組織内の不正を事前に抑止するためには、健全な組織風土の醸成が不可欠です。そこで、本連載では、安心して率直な意見を述べやすい環境などを指す「心理的安全性」を高める意義や、「自己への働きかけ」および「他者への働きかけ」の具体的なアプローチ方法などを紹介してきました。最終回となる本稿では、「組織からの働きかけ」について解説します。

※当記事はクライシスマネジメント メールマガジンに掲載した内容を一部改訂して転載しています。

「組織からの働きかけ」の必要性

第1回において心理的安全性を高めるための変革アプローチとして、①自己への働きかけ、②他者への働きかけ、③組織からの働きかけ、という「3つの働きかけ」が必要であることを紹介しました。これらのいずれかが欠けると変革はちぐはぐなものになる、あるいはかき消えてしまい、定着には至らないと考えられます。本稿で紹介する「③組織からの働きかけ」は、個人の変革を集団に波及させるために必要であり、組織にはこのような働きかけを後押しし、定着を促進する役割が求められます。

【図1】3つの働きかけ
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

組織からの働きかけの重要性がわかる事例として、データ改ざんにより長年規格外製品を出荷していた某大手製造業の例を紹介します。

不正に問題意識を持っていた同社の代々の管理職は、データ改ざん依存から脱却するための品質改善努力を重ねていました。具体的には、自主的に品質向上の方策を練り、技術的な環境改善を提言し、会議に上程するなどのアクションを講じていました。しかし、全社的なコストカットの要請などで充分な環境改善は実現せず、また担当者たちの品質向上に向けた努力は、異動による知見の分散に阻まれ、充分な成果を出すことができませんでした。結果的には、改善努力の成果が組織として公式化されることはないまま、立ち消えになってしまったのです。

この事例においては、もし組織が設備更新や改善プロジェクトを組織の公式な取り組みとして後押ししていれば、全く違った結果が得られたはずです。ここに「組織からの働きかけ」の重要性が見て取れます。

制度による働きかけ

それでは、組織からの働きかけはどのように行うべきでしょうか。ここからは、制度による働きかけとして3つの実践方法を紹介します。

1. 「自己への働きかけ」を促す
2. 権威による障壁を取り除く
3. 明確なルールを設ける・適用する

1. 「自己への働きかけ」を促す

「自己への働きかけ」とは、内省により自身の認知や相手に与える印象の歪みを補正することです。しかしながら、従業員はそのような行いに戸惑いを感じる場合もあるでしょう。結果、一度試したきりで、やらされた感、やっつけ感、“模範解答探し”などの状況に陥り、行動の改善が図られないことも考えられます。そこで、必要になるのが、組織による「自己への働きかけ」の手助けです。例えば、次のような取り組みが考えられます。

  • 評価制度を振り返りの機会として活用できるように制度設計を見直す
  • 面談、1-on-1などの機会で、個々の価値観に踏み込んだキャリア形成をサポートする
  • 次期に向けた行動改善のコミットメントの設定とフォローアップの機会を提供する
  • 教育・研修プログラムに反映させる

これらは総じて、キャリアや評価制度を通じて組織と個人を結びつけることで、従業員の行動を促すことを企図しています。

2. 権威による障壁を取り除く

次に大切なのが、権威による障壁を取り除くことです。言い換えると、権威がもたらす「発言への不安」を組織として取り除くということを指します。組織の中で人は明示・黙示を問わず、何らかの権威(パワー)を帯びています。その権威は心理的安全性の高揚に際して個々人の行動の変革だけでは乗り越えられない高い障壁となってしまうこともあるため、組織としての支援が必要でしょう。以下は、パワーの分類です。

【図2】権威(パワー)の分類
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

パーソナルパワーやリレーショナルパワーは、人的な関係性に基づく権威であり、個々人のコミュニケーションや立ち居振る舞いによってある程度の改善が見込めると考えられます。それに対して、ポジションパワーは、組織内の役職や役割などの組織が定めた組織構造に立脚するが故に、個々人の心がけや行動の変革だけでは乗り越えることが困難です。そのため、ポジションパワーに由来する障壁を取り除くためには「組織からの働きかけ」が必要です。では、ポジションパワーによる発言への不安を取り除くために、組織はどのように働きかけるべきでしょうか。

まず考えられるのは、制度面の見直しによってポジションパワーを低減させることです。上長に対して意見しにくいというような不安は、役職数の削減、等級・階級の勾配の見直し、人事評価における主観要素のウエイト抑制や多面評価の採用といった評価制度の見直し、権限委譲などによって軽減できるかもしれません。

また、部門間の暗黙の“格差”の存在が部門間牽制を無効化するケースがあります。例えば、90年代後半に破綻した金融機関では、不正を実行していた花形部署に対して本社や間接部署によるチェック機能が働かなかったことが事態悪化に拍車をかけたと指摘されていました。昨今の品質不正事案でも、営業、製造といった部署に比べ品質関連部署の地位が低かったことが原因のひとつに挙げられます。

