米ドルを支えるキャリートレード
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
増島 雄樹
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
バリュエーション&モデリング
川瀬 茉里奈
景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2025年11月17日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。
目次
Ira Kalish
Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト
経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。
ドル高とドル・キャリートレード
2025年の大半にわたり、米ドルは主要通貨に対して減価しました。米国の通商政策の予測不能性に対して投資家の不安が高まったことや同盟国への軍事的支援を縮小するのではないかという予想を反映している可能性が一部にあります。さらに、米連邦準備制度理事会(FRB)が金融政策を緩和する可能性が想定される一方で、ほかの中央銀行は慎重な姿勢を保つと見込まれたことも影響しました。しかし直近数カ月、ドルは小幅ながら反発しています。これは、いわゆる「ドル・キャリートレード」によるものと考えられます。
今年、米国株は非常に好調で、外国人投資家は高いリターンを期待して米国株を積極的に購入しています。潜在的な為替変動のリスクを抑えるため、多くの投資家が先物を購入することで、ドル安に対するヘッジを行っています。ところが最近では、一部の外国人投資家が日本円やスイスフランといった低金利の外国通貨で資金を借り入れ、それらの通貨をドルに換えて米国株を購入するという取引を行っています。この取引は、米国株の収益がドル安による損失を上回ると見込んでいるためで、最終的には、米国株で得た利益を円やスイスフランに戻し低コストの借り入れを返済しています。この動きがドル買いの圧力となり、直近の足元のドル高を支えています。
もっとも、この戦略が有効なのは市場環境が変わらない場合に限られます。つまり、この戦略のリターンを損なう可能性のある事象が存在するということです。例えばAI関連株に急な調整が起これば、期待したリターンが損なわれる可能性があります。さらに、FRBが現在の予想以上のペースで金融緩和を進め、特にほかの中央銀行が慎重姿勢を維持している場合には、ドルの価値に下押し圧力がかかる可能性があります。また、日本銀行が以前の利上げ路線を再びたどれば、円高が進みドル・キャリートレードの魅力は薄れることになります。
ドルの支配的な地位と脱ドル化論
いずれにせよ、ドル・キャリートレードの存在は米ドルの世界的な役割が依然として大きいことを示唆しています。2024年にドルが下落した際には、ドルの支配的な地位が低下しているという推測を一部にもたらしました。特に、中国政府が人民元保有の魅力を高めようと新たな措置を講じていることも、そうした論調を後押ししました。しかし、ドル・キャリートレードはAIへの投資に対する楽観的な見方に大きく支えられた、米国株式市場の強さに基づいています。このように、最先端技術分野における米国のリーダーシップが、米ドルへの関心を再び高めているのです。
さらに、世界金融市場における「脱ドル化」という論調はやや誇張されているようです。ドルは依然として貿易、中央銀行の外貨準備、資産保有において最重要の通貨であり、代替候補はほとんどないのが現状です。中国は人民元の利用拡大を望んでいるものの、中国における資本規制の存在が人民元保有の制約となっていることから、人民元は国際的な役割を限定しています。もう一つの主要通貨はユーロですが、金融・財政面での統合が不十分であることから、ユーロ建ての政府債務については大規模で流動性の高い市場が形成されていません。そのため、ユーロは米ドルと競争することが難しい状況にあります。したがって、たとえドル安が進み、投資家がドル以外の通貨への分散を試みても、米ドルの中心的な役割は当面続くと見込まれます。
新興市場資産の台頭
一方、近年の世界金融で注目されているのが、新興市場通貨建てや新興市場政府が発行する資産の相対的な魅力です。これまで新興市場債はデフォルトリスクが高いと受け止められてきたことから、米国債に比べて割安で取引されてきました。新興市場は、とりわけコモディティ輸出国の場合、デフォルトリスクやショックへの脆弱性ゆえに相対的に不安定だと見なされてきました。一方、先進国は伝統的により安定し、財政的に規律があり、ショックへの耐性が高いと見なされてきました。
しかし、このような認識は変化してきています。世界的な金融危機、そしてパンデミックを経て、先進国政府は多額の債務を抱えるようになりました。米国、日本、多くの西欧諸国では債務対GDP比が歴史的にみて高い水準にあります。さらに、多くの政府は政治的な停滞や人口動態による圧力に直面しており、そうした要因が財政上の課題を一層深刻なものにしています。
対照的に、多くの新興市場は経済の基盤を強化してきました。多くの国が中央銀行の独立性の前提のもとで財政政策を引き締め、貿易や国境を超える投資の自由化を進め、経済の多様化を促してきました。
結果として、平均的な新興市場国の債務対GDP比率は先進国より低くなっています。そのため、新興市場国債券の利回りプレミアムは縮小してきましたが、依然として残っています。
利回りプレミアムが残っているという事実は、投資家にとってのチャンスを示唆しています。投資家が新興市場国の健全性が今後も維持されると考えるのならば、新興市場国債券や通貨のさらなる相対的な価値上昇が予想されるかもしれません。さらに、同債券やその他の資産の魅力が高まれば、これらの国々は低コストで資本を呼び込みやすくなり、その結果として投資が増加し、経済成長につながる可能性があります。
※本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。
Deloitte Global Economist Networkについて
Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。