DTFA Times

クローズ型マッチングプラットフォーム「M&A プラス」の利活用事例から そこにある有益性を探求

デロイト トーマツ グループ所定の入会審査を経た専門家のみが集結するプラットフォーム「M&A プラス」。参加しているのは、全国の士業、金融機関、M&A専門会社などです。1,000名超の専門家たちが集結するネットワークは幅広く、地域を跨いでのマッチングが可能となっています。ここをベースに実施される取引は、専門家を介しているからこその公正さを維持。M&Aを視野に入れている企業にとっては、大きな安心感が得られると期待できます。今回は、このM&Aプラスにジョインしているアイザワ証券株式会社(以下、アイザワ証券)、株式会社ポーラスターパートナーズ(以下、ポーラスターパートナーズ)の2社を通して実施されたM&Aについて、アドバイザーとして存在する両社の強みなどについて語り合う座談会が行われました。豊福 哲矢氏アイザワ証券株式会社CRM部ソリューション課 笠間 浩明氏株式会社ポーラスターパートナーズ公認会計士・税理士               堂阪 圭氏株式会社ポーラスターパートナーズ 田村 貴翔氏株式会社ポーラスターパートナーズ M&Aに向き合う企業が期待する多様なシナジー――まずは今回成約したM&Aの、譲渡・譲受企業の概要について教えてください。豊福譲渡企業は、東京都を拠点とする建築業を営んでいます。遮熱や目隠しといった窓ガラスのフィルム施工事業を行なっており、顧客は学校をはじめ公共施設が中心です。笠間それに対し、埼玉県に所在するインテリア会社が譲受企業となりました。営業エリアは埼玉県のほか、東京都や千葉県も含んでおり、首都圏一帯といえます。壁紙や床材、カーテンなど窓周りに強く、大型の工事を受託することが多い、首都圏でも高いシェアを誇る企業です。――両企業はM&Aによって、どんなシナジーを期待されていたのでしょう。豊福今回、譲受企業は窓周りの施工事業が強いとお聞きしておりましたので、当社で譲受企業の企業サイトや買手FAからの説明、トップ面談などを通して、両者の事業領域が近いことを確認しました。譲渡企業の持つ技術・ノウハウが、譲受企業に受け継がれていけば今後大きなシナジーが期待できますし、譲渡企業にとっては、これまで人材不足で逃してしまっていた案件を受託することも可能になると考えました。これは両企業にとってメリットといえることから、今回の譲受企業をお薦めさせていただきました。笠間近年、新築の着工件数は減り続けています。同時に、高気密、高断熱が求められ、窓も少なく、小さくなっている。エコロジーの観点から、開口部が多いとエネルギー効率が悪くなるという意味もあるでしょう。この傾向が進んでいくと考えれば、カーテンなどの需要も減少すると予測されます。そこで、ガラスフィルムという新しい素材を取り入れることに着目しました。建築工程にガラスフィルムの施工業務をプラスすることは容易ですし、アイザワ証券のおっしゃるようにガラスフィルムのノウハウなどが手にできるのは一つの価値との判断がなされ、アプローチにつながりました。堂阪営業エリアも重なる部分が大きかったため、売上の点でもシナジー効果が生まれると考えられたのも要因の一つです。――ところで、アイザワ証券が今回の案件をM&Aプラスに掲載してくださった経緯についてもお聞かせいただけますか。豊福当社ネットワーク内の譲受候補となる企業は、大手の上場企業から小さな法人までいらっしゃいますが、今回の案件は規模としては決して大きくありません。一定の事業規模のある会社の譲受を希望する企業が多くを占めますので、案件を受託させていただいた当初より、譲受企業を探すにも苦心するだろうと予測したのです。場合によっては、当社内のネットワークだけでは完結できないことも考えられたため、M&Aプラスに掲載してネットワークを補強したいとの狙いがありました。左から、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の宮川・牟禮、アイザワ証券の豊福氏、ポーラスターパートナーズの堂阪氏・笠間氏・田村氏M&Aの専門家とはいえそれぞれにカラーが存在し、独自性ある活動が展開される――本案件成約までのアドバイザリー業務を行なったのがアイザワ証券、ポーラスターパートナーズですが、自社の業務の特徴や強みはどこにあると考えていますか。豊福当社は100年以上の歴史を持つ対面型の証券会社であり、目の前にいるお客さま、そのご要望にどれだけ真摯に向き合うかを常に考え、大切にしているのが特徴です。M&Aアドバイザリー業務は、一般的に収益目標があるものですが、当社にはそれがありません。また、案件の規模についても制約はなく、どのような業種、規模感の企業でも対応しています。これもまた、特徴の一つです。そのうえで、お客さまの実需に合わせたサービス提供を行い、M&Aだけでなく、第三者承継など幅広い選択肢の中からベストプラクティスを探して提供させていただいています。笠間当社は、母体となる笠間税務会計事務所のM&A部門です。会計事務所が注力しているのは企業再生ですので、私たちも再生型のM&Aを実施しています。アドバイザリー業務そのものは、母体の会計事務所が得意とする宿泊業、建築業に業種領域を絞っていますが、今後は医療機器の分野にも力を入れていく計画があります。いずれの領域も、行政の許認可が関連するため業務的な難易度は高いのは事実。しかし、将来を見据えての動きといえるでしょう。堂阪従来手がけている宿泊業においては再生企業も多く、リソースが非常に限られている案件が多いです。そのため、私たちも現場に入って書類整理からメールアドレス、Wi-Fiの設定などまで行うことがたびたびあります。こういった地道な作業も厭わないのが当社の特色です。田村今回の案件でも企業にかなり入り込み、社長さまと一緒になって同じ目線、立ち位置を保ち、1から物事を考えていきました。M&Aプラスを活用することで得られる安心感――今回利活用いただいたM&Aプラスについて、両社からご意見を伺いたいと思います。豊福世の中にM&Aのプラットフォームは多々ありますが、当社はM&Aプラスのみを現在利用しております。理由としては、質の高い専門家だけに登録が限られていること、加えて、FAとのマッチングプラットフォームという点にも好印象を持ちました。そもそもデロイトさんの運営ですから安心感がありましたし、当然FAもその先にいらっしゃる企業も信頼ができると考えたのです。特に今回はやや難しい案件でしたので、M&Aプラスがなければ成功しなかったと感じています。笠間他社プラットフォームと比較して、厳選された環境があると感じました。案件についてもそうですし、FAがしっかりつくのも安心できます。堂阪付け加えるなら、アドバイザリー業務において、FAとコミュニケーションが揃ったのも業務負担を減らしてくれた要因です。M&A成約までのプロセスについて共通認識を持ち合わせているため、非常にスムーズな進行でした。――本日は貴重なお時間をありがとうございました。

