現在、多くの企業が「多様性」「女性活躍推進」など「DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)」に関するキーワードを経営戦略のひとつに据え、新たなステップアップを目指しています。一方で、まだまだDEI推進への新たなアプローチ方法を探っている企業も少なくありません。
そこで、DTFA Timesの連載企画シリーズ「Beyond DEI」では、多様なバックグラウンドを持つ方々と「DEI」をテーマに対談を実施。DEI推進の課題や未来につなげるためのヒントを紹介していきます。
第1回となる今回は、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)パートナーの永津英子とDTFA Times編集長の渡辺真里亜が、DTFAの現状や日本企業の課題などについて対談を行いました。

永津 英子

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
執行役兼パートナー

財務・M&Aアドバイザーとして、20年以上の経験を有する。Asia Pacific Financial Advisory(FA)のGrowth Leader、インド日系企業支援グループ統括リーダー。Deloitte GlobalのDiversity & Inclusion(D&I)のコアメンバーとして立ち上げ期からD&Iのコンセプトの立案・浸透をリードする。制度・風土改革、次世代の女性幹部育成プログラム、コミュニケーション改善策の立案・実行。現在は、日本以外のアジアの地域における女性活躍支援プログラムの開発などに携わる。

渡辺 真里亜

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
シニアヴァイスプレジデント

大学院修了後、コンサルティングファームにて、システムコンサルタントとして勤務。現・有限責任監査法人トーマツに入社後、転籍を経てDTFAにおいて、バリュエーション業務に従事する。現在、ライフサイエンス・ヘルスケア、テクノロジー・メディア・通信、エネルギーなど幅広い業界のM&A案件に携わっている。また、2021年夏よりDTFA Timesの編集長として編集部をリードしている。

ビジネスにおけるDEI推進の意義

渡辺

最初にDTFAにおける永津さんの、DEI推進との関わり、これまでの経緯について教えてください。

永津

2014年に私がDTFAで女性初のパートナーに就任した際、DEIをリードするロールを任されました。そこで最初に、DTFAではどのようにDEIを展開していくか、全体のデザインを設計しました。

この全体デザインを踏まえて、DEIの各種施策を始めたわけですが、なかでも注力したのが「現状の把握」です。例えば、各レイヤー・ユニットごとの女性比率や女性の昇格率、女性が昇格までに要する平均年数などを細かく数値化しました。こうしたデータ分析を基に、様々な制度を整えてきました。

渡辺

永津さんは「DEIに取り組む意義」をどう考えますか。

永津

ビジネス面でも、より多くの人が幸せに働けるようになるDEI推進は当然プラスに働くと考えます。現在のビジネス環境はどんどん複雑性が増していますよね。かつてのようにシンプルなマーケットの中で、限られた取引先・顧客だけを相手にすれば良い時代ではなくなりました。

そんな複雑性を増すビジネス環境においても、企業は常に成長をしなくてはいけません。そのとき、偏った性別・似通ったバックグラウンドを持つ人達から発案される成長アプローチは、どうしても似たようなものになってしまいます。

一方、男性・女性・LGBT+、国籍、考え方、バックグラウンドなど多様な人々へ平等・公平な機会を提供することで、複雑性を増すマーケットに対応できる、多様かつ有効なアプローチが発案されます。

変化を続ける女性活躍推進に対するマインドセット

渡辺

女性活躍推進の観点で、日本のデロイト トーマツ グループのDEI推進状況について、どのような所感を持っていますか。

永津

まだまだ課題はあると考えます。例えば、デロイト全体では「2030年までに各レイヤーの女性比率を50%にする」という目標を掲げています。しかし、日本のデロイト トーマツ グループの女性比率は50%には遠く及ばず、まだ大きなギャップがあるのが現状です。

正直なところ、出産・育児に関わる女性のライフスタイルを鑑みると、計算上は新卒・中途採用者の80%程度を女性にしないと、2030年までに女性比率50%を達成するのは難しいのが実情です。

とはいえ、良い方向に変化は続けられているとも思います。例えば、DTFAについては、2026年5月31日までに女性管理職層の比率を17.8%とする数値目標を掲げています。少なくともDTFAにおける女性活躍推進に対する仕組み・社員のマインドセットは確実に向上していると思います。

