DTFA Times

海洋国家日本から世界へ、イノベーションでブルーエコノミーの未来に挑む

海洋資源の持続可能な利用と環境保護を両立するブルーエコノミー。海に囲まれた島国日本にとっては、新たなビジネスフロンティアになるという期待が高まっています。伝統的な業界である水産業から最新の環境保全まで、ブルーエコノミーに革新をもたらすスタートアップが世界に挑もうとしています。身近な海とイノベーションが交差する未来を展望します。水産業や海の生物多様性に取り組む注目のスタートアップ日本は、国土面積は世界61位の島国ですが、排他的経済水域の面積では世界6位となる海洋国家です。さらに、日本は大深度水域を広く保有しているため、排他的経済水域の体積では世界4位に浮上します。日本にとって、食料、資源・エネルギーの確保、地球環境の維持、物資の輸送等、海は大きな役割を果たしています。一方で、気候変動による生態系の変化、プラスチックごみなどによる海洋汚染、世界的な人口増と乱獲などによる水産資源の減少など、海の環境は多面的な危機に直面しています。図 1:排他的経済水域の海洋体積データソース:笹川平和財団(*1)近年、海洋の生態系や環境の保護・維持・回復によって、経済成長や生活の向上を促進する、ブルーエコノミーへの関心が高まっています。漁業や海運などの経済活動に関わる価値創出に留まらず、生物多様性、循環型経済(サーキュラーエコノミー)、藻場やマングローブでのCO2吸収(ブル―カーボン)、経済安全保障などとも深い関係があります。海洋国家の日本はブルーエコノミーとの親和性が高く、海は身近なビジネスフロンティアになり得るポテンシャルを持っています。図 2 ブルーエコノミーの概念図デロイト トーマツ戦略研究所作成ブルーエコノミーのステークホルダーは、企業、自治体、研究機関など多岐にわたります。どの主体にとっても、革新的なビジネスモデルや技術を持つスタートアップとのオープンイノベーションは重要な要素の一つとなるでしょう。本稿では世界市場を見据えて事業を展開するスタートアップ2社を紹介します。イノカの海の生き物が好きという熱意、ベンナーズの水産系企業3代目としての思いなど、熱意を持った起業家が社会と環境にインパクトをもたらすことが期待されます。(掲載は企業名50音順)【株式会社イノカ】海の生物多様性を守るため自然の環境を再現する「環境移送技術」を開発 竹内 四季氏 株式会社イノカ COO東京大学在学中に障がい者雇用に関する先進企業事例を研究し、社会起業家を志す。人材系メガベンチャーでの営業経験を経て、2020年2月にイノカに合流し、COOとして事業開発・パブリックリレーションズ全般を管掌。 イノカは、代表の高倉氏が、趣味だったアクアリウム(水槽で水生生物を飼育し鑑賞すること)から社会に価値を生み出すことを目的に2019年に創業しました。イノカCOOの竹内氏は、「ソーシャルビジネスに携わりたいと考えていましたが、大学のサークル仲間だった高倉から最初に話を聞いた時は、ずいぶんニッチな領域だと思いました。しかし、自然資本を経済活動に組み込むというアイデアに魅力を感じたのです」と創業当時を振り返ります。高度な生態系飼育技術を持つCAO(Chief Aquarium Officer)の増田氏を筆頭に、自然の海の水温・明るさ・水流・水質・生物などの複雑な要素をパラメーターとしてIoTや機械学習などのテクノロジーを使って制御し、水槽の中で自然の環境を再現する独自の「環境移送技術」を開発しています。飼育が容易ではないサンゴを、人工海水を使った閉鎖的な環境で、時期を管理して産卵させることにも成功しました。竹内氏は技術の事業化を担っています。「初めは我々の技術をどう役立てられるか手探りでしたが、生物多様性やネイチャーポジティブへの関心の高まりが追い風になりました。事業化に取り組む企業が増えている実感があります」といいます。自然の海では実験や研究に手間やコストがかかるうえに地域、天候など諸条件が不安定ですが、環境移送技術を使った人工的な環境は、安定して比較検証を行えるメリットがあります。資生堂との提携で日焼け止めなどの成分がサンゴ礁に与える影響の研究、JFEスチールの鉄鋼製造の副産物である鉄鋼スラグを使ったサンゴ再生の研究などの事例が生まれており、共同研究が売上の7割を占めます。2022年にはデロイト トーマツ コンサルティングともアライアンスを締結し、ブルーエコノミーについてのセミナーを行うなど様々な活動を行っています(*1)。テクノロジーのフィールドはサンゴ礁に留まらず、藻場の再生、汽水湖(海水と淡水が混ざり合った湖)に生息するアサリ、マングローブ林など、幅広い水場の生態系へと広がっています。日本中のアクアリストが集うイベントも開催し、様々な生き物の生態に関する知見が集まるエコシステムの構築にも取り組んでいます。図 3 イノカのラボ風景写真提供:イノカ海洋大国である日本発で国際的なルールメイキングを推進したい気候変動、海洋汚染、開発などにより、サンゴの死滅や藻場の減少などの問題が深刻化しています。企業活動に関連して海にネガティブな影響を与える物質には、事業所からの排水、農薬・洗剤・船の塗装剤などの化学物質、日焼け止めや化粧品、洗濯した衣類からも出るマイクロプラスチックなど数多くあります。環境への負担を軽減するための具体的なアクションにつなげるためには、官民を挙げた取り組みが必要となります。イノカは2024年9月に企業、自治体、アカデミアが参画するプロジェクト「瀬戸内渚フォーラム」を立ち上げ、産官学共同で瀬戸内海の環境保全や海洋関係ビジネスの創出を目指しています。さらに、グローバルではGHG(温室効果ガス)における取り組みと同様、国際標準となる枠組みの構築に関する議論が活発化しています。竹内氏は「アジアは海洋生物多様性のホットスポットです。日本は海洋大国ですし、フィリピン、インドネシア、マレーシアなどにはコーラルトライアングルと呼ばれる生物多様性の宝庫の海域があります。GHGのルールメイキングは欧州が牽引していますが、海の生物多様性に関しては、日本発となるグローバルスタンダードを発信したいのです」とビジョンを示します。イノカは自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」のTNFDデータカタリストに参画しているほか、竹内氏は環境省ISO/TC331(生物多様性の標準化)審議委員会の委員も務めています。「グローバル標準が確立すれば、『この商品は海に優しいから買おう』など、消費者の行動変容につながる可能性もあります。企業、消費者双方のポジティブな選択につながるオープンイノベーションを実現します」と力強く語りました。またイノカは、大阪・関西万博で、8/4~8/17にブルーオーシャン・ドームでサンゴの生態調査に関するシチズンサイエンス(市民の研究活動参加)プログラムの実施、8/5~8/11に大阪ヘルスケアパビリオンでサンゴ礁の再生に関する関西大学との共同研究の展示を行う予定です。【ベンナーズ】「魚を美味しく加工して食べる」技術で魚食普及に取り組み世界を目指す 井口 剛志氏 株式会社ベンナーズ 代表取締役社長福岡の高校を中退しアメリカの高校へ編入。ボストン大学で起業学(アントレプレナーシップ)を専攻。日本の食と漁業を守ることをビジョンとし、2018年4月に福岡で株式会社ベンナーズを創業。 井口氏の祖父母は水産加工業、父親が水産卸業を経営しており、水産業は身近な事業であったとともに、消費者の魚離れ、漁業者の高齢化と担い手不足、漁獲量の減少など多くの課題を抱えていることも間近に見てきました。祖母からは「水産業に関わるな」とも言われていたそうです。しかし、ボストン大学の起業学で「起業とは社会の課題を解決すること。課題が大きいほど社会に与えるインパクトが大きい」と学び、複雑な問題が絡み合っている水産業で起業することを決めました。最初は、複雑でブラックボックス化している水産業の流通に注目し、漁業者と購入者をマッチングするB2Bのプラットフォームの提供を行いました。しかし新しい仕組みが受け入れにくかったことに加えコロナ禍で売り上げが9割減少する事態に直面しました。スーパーのバイヤーなどから「末端の消費者が魚を食べなくなっている」という声を聞いた経験も踏まえ、需要を創出するための新規事業に乗り出します。2021年3月にB2Cで魚のミールパックを定額配送するEC事業「フィシュル!」を開始しました。フィシュル!事業の入り口となった特徴の一つは「未利用魚」の提供です。水揚げ量が少ない、傷があるなどの理由で流通しない魚を指し、通常は水揚げ量の3~4割が破棄されており消費者の目に触れません。フィシュル!は、未利用魚を漁師や市場などから買い付け、新鮮な状態で工場にて加工し下味をつけ、ミールパックの状態でネット販売します。あまり知られていない美味しい魚を提供できる一方で、食材としては、狙って捕るものではなく安定しない、まとまった量がない、加工にコストがかかるなどの課題もあります。未利用魚の利用は、限られた水産資源の有効活用、廃棄ロスの削減、漁業者の収入増などの社会的意義が大きく、メディアの注目も集めました。フィシュル!のサブスクリプション会員は順調に増加し、2025年6月時点で累計5万5千人に達しました。福岡の自社工場以外に、委託工場が全国13カ所にあり、各地方の様々な水産物を提供する仕組みを整えています。現在は、未利用魚を積極的に利用しつつも、「全国の美味しい魚を美味しく加工する」という、総合的なコンセプトのもとにサービスを展開しています。バラエティに富んだ味付け、手軽さ、SNSでのアレンジレシピの発信など商品企画やマーケティングに工夫を凝らしています。大手企業との提携や海外事業など、新たな事業の柱を育成食品メーカー、外食、商社など大手企業との連携も進めています。株式会社Mizkanの味ぽん発売60周年を記念したコラボ商品の企画、株式会社ピエトロが運営するレストランで未利用魚を使ったメニューの提供、企業との連携による学生向けの食育の実施などが実現しています。企業がSDGsを推進する中で、ベンナーズの取り組みに関心が高まっており、これらの実績につながっているといいます。さらに、2024年4月には、京都に直営の海鮮丼専門店「玄海丼」をオープンしました。井口氏は、海外を訪れた際に外食市場での日本食人気の高さに感銘を受け、海外に新たな商機があると考えました。最初の出店にインバウンドが多い京都を選び、自社の商品とサプライチェーンを活かしつつ効率的なオペレーションが可能なメニューとして海鮮丼に特化しました。狙い通り外食産業としては利益率が高い事業となっており、既に京都で2店目を開設し、2025年中に大阪と東京に出店する予定です。2026年以降には海外進出を計画しています。井口氏は「日本には、世界トップクラスの魚の加工や管理、低温物流などの技術があります。海外には水産業が成長産業となっている国も多く、外食だけではなく魚を美味しく食べるための技術もトータルに展開していきたい。これまで新鮮な魚を食べていなかった人の食生活が変わるかもしれません。世界に目を向けるとポテンシャルは大きいのです」と言います。魚食文化を世界へ広めることを目指し、準備を進めています。<参考>*1笹川平和財団 Ocean Newsletter 123号「わが国の200海里水域の体積は?」(2005年9月)https://www.spf.org/opri/newsletter/123_3.html*2イノカと デロイト トーマツ、海洋資源の保全と活用を両立させる「ブルーエコノミー」推進に向けたアライアンスを締結(2022年7月)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000032.000047217.htmlTMIP「Blue Economyサークル勉強会」開催(2023年4月)https://www.tmip.jp/ja/report/3669

