東南アジアは米中経済戦争の中心に
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
増島 雄樹
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
バリュエーション & モデリング
神山 美彩
景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2025年11月3日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。
目次
Ira Kalish
Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト
経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。
関税によって揺らぐ東南アジア諸国と米国の関係性
東南アジア諸国の政府の間では、かつて米国との緊密な関係が経済的・政治的利益をもたらすという考えがありました。米国は中国からの「リスク回避」として、自国企業に対中投資を削減し、東南アジアへの投資を増加させるように促しており、その甲斐もあって東南アジア諸国は米国への輸出機会を拡大していました。また、東南アジア諸国は、米国が主導する環太平洋諸国の自由貿易協定(TPP)に関心を持っていました。
しかし2017年、当時新たに選出されたトランプ米国大統領がTPPから離脱したことで状況が変わり始めました。これを受け、東南アジア諸国は中国が推進する地域自由貿易協定(RCEP)に活路を見出しましたが、米国への輸出や政治的・軍事的な協力関係を維持することも引き続き重要視されていました。しかし今年に入って、米国が東南アジア諸国に対して歴史的に最も重い水準の関税を提案したことで、東南アジア諸国にとって米国市場へのアクセスがこれまでほど容易ではなくなったとの認識が広がっています。一方で、中国が東南アジア域内で存在感を示し、貿易関係の拡大を目論んでいます。
東南アジアの主要組織はASEAN(東南アジア諸国連合)で、貧困国(ラオス、カンボジア)から中所得国(マレーシア、タイ)、富裕国(シンガポール)に至る10か国で構成されています。ASEAN全体の人口は約6億8,000万人で、世界最大の経済圏の1つです。さらに、この地域は近年力強い経済成長を遂げ、生活水準の大幅な向上や大規模な生産能力の発展もみられます。中国と米国がASEANに接近するのも当然のことです。
ASEAN首脳会議に出席するためにマレーシアを訪問したトランプ大統領は、「東南アジア諸国とアメリカは100%ともにあり、今後も何世代に渡り強力なパートナーであり続ける」と述べました。しかし、この発言の直前の解放記念日には、一部のASEAN加盟国に対する40%を超える関税を発表していました。関税は交渉により約20%まで削減されましたが、依然として影響は顕著であり、貿易構造やサプライチェーン設計に相当な変化をもたらす可能性があります。シンガポールのローレンス・ウォン首相は、「関税が東南アジアにおける米国の地位に影響を与えたことに疑いの余地はない」と述べました。一方で、米国はマレーシア、タイとレアアース協定を締結しています。
東南アジア諸国に接近する中国
同時に、中国は東南アジア諸国との関係強化を模索しています。ASEAN首脳会議では、DXや持続可能エネルギー、中小企業の貿易機会に関する「ASEAN-中国の自由貿易協定」が締結されました。署名にあたり、中国の首相は「自国優先主義や保護主義が経済や貿易の秩序を乱し、外部勢力が東南アジア諸国に干渉し、多くの国が不当な高関税にさらされている」と警戒感を示しました。
現在、ASEAN諸国は中国から大量に輸入し、米国に大量に輸出しています。しかし、米国との貿易関係が不安定化する中で、ASEAN企業は中国を中心とした米国以外の地域に輸出機会を求めざるを得ない状況になるでしょう。ASEANが中国に傾いていくと、米国との政治的・軍事的協力に対する各国政府の姿勢にも影響が表れる可能性があります。
域外依存からの脱却を目指すASEAN
クアラルンプールで開催されたASEAN首脳会議では、ASEANの域内統合を強化することが合意されました。具体的には、現行のASEAN自由貿易協定の「物品貿易に関する協定」の改正により、税関手続きが改善され、関税非課税品目が増加しました。ASEANは常に経済統合を目標としてきましたが、障害がしばしば発生しています。ASEAN地域では域外との貿易が多く、現在の域内貿易は全体の21%に過ぎません。しかし、地域がより豊かになるにつれて、域内市場を発展させる機会が増えています。これは、域外への依存低減にもつながります。ASEANの指導者の一人は、「高まる保護主義やサプライチェーンの変遷は、強靭さが「適応力」にかかっていることを改めて認識させられる」と述べました。
※本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。
Deloitte Global Economist Networkについて
Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。