渡辺

私自身の感覚でも、特にこの4〜5年で、DTFAの女性活躍推進に対する社内の理解度・体制などは良い方向に大きく変わった印象です。

永津

変わりましたよね。例えば、チームリーダーはチームの女性比率を常に把握するようになりました。この意識改革の背景には、チーム内の女性比率を評価基準に加えたことや、社内で定期的にポッドキャストなどで情報発信を行っておりますが、そのようなツールを使って、頻繁に女性活躍推進について発信したことなどが挙げられるのではないでしょうか。

男性の生き方自体のマインドセットとしても、「家事手伝いはもちろん、子育ても夫が中心になるのがカッコいい」というふうに変化してきましたよね。このマインドセットの変化も女性活躍推進に寄与しているはずです。

渡辺

デロイト トーマツ グループで評価している具体的なDEIの取り組みは何でしょうか。

永津

当グループが主催・協賛・登壇するイベント・フォーラムなどにおける登壇者の比率について、「40%(男性):40%(女性):20%(多様性推進の調整枠)」の比率の実現を目指す施策「パネルプロミス」は、ユニークな取り組みだと思います。同施策により、ジェンダー平等を促進すると共に、イノベーティブで質の高い対話・議論を実現できますね。

一方で、同施策により一部社員には「本当は話したくないのに、登壇しなくてはならない」と、ストレスを感じる場面もあるかもしれません。ただ、DEI推進を確実なものにするためには、現時点ではある程度方向性を会社が示し、パネルプロミスのようにそこへ引っ張っていく施策は必要であると考えます。

属性だけでなく、「個体差」にも着目すべき

渡辺

DEI推進において、日本企業の課題はどこにあると考えますか。

永津

例えば多様性というと、性別や国籍などの「属性」に着目しがちですが、日本企業にはより「個体差」に注目してほしいですね。なぜなら、属性よりも個体差に着目した方が、より人間としての考え方・趣向の違いを認識できるためです。

お客様の中には「うちは昔から伝統的な仕事を職人がしていて、わざわざ外国人を雇用する必要はない」という趣旨を仰る方もいます。ただ、DEIの多様性とは属性だけでなく、考え方や趣向の違いも含めた概念です。たとえ同じ男性でも、「細かく指導された方が成長が早い職人」や「自由に働けた方が実力を発揮できる職人」など、様々な個体差があるはずですね。

そうした個体差に着目し、多様なタイプの人間を揃えることも、DEIにおける多様性の推進および企業の活性化につながる重要なポイントです。

渡辺

個性差は目に見えないものだからこそ、「個性を理解すること」が重要になるのではないでしょうか。

永津

仰る通りですね。そのためには、「聞き上手になること」がとても大切です。相手に関心を持ったうえで、「休日は何をしているのか」「どのようなキャリアを積んできたのか or 積んでいきたいのか」などを上手に聞き出せれば、その人の個性の理解につながりますね。

さらに、聞き上手になる=その人の話をしっかり聞くことは、信頼の構築にも寄与します。特にリーダー層には、ぜひメンバーの話を上手に聞くことを意識してほしいですね。

渡辺

ちなみに、信頼を構築するためのコツはありますか。

永津

「相手について、あらかじめ知っていた情報を聞くことから会話を始める」というのはありますね。例えば、「最近ジムに通い出したんだってね。調子はどう?」というような直近の情報から会話を始めることで、相手は「そんなことにまでアンテナを張ってくれているんだ」と感じ、徐々に胸襟を開いてくれるかもしれません。信頼は時にはこうしたテクニックも用いながら、戦略的に構築していくことも良いのではないでしょうか。

渡辺

DEIの推進で「多くの人が幸せに働けるようになる」とのことでした。最後に、デロイト トーマツ グループのメンバーもしくは永津さんにとって、幸せな職場とは何でしょうか。

永津

「自分が役に立てている、と思って働いているメンバーが多い職場」が幸せだと思います。ただ、そう思うためには、メンバーは自身の能力を上げていかなくてはいけませんし、話を聞いてくれる人や支援してくれる人も必要です。私自身も幸せな職場作りのために、自身の能力の向上に加え、周りの人達へハンズオンでサポートしていきたいと考えています。