景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年5月6日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

サプライチェーンの多様化の動きを受けて拡大する対メキシコ投資

地政学的な緊張や不確実性の高まりによる対中国直接投資減少の動きが、米国に拠点を置く一部の企業を中心に見られています。グローバル企業がリスクへの適応力や混乱発生時に備えた多重化を念頭に置きながらサプライチェーンを多様化する中で、メキシコは注目を集めている国のうちの1つとなっています。その理由としては、中国よりも安価な賃金による労働力の供給能力、米国への輸送コストの低さ、米国との自由貿易協定と良好な政治的関係が挙げられます。 

そのため、一部の中国企業はメキシコに投資を行い、中国から輸入した部品を組み立て、米国に製品を輸出しています。米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)は米国へ無関税で商品を輸出するための条件として、メキシコで一定の付加価値を創出することを定めており、近年急増する中国のメキシコへの輸出を背景に(2022年から2023年にかけて34.8%増加)、米国はメキシコに対し圧力をかけています。

中国がメキシコとの貿易を行う理由は2点あります。1つはメキシコから米国へ輸出する製品の生産のため、そしてもう1つは、メキシコの市場自体が自国にとって価値あるものであると認識しているためです。

メキシコによる関税の導入と中国への影響

メキシコにとっての懸念は、メキシコに拠点を置く中国企業との貿易を米国が厳しく取り締まることでしょう。メキシコ・米国間の貿易は近年大きく拡大しており、現在米国にとってもメキシコは最大の貿易相手国です。現在メキシコは自国と自由貿易協定を結んでいない国からの輸入品に関税を課しており、その主要な関税対象国は中国となっています。この関税は鉄鋼・アルミニウム・繊維・衣料品など544の製品分類を対象に5%から最大で50%までの税率が適用されています。 

メキシコによる関税の導入は、他国が中国との貿易制限を検討している中で実施されました。多くの国は、中国の過剰な生産能力と中国国内需要の低迷を理由に、世界市場で自国製品を不当廉売しているとの懸念を持っています。中国製品に対する関税の導入は、中国の経済成長の源泉である輸出の増大に水を差すことになるでしょう。

米国は、中国の対メキシコ投資に対し懸念を示しているものの、その投資金額は比較的小規模にとどまっているのが実情です。2024年第1四半期におけるメキシコへの対内投資のうち57%を米国が、17%をドイツが占める一方で、中国が占める割合はわずか6%でした。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。