社会課題の解決に挑むスタートアップ
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ブルーエコノミー 海から始まる新しい経済

広大な海は、地球の未来を支える新たなフロンティアです。漁業や海運業だけでなく、海洋再生可能エネルギー、海底資源開発、バイオテクノロジーなど、ブルーエコノミーは持続可能な経済成長の可能性を秘めています。本特集では、海洋ビジネスの最前線に迫り、企業が挑む革新的な取り組みや課題、そして海と共存する新たなビジョンを探ります。

総合

第3回 サプライチェーンにおける人権リスクと対応

国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「国連指導原則」)(*1)や日本政府が策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下、「ガイドライン」)(*2)において、企業は「日本国内のみならず世界各地における自社・グループ会社と記載されています。自社の製品・サービスと直接関連する限り、サプライチェーンにおける「負の影響」(人権侵害・そのリスク)についても、「自社の責任」として対応が求められます。取引先等において人権侵害が発生したとしても、「当社と資本関係のない企業であり、当社とは関係がありません」と説明することは、国連指導原則等に則した対応とはなりません。本記事では、法規制などで定められる企業の人権リスクの責任範囲、サプライチェーン上の人権リスクとその影響、実際にサプライチェーン上で起きたグローバル企業における人権侵害の事例、サプライチェーンにおける人権リスクへの対応について解説します。*1ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために(A/HRC/17/31) | 国連広報センター *2責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン|ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会清水 和之デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社パートナー有限責任監査法人トーマツにて上場企業等の法定監査業務に従事した後、DTFAに参画。企業が危機に直面した際の危機管理・危機からの脱出を支援するクライシスマネジメントにおいて、企業の会計・品質偽装・贈収賄等コンプライアンス不正調査案件、企業不正からの改善・再生プロジェクト、クライシスマネジメント対応支援、サプライチェーンリスクマネジメント、人権DDなどに従事。詳細はこちら 大沢 未希デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社シニアコンサルタント 大手総合電機メーカー、総合コンサルティングファームを経て、DTFAに入社。企業の危機管理および危機からの脱出を支援するクライシスマネジメントサービスにおいて、大手企業の危機対応、再発防止策策定・実行、M&A案件におけるビジネス・インテリジェンスサービス、人権課題対応支援などのプロジェクトに従事。 企業の人権リスクの責任範囲グローバルサプライチェーンの広がりに応じて、企業が国内外の自社ビジネスやサプライチェーン全体で人権尊重に取り組むことが求められています。サプライチェーンの末端における児童労働、安い労働力による搾取などといった人権侵害が明るみに出はじめ、企業として責任ある対応を求める声が世界中で高まりました。このような背景を経て、2011年の「国連指導原則」の採択をきっかけとし、各国において人権尊重の取り組みに関する法規制の施行やソフトロー化が急速に進められています。日本においてもこの潮流を受け、2020年には「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)(以下、「行動計画」)が日本政府により策定され、さらにその取り組みの促進のための「ガイドライン」が2022年に策定されました。これらの法規制やガイドラインでは、企業は自社・グループ会社のみならず、サプライチェーン全体における人権リスクを適切に管理・監督する責任があると定めています。例えば「国連指導原則」では、「たとえその影響を助長していない場合であっても、取引関係によって企業の事業、製品またはサービスと直接的につながっている人権への負の影響を防止または軽減するように努める」と記載しており、自社が直接人権に悪影響を及ぼしていない場合であっても、取引先による人権侵害が起こっていれば、防止や軽減に努めることを求めています。2024年7月にEUで発令された「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」では、一定の売上高等の要件を充足する企業(以下、「適用企業」)に、自社及び子会社の事業のみならず、「chain of activities」(*3)と定義された上流及び下流の事業活動全般に関する人権及び環境のデューデリジェンスの実施や開示等を義務付けています。2020年に日本で策定された「行動計画」においても、基本的な考え方として「サプライチェーンにおける人権尊重を促進する仕組みの整備」を実行計画に定めており、人権を尊重する企業の責任を促進するための政府の取り組みは国内外のサプライチェーン全体を対象としています。*3DIRECTIVE (EU) 2024/1760 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL サプライチェーン上の人権リスクとその影響サプライチェーン上の人権リスクは多岐に渡ります。例えばメーカーでは、材料などの「調達」、「生産」、「販売」、「流通」等といった一連のプロセスによって事業活動が営まれますが、「調達」の段階では、鉱物資源の調達時における紛争地での人権侵害への加担といった人権リスク、「生産」では取引先の下請工場による児童労働や強制労働といった人権リスク等、全ての事業活動のステージにおいて、人が関与している限り、人権侵害が起こる可能性があります。そのため、一つのプロセスだけでなく、事業活動の全てのプロセスにおいて、サプライチェーン全体における人権リスクの可視化が求められます。図1 サプライチェーンにおけるコンプライアンスリスクこれらのサプライチェーン全体を含めた人権リスクの適切な管理・監督を怠ることで、中長期的には、レピュテーションの毀損、訴訟、ストライキといった多様な事象に対処する必要に迫られることになる可能性があります。人権リスクに適切に対応しない場合の経営リスクの例を挙げますと、例えば、サプライチェーン上の人権侵害が明るみに出ることで、不買運動などによる消費者購買の減少、取引先の調達基準を充足できないことによる取引停止、海外諸国において製品の輸入禁止措置を受ける等、売上や仕入への影響をきたす「オペレーションリスク」があります。また、昨今の欧州をはじめとする各国における法規制は、違反した場合多額の罰金を課す等の罰則が規定されている場合が多く、人権侵害を被った被害者などからの訴訟により、多額の賠償金の支払いが課される可能性があります。このような訴訟や訴訟対応コスト、法令違反による課徴金等による大幅なコスト増につながる可能性のある「法務・レピュテーションリスク」があります。さらに、法規制への違反の罰則として企業名を公表されるなどといった措置による企業イメージの悪化、それによる投資家からの評価減による株価の下落、などといった企業価値の毀損につながる「財務リスク」があります。