第5回 変革のカギを握る「他者への働きかけ」(3)
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス
小川 圭介
組織内の不正を事前に抑止するためには、健全な組織風土の醸成が不可欠です。そこで本連載の第1回、第2回では、安心して率直な意見を述べやすい環境などを指す「心理的安全性」を高める意義とその概念、さらには「自己への働きかけ」の有効性について紹介してきました。第5回の本稿では、第3回と第4回で紹介した「他者への働きかけ」の第三弾として、具体的なアプローチ方法などをさらに実践的に落とし込み、組織の変革を定着させる方法もあわせて紹介します。
※当記事はクライシスマネジメント メールマガジンに掲載した内容を一部改訂して転載しています。目次
「他者への働きかけ」を実践に移す方法
本連載では、心理的安全性を高めるための変革アプローチとして、①自己への働きかけ、②他者への働きかけ、③組織からの働きかけという「3つの働きかけ」が必要であることをお伝えしてきました。このいずれが欠けても変革はちぐはぐなものになる、あるいはかき消えてしまい、定着には至らないと考えられます。
今回は、他者への働きかけをさらに深掘りします。自己への働きかけで述べた自己認識の延長線上に、人間本来の性質を踏まえた「影響力」を加味することで、心理的安全性を高める行動を個人から組織に広げていくプロセスについて、順を追って解説します。
まず、実際にあった事例について紹介します。大規模な品質偽装が長年かつ全国的に行われていたことが発覚した某社では、総じて管理職と担当者との間に深い溝がありました。ある担当者は、直上の管理職層を「自己保身に走る人しかいない」と評して不信感を抱いていたため、不正に関する情報はおろか日常業務に関するコミュニケーションさえも取っていなかったといいます。このような関係性は「互いに尊敬・信頼し合える」状態とは真逆にあり、不正の抑止にふさわしくない環境です。
また、別の担当者は過去に業務上の疑問や意見を投げかけたところ、上席者から「担当でないのに口を挟むな」「言われた通りにやっていれば良い」などと怒鳴られることが度々あり、やがて疑問や意見を口にしなくなりました。これも「発言による不安がない」状態とは正反対にあります。まさに、下図のような心理的安全性の2因子がまったく成立していない状態といえます。
顛末として、同社では異なる製品・拠点での改ざんが次々と明らかになり、事件発覚後、この会社の株価は大幅に下落しました。これは、心理的安全性のない組織風土が悪化の一途をたどり、不正の温床となってしまった例です。一般的に組織の中で募らせてしまった不信感を払拭することは困難なため、早期の打ち手が求められるといえます。ここからは、その打ち手となる、他者への働きかけの具体的なアプローチについて解説していきます。
「強化」と「弱化」の活用
自分が相手からの疑問や意見に対し肯定的な受け止め方をすると、相手は疑問、意見を述べることに抵抗を抱かなくなり、むしろ積極的にこれらの伝達を図るようになります。逆に、前項の事例のように疑問や意見に対し否定的な態度で返すと、相手は疑問や意見を発することに消極的となってしまいます。心理学ではこれらの作用をそれぞれ「強化」「弱化」と呼びます。また、「強化」「弱化」をもたらすきっかけを「刺激」と呼びますが、「刺激」には言葉だけでなく、ジェスチャー、態度、報酬など、幅広いものが含まれます。以下で「強化」「弱化」をもたらす双方の「刺激」の例を3つ挙げていきます。
1. 発言を賞賛する
1つ目は単純に、発言や疑問、意見、提案などといった行動を賞賛することでプラスの「刺激」を与え、「強化」しようというものです。これらの行動を目にしたら、感謝を述べる、「いいね!」と言ってみる、メールやチャットツールであれば、絵文字やアイコン、スタンプなどで肯定的な表現をしてみることが考えられます。ここで重要なのは、「発言行為と内容の評価は切り分ける」ことです。仮に提起された意見などが期待に満たないものだったとしても、意見を発してくれたこと自体ははっきりと賞賛したうえで、相手の受け入れやすい言葉により内容の批判を行うことを意識してみましょう。
2. 失敗を学びに変える
人は成功よりも失敗を強く記憶するものです。また、失敗によるダメージが計算できない場合、不確実なものへの恐れから一層失敗を強く意識し、保守的になり挑戦しなくなる傾向が見られます。このとき、人は「𠮟責への恐れ」「低評価への恐れ」「自己否定に対する恐れ」「予測できないことに対する恐れ」のような恐れを抱いていることが多々あります。しかし、こうした保守的な傾向は組織にとってマイナスです。
例えば、率直な物言いができないことで、ネガティブ情報の伝達が遅れる懸念があります。また、挑戦しないことで、組織学習の機会を逸することにもつながります。このようなことがないよう、挑戦を「強化」し、過度に保守的な行動を「弱化」させたいものです。そのために重要なのは、一度の失敗で相手への信頼を撤回しないということです。むしろ、「見直す良い機会だ」「早めにわかって良かった」などの失敗を次にいかす“ポジティブ変換”をしてみましょう。また、失敗の数を問題にしてはなりません。失敗を糧にした組織学習の機会を逸してしまうことにつながるばかりか、失敗の隠蔽を行う動機が生じかねないからです。
