beingな世界を創り出すソーシャルビジネスと捉えると、そこから生み出される非財務的価値(社会的価値)は非常に大きなものであることが実感できるかと思う。観る、する、支えるという様々なタッチポイントを持つことから、実はあなたの身近にあるスポーツの世界。一度、競技とは違った角度から覗いてみてはいかがだろうか。(ディレクター 里崎慎)
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