こうした人権リスクを回避し、事業を安定的かつ継続的に維持するため、企業は人権を事業活動上の重要なリスク・ファクターとしてとらえ、その低減に努める必要があります。図2 人権対応への遅れがもたらす重要な経営リスク グローバル企業におけるサプライチェーン上の人権侵害の事例人権を経営リスクとして捉え、サプライチェーンまで含めた人権デューデリジェンスに取り組むグローバル企業は増加傾向にありますが、関係企業や取引先といった一次サプライヤーまでリスク管理対象範囲としている企業は多い一方、その先の二次サプライヤー以降までをも管理対象としている日本企業はまだそれほど多くありません。当社が2023年に実施した「人権サーベイ2023」(上場企業を中心に約100社に対し人権意識や各企業の取り組み状況を調査)では、「サプライチェーンにおいて、どこまでをリスク把握・管理の対象としていますか」といった質問に対して、約9割の企業が2次サプライヤーまで人権リスクを把握できていないと回答しました。図3 サプライチェーンにおけるリスク把握・管理の対象範囲出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社「人権サーベイ2023」ここで実際に、二次サプライヤー以降で発生した人権侵害への責任が、発注元の企業に問われた事例(*4)を紹介します。グローバルに事業を展開するD社、S社、T社、N社は、ライセンス使用権限をタイにあるライセンシー(元請け)に譲渡し、元請けは、下請けの縫製工場(A工場、B工場)に依頼し、キャラクターグッズ等の製造を依頼していました。2019年、複数の下請工場において、ミャンマーからの移民労働者に対し、最低賃金に満たない給与を支払っていたことが判明しました。図4 グローバル企業におけるサプライチェーン上の人権侵害の事例当局はA工場、B工場のオーナーに未払い分の給与を労働者に支払うよう命じ、A工場のオーナーは、約18百万タイバーツ(日本円換算で約79百万円)の補償金を支払いました(図4①)。一方で、B工場のオーナーは、家宅捜索後に事業を閉鎖したため、約3.5百万バーツ(日本円換算で約15.4百万円)分の未払い賃金が支払われない状態となりました。そこで労働者たちは、裁判所に訴訟を起こし、B工場のオーナーに未払い賃金の支払いを求めました。結果、労働者はB工場のオーナーから約1百万バーツ(日本円換算で約4.4百万円)の未払い賃金の支払いを受けることで和解に合意しました(図4②)。しかし、残りの2.5百万バーツ(日本円換算で約11百万円)については未払いのままとなりました。このような状況において、世論から発注元であるトップブランドの各社(D社、S社、T社、N社)においても、サプライチェーン上の労働者に対し未払い賃金の支払い責任を負うべきだといった批判の声があがりました。結果、残りの未払い賃金2.5百万バーツ(日本円換算で約11百万円)については、発注元各社が労働者に対し直接補償を行うこととなりました(図4③)。また、発注元各社は補償対応をより迅速に行うべきであったと、対応への遅れに批判の声が挙げられました。このように、直接契約等の効力が及ばない二次サプライヤー以降であっても、サプライチェーン上で発生した人権侵害への対応や賠償が要求されたり、自社製品やブラント、レピュテーションへ影響したりする、といったリスクがあります。グローバルにビジネスを展開する企業にとって、サプライチェーンの持続性を保つことは不可欠であり、リスクの低減を図るためには、高い管理水準をサプライチェーン上の企業にも適用することが肝要です。*4Thailand: Starbucks, Disney, Tesco & NBC commit to compensate illegally underpaid migrant garment workers in their supply chains - Business & Human Rights Resource Centre サプライチェーンにおける人権リスクへの対応企業はサプライチェーン全体を含めた人権尊重責任を果たすため、サプライチェーンの段階に合わせて人権リスクへの対応を実施していく必要があります。図5 サプライチェーンにおける人権リスクへの対応図5は、サプライチェーンの広がりに応じた人権リスクへの統制について示したものです。本社においては、自社内におけるガバナンスと統制を効かせることで、人権リスクを低減することが可能です。次に、日本や海外にある子会社に対しては、資本関係や株主権限によるガバナンスを利かせることができる範囲であり、人権リスクの発生を抑えていくことが可能です。次にサプライヤーの階層ですが、一次サプライヤーとは契約書を締結するので、契約書に人権条項を入れる形で影響力を高める法的アレンジメントが可能となります。ただし、人権条項の内容によっては努力義務に留まるなど、実効性の確保には相応の努力が必要となります。さらにその先の二次サプライヤーや三次サプライヤー等については、本社と直接的な契約がないため、本社による統制が効かない範囲となります。資本関係や契約書などの直接的な関係性がないため、人権リスク調査などの対応は依頼ベースとなり、「交渉」が必要となります。二次サプライヤー以降など自社グループから遠くなればなるほど、サプライチェーンの統制は難しくなります。そのため、まずは、二次サプライヤー以降も含めたサプライチェーン全体の可視化を行い、それぞれのサプライチェーンにおける潜在的な人権リスクを調査したうえで、自社の事業特性などを踏まえて人権リスクを評価します。二次サプライヤー以降に対するリスク調査は、上記の通り依頼ベースとなるため、円滑なコミュニケーションを図ることができる、一次サプライヤーの購買担当者を窓口にするなどといった工夫が必要となります。また、リスク評価の結果、二次サプライヤーにおいて高リスクの人権リスクが発見された場合は、オンサイトで人権デューデリジェンスを実施する等の対応を取ることが推奨されます。特に、それらの取引先が海外にある場合、対象となる従業員等は社会的に脆弱な立場にあるステークホルダーである可能性があり、より深刻な負の影響を受けやすいため、特別な注意を払う必要があります。オンサイトで人権デューデリジェンスを実施する際は、現地言語が通じる人員によるインタビューの実施、現地従業員がどのような人権侵害を受けたか判断するため、現地法律に対する理解が重要となります。これらに自社で対応することが難しい場合は、外部専門家の活用も選択肢となります。 おわりに欧米をはじめとする世界的な法規制や社会的要請が強まる中、サプライチェーンにおける人権侵害リスクを防止・軽減する取り組みは、企業の社会的責任を果たすために不可欠です。「人権」を重大な経営リスクと捉え、企業が人権を尊重した経営を実践することは、サプライチェーンに広がる多様な人権リスクを予防することにつながります。二次サプライヤー等自社グループから遠い場所から人権侵害が発生したとしても、人権侵害は自社製品/商品/サービスやブランドに直接的な影響があります。よって、自社のサプライチェーンを可視化し、自社の統制が直接効かない二次サプライヤー以降のサプライチェーンに対しても人権デューデリジェンスを実施していくことが求められます。「ビジネスと人権」シリーズ最終回は、人権を尊重する経営のためには、具体的にどのような取り組みを行うべきかを解説します。<<第2回 日本における「ビジネスと人権」の動向はこちらから第4回 人権を尊重する経営のための取り組みに続く>>関連書籍サプライチェーンにおける人権リスク対応の実務ー「ビジネスと人権」の視点で捉える、リスクの可視化とデュー・ディリジェンスの実践