大学発ベンチャーの台頭が新たな産業・雇用を誘発し、地方創生も加速

大学の研究成果などを生かして起業する大学発ベンチャーが増えています。経済産業省の調査によると2023年度の数は4288社。2015年度に比べると2.4倍となりました。優れた研究成果の事業化が加速すれば新産業や雇用の創出に繋がり、日本経済の発展にも大きく貢献しそうです。デロイト トーマツ ベンチャーサポート(以下、DTVS)BP事業部の狩谷真治は大学発ベンチャーのさらなる台頭に向け、「東京・大阪だけではなく地方でも投資家を巻き込んだエコシステムを確立させることが重要」と指摘しています。狩谷 真治デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社シニアマネジャー 大手金融機関にてキャリアをスタート。その後、大手人材紹介会社へ転じ経営企画、営業企画、新規事業開発責任者として従事。DTVSにおいて、プレシード・シード期のスタートアップ企業に対する事業戦略立案、HR戦略支援に従事。現在は全国の大学発スタートアップ創出に向けたプロジェクトなど教育機関領域での活動に注力している。全国の教育機関へのアントレプレナー講義実績多数。 起業によって教育機関に眠っているシーズを掘り起こし、日本を成長軌道に乗せる――政府が掲げるスタートアップ育成5カ年計画の中で、大学発ベンチャーはどのように位置づけられていますか。コアな存在だと思っています。ディープテックや創薬については、大学に数多くのシーズがあります。それらを世に出していくことが国として、最も重要でインパクトのある戦略だと5カ年計画では考えているからです。日本は研究者の数や研究開発費に加え、出願数が減ったとはいえ特許の数も世界のトップ5に入っており、国力は強い。大学や高専など教育機関に眠っているシーズを次代の産業の原動力にするために事業化することは、日本を成長軌道に乗せるためにも重要なことです。――研究者の数などを踏まえると、大学発ベンチャーはまだまだ少ないという印象があります。日本の研究者はなかなか起業しません。そもそも「しよう」という選択肢がない。多くの研究者に会ってきましたが、そう感じています。研究に取り組みたいけれど、起業すると研究に費やす時間が減ってしまう。そんな不安感があるからです。しかし、起業した研究者の多くは「起業した方が研究開発に充てる時間もお金も増える」と言っています。芽が出る可能性があるシーズについて、きちんとビジネスモデル化できる道筋を描けば、国から支給される研究費や補助金などに比べて使いやすいお金が必然的に集まってくるからです。大学ベンチャーの数 データソース:経済産業省HP「大学発ベンチャーデータベース」https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/univ-startupsdb.html――経営スタイルも徐々に変わっているのでしょうか。一昔前までは、研究者に研究も経営も担わせてうまくいかないケースが目立っていました。しかし最近は、研究者がCTO(最高技術責任者)のような立ち位置で、経営は経営のプロに任せるというケースが増えています。例えば、核融合スタートアップの京都フュージョニアリング。京大を卒業しさまざまな会社で経営に携わってきた長尾昂・現会長は、京大で核融合の研究に取り組んできた教授とタッグを組み創業しました。資金集めは経営者が行い、研究者は研究に専念するという役割の明確化で事業を進めています。分業であれば、しんどい局面をスムーズに乗り越えることができます。時間が担保され資金調達が成功すれば、研究のスピード感も早まるというわけです。全国を9つのエリアに分けて大学主体のベンチャー育成プラットフォームを展開――大学発ベンチャーの創出は、どのような形で進められていますか。文部科学省と科学技術振興機構は大学発スタートアップの創出に向け、エコシステムの構築に本格的に取り組んでいます。重要な役割を果たすのが、東京大、早稲田大、東京科学大を主幹とする「グレーター・トウキョウ・イノベーション・エコシステム」(GTIE:ジータイ)などのプラットフォーム。全国を9つのエリアに分け旧帝大などが中心となって活動を進めています。具体的には資金を渡して研究シーズを実証実験につなげ、本当に起業できるのかといった点やビジネスとしてニーズがあるのかなどを検証します。起業の目標数もコミットしています。各地方の起業家支援組織 出典:科学技術振興機構報 第1663号:大学発新産業創出基金事業 スタートアップ・エコシステム共創プログラム 2023年度新規採択プラットフォームの決定について https://www.jst.go.jp/pr/info/info1663/pdf/info1663.pdf――IPOの事例は少ないようですが。逆にいい傾向だと思っています。これは大学発に限った話ではありませんが、日本のスタートアップはM&A市場が未成熟という理由もありますが、イグジットがIPO(新規公開株式)一択の傾向が強く見られます。VC(ベンチャーキャピタル)からの資金調達により時間軸に制約があるということもありますが、結果的にプロダクトが中途半端になってしまうことも。もっと時間をかけていれば事業を広げられたのにと思わせるような、小粒な上場が見受けられます。その結果、IPO後にも継続して成長している企業は日本では極めて少ない印象です。研究やプロダクトの開発にかかわるプロセスを、会社を成長させる期間として位置づけIPOが遅れているのだとしたら二重丸を付けて良いと思っています。――大学発ベンチャーの創出に向けて、DTVSとしてはどういった取り組みを行っていますか。大学に赴いて起業気運を醸成するために「起業とは」といった講座を、学生や研究者、学校関係者に実施しているほか、「アイデア段階のものや研究シーズをどういった形でビジネスに昇華するのか」などの課題解決の支援を行っています。また、大学の中にアクセラレーターがいなければ各大学は自走できないので、起業支援人材の育成にも力を入れています。地方創生に繋げるには、投資家を巻き込んだエコシステムの確立が重要――地方大学発ベンチャーが成長すれば、地方創生にどのような形で貢献するのでしょうか。地域課題の解決型スタートアップは、地域に産業を創出するなどの経済効果をもたらす効果があると思います。一方、インパクトが大きいのは研究開発型スタートアップ。その地域を超えて社会に認知される企業が成長した後も本社機能を地元に置いておけば、地域産業は新たな雇用を創出します。人口の増加などにより地域が潤い、そんな企業が「この大学から誕生しました」となると、各地から大学に学生が集まるようになったり、多様な人材が流入したりと副次的な効果も生まれてくることになるでしょう。しかし地方では、こうしたサイクルが十分に構築されていません。スタートアップが成長しようとすると投資家を巻き込むことが必要なのに、投資の8割が東京に集中しているのが現状です。大企業やVCなどエコシステムを形成しているステークホルダーが東京に集結しているからです。一方、地方自治体や大学の間でも独自のプラットフォームを整備して、地元の企業とスタートアップをマッチングさせる活動が広がってきました。地方の大企業は成長する手段を探しており、地元を何とかしようという熱意も強い。ただ、情報や支援人材も少なく、何をすればよいのかがよく分からない。この部分にDTVSが携わることで、と思っています。――行政にはどういったところに期待していますか。政府のスタートアップ支援施策をより盛り上げようとしたときに、最も重要なのは認知度を上げることだと思います。行政が「スタートアップの成長を支援していますよ」といった情報をオフィシャルな形で発信すれば、さまざまな人が目にするようになり、子どもからお年寄りに至る幅広い年齢層の間で、スタートアップという用語が広がっていきます。小学生やおばあちゃんたちから「私はこのスタートアップを応援しているんだよ」といった話が出てくるようになると、生活者にも浸透して国が総出で応援する状況になります。そうなれば色々な力が働くようになる。地域住民にあまねく周知できるのが官の力です。スタートアップの認知向上のためにも、官との連携に力を入れたいですね。――産官学の連携をより強固なものとするには、どういった部分に予算を使う必要があると考えますか。地元企業を招き入れることで成果を残すプラットフォームが地域ごとに整備されています。しかし、企業にはあくまでもボランティアといった感覚が残っており、アグレッシブに動けていないのが現状です。このままでは、急に景気が悪化すると動きが止まってしまいかねません。こうした事態を回避するためにも、事業会社が全力でリソースを投入できるようなスキームを描くことが必要です。例えば、起業家教育の補助や出資に対するファンドサポート、新規事業やプラットフォーム構築の機運醸成や運営にかかわる補助金などプラットフォームの完成を目指して予算を配分すれば、それぞれのプレーヤーがお金を気にせずに動けるようになります。結果として産官学の連携は一段と強固なものとなり、地域の活性化に繋がるでしょう。

