景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年6月24日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

出生率の低下における懸念

先進国にとって人口動態は、対処すべき最も大きな長期的課題の1つであると同時に喫緊の課題となっています。経済協力開発機構(OECD)の最新の調査によると、加盟国38カ国の平均出生率は1960年の出生率の半分以下にまで低下しています。さらに、イスラエルを除くすべての加盟国で、出生率が人口置換水準(人口が均衡状態となる出生率)を下回っています。すなわち、これらの国々は移民の流入を受け入れない限り、人口が減少していくということになります。実際に、一部の国々ではすでに人口減少に直面しています。(本稿執筆時点で)OECD加盟国の中で最も出生率が低いのは韓国です。

OECDはこの長期的な出生率の低下現象について「社会やコミュニティ、家族の形態を変化させ、経済成長や繁栄に大きな影響を及ぼす可能性がある」と指摘しています。出生率の低下は、人口全体に対する労働年齢人口の比率の減少を意味し、ひいては年金や医療制度の圧迫につながります。また、少子化は、生産性の改善が加速しない限り、経済成長が鈍化することを意味しています。

出生率上昇のための施策

出生率の低下に対する1つの解決策として移民が挙げられます。しかしながら、移民は多くの国々において物議を醸す政治的な問題と化しています。移民に反対する人々の中には、移民の受け入れよりもむしろ出産奨励策を提唱する者もいます。例えば日本では、政府が多子世帯に財政的な支援を行っています。専門家の中には、避妊具を控えるように政府に提言する者や、女性が家事に専念し、家庭外での労働を控えるように提案する者もいます。

しかしながら、OECDは女性の労働参加率が高い国ほど出生率も高い傾向にあると指摘しています。そのため、OECDは政府に対して労働と子育ての負担を公平に分担する政策の推進を強く求めています。さらに、OECDは人々がより長期間にわたり労働力としてとどまることを奨励しており、それにより退職者が現役労働人口にとどまる割合の拡大を目指す政策を提言しています。このためには、健康向上を推進する政策も必要となります。

OECDは、大規模な育児支援策を通じて出生率の向上に成功した事例としてハンガリーを挙げています。しかしながら、そのような成功事例とは対照的に、家族支援のために多様な政策を推進している国々においても出生率の低下傾向はいまだ継続しているのが現状です。結論として、移民および、生産性向上を目指した省力化や労働力強化のための技術に対する更なる投資の組み合わせが最良の解決策といえるでしょう。多くの専門家は生成AIが生産性向上の一助となるのではと期待を示しています。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

マネジャー

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。