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経済

「もとからブルーエコノミー」沖縄が目指す海を活かした経済成長とは

沖縄経済は観光業を中心に成長を続けていますが、産業構造の偏りや県民所得への反映不足などの課題を抱えています。近年注目されるブルーエコノミーは、沖縄の伝統的な海洋資源活用を基盤としており、地域の特性を生かした独自の経済モデルとして発展が期待されています。産官学が連携した各種プロジェクトやスタートアップ誘致が進む一方で、いくつかの課題が指摘されています。沖縄のブルーエコノミーを次世代型に進化させるには何が必要か、デロイト トーマツの沖縄振興に関わるメンバーに話を聞きました。――近年の沖縄経済の現状と傾向について教えてください後藤沖縄経済は近年、右肩上がりの成長を続けています。2000年前後に一時的な停滞があったものの、2010年以降の第5次沖縄振興計画の期間中に再び力強い成長を見せ、観光業がその中心的な役割を担っています。沖縄は観光が強い地域であり、観光業の好調が県内総生産を押し上げる形で経済を牽引しています。コロナ禍で2020年前後には観光客数が激減しましたが、現在では観光収入がコロナ以前の水準を超え、インバウンド需要も回復傾向にあります。観光客が県内で消費を増やしていることが、地域経済の活性化につながっています。出典:GW2050 PROJECTS R6年度 グランドデザイン策定調査報告資料しかし、沖縄の産業構造には課題が残ります。製造業のシェアが低く、県内で生産される物資が少ないため、輸入に依存する状況が続いています。その結果、物流コストが商品価格に反映され、地元企業の収益性に影響を及ぼすケースも見られます。例えば、全国で販売される100円の商品が沖縄では船賃などのコストが上乗せされ、110円になるといった状況です。このような構造的な課題は、県内経済の競争力を低下させる要因ともなっています。さらに、建設業においても問題が顕在化しています。工事費の高騰や人手不足により、公共工事や民間の開発計画が停滞しており、新たなホテル開発が進まない状況が生まれています。これによって観光需要を十分に受け止められず、地域経済の成長が阻害される可能性も懸念されています。建設業の課題が解決されなければ、観光業のさらなる発展に支障をきたすことが予想されます。沖縄経済全体は盛り上がりを見せていますが、県民所得への反映が遅れている点も大きな課題です。観光の盛り上がりに伴い、不動産価格や生活費が高騰しており、県民の家計を圧迫しています。沖縄は全国で最低賃金水準が続いている地域であり、経済成長が県民一人ひとりの生活向上に結びついていない現状があります。このような状況を改善するためには、経済的な盛り上がりと県民の生活水準向上をどのように連動させるかが重要なテーマとなるでしょう。――沖縄の経済成長が県民所得への反映していないということは内地の企業に収益が流れているということでしょうか。後藤その側面もありますが、どちらかというと調達コストの高さが影響しています。また観光客は物価上昇に比較的耐えられる一方、地元住民は物価高騰に耐えられなくなっているっていうような状況です。石川外資企業についてはいかがでしょうか。後藤外資系企業は県主導で積極的に誘致が進められています。これまでは不動産やホテル業界が中心でしたが、昨今県では特にスタートアップ企業の誘致に力を入れており、海外からの投資を呼び込むため、ビザの緩和や口座開設の簡略化といった施策が推進されています。このように、海外から資本や技術を取り入れ、地域経済を活性化させようという動きが進んでいます。しかし、その一方で課題も出てきています。外資系企業の進出によって得られる利益が特定の企業や雇用者に集中する可能性があり、地域全体の経済的恩恵が十分に行き渡らない懸念が指摘されています。結果として、県内住民の生活水準や家庭の経済状況に直接的な改善が見られない状況が生まれています。石川子供の貧困や若者世代の流出が沖縄の大きな課題ですが、そこにも影響がありそうですね。――最近ではブルーエコノミーというワードが注目されています。沖縄ではどのようにとらえられていますか?後藤沖縄でもブルーエコノミーは注目されていますが、この概念は新しいものではなく、沖縄がこれまで長年培ってきた経済活動と深く結びついています。例えば、久米島では海洋深層水の利用やエビの養殖島の特徴を生かした観光業が以前から行われており、海という環境を活用した経済モデルが根付いていました。これらの取り組みは、ブルーエコノミーという言葉が話題になる以前から存在しており、島国である沖縄が持つ特性そのものが、ブルーエコノミーと親和性の高いものでした。近年、世界的にブルーエコノミーへの注目が集まる中、沖縄はこの伝統的な基盤に新たな要素を加えて発展を模索しています。現在、沖縄ではブルーエコノミーを軸にした複数のプロジェクトが進行中です。その一つが「GW2050PROJECTS」です。この取り組みでは、返還される基地をブルーエコノミーの拠点として活用し、海洋資源の連携や活用を推進する計画が掲げられています。具体的には、船舶関連のMRO(保守・整備・運用)拠点の設置や、海洋資源を活用した新たな経済活動の創出が検討されています。また、琉球大学や沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究力を活用し、海洋や培養実験などの科学的アプローチを強化する動きもあります。これにより、沖縄の海洋資源を活用した研究や産業がさらに発展することが期待されています。さらに、沖縄は「スタートアップ・エコシステム拠点都市」に選定され、スタートアップ企業の誘致と成長支援が加速しています。この取り組みでは、国内外の企業が沖縄の海洋資源を活用した新事業を展開しやすい環境を整えることを目指しています。官民が連携し、ビザ緩和や口座開設の簡略化といった施策を進めることで、沖縄版ブルーエコノミーに関連するスタートアップが増加する基盤を整えています。これにより、沖縄のフィールドを活用した革新的な事業が国内外から集まりやすい環境を作り出そうとしています。出典:おきなわスタートアップ・エコシステムコンソーシアムこれらの動きは、沖縄が元々持っていた海洋を活用した経済基盤に、現代の技術や国際的な潮流を融合させる試みです。ブルーエコノミーは、沖縄の伝統的な経済活動を次世代型に進化させる鍵と捉えられており、地域経済の新たな成長エンジンとして期待されています。沖縄の特性を活かしながら、持続可能で国際競争力のある経済モデルを構築することで、地域全体の発展を目指す動きが本格化しています。――誘致しているスタートアップは海洋に関係するものが中心でしょうか?それとも広くスタートアップ全般を誘致しているのでしょうか?後藤ベースとしては地理的・歴史的・文化的特性を活かし、アジア、北米、南米など多国間との交流がしやすい地域として広く企業誘致を進めていますが、スタートアップに関しては島嶼地域特有の課題や自然環境をテーマにしたスタートアップを誘致する動きが活発化しています。沖縄の閉じた経済圏や観光地としての魅力を活用し、地域課題にフォーカスした新規事業の実験フィールドとしての役割を担おうとしています。沖縄独自のブルーエコノミーは、従来の海洋の概念を超え、島嶼地域の特性を活かした独自の経済モデルとして内閣府にも認識されています。自治体や企業、金融機関、大学、メディアなどが連携し、スタートアップ拠点を設置することで、地域課題の解決と経済活性化を目指しています。那覇市、沖縄市、沖縄県が率先して取り組み、JICAやJETROなど政府系機関、地元企業、本土企業も参画するなど、広範な協力体制が形成されています。――今後の向けての課題としてはどんな点が挙げられますか?後藤まず、島嶼地域である特性上、外部からの投資や人材が地域に定着しにくいという点です。文化や価値観の違い、地域課題とのミスマッチなどが障壁となり、外部から持ち込まれた取り組みが地域に根付かないケースが見られます。また、スタートアップを支援する環境は整いつつあるものの、育成した企業が沖縄を離れ、東京や他地域で事業を拡大してしまう問題もあります。この結果、沖縄での経済的な利益が外部に流出し、地域に十分な恩恵が還元されない状況が懸念されています。沖縄県は、この課題に対し、ブルーエコノミーの成果を沖縄から世界に発信し、利益を地域に還元できる仕組みを構築する必要性を認識しています。石川ブルーエコノミーの中でも新興産業を育成するためには、専門性の高い人材が必要となりますが、それには産学官連携を深めることが重要です。県外・海外からの人材誘致を行いつつも、沖縄県のスタートアップや地元の人々が主体的に参加し、人材育成を進めることが、持続可能な成長の鍵となります。また、以前沖縄の方から、良い取り組みをしてもそれを積極的にアピールする傾向が弱いとの話を聞きました。グローバル教育やリスキリング、県内外のネットワーキングなどを通じて、県内ビジネスパーソンの経営マネジメント能力を向上させ、積極的な発信がなされることが期待されます。山口ブルーエコノミーに該当する経済活動は沖縄の多くの地元企業で既に広く行われていますが、その価値を十分に認識できていないケースがあります。例えば、地元の資源を活かした製品作りや環境に配慮した取り組みはブルーエコノミーの好例ですが、その環境価値を積極的にアピールしていない状況があります。こうした活動を「ブルーエコノミー」としてリブランディングし、企業自身がその意義を再認識することで、新たな展開が期待できます。さらに、沖縄県内の企業はCSR活動として珊瑚礁保全や藻場再生など海洋環境を守る取り組みを行っていますが、これらを事業活動に統合する可能性もあります。例えば、ブルーカーボンのように、海藻や珊瑚が吸収する二酸化炭素をクレジット化し、取引する仕組みを活用すれば、環境保全活動を経済活動の一部として取り込むことができます。このように、既存の取り組みをブルーエコノミーとして再評価・拡大することで、沖縄の経済活動の可能性をさらに広げることができるでしょう。