ビジネスリーダーが語る時代の潮流
総合

第16回 地域一体感のある地方創生の道のり

2022年度から、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)は、四国中央市のシティプロモーションプロジェクトに企画立案から携わっています。これまで、「18っ祭!」のイベントをはじめ、旗印となるロゴやスローガンづくりのワークショップなどを実施してきました。今回は連載の総まとめとして、それぞれの担当者にこれまでのイベントや旗印づくり、シティプロモーション全体などについて、感想や今後の展望などについて聞きました。旗印とそれを活用したISOT出展の効果 江島 成佳デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社エグゼクティブブランドアーキテクトブランディングのコンセプト開発・企画立案・トータルディレクションおよびマネジメントの実行責任者を歴任。幅広い業種のブランディングを担当しVI開発やプロダクト、サービス開発、空間設計、コミュニケーション施策などにも関与。株式会社シー・アイ・エー代表取締役社長を経て、現デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 ブランディングアドバイザリーに所属。 ――複数回のワークショップを経て完成した旗印に込めた思いをお聞かせください。江島:旗印づくりは、シティプロモーションの一環として、共通のアイコンを作る目的で始まりました。学生、企業、市役所の方々を交えたワークショップを複数回実施する中で、メッセージやキーワード、イメージなどを議論して製作したものです。加えて、デザイナーと共にワークショップの結果を反映させながら案を作成していきました。旗印は、色合いや機能性、視認性なども検証しながら完成させたもので、「織り成す」をキーワードとし、人と人、文化、企業などを結びつける意味が込められています。また、若年層を含めた住民の方をはじめ、企業、そして市外の方など、様々な人々を大切にする思いも含まれています。具体的には、四国中央市の持つ企業文化や地域性を反映し、市の特産品である紙や地域の花の色なども意識して色を選定しました。市内外での認知度向上と一体感の醸成を目指す「わたし おりなす」というメッセージもキーポイントです。将来的には市で生産された製品に付けられるマークとして、活用いただくなど、市の認知度向上に貢献することを期待しています。ロゴを使用した様々なグッズが制作されている――旗印ができたことにより期待できることについてお聞かせください。江島:今後は、市内での認知度と使用の広がりが期待しています。すでに、学校の給食プレートや備品など、市役所内の他部門でも積極的に使用されていますが、これからは企業との連携強化を進めていければ良いと思います。ISOTのような展示会の企業ブースや会場での統一感のある使用を通じて、市と企業が一体となったプロモーション活動の展開が望まれます。また、地元企業の製品裏面などにロゴマークを付けることで、市の認知度向上を目指す取り組みもより必要でしょう。そして、県外の人々への四国中央市のアピールが重要です。「帰りたくなるまち」としてのブランド確立を通じて、市民の一体感を醸成する活動がシティプロモーション戦略で今後も継続していくポイントです。様々な年齢層や立場の人々が共通のシンボルとして認識していければより成果が生まれるのではないでしょうか。帰りたくなるまちづくりと新しい取り組みの広がり選ばれるまちを目指して地域の魅力アピールを強化 大西 宏さん四国中央市みらい創造室長2001年、旧伊予三島市役所に入庁。直近では情報政策課でシステムの管理開発を担当し、保健推進課で新型コロナワクチン対応業務を担当する。2022年度からみらい創造室長を務め、シティプロモーションやDX、SDGsなど総合的に推進する事業に従事。 筱原 勇弥さん四国中央市みらい創造2002年、旧伊予三島市役所に入庁。文化振興・社会教育の生涯学習分野、障がい者福祉、窓口センター、法制執務、庁内の情報システム分野、学校関係の管理・ICT関係業務を経て、現在のシティプロモーション、DX推進業務に従事。 ――多様な意見交流を経て完成した旗印を前に、市役所や地域の皆さんからはどのような感想が出ているでしょうか。また、活用事例などについてもお聞かせください。大西:今回完成した旗印に対して、市役所の庁内のみならず、市民の方、企業の方からも大変好評を得て浸透を実感しています。市民の方からも「かわいらしいデザインですね」といった意見をいただいています。今年度は四国中央市発足20周年で、関連事業のポスターやチラシ、ノベルティなどにも活用するなど、市役所内でも積極的に旗印を使用しています。また、企業の方からも、展示会でのノベルティに使用するなど、一つのコミュニケーションツールとして活用いただいており、優しい色合いや親しみのあるデザインのおかげで想像以上に存在が広がり、非常に良かったなと感じています。四国中央市の16社が集結したISOTの会場風景――ISOTの出展を経て、今後の期待と展望をお聞かせください。大西:「日本一の紙のまち」である四国中央市で生産される紙製品のパッケージごとにロゴを使っていただいて、四国中央市をアピールする流れが高まってほしいと期待しています。すでにパッケージデザインにロゴを採用していただいている市内の企業もあります。「made in 四国中央市」をPRできる紙製品が増えるように、市役所としてもより一段とロゴの活用推進をお願いしていくつもりです。本年7月に開催された展示会「ISOT 夏(第36回 国際文具・紙製品展 夏 )」には、市内企業16社と共に出展させていただきました。ISOTの会場では、シティプロモーションのロゴ以外にも四国中央市が「日本一の紙のまち」であり種類の豊富な紙製品が集積していることをPRしてきました。今後は、まちの知名度アップだけでなくビジネス面でも企業間の取引におけるマッチングができるような展開を進めていきたいと考えています。出展時には、旗印によって自然と発生した企業同士の一体感といった新たな繋がりも生まれています。