組織内の不正を事前に抑止するためには、健全な組織風土の醸成が不可欠です。そこで、本連載の第1回第2回では、安心して率直な意見を述べやすい環境などを指す「心理的安全性」を高める意義とその概念、さらには「自己への働きかけ」の有効性について紹介してきました。前回の第3回「他者への働きかけ①」にて「他者への働きかけ」とそれを機能させるのに必要な「影響力」について紹介しました。第4回の本稿では、その続編として「他者への働きかけ」の基本姿勢について解説します。

※当記事はクライシスマネジメント メールマガジンに掲載した内容を一部改訂して転載しています。

「他者への働きかけ」の基本姿勢

本連載では、心理的安全性を高めるための変革アプローチとして、①自己への働きかけ、②他者への働きかけ、③組織からの働きかけという「3つの働きかけ」が必要であることをお伝えしてきました。変革アプローチ最大のポイントである②の「他者への働きかけ」にフォーカスする第3回から第5回の中で、今回からは、具体的にどのように影響力を波及させ、他者へ働きかけるのか、「基本姿勢」「伝え方の配慮」「『強化』と『弱化』の活用」「行動の実践」という4つのポイントに分けて説明していきます。まず、1人ひとりが他者へ向き合う際の基本姿勢のあり方、また、具体的な対応策について、コミュニケーションの量と質に分けて解説します。

【図1】3つの働きかけ
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

1. コミュニケーションの量

コミュニケーションの絶対量が不足していては質の議論をしても意味がありません。まず重要なのは「質より量」を入口とすることです。「発言による不安がない」「互いに尊敬・信頼し合える」状態を大目的だとすると、「コミュニケーションをとることが自然となる状態」が小目的となります。量とは、挨拶・声掛け、感謝、ねぎらい、賞賛など、普段のコミュニケーションの1つひとつを大事にするということです。目の前の人との対話から、目を背けないことが大切で、これはコミュニケーションの普遍的な原理といえます。リモート環境下ではコミュニケーションの情報量に制約があるからこそ、相手への好意的な感情表現、すなわちコミュニケーションの量を増やすことを一層大事にしていくべきでしょう。

2. コミュニケーションの質

コミュニケーションの量が確保されて初めて質の問題に移行できます。ここでいう質とは、個々人が大切にしているものや物事の考え方、人間関係など、相手の人格の根幹に関わっていくことで、より深いコミュニケーションに入っていくことを指します。コミュニケーションの質の深化は、第2回「自己への働きかけ」の最後に述べた「価値観・考えの発信」とリンクします。相手の価値観を理解し尊重したうえで、自分の立場から伝えるべきことを伝えるようなステップを経て初めて、大目的である「発言による不安がない」「互いに尊敬・信頼し合える」状態に至ります。

ここで注意すべきは、コミュニケーションの質を深めようとすると、デリケートな話題に踏み込みがちであるという点です。批判やアドバイス、異論の提起は、場の性質や相手の反応の見極め、慎重に行う必要があるため、ここからは、伝え方の配慮として、留意点を整理していきます。

コミュニケーション上の配慮

1. クセや傾向を改める

最初に「自己への働きかけ」で紹介したクセや傾向の改善について振り返ります。図4にあるように、何気なく取っていた行動は、ほんのわずかの軌道修正で周囲のコミュニケーション意欲や信頼感を失わずに済むことがわかります。

【図2】クセや傾向などを改めた例
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

行動や根底にある価値観自体を大きく変えることは難しいものですが、できるものから少しずつ変えるだけでも効果があります。このとき、相手の反応を注意深く観察することを大前提とし、相手に意図した通りの良い影響を与え、発言による不安をなくすことが目的であることを常に意識する必要があります。

2. 話す際の配慮

「発言に不安がない」状態を目指すには、話す際の配慮が欠かせません。話し方の技術論は世にあふれていますが、ここでは心理的安全性の観点から以下2点に着目します。

1つ目は「一方的な伝達」を抑えるということです。一方的な伝達は相手の納得感が形成されづらく、意見の圧殺や反発、結論のお仕着せなど、意図せぬ結果になることが考えられます。また、自発的な意見が形成されにくいという問題もあります。

求められる工夫としては、図5に示すように、知識や地位などの優位性で相手の話す姿勢を圧殺しないこと、「話す:聞く」割合を意識すること、「~べき」「~した方がいい」という表現を抑えることなどが考えられます。

【図3】話す側に求められる工夫
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

2つ目は論理的かつ明瞭に伝えることを前提に、相手の理解を促進させるために理由や意義・意図、前後工程とのつながりを示すことです。要点の伝達だけでは、相手は充分な納得感を得られないばかりか、結論や意図における”解釈ズレ”の恐れを解消できず、発言による不安を払拭できません。このため、相手の立場や考え方に照らして受け取り方を想像し、端的な根拠を添えることが大切になります。

3. 聞く際の配慮

聞く際の配慮も重要です。聞く姿勢の問題として、留意すべきポイントとなる「傾聴」「無知の姿勢」「質問」の3つを例示します(図6)。

【図4】聞き方の問題(例)
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

まず、「傾聴」が重要ということは言うまでもありませんが、心理的安全性の観点からは、自身の「傾聴」が相手に伝わっているかどうかが重要です。小さなことに思えますが、会話中にはPCや資料から目を離す、電話に出ることを控える、リモート環境であればカメラをオンにするなど、目に見えるかたちで示すことに大きな効果があると考えられます。

次に「無知の姿勢」とは、相手の話を初めて聞くという姿勢、相手の話から何事かを学ぼうという姿勢のことを指します。仮に相手の話が既知のものだったとしても、例えば「相手はどのように物事を捉えているのか」を知ろうとすることで、傾聴を深められるものです。これはもっぱら心理カウンセリングの現場で用いられる手法ですが、D. カーネギーの「誠実な関心を寄せる」という言葉にも通じる普遍的な聞き手の姿勢です。

最後の「質問」は、相手の思考の背景を探る点で有用ですが、言い方や立場・関係性次第で、相手が否定や拒絶、詰問に感じる場合や、期待する“模範解答”を押し付けられていると感じる場合があることに注意が必要です。上司からは質問のつもりでも、部下は理由の説明を求められたのではなく、詰問あるいは自身を否定されたと感じるケースも多いことを頭に入れておくべきでしょう。

前回に続き、今回は「他者への働きかけ」の中編として、他者への働きかけの基本姿勢とコミュニケーション上の配慮について解説しました。コミュニケーションの活発化には簡単な解決策は存在しませんが、1つひとつの工夫の組み合わせ次第で実現可能ともいえるでしょう。次回の第5回では、「他者への働きかけ(3)」としてさらに踏み込み、積極的な働きかけについて解説します。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス

小川 圭介 / Ogawa Keisuke

シニアヴァイスプレジデント

総合コンサルティングファームを経て、2012年にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。ビジネスデューデリジェンス、事業計画策定支援などのほか、現在は、企業の危機管理および危機からの脱出を支援するクライシスマネジメントサービスにおいて、品質不正が発生した企業に対する危機対応、再発防止策策定・実行、事業再生などのプロジェクトに従事。