社会

マラソンが切り拓く北海道 地方創生の新たな形

写真:北海道の別海町パイロットマラソンの完走賞で名産品の鮭1匹を受け取った、65BASE阿萬さん、杉本さんと、編集部川端人口減少や財政難が進む中、地方には「自ら稼ぐ力」が求められています。各地方の自治体、企業が策を講じていますが、地元にある産業だけではこれ以上大きく稼ぐことは難しいのが現状です。新たな収益源を探している中で注目されているのが、スポーツを活用した地方創生です。スポーツイベントは人の流れと熱量を地域にもたらし、観光や経済へ大きな波及効果があります。地元住民の参加や協力を通じて一体感も生まれ、地域ブランドの再構築にもつながるためスポーツは今、地方の未来を切り拓く戦略的なツールとして期待されています。その中でも特にマラソンは参加のハードルが低く、地域資源を活かしたコースづくりにより、地域の魅力を効果的に発信できます。今回は、北海道で65BASE代表を務め、北海道応援観光隊として市民ランナー向けのイベント企画やゲストランナーとして北海道を盛り上げる阿萬香織さんにお話を伺いました。(聞き手:編集部川端)阿萬 香織株式会社65BASE 代表取締役 北海道応援観光隊 札幌観光大使北海道応援観光隊、札幌観光大使、北海道マラソン2025応援サポーター。カゴメ株式会社の営業に従事する傍ら、2022年に株式会社ROKUGOUBASEを設立。道内外のマラソン大会のゲストランナーや道内のイベントを企画して、市民ランナーに走るきっかけと魅力を与えている。 杉本 晴美株式会社65BASE スタッフ65BASE コアスタッフとして運営をサポートする傍ら、自身も市民ランナーの一人として千歳JALマラソン、洞爺湖マラソン、別海町パイロットマラソンを始め道内外多数のマラソンに出走。道内各地のイベントにも足を運ぶ。 スポーツを通じた地方創生の可能性写真:北海道マラソン出走前の65BASEメンバーと市民ランナーさん――阿萬さんは北海道応援観光隊、札幌観光大使として北海道の魅力を伝える役割を担っていますが通常の観光・旅行ではなくスポーツという切り口で活動されていますね。阿萬さん北海道には、各地に魅力的な農産物や観光スポットが数多くあります。スポーツイベントは、そうした地域の魅力を知っていただくきっかけになっていると感じます。例えば「富良野山部ウォーク・ラン&イート」では、緑あふれる自然の中を歩いたり走ったりした後に、地元の名産であるトマト、アスパラ、メロンなどを楽しんでいただける企画が用意されています。ランニングイベントは、運動を通じた健康づくりの場であると同時に、地域の魅力を伝える機会にもなっています。また、都市部からの参加者を迎えるだけでなく、地域の方々同士がつながる場にもなっており、地域内のコミュニケーションが生まれている印象です。外から人を呼び込むだけでなく、地域の内側で生まれるつながりを大切にしていく。そうした積み重ねが、結果として地域の活力につながっていくのではないかと感じています。杉本さん65BASEのスタッフとしてランナーの皆さんをサポートしたり、自らランナーとして参加したりしながら、日々活動に関わっています。スタッフという立場でも、道内各地のイベントを地域の方々と一緒につくり上げていくことに、大きなやりがいと喜びを感じています。写真:夕張バリバリメロンラン 2025 公式Webサイト(https://baribarimelonrun.studio.site/)――ランニングイベントでは夕張市でのマラソン大会が話題になりました。財政破綻からの再建が苦戦する中で、あらたな地方創生策として注目されています。阿萬さん夕張市は、誰もが知るメロンの名産地でありながら、人口減少の影響を受け、財政面では厳しい状況が続いています。そうしたなか、地域の魅力を発信しようと、2022年から「夕張バリバリメロンラン」が開催されています。完走後には、名産の夕張メロン半玉を味わえるユニークな仕掛けもあり、夕張らしさが随所に感じられるイベントです。初心者や親子でも気軽に参加できるような工夫が施されており、昨年はリピーターに加えて新たな参加者も増加。今年はさらに多くの盛り上がりが期待されています!スポーツイベントを“地域資産”に変えるには――イベントを活用した地方創生を考えると単発ではなく継続的に開催していく体制が必要になります。スポーツイベントを定着させるには、どのような点が重要でしょうか。阿萬さんイベントを単発で終わらせず、“年中行事”として地域に根付かせていくためには、地域の方々の理解と協力が欠かせません。ランニングイベントは、行政だけでなく、地元の市民ランナーがペースメーカーとして参加したり、地域の方々が給水所でボランティアを務めたりと、まさに地域一体となってつくり上げられています。中には、「地域やイベントを盛り上げたい」という想いで、熱心に関わってくださる方もいらっしゃいます。地域の皆さんが「これは自分たちのイベントだ」と感じられるようになれば、自然と年中行事として定着し、参加者の満足度も高まっていくのではないでしょうか。とはいえ、実際には赤字で運営されているイベントもあり、継続には様々な課題も残されています。地域に根差した持続可能な取り組みとして育てていくためには、工夫と同時に、覚悟も必要だと感じています。――豊富な自然・文化・人材とスポーツイベントを組み合わせることで、その「地域資産」をより有効に活動できるということですね。阿萬さん65BASEを立ち上げた当初は、活動の中心は札幌周辺のイベントでしたが、現在では道内各地へと足を運ぶようになりました。今年は、稚内、北見、釧路、富良野等で、地元の方々と一緒にイベント内容を考え、実施します。また、夕張バリバリメロンランのほかにも、最東端・根室で開催される「根室シーサイドマラソン」、「カムイの杜トレイルラン」、「白旗山トレイルレース」、「スィートガールラン」、「釧路空港マラソン」など、応援サポーターという形で盛り上げさせていただきます。私たち65BASEは、スポーツを通じて人と人とがつながるプラットフォームとなることを目指し、これからも活動を続けていきます。地方が抱える課題の中にはスポーツによって解決できる課題、果たせる役割があります。特にマラソンは、ただのスポーツを越えて人や地域の想いをつなぐ「場」になる特徴を持っています。走ることで地域と未来をともにつくっていく、そんな動きが、北海道から静かに、しかし確かに広がっています。北海道の主なマラソン大会一覧