来場者の方から商品の問い合わせがあったものの自社では生産していない場合、隣りで出展している企業を紹介するなど、市内の企業間で連携していく様子にISOT出展の手応えを感じました。出展企業からは来年度も出展を検討したいと前向きな意見もいただけたので、旗印が果たした役割は非常に大きかったと感じています。――「若者が帰りたくなるまち」を目指すシティプロモーションは、今後どのように進めていきたいとお考えでしょうか。筱原:シティプロモーション戦略は、「人間」や「人間関係」の大切さに主眼を置いた取り組みです。その具体的なターゲットとしては若年層を設定していますが、現在、四国中央市の魅力を伝えていくことの難しさを改めて実感しています。「18っ祭!」やワークショップなどを通じて関わってきた高校生たちにも年代ごとにカラーがあり、年の差による特徴の違いによってどう伝え方を変えていくかが課題です。第1回「18っ祭!」の運営スタッフだった高校生は今年20歳で成人式を迎えます。市外に進学・就職した方も、一斉に帰省するタイミングなので、今年度の「18っ祭!」を運営する高校生と一緒にコラボレーションができれば、新しいステップになるのかなと感じてます。高校生時代に運営スタッフや来場者としてイベントに関わった年代が年々増えて、他の年齢層の市民も巻き込むようなイベントへと発展していくのが理想です。――改めて、選ばれるまちになるために、市として取り組むべき重要なことはどんなことでしょうか。筱原:現在の高校生たち若年層が大人になったとき、紙産業が盛んな四国中央市には様々な雇用があるという魅力をもっとアピールしていきたいと考えています。そのためには、市内の企業とも連携し、高校生など若年層に対して、四国中央市で働く魅力を発信する活動により一段と力を入れていきたいところです。進学・就職で一度市外に出た若年層も、シティプロモーションの取り組みを通じて、まち全体に一体感があふれており、多様な働き方ができる企業がたくさん集まるまちだと実感していただきたいです。こうしたまちの魅力が高校生の間に浸透していけば、四国中央市で暮らしていくことにもっと興味を持ってくれるのではないかと思っています。企業間の連携を強め発信力を高める施策に期待 森実 慶太郎さん株式会社モリオト紙製品製造販売を手がける株式会社モリオト担当者。テレビ業界での経験を経て、祖父が創業した同社に2021年から参画。四国中央市と東京の2拠点で活動している。 ――市内企業合同でISOTに出展した印象はいかがでしたか。森実:世界一の紙のまちをPRする新しい試みとして、市の支援を受け、市内企業16社が参加したISOTでの経験は、地域の企業が一つになるいい機会だったと思います。予想以上に商談も進み、企業間の新たな連携も生まれました。ただ、まだまだ発信力が足りないと感じています。展示会については、最低3年は継続すべきですね。来年は20社規模に拡大できるよう働きかけていくつもりです。――四国中央市のシティプロモーションに関連して、若い世代が戻ってきたくなるような会社、まちにするために一番大切なことはどんなことでしょう。森実:企業として市民として、働くことへのやりがいや地元の暮らしの素晴らしさをもっと全面に出していくことが大切だと思います。シティプロモーションで行われていた旗印やロゴ作成、動画制作など、あらゆる方向から発信力を高める取り組みが重要です。特に、高校生が直接運営・参加する「18っ祭!」のイベントは、ステージ発表や展示コーナーだけではなく、さらに大きなスケールでの開催を目指して欲しいと思います。地元ゆかりの日本を代表する大企業と連携すると、もっと「四国中央市ってすごいまちなんだ」と実感するのではないでしょうか。――地元企業やまちの魅力発信については何が課題だとお考えですか。森実:紙のまちの企業として、各社ともせっかくすごいことをやっているのに、表に出しきれていないですね。謙虚なのは良いことなのですが、もったいない気がします。若者に地元に帰って来てもらうためには、高校生や中学生のうちから地域と関わる機会を作ることが重要です。市外に出てからでは遅いので、「18っ祭!」のようなイベントには必ず地元企業として参加するようにしています。地域の一企業として、地元の青年会議所に所属したり、小中学生向けの職業体験活動の展開などを通して、今後も地元の若年層に職業の魅力、人の魅力を伝えていきたいと考えています。若者たちに響くシビックプライドの醸成が鍵シティプロモーションの始まりから3年あまりを経て、市と連携してきたDTFAの江島は、今回の施策による成果や課題、今後の展望を語ります。ブランディング活動を継続する意義江島:長期的なブランディング戦略の基盤における10年計画の一環として、継続的なブランド構築の土台となることを期待しています。行政の方針転換に左右されない、一貫性のあるブランディングが重要です。市の長期目標を示す旗印やビジョンの浸透を進める中で、市民や企業にシティプロモーションの意義を理解してもらうための活動が必要でしょう。特に大切なのが、若者の参加促進です。高校生など若い世代の市政への参加意識を高めるためにも、グッズ制作や様々なイベントでの活用など幅広い使用方法によって、多様な展開の可能性を模索しなければなりません。同時に、行政の縦割りや単年度予算の課題克服に向けた取り組みも求められます。行政は年度ごとに区切られた予算計画の影響を受けやすいため、長期的な視点での戦略を立てて実行する必要があります。市役所が一丸となり、長期的なビジョンに基づく一貫したブランディング活動を継続していくことで、市外に出た人々への再アプローチになります。旗印を用いた広報活動を通じた四国中央市の知名度を高める取り組みが重要で、四国中央市の製品などに旗印を利用することで、全国的、あるいは国際的に知名度を拡大する活動も加速させたいです。あわせて、旗印を地元以外でも使用可能にし、企業や市民が自主的に利用する機会を増やす方向性も検討しながらシビックプライドの醸成に力を注いでいくことが大切だと考えています。旗印を通じて、四国中央市とのつながりを思い出すきっかけづくりがさらに深まれば素敵です。――若者たちが帰ってきたくなるまちづくりのスタートを切った四国中央市。未来へ向けて展開される様々な取り組みに期待がふくらみます。

