米国による中国製EVへの追加関税措置により、さらなるデカップリング(経済分断)へ
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
増島 雄樹
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション
若菜 俊之
景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年5月20日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。
目次
Ira Kalish
Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト
経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。
中国の不当廉売にEVなどへの追加関税措置で応じる米国
トランプ前政権時に、中国車に対する米国の関税は2.5%から27.5%に引き上げられました。そして、バイデン現米大統領は、電気自動車(EV)のみならずバッテリー・半導体・ソーラーパネル・港湾クレーン・医療機器・鉄鋼・アルミニウムなどの関税引き上げを発表し、これによりEVの関税は102.5%まで引き上げられることになります。今回の追加関税の影響を受ける輸入品の総額は180億米ドルであり、2018年に導入された関税の対象となった中国の輸入品の総額である3,000億米ドルと比べると遥かに少額ではあるものの、この措置は中国製品の輸入急増を抑えることを目的としていると考えられています。
EVの関税が4倍に引き上げられるほか、EV用バッテリーの関税は3倍、その他の商品の関税は2倍に引き上げられ、米国政府は、懸念分野に焦点を絞る意図があることを示唆しました。国家経済会議(NEC)のラエル ブレイナード委員長は、今回の措置について、「バイデン大統領の措置が促進した雇用への歴史的投資が、不当に安価な中国からの大量の輸出によって損なわれないようにする」ものであると述べました。
現在、米国による中国製EVの輸入はかなり少なくなっていますが、この状況は急速に変化する可能性があると危惧されています。バイデン大統領の今回の行動は、一部の議員が中国製EVの輸入の全面禁止を求めていることを受けたものとなっています。米国政府はインフレ抑制法(IRA)に基づき、国内のEV産業の活性化を目的とした多額の補助金を支給しており、追加関税はこの投資を保護することを意図しています。今回の取り組みは中国が安価なEVなどにより世界市場を席巻しようとしているという懸念を受けてのもので、米国とEUは、中国政府の補助金が中国メーカーの世界市場でのダンピング(不当廉売)を事実上可能にしていると主張しています。
一方で中国企業は、競争力のある価格設定は、米国やEU当局が指摘するような過剰生産能力問題とは無関係であると主張しています。中国の報道官は、「我々は世界貿易機関(WTO)のルールに違反する一方的な関税引き上げに一貫して反対しており、自国の正当な権利を守るために必要な全ての措置をとる」と発言しました。中国の自動車生産のキャパシティは年間4,800万台以上ありますが、EV移行も一因となり、今年は2,700万台ほどの生産にとどまると予測されています。また、中国はEVの生産能力を急激に増強していますが、EV需要は今後10年間で徐々に増加するとも予想されています。
追加関税措置が米国内で引き起こす問題と中国におけるEV輸出の役割
関税引き上げの問題は、輸入品に加え、競争に直面しない国内生産品についても、米国の消費者が支払う価格が高くなる可能性が高いことです。これは、消費者の購買力の実質的低下のみならず、EVの総需要の減少を意味しています。これは、クリーンエネルギーへの移行を遅らせるものであり、IRAの趣旨に反しています。
その間、中国が何も手を打たないわけではありません。中国外務省の報道官は、「我々は、米国がWTOルールに従い、(トランプ前大統領が2018年と2019年に課した)中国に対するすべての追加関税を撤廃し、新たな関税を課さないよう求める」と述べ、さらに、「我が国は自国の権利と利益を守るために必要なあらゆる措置をとる」と続けました。しかし、中国の対応は、中国自身が自らに何が達成可能であると考えているか、そして、米国の行動がどの程度広範囲に及ぶかにかかっています。
追加関税措置の対象となる対米輸出品の規模は相対的に小さいため、米国による対中追加関税措置が直ちに中国に影響するわけではありません。とはいえ、追加関税措置によって今後の対米輸出の伸びが抑制される公算が大きいことが、中国がEVや関連技術に巨額の投資をする中で、中国メーカーの懸念となっています。中国にとってEV輸出は、少なくとも国内のEV需要が供給に追いつくまでの間、追加生産分を吸収する重要な役割を担うことが意図されているためです。
米国の措置がEUに与える影響と中国による報復
さらに、米国の例は欧州連合(EU)の議論にも影響を及ぼすものとみられます。EUは中国のEVなどのダンピングについて調査しており、結果次第では中国からのEVの輸入に新たな関税を課す決定を下す可能性があります。EUが米国と同様に懲罰的関税を課すこととなれば、中国のEVメーカーは新興市場および国内市場に注力せざるを得なくなります。
こうした新たな追加関税措置は、米国とEUが中国とのデカップリング(経済分断)を目指す、より広範な取り組みの一環です。米国はサプライチェーンのデリスキング(リスクを取り除くこと)が目標であるといいつつも、実際には、貿易や技術へのクロスボーダー投資を制限するこれまでの措置と相まって、世界経済の分断を引き起こしており、中国と西側諸国との直接的な経済関係は縮小しています。
一方で中国側は、米国からの輸入品に報復関税を課す可能性があります。しかし、報復関税により技術製品などの投入財の国内価格が上昇すれば、中国自身に打撃を与える可能性があります。また、中国は農産物に関税を課す可能性、あるいは、関税の影響を相殺するために補助金を増額する可能性もあります。しかしその場合、米国やEUのみならず安価な中国製品の過剰供給に脅威を感じている新興国も、一層保護主義的な措置をとると考えられます。
※本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。
Deloitte Global Economist Networkについて
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