イノベーション

フェムテック(Femtech)を活用した女性の健康課題の解決と働きやすい職場づくり

政府は、生理、更年期症状、婦人科がん、不妊治療など女性の健康課題による経済損失は年間3.4兆円と試算しています(*1)。日本は労働人口が減少し、男女格差の是正と女性のいっそうの活躍が必須となっており、企業には様々な人材が長く健康に働き続けられる環境の整備が求められています。テクノロジーで女性の健康課題を解決するフェムテックのスタートアップからは、企業経営にとって注目すべき様々な製品やサービスが創出されています。女性が長く健康に働き続けられる職場づくりが求められている2020年は日本の「フェムテック元年」となりました。デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社(DTVS)インダストリー&ファンクション事業部 ヘルスケアユニット中井 美奈は、「新型コロナによる失業や健康・メンタル不調は女性へのインパクトが大きく、企業・雇用側もサスティナビリティの観点から、女性の健康を重要な経営課題として認識し始めました」と指摘します。同年は自民党内でもフェムテック振興議員連盟が発足しました。まだ一般的な認知度は不足していると言わざるを得ませんが、2022年に不妊治療の保険適用拡充、2023年に東京都が卵子凍結にかかる費用の助成を開始、2024年に子ども家庭庁がプレコンセプションケア(妊娠前の健康やライフプランの管理)に関する検討会立ち上げなど、市場は追い風となっています。中井は「人材確保、女性活躍、働き方改革など様々な点から、企業経営にとって女性の健康は重要なテーマです。デジタル世代が出産・育児世代になり、部長や役員などのリーダーが更年期世代となる中、福利厚生サービスの多様化と現代化が求められており、Femtechへの注目が高まっています」といいます。生理によるパフォーマンス低下、キャリアと出産・育児の両立、不妊治療や更年期障害などによる離職など、女性の悩みは多岐にわたります。生理休暇は法定休日ですが、それ以外の対応が未着手の企業が大多数ではないでしょうか。上述の経済損失に関する政府調査では、女性側は「職場の支援が不足している」と感じており、企業側は「何をすればいいかわからない」と考えていることが示されています。本稿では、DTVSのモーニングピッチ(*2)に登壇したスタートアップの中から、ヘルスケア技術で女性の健康と活躍を支援する注目企業3社をご紹介します(社名50音順)。各社の代表が言及しているように、まさに今、企業・行政含め社会全体での取り組みが求められているといえるでしょう。【インテグロ】月経カップのパイオニアとして女性の健康課題に取り組む 神林 美帆氏インテグロ株式会社代表取締役2005年から米国ドライマウス向け口腔ケア商品の日本市場立ち上げに従事。青山学院大学大学院国際マネジメント研究科にてMBA取得後、2016年に月経カップと吸水ショーツに出会い、「日本の女性たちにもこの製品を広めたい」との思いから、2018年に事業を立ち上げる。 現在では月経カップは通販やドラッグストアで手軽に購入できますが、神林美帆氏が米国メーカーの製品を輸入販売するビジネスを立ち上げた2018年頃は、日本での認知度はほとんどありませんでした。月経カップは、生理用ナプキンによる蒸れやかぶれなどの肌トラブルを回避できる、経血の漏れが起きにくい、運動時や温泉などでも使いやすい、繰り返し使えゴミが出ないためエコであるなどのメリットがあります。神林氏は「使ってみたところ、驚くほど快適でした。女性なら誰もが感じる煩わしさや悩みを解決できると考えました。起業を考える前に、大学院のソーシャルアントレプレナーの研究でインドのムルガナンダム氏(生理の問題に苦しむ女性のためナプキンを開発、『パッドマン』として映画化された)を取り上げたのですが、縁を感じます」と創業時の思いを振り返ります。「生理について話そう」をキャッチコピーとしたブログで、様々な立場や年齢の女性のライフスタイル、生理ケア、月経カップの体験談などについて情報発信を行いました。フェムテックに注目が集まった時期と重なり、メディアの取材が舞い込み、ブログの閲覧数も飛躍的に伸びました。神林氏は、「100回以上メディアに取り上げられました。生理が女性の生活や健康にとって大事な課題であると認識されるようになったことには貢献できたのではないかと思います」と、市場を開拓してきた経験を語ります。日本では、月経カップに対する抵抗感が強くメジャーな生理ケア用品にはなりにくいという課題はありますが、ユーザは徐々に増えてきています。インテグロは、女性が働きやすい環境作りを支援するための研修も行っており、2025年1月には千葉市消防局で生理研修を行いました。男女ともに参加し生理への理解を深めると同時に、女性職員が適切なタイミングで生理用品を交換するのが難しい消防や救急の現場でも不安なく月経カップを利用できそうだ、という前向きな意見を得られました。経血で健康を管理するアプリで新ビジネスを開拓同社のビジネスは、女性のヘルスケアに関心と熱意を持ったユーザーのコミュニティ形成につながり、経血で健康を管理するアプリ提供という新たな展開を迎えています。2023年に、香川大学医学部の鶴田准教授から、月経カップで正確な経血量を量る研究への協力依頼を受け、ユーザに呼び掛けたところ即座に必要な人数が集まりました。経血量を普通と自己申告したユーザのうち2割もの人が実際には治療が必要な病気が原因となっている可能性もある過多月経であるという研究結果が得られました。この研究を契機として、カップに溜まった経血量などを記録するアプリ「Oh My Flow」を開発し、2024年11月に正式リリースしました。アプリユーザからは、婦人科を受診した際、アプリのデータを見せると医師から診断に非常に役立つと言われたというフィードバックも得られたそうです。また、最近は世界的に経血の検査や研究が進み、資金も集まっています。血液検査や尿検査のように様々な疾患の発見につながることが期待されます。将来的に、経血を使った検査が一般的になる可能性もあると考え、インテグロは、大学や医師らとの連携による研究に着手しています。【Varinos】世界初、難易度の高い子宮内フローラ(菌環境)検査を実用化 桜庭 喜行氏Varinos(バリノス)株式会社代表取締役CEO埼玉大学で理学博士を取得後、理化学研究所、米国セントジュード小児病院等にてゲノム関連の基礎研究に従事。GeneTechで検査技術部長を勤め日本に初めて新型出生前診断(NIPT)を導入、イルミナで産婦人科分野の遺伝学的検査の市場開発に携わる。