シリーズ・若者が帰りたくなるまちはつくれるか――四国中央市の試みに迫る
経済

米国の財政赤字は重要な問題なのか

景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年11月11日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。Ira KalishDeloitte Touche Tomatsuチーフエコノミスト経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。 米国大統領選で両者ともに触れなかった問題最近終了した米国の大統領選挙期間中、興味深いことに、どちらの候補者も米国の膨れ上がる公共部門の債務についてほとんど言及しませんでした。移民、インフレ、中絶、貿易については多く語られましたが、政府支出をどのように賄うか(あるいは賄えないか)という極めて重要な問題はあまり注目されませんでした。一方で、私が経済見通しをお話する際に受けた質問から判断すると、この問題はビジネスリーダーにとって懸念の種となっています。この懸念は正当なものでしょうか。まず、いくつかの事実を確認しておきましょう。連邦議会予算局 (CBO) によると、終了したばかりの会計年度において、連邦政府の財政赤字(支出から収入を差し引いたもの)はGDPの6.7%に達したと推測されています。これは、経済がほぼフル稼働しており、歴史的に低い失業率を記録していることを考えると、異常に高い数字です。歴史的に見ても、財政赤字対GDP比がこれより高かったのは、深刻な不況時か、第二次世界大戦中および直後だけです。さらに、両候補者の税制および支出計画を踏まえると、財政赤字は今後数年間、拡大しないとしても比較的高水準で推移する可能性が高いと考えられます。一方、債務水準も歴史的に高くなっています。債務を測定する方法は3つあり、まず、一つ目は、債権者が誰であるかに関わらず、負債総額で測る方法です。この基準では、2022年度末の債務対GDP比は123.4%でした。これは、歴史的なピークとされている、新型コロナウイルスのパンデミック時である2020年度の127.7%を下回る数字となっています。第二次世界大戦中には、債務対GDP比がこの水準に達することはありませんでした。二つ目は、国民が保有する債務です。これには、社会保障信託基金などの政府勘定に入る債務は含まれません。この基準では、債務対GDP比は2​​022年度に97%、2024年度末には99%になる可能性が高いとされています。2020年度には、この比率は99.7%でした。それ以前では、1945年に103.9%、1946年に106.1%に達したことがあります。さらに、どちらの候補者の下でも、この比率は今後数年間で大幅に上昇する可能性が高いと考えられています。最後に、最も重要であろう三つ目の基準は、中央銀行保有債務を除いた、国民保有の債務です。FEDの保有債務は、2010年の世界金融危機の際、そして2020年のパンデミックの際に大幅に増加しました。これらの増加は、FEDが流動性を高めるため国債やその他証券を購入した量的緩和政策の一環でした。銀行の貸し出し減少によりマネーサプライが減少することを防ぐためのものでした(実際に世界恐慌時には発生した出来事です)。この指標が重要である理由は、政府債務が民間部門に与える真の影響を反映するからです。この指標によると、2022年度の債務対GDP比率は74.5%であり、2020年の78.7%から減少しました。債務対GDP比がこれより高かったのは、1944年から1948年までの期間で、1946年には比率は95.6%に達していました。どちらの候補者の下でも、この比率もまた今後数年間上昇すると予想されています。財政赤字に対する懸念の行く末このように、現在赤字と債務の水準はどちらも歴史的に高くなっていますが、まだ壊滅的な状況ではありません。私たちはこれらについて心配すべきでしょうか?答えは「はい」でもあり、「いいえ」でもあります。通常、多額の政府債務は民間投資家と乏しい資金を奪い合うことで借り入れコストが上昇し、結果として投資と経済成長が阻害されるため懸念されますが、ここ数年はそのような影響は見られていません。加えて、投資家が国債を常に購入するのであれば、中央銀行は債務を現金化することで、破滅的なインフレーションを引き起こす可能性もありましたが、現時点ではそのような事態も発生していません。また、多額の債務の存在と債務増大の予想は、債務不履行やインフレによる現金化を恐れる投資家を怯えさせ、金融危機を引き起こす可能性があります。しかし、現時点では、このような動きは見られません。さらに、日本は、債務対GDP比が米国よりもはるかに高いにも関わらず、借入コストとインフレ率が低いという興味深い例を示しています。これは、先進国経済が特段問題なく多額の債務を管理できることを示唆しています。一方で、どの政府にも限界があります。結局のところ、いくつかの国の経験から我々が学んだことは、過剰な債務と政府借入は、経済成長の鈍化か高インフレ、またはその両方に繋がるということです。例えば、1920年代のドイツや、より最近でいうと2010年代のギリシャの事例を考えてみてえください。また、ベネズエラ、アルゼンチン、ジンバブエなどの国は、憂慮すべき例を示しています。しかし、米国はこれらの国々とは異なります。米国は世界の主要通貨を発行しているため、「法外な特権」を持っています。外債が自国通貨であるだけでなく、特に不確実性の高い時期には、世界中の投資家が米ドルを求めます。米国債市場は巨大であり、流動的であり、透明性が高く、信頼性も高いため、米国は目立った影響を受けることなく、他国よりも拡張的な財政政策を実施できる可能性が高いといえます。とはいえ、これが永遠に続くとは限りません。政策転換がない限り、米国がその大盤振る舞いの代償を払う時がやって来るでしょう。その時がいつになるかはわかりません。今からずっと先になるかもしれません。私は、1980年代の米国の財政政策に関する厳しい警告を覚えています。当時、大規模減税と国防費の増加により赤字が膨らんでおり、専門家は危機が差し迫っていると警告していましたが、結局のところそのような事態は起こりませんでした。財政赤字を今後乗り切るためにでは、今後何ができるのでしょうか。将来の財政赤字が不格好な軌道を辿る主因は、人口動態にあります。つまり、高齢化により、社会保障やメディケアなどの高齢者向けの給付金への支出の増加が見込まれています。生産年齢人口の伸びが鈍化する中、増税を行わない限り、これらの支出を賄うための政府歳入の伸びは十分ではなくなるでしょう。この問題に対処する方法はいくつかあります。例えば、定年年齢の引き上げや税金の引き上げ、給付金の削減、その他の政府支出の削減、移民の促進(退職者に対する労働者の比率を高める)などが考えられます。これらはどれも政治的に容易ではありませんが、これらを組み合わせることで、問題は解決に向かうでしょう。また、連邦政府の支出の大部分は医療(メディケア、メディケイド、退役軍人給付金など)に充てられています。期待されるのは、生成AIをはじめとする新技術が医療サービスの生産性を向上させ、コスト削減に寄与することです。これが実現すれば、政府の財政赤字に大きな影響を与えることになりますが、これらの進展は依然として未知数です。いずれにせよ、政府のリーダーたちは、この長期的な問題に対処するリスクを避けたがり、投資家の懸念が引き金となり、短期的な問題となるまで動かない可能性が高いでしょう。1990年代に政治コンサルタントのジェームズ・カービルが次のように述べたことを思い出しましょう。「生まれ変わりがあるとしたら、大統領かローマ法王か、400本打者になりたいと昔は思っていた。だが今は債券市場になりたい。皆を威圧できるからだ」。ひとたび債券市場が債務問題で政治家を威嚇するようになれば、アクションを起こす可能性は高まるでしょう。※本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。Deloitte Global Economist NetworkについてDeloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