失敗には何らかの批判すべきポイントがつきものですが、その伝え方次第では意図せぬ「強化」「弱化」を招きかねません。これを避けるために、個人ではなく行動への批判とすべきでしょう。例えば、「XXが人任せにしていたからこうなった」という発言は、個人への批判に聞こえてしまいます。これでは批判の的となった人は自分が否定されたような気持ちになり、挑戦という行為が「弱化」されかねないのです。これを「今後、違う視点で再度確認をするというステップが必要だ」などという細やかな言い換えで矛先を少し変えるだけで無用な委縮を避けられ、改善すべきポイントへの集中や意識付けができるでしょう。
3. 明らかな違反を拒絶する
組織風土変革の際によく見られるのが、「自分は別にいいや」と変革の輪から抜けるような態度を取る者や、「机上ではそうかもしれないが、でも現実には…」と結局バイアスや自分の悪しきクセから抜け出そうとしない「違反者」の存在です。
時にこのような「違反者」はマネジメント層からも現れ、周囲が「違反者」に「NO(ノー)」を突き付けることは容易ではありません。しかし、これを放置すると、あたかも違反が暗黙の了解を得たような印象を周囲に与え、変革に「弱化」が働くことになり、周囲に「一連の取り組みは、結局“お題目”に過ぎなかったのか」という失望を生みます。そして失望は組織へと波及し、変革の巻き戻りに結び付いてしまうと考えられます。
このような事態を避けるためには「明らかな違反を拒絶する」ということが重要です。リーダー層は事前に違反を拒絶する旨を明示するとともに、違反を目にしたら、その場できっぱりとしたメッセージを発する必要があります。一般従業員も、明らかな違反に対し異論を述べる、適切なレベルの上席者に報告する、内部通報するなど、拒絶に向けたアクションを取ることが望まれます。
これは時に勇気の要る、ハードルの高いことかもしれません。しかし、心理的安全性の高まりは特定の階層ではなく、1人ひとりの心掛けと行動によって支えられるのです。
行動の実践
最後に「他者への働きかけ」で日頃心掛けるべき実践行動の3つのポイントを紹介します。できるものから少しずつ、自分の定着度合いを自覚しながらトライしてみてください。
1. ポジティブな態度を示す
思考は言葉で駆動し、それゆえに言葉に影響されるものです。ポジティブな態度は伝染し合い、徐々に「互いに尊敬・信頼し合える」状態に近づいていきますが、はっきりとポジティブさを言葉で表現することが重要です。実践のうえでは、「大げさでも、無理やりにでもいい」「不慣れでぎこちなくても、気にしない」という点を意識して取り組んでみましょう。
2. 助力を申し出る
例えば、メンバー各人が互いに助力を申し出ず、他人やチーム全体の問題に対して無関心な組織は、コミュニケーションの質・量ともに低調で、組織や周囲のメンバーの価値観やビジョンを共有することはまれでしょう。助力の申し出は勇気が要ることですが、一度踏み出せば相手とのコミュニケーションのハードルは格段に下がります。相手にとってもチームへの帰属意識が高まり、「影響力」、特に「返報性」の作用により、貢献の連鎖が生まれるかもしれません。たとえ一度断られたとしても、怯まずにトライし続けてみてください。助力の申し出が、循環が正となるか負となるか、重要な起点となり得るので、ぜひ粘り強く実践に移してみてください。
3. フィードバックを与える
自己認知は行動変革の起点として有用であっても、自覚していないことは自己認知できません。ここで重要となるのが、他者からのフィードバックです。以下、図3を使って説明します。
フィードバックを受けた相手は、自分は知らないが他人は知る自己である「盲点の窓」に気付き、自分も他人も知る自己である「開放の窓」が開いていきます。このとき、フィードバックは相手の行動変革の助けとなることに加え、価値観や学習に根差した質的に深いコミュニケーションがもたらされやすくなります。
この際のフィードバックは、改善につながるものであることが期待されます。“ダメ出し“に終始せず、相手の状況を思いやりつつ、今後どのように対応したら良いかを一緒に考える姿勢が必要です。最も留意すべきポイントとして、「人物ではなく、行動に対してのコメントとする」「相手を変えようとしない(“お仕着せ”の禁止)」「相手の行動の背景にあるものの理解に努める」という3つを押さえておきましょう。
第3回から今回まで「他者への働きかけ」をテーマに、コミュニケーションスタイルの改善方法を解説してきました。コミュニケーションの活発化は、魔法のような打ち手は存在しない一方で、簡単な1つひとつの工夫の組み合わせで乗り越えられるはずです。次回は、これまでに展開してきた自己、他者、組織の3方向からの変革アプローチの集大成となる「組織からの働きかけ」について解説します。