2017年に起業。 遺伝学・ゲノム解析の研究者である桜庭喜行氏が、2016年に子宮内の菌環境と妊娠・出産の関係に関する海外論文を読んだことが創業のきっかけでした。乳酸菌の一種である善玉菌のラクトバチルスの割合が高い人と低い人を比較すると妊娠率や出産率が異なるという基礎研究論文でした。ゲノム解析技術を応用し、世界でまだ実用化されていなかった子宮内フローラ検査を提供したいと考え、2017年にVarinos(バリノス)を設立しました。ゲノム検査を行えるラボを社内に設け、全国の医療機関から送付された検体を、次世代シーケンサー(遺伝子解析装置)などの専門装置を使って解析します。利用者が負担する費用は4~6万円、厚生省から先進医療に認定されており、保険診療の不妊治療との併用が可能です。B2Cで子宮内フローラを良くするためのサプリメントの販売も行っています。腸内フローラは認知度が高く「腸活」も人気ですが、桜庭氏は、腸と子宮では全く違ったと言います。「最初は私もコンセプトは同じなので実用化は簡単だろうと思っていましたが、腸内フローラの検査技術を応用するレベルでは歯が立ちませんでした。近年まで子宮は無菌とみなされていたほどで、菌の数がごく僅かなのです」と技術的な難易度の高さを示します。また、「検査機器などに設備投資が必要となるため、アーリーステージでの資金調達には苦労しました。時期的に不妊治療が保険適用される以前に、自由診療の枠組みの中でビジネスを確立できたのは幸いでした。スタートアップが新たに検査を開発しても、保険診療下では自由診療との混合診療が原則禁止されているため、ビジネスとして成り立たせるのは非常に難しいと言えます」と、日本は革新的なゲノム技術を事業化するハードルが高いという課題も指摘しました。バリノス内のラボ妊娠出産を望む女性に、情報と技術を届けたい不妊治療をしている患者の検査では、約5割の菌環境が良くないという結果が出ているそうです。子宮内フローラが不妊の一因である可能性があるなら、治療によって改善し、妊娠の確率を高めることができます。大勢の女性が心身の負担に悩みながら長期間不妊治療を受けている現状を改善するため、より多くの女性に検査を受けてもらいたいと考えています。創業以来累計5万件の検査を行ってきましたが、ラボは現在の10倍の検査量でも対応できるキャパシティを備えています。医療機関への働きかけを含め認知度向上を図るほか、補助が受けられる自治体の一覧を自社ホームページで公開するなどの取り組みを進めています。桜庭氏は、「不妊治療は社会課題となっています。女性自身にとっても、女性を雇用する企業側にとっても、妊孕性(妊娠する能力)は35歳以降、急激に低下するなどの基本的な知識の底上げや、プレコンセプションケアの推進、また働きながら不妊治療を受けやすくする制度の整備などが求められています。スタートアップ、大企業を含め民間からの草の根活動が必要と感じています」と語りました。 【BeLiebe】卵子の数を知る検査をきっかけに女性の人生計画を後押し 志賀 遥菜氏株式会社BeLiebe(ビーリーブ)代表取締役CEO東京大学大学院で医療生命科学の研究に従事。新卒で外資系消費財メーカーに入社。バイオとジェンダーに関する領域での研究の社会実装を実現すべく、2021年にパラレルキャリアとして起業。 BeLiebeの事業の目的は、卵巣に残っている卵子の数の推定するAMH(抗ミュラー管ホルモン)検査を活用した、女性のキャリアアップとライフプランの支援です。卵子の数は加齢とともに減少し、増えることはありません。個人差が大きく、AMH検査の結果から、子どもを持ちたいと思った時に卵子の数が少ないことが分かることもあります。志賀遥菜氏は、「卵子の数を知ることをきっかけとなり、その後の行動変容につながります。女性自身が、仕事と妊娠・出産のプランを現実的に考えることができるのです」と語ります。志賀氏は大学院で生物科学を専攻した研究者です。バイオとジェンダーに関する領域でテクノロジーの社会実装を行いたいと考えていた時にAMH検査に出会い、起業しました。医療機関では不妊治療で用いられる検査ですが、働く女性がヘルスケアの一環として手軽に行える血液検査キット「EggU(エッグ)」を提供します。看護師・助産師など有資格者によるカウンセリングとセットになっている点も特徴です。カウンセリングを通じて、未婚・既婚、子供の有無、仕事の状況など、ライフステージやキャリアプランを踏まえたアクションプランを作成することができます。志賀氏は大学院卒業後に外資企業に就職しました。AMH検査を受け、自身の検査結果から出産を先延ばしにはできない体だと分かり、現在は育児をしながらBeLiebeの事業を推進しています。「実は、本当に子供が欲しいのか海外勤務などキャリアを優先したいのか、自分の気持ちがよくわからなかったのです。検査によって自分事として考えることができました。働く女性たちに考えるきっかけを提供したい」と経験を語りました。男性従業員を含めた企業の健康経営を支援ビジネス拡大において重視しているのは、大手企業との提携による健康経営の支援です。これまで、トヨタ自動車、阪急阪神不動産、三井住友海上火災保険、マネーフォワードなど様々な企業がモニター検査プログラムに参加しました。企業の福利厚生サービスとして定価31,900円(税込)のキットを割引価格で販売するなど、従業員の利用を促します。女性従業員のキャリア形成支援として活用されるだけではなく、男性の関心も高くパートナーのために購入するケースも多いそうです。今後の展望としては、①AMH検査以外のヘルスケア技術の研究②女性のトータルライフキャリア支援の2点を挙げます。志賀氏は「出生数の低下、女性リーダーの育成がともに社会課題となっている中、創業からの理念は1つ、『女性が挑戦することを諦めない』です。生涯を通じた女性の健康課題の解決に貢献したいのです。手段はAMH検査以外にもいろいろあるでしょう。しかし、ライフステージに合った女性のヘルスケアに関する認知は圧倒的に不足しています」と言い、企業および行政を含めた社会全体での取り組みの重要性を強調しました。*1 経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」(2024年2月)https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/jyosei_keizaisonshitsu.pdf*2 デロイト トーマツ ベンチャーサポート Morning Pitchhttps://morningpitch.com/