海外レポートから読み解く世界経済
イノベーション

適応と緩和の両輪で進化を遂げるClimate Tech

地球の温暖化は加速しており、2024年の世界平均気温は従来の最高である2023年を超える見通しです。世界各地では、台風や猛暑、豪雨などの自然現象が想定外に大きくなっており、気温上昇の抑制は喫緊の課題といえます。このため主要国は、2050年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げており、国や大手企業の取り組みに加え、気候変動対策に関連する新しい技術を開発する「Climate Tech(クライメートテック)」と呼ばれるスタートアップ企業に対する期待感が急速に高まっています。これまでは再生可能エネルギー導入など温室効果ガスの排出削減を目的とした「緩和」の領域が市場をけん引してきましたが、デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社(DTVS)気候変動ビジネスユニットの深栖大毅と畑仲晃稀は、気候変動対策のもう1つの柱である「適応」の領域と両輪で進めることますます重要になると提唱しています。深栖 大毅デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社マネジャー 大手コンサルティングファームにて、TCFD開示、マテリアリティ評価、環境社会インパクト可視化、ESG投資戦略立案・運用支援などサステナビリティ関連の幅広い支援に従事した後、2024年にデロイト トーマツ ベンチャーサポートに入社。気候変動領域における大企業のイノベーション支援や官公庁の政策立案支援、国内Climate Techのアクセラレーションなどを担当。前職においては、金融庁サステナブルファイナンス推進室に2年間出向し、政府のサステナブルファイナンス関連政策立案にも従事。 畑仲 晃稀デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社コンサルタント 製造業系ベンチャー企業にて、toBマーケティングに従事。DTVSに入社後、気候変動領域(カーボンクレジット、CCUS、サーキュラーエコノミー、生物多様性など)における市場・技術調査や新規事業立案、スタートアップスカウティングなどに従事。大企業、官公庁に対してオープンイノベーションに資する取り組みを支援する。 適応領域の技術・サービスは、気候変動によるリスクを最小限化――世界のClimate Tech市場はどのように推移していますか。深栖2015年に気候変動問題に関する国際的な枠組み「パリ協定」が定められて以降、欧米や近年は中国などを中心にClimate Tech市場は拡大しております。一方、正確な統計データはありませんが、その大半は温室効果ガスの排出削減を目的としたいわゆる「緩和」に関するものであると考えられます。こうした中、私が注目しているのは、気候変動対策におけるもう1つの柱である「適応」の領域です。「緩和」が進んで2050年ネットゼロの達成など気温上昇を抑えることに成功できたとしても一定の気候変動は避けられず、それらに文字通りどう適応していくか、というのが「適応」の取り組みです。日本を含め世界中で気温の上昇や台風・洪水も頻発化しており、被害が毎年のように顕在化しています。このような背景のもと、「適応」への関心は高まり、盛り上がってきていると実感しています。損失と損害の回避、最小化、対処参考:UNEP、適応ギャップ報告書2023(エグゼクティブ・サマリー)、地球環境戦略研究機関、2024年3月サプライチェーン上でリスクを算定し、ハード・インフラといった分野ごとに対策――適応領域ではどういった取り組みが行われているのですか。畑仲ファジーな概念であるため、範囲は非常に幅広いと理解しています。カテゴリーの1つがリスク関連で、対象となるのはメーカーや農業など、ものづくり関連の産業です。具体的にはサプライチェーン上でリスクを算定し、「この工場は洪水に弱い」といったリスクの算定評価・分析を行います。例えば、山を所有する会社の場合、山火事が発生すれば甚大な被害が発生するため、継続してモニタリングするなどしてリスクを把握するなどのニーズが存在しており、実際にスタートアップ企業がソリューションを提供している事例があります。こうしたソリューションを活用し、対応方針や適切な戦略を策定、実行に移すという流れになります。――どういったリスク対策が講じられるのでしょうか。畑仲ハード・インフラ、ソフト・オペレーション、モノ(原材料~完成品)、その他という4つの分野に分解して説明すると、ハード・インフラは調達・生産・配送という大きな軸がある中で、例えば配送や倉庫のインフラを保護し、強化するソリューションが提供されています。ソフト・オペレーションには熱中症や感染症対策など現場でのオペレーションや、防災テックのような非常時の資源・エネルギーの確保も含まれています。モノについては品質や耐性の強化につなげるのがねらいで、スプレーをかけると生鮮食品の鮮度が保たれるといったソリューションがあります。水をいかに循環利用できるかといったところも重要になってきます。また、経営リスクをいかに分散させるかという観点から、保険も対象となります。適応プロジェクトのテーマトレンド参考:BCG、The Future of Climate Finance Through Investor Attitudesレジリエンスにつながる技術を生むスタートアップの登場に期待――「適応」領域で注目しているスタートアップを教えてください。畑仲機械学習と人工知能(AI)を通して気候変動の問題に取り組む米国のテクノロジー企業です。従来よりも高精度で降水量等の予測が可能となり、農業分野では50を超える国でサービスを提供し、種子の品種開発や製品の需要予測などで活用されています。1シーズンで数十万~数百万ドルの損失を防いだケースもあります。他の分野でも新しいスタートアップが続々と誕生しています。――日本発の動きは遅れていますか。深栖残念ながら欧州などに比べるとまだまだ存在感が小さいといえます。しかしそれはスタートアップ市場全体のトレンドも同様で、Climate Techだから特に弱いというわけではないとも考えます。また、「適応」領域は今まで全くなかった画期的な技術が必ずしも求められているかといえば、そうでもない事例もあります。例えば既存の防災の取り組みである洪水予測の技術を精緻化し、よりリアルタイムで洪水範囲や浸水深を予測しその影響を評価、また適切な事前の避難誘導・資産保全などを可能にする大学発ベンチャーもあります。昨今では石川県能登地方を襲った記録的な豪雨に代表されるように、激甚化する水害対策は、日本が直面する最も重要な気候変動関連の課題の1つといえます。ハザードマップなど既存の取り組みをさらに拡充して洪水影響を予測するという技術は、Climate Techにおける「適応」領域の代表的な例でしょう。日本は防災の取り組みが進んでいるといわれますが、気候変動が進む中、「適応」の観点でレジリエンス(強靭性)向上に向けた事業・サービスが生まれることに期待しています。――こうした動きを踏まえDTVSとしては、どのような形で事業を推進していきますか。深栖Climate Techという観点ではすでに、大企業とのマッチングや自治体が行うアクセラプログラムでの支援などの事業を幅広く展開しています。その過程では、「適応」という領域は今後大きく伸びていく領域だと訴求しながら、日本のClimate Tech市場を盛り上げていきたいと考えています。大企業のイノベーション領域では、例えばインフラ系の企業が「適応」領域でのClimate Techに強い関心を抱いています。そういった顧客に対し、「適応」を気候変動の新しい軸として定め、イノベーションの支援を行っていきたいと考えています。

ビジネスリーダーが語る時代の潮流
研究員の視点

「2025年の崖」から転落しなかった企業がすべきこと

「2025年の崖」という言葉がある。経済産業省は6年前に発表した「DXレポート」で、この年には企業の基幹系システムの約6割が導入から21年以上経過する見込みであるため、放置すれば崖のように巨額な経済損失が発生すると警鐘を鳴らしていた。その2025年を実際に迎えて振り返ると、ERPのリプレイスや導入は一定程度進んだとい言える。一方で、転落を免れた企業が新たな課題に直面している。レガシーシステムを刷新しさえすれば崖を乗り越えられるとの風潮が広まったため、DXレポートの本質だったデジタル技術を活用した事業変革が疎かになった面があるのだ。企業は足元の課題に向き合い、競争優位性を高めるための経営基盤としてERPを活用し、本質的なDX実現を目指すべきであろう。「2025年の崖」がレガシーマイグレーションを後押し経産省は、2018年9月発表の「DXレポート~IT システム『2025 年の崖』の克服と DX の本格的な展開~」で、企業競争力の維持・強化にはDXが不可欠だとしたうえで、多大なコストとIT人材を浪費するレガシーシステムから脱却する重要性を訴えた(※1)。そのままでは2025年には導入から21年以上を経過した基幹系システムが約6割に達し、最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性があると試算し、これを「2025年の崖」と名付けた。レガシーシステムのリプレイス期限が2025年とされたのには、当時、SAP ERP6.0以前の旧バージョンのサポート終了が2025年に予定されていたという背景がある(※2)。国内で大手企業がERPパッケージの導入を始めたのは2000年前後であり、多くの企業がアドオン開発を重ねて導入したERPは、老朽化・複雑化が進んでいた。SAPのサポート終了時期はその後2027年に延期されものの、「2025年の崖」という言葉のインパクトは強く残った。2022年には富士通がメインフレーム事業撤退を表明したこともあり(※3)、メインフレームのオープン化も含め、レガシーマイグレーションの機運が高まった。結果として、2025年時点では基幹システムの更改は一定程度進んでいる。デロイト トーマツ ミック経済研究所は、レガシーマイグレーションの市場規模は成長を続けており2024年度に9,458億円になると予測している(※4)。一方で、DXレポートの本質的なメッセージは、レガシーシステムからの脱却で維持運用費削減や人員確保を行い、デジタル技術を使ったビジネス変革に経営資源を投資するべきということだったが、手段としてのレガシーマイグレーションに関心が集中したことは、その後の課題を生む一因となったといえるだろう。図表1: レガシー&オープンレガシーマイグレーションの市場規模推移データソース:デロイト トーマツ ミック経済研究所株式会社「レガシー&オープンレガシーマイグレーション市場動向 2024年度版」(2024年9月)※4「崖から落ちなかった企業」が直面する課題DXレポートでは、老朽化したシステムを使い続けるデメリットとして、「データを活用できず市場の変化に対応できない」「維持運用が高額で戦略的な分野にIT投資ができない」「レガシーシステムの維持に人員を割かれIT人材不足が深刻化する」などの問題が挙げられている。ところが、システム更改を行っても、これらの課題を克服できていない企業が多いのが実態であろう。データの活用は長年にわたり議論され続けており、意思決定に資するデータ活用の重要性は認知されているがその実現は難しいことを示唆している。システム更改を契機に、ERPと併用してEPM(Enterprise Performance Management:経営管理システム)を導入した企業もある。アクティビストファンドが経営成果のコミットメントを求める動きが強まっている中で、統合的な業績のモニタリングを行うことが目的である。EPM導入後の管理会計では、短期的な収益目標達成を追うPL偏重の業績管理ではなく、中長期での資本収益性の改善を重視するポートフォリオマネジメントの強化を図ることで、企業価値向上へのコミットを求める株主からの要請に応えようとしている。コスト面では、リプレイスや移行後のクラウド基盤利用などを含む運用費が想定より高くつき、期待したコスト削減効果が得られなかった企業は少なくない。現在はFit to Standard(パッケージを改変せずに導入し、標準機能に業務を合わせる導入手法)の考え方に基づくERP導入が主流となり、20年前よりも導入のコストや期間は短縮しているものの、競争優位性を実現するための投資までたどり着けていない企業は多いとみられる。エンジニア単価削減と人員不足対策のためCOBOLからJavaへの転換を行う場合も、ツールで機械的に移行した結果、COBOLの複雑な構造をそのままJavaで引き継ぎ、テスト工数が削減できず開発生産性が低い状態にとどまるケースもある。このようなプログラムは「JaBOL」という呼称がつくほどに多いのだが、ビジネスにスピードが重視される時代に開発生産性が低いシステムを抱えることは、技術的負債の継続に繋がる可能性が高い。また、日本はIT人材がIT企業に偏在している業界構造を抱えているが、DXレポートは必要なIT人材をユーザ企業自身が確保する重要性を指摘している。適切な手法でのレガシーマイグレーション、ERP導入による経営基盤整備、データ活用、競争力の高い業務システム構築などの推進には、従来型のベンダー依存では難しい。自社の戦略や業務を踏まえたうえで、計画立案やリソース管理を行う必要がある。ユーザ企業も人材の獲得や育成を図っており、クラウドやローコード・ノーコード開発など技術面は進化しているが、人材不足を改善しない限り、問題は解決できない。これから始まる基幹システムの本格活用「2025年の崖」にも後押しされ、経営基盤である基幹システムのリプレイスと導入が進んだことは、企業がデジタル化に踏み出す第一歩となった。しかし崖から転落しなかったことをゴールにするか、競争優位性を得るための変革まで歩みを進められるかは、今後の各社の取り組み次第となる。