社会課題の解決に挑むスタートアップ
研究員の視点

海から始まる新しい経済 - ブルーエコノミー(解説動画)

近年、世界的に注目を集めている「ブルーエコノミー」。国際関係、資源、エネルギー、地方創生…様々な観点から新たなフロンティアとして注目される「海」は、海洋国家・日本にとって大きなビジネスチャンスとなる。デロイト トーマツ戦略研究所の研究員が、ブルーエコノミーの概要や世界的にブルーエコノミーの関心が高まっている背景を動画で解説する。解説動画<無料でサブスク体験>海から始まる新しい経済 - ブルーエコノミー 概要・政策編(ご視聴にはFAM会員(無料)登録が必要です)コンテンツは「概要・政策編」と「ビジネス編」の2部構成。後編にあたる「ビジネス編」では、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーの専門家が、ブルーエコノミーの注目領域や市場攻略のポイントについて、具体的手法を交えて解説している。<無料でサブスク体験>海から始まる新しい経済 - ブルーエコノミー ビジネス編(ご視聴にはFAM会員登録が必要です) 参考レポートトランプ2.0時代、戦略的価値が高まる北極圏――日本はどのように関与すべきか? | DTFA Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ

FA topics

ヒトメミライ 一目未来

文化財の社会的価値の定量化とその活用の動きが進んでいる。デロイトの経済助言チームが姫路市の協力のもとで分析した姫路城の社会的価値は1.8兆円で、入場料の年間収入の100年分を越えている。日本に国宝・重要文化財が約13500件あることを考えると、日本全国の文化財の社会的価値の総計は天文学的金額となりうる。姫路城の財務収益を遥かに超える非財務(社会的)価値の源泉となるのは実はインバウンドだ。姫路城と同程度の年間の入場者数を受け入れる他のお城(城址公園)の社会的価値はインバウンドからの認知度の差を考慮した結果、過去の分析時点では姫路城ほどは高価値に至らなかった。▼一方、デロイト海外チームが分析したローマのコロッセオ(約10.5兆円 2022年のユーロ円レート)やシドニーのオペラハウスの社会的価値(約1.1兆円 2023年の豪ドル円レート)と比較すると、海外での知名度と価値に緩やかな関係があることが窺える。また、オペラハウスの社会的価値は過去10年間で約4割上昇しており、世界遺産のような著名な文化財の社会的価値の金額とその伸びは今後も期待される。実は、もっと潜在的な価値の飛躍を望めるのは、財務的価値がほとんど期待できない、地域で親しまれている文化財かもしれない。▼こうした文化財の社会的価値の可視化の試みはまだ道半ばだが、簡易的で低コストの可視化スキームが開発され地域の文化財の価値が多くの人に認知された結果、全国の苦境に直面していた文化財への支援が持続可能となる環境はあと数年で創出されると見込んでいる。(パートナー 増島雄樹)
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