後者を選択した場合、やるべきことは多岐にわたるだろう。正しく優先順位をつけることが肝要である。データの整備と標準化が行われていなければデータ活用は進まず、注目を集めているAIにも基本的にデータが必要である。また、人材の育成には5年~10年単位の時間がかかるため、早期に着手する必要がある。レガシー刷新を先行させたため競争領域のシステム整備が後手に回っているのであれば、その優先度を上げる必要がある。また、大企業・中小企業を問わず、持続的な賃上げや成長を実現するうえでは、M&Aは有効な手段の一つだ。実際に、大手企業の子会社売却やMBOによる非上場化、海外企業の子会社化など大型案件が相次いでいる。さらに、政府は2024年を中堅企業元年と称しており、2025年以降は税制優遇策による中堅中小企業のM&A促進も期待される。M&Aを変革の好機と位置付け、技術や人材の獲得などを通じてDXを加速させることが求められるだろう。DXで先行しているとされる企業の責任者は、「DXという言葉がなかった時代からの取り組みがやっと結実しつつある。もちろん終わりもない」と語る。DXの実現には、基幹システム導入の先に長い道のりがあることを認識した上で、足元の課題を洗い出し、戦略的な活用に踏み出すことが求められる。<参考>※1 経済産業省 「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」(2018年9月)https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html※2 日本経済新聞「SAP移行進まぬ『2025年問題』1000社超を直撃か」(2020年2月13日)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54588670Q0A120C2000000/※3 富士通株式会社 社会課題解決と新たな価値を創出できるコネクテッドな社会を実現するデジタルインフラ基盤の提供について(2022年2月)https://pr.fujitsu.com/jp/news/2022/02/14-1.html※4 デロイト トーマツ ミック経済研究所株式会社「レガシー&オープンレガシーマイグレーション市場動向 2024年度版」(2024年9月)(※プレスリリースの閲覧は会員登録制)https://mic-r.co.jp/pressrelease/<執筆協力>古賀 敬浩 パートナー日系企業にて業務改善コンサルティング、およびIT導入支援に従事し、2012年にDTFAに入社。ITデューデリジェンス、オペレーショナルデューデリジェンス、PMI業務など、IT・オペレーションに関連するM&Aアドバイザリー業務を担当している。また、M&A以外においても大型プロジェクトのPMOなど短期間でのプロジェクトの垂直立ち上げに豊富な経験を有する。大植 拓郎 マネジャーSIer・外資系コンサルティングファームを経て、 2020年にDTFAに入社。 システム開発からJV設立にあたっての業務・システム統合の構想~導入まで、業務・IT観点で幅広く経験。 主にセルサイドにおける業務・IT観点での支援を実施。加瀬 剛峻 マネジャー日系企業にて営業・マーケティング・企画等を経験後、2022年にDTFAに入社。大型プロジェクトのコンサルティング案件、M&Aアドバイザリーやデューデリジェンスなど、多岐にわたって担当する。下田 総至 マネジャー国内鉄鋼メーカー財務部・総合系コンサルティングファームでの勤務を経て、2023年にDTFAに入社。 主に、カーブアウトディールにおけるオペレーションおよびIT分離にかかるイシュー分析・デューデリジェンスの実施、およびPre-PMIフェーズにおけるプロジェクト支援に従事している。経理実務構築支援、管理会計高度化支援、管理会計領域のシステム導入にかかる業務も提供している。兵頭 昭彦 マネジャー日系コンサルティングファームにてITおよび業務に関するコンサルティング案件に従事した後、2024年にDTFAに入社。M&Aに伴うオペレーション統合およびシステム統合、ITデューデリジェンスなどに加え、IT構想策定、ITシステム導入、業務/IT改革、マーケティング戦略立案等のコンサルティング経験を有する。

FA Solutions

デロイト トーマツが長年培ってきた豊富な知見・ノウハウをデジタル化した、
クライアントに関わる課題を速やかに分析する独自のアセット

ヒトメミライ 一目未来

間もなく、2025年。21世紀の第一クオーターの最終年だ。この第一クオーターは、地政学リスクや戦争勃発、地球温暖化や自然災害、社会保障費の高騰など明るくない話題が多かった。一方、明るい話題としては、インターネットの普及やAI含めたデジタル技術が、社会を良い方向に変えつつあることだ。日本でこの変化を担っていく若者は、2002年に始まった「ゆとり教育」世代である。▼「ゆとり教育」は学力低下を懸念する声が大きかったが、最近になって、この世代が随所で活躍しているという論考がみられる。大谷選手や羽生選手、藤井棋士などは、皆ゆとり世代である。また最近、この世代の中で起業する人が増えているという。「ゆとり教育」では、分野横断的な学習が志向され、アクティブラーニングという自ら探求する学習スタイルが取り入れられた。その結果、課題設定力や協業スキル、プレゼン力、社会課題への関心が高い世代を生んだ。この世代に共通しているのは、グローバルな視点を持ち、物おじせず、自分の意見を持ちつつも他者に優しく、社会課題に関心が高い人物像ではないか。最近では、長らく低下傾向にあった海外留学者数も上昇に転じつつある。上昇に転じたのは2017年でまさにゆとり世代が大学生にあたる時期だ。グローバルでミレニアル世代・Z世代と呼ばれる世代とも共通項が多い。▼この世代が社会・経済を牽引していく第二クオーターの始まりまであと一年。そうした志を持った若者をしっかりと支援できるよう、気を引き締めて新年を迎えたい(パートナー 西村行功)
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