このような部門間での格差解消の方策のひとつに、人員配置への配慮が考えられます。企業のリスク管理や内部統制の考え方として、三線モデル(*1)があります。多くの企業ではこの考え方に基づいた組織体制が構築されているものの、有能な人材が手厚く配置されるのは、営業や製造といった事業部門である「第一線」になりがちです。品質保証や経理などの管理部門である「第二線」、内部監査の「第三線」にも、人事ローテーションの中で一定の有力人材を配置することによって、ポジションパワーの偏在を緩和しつつ、同時にチェック機能の強化、全社的視野を持つ人材の育成などの複数の効果が期待できます。

*1:事業部門は「第一線」として現場でのリスク管理を、管理部門は「第二線」として専門知識の提供やモニタリングの支援を、内部監査部門は「第三線」として独立した立場から監査を行うことで、企業全体のリスク管理を行う考え方。3ラインディフェンス

3. 明確なルールを設ける・適用する

心理的安全性への脅威を排するためには、組織として明確なルールを示し、実際に運用していく必要があります。脅威とは、例えば提案を無視したり全否定したりする、あるいは人前で責任追及し叱責をするような行為を意味しています。このような行動は組織として公式に排除することが望ましいでしょう。このとき詳細なルール設計は必ずしも必要なく、「発言による不安がない」「互いに尊敬・信頼できる」の心理的安全性の2因子を脅かす行動・言動の禁止を、シンプルな言葉で表現することが求められます。

ルールを設けるからには何らかのペナルティも同時に設定することが必要ですが、その運用は違反者がどのような権威を帯びているかに左右されるべきではありません。むしろ、権威を持つ者こそ心理的に安全な組織風土醸成に感度を高く持つ必要があります。

運用による働きかけ

「組織からの働きかけ」として、制度の見直し以外にもできることは数多くあります。以下では、制度を運用する際の働きかけのポイントを3つ紹介します。

1. 対話や意見交換の場を用意する

例えば、発言や意見交換に躊躇しがちな従業員に対しては、発言や意見交換を“公式なもの”として位置付けることで心理的なハードルを下げられる場合があります。先述の不正事例のように、組織として様々なコミュニケーション機会や手段を“公式化”することには重要な意味があります。事例では、異動などにより改善努力が寸断されてしまいましたが、これを公式なアクションと位置付けることで、人員や予算、時間などのリソースの分配が得られる可能性があります。また、従業員に心理的安全性の高揚に向けた組織の本気度を見せることができます。

2. 権威による障壁を取り除く

権威による障壁は、運用によっても取り除くことができます。部下が上司をより身近に感じることができれば、権威による障壁を切り崩せるでしょう。例えば、管理職による次のような取り組みで、フラットなコミュニケーションのきっかけづくりを促すことが考えられます。

  • 自己開示
  • オープンドアポリシー
  • MBWA(Management by Walking Around;マネージャーの現場巡視)

いずれの取り組みにも共通しますが、大切なことは上司から部下への歩み寄りなしに権威による障壁は取り除けないということです。また、部門横断プロジェクトやクロスファンクショナルチーム、タスクフォースなどに見られるように、主たるレポートライン外の業務機会を奨励することも有用でしょう。

3. 業務のひっ迫状態を是正する

業務のひっ迫状態の把握および是正は、組織変革における重要なポイントです。業務のひっ迫をもたらす要因は組織ごとに様々ですが、業務量やスキル管理の不充分さ、事務手続きやレポートラインの煩雑さ、リソース不足や投資の不足、実力と乖離した目標やノルマなどが複合的に絡み合っている場合があります。

業務がひっ迫していると新しいアイデアや改善策の発案の余裕が持てず、必要最低限のコミュニケーションしか取れない状態に陥ります。このような状態において「発言による不安がない」「互いに尊敬・信頼できる」という状態が形成されにくいことは想像に難くありません。このため、組織としてひっ迫状態の是正に向けた働きかけを行う必要があります。例えば以下のような取り組みが考えられます。

  • 業務プロセスの見直し:自動化、システム化やアウトソースも検討しながら、廃止を含む業務の見直しを行い、人の手をかけるべきところにかける仕組みに再構成する
  • 目標・計画の見直し:根拠のない、あるいは実力と乖離した予算やノルマについて、裏付けをもって社内外も含めた調整を行い、達成可能なものとする
  • 人材配置の見直し:経験・スキルのある人員を計画的に育成したり、早期抜擢や権限移委譲を図ったりすることで、業務負荷と職場の実力を近づける

業務のひっ迫状態の是正には、職場の実力や現状を把握することが必要です。そのため、まず初めに業務の棚卸を行い、業務負荷や適正人員を可視化することから始めることをお勧めします。可視化を丹念に行うことで、業務の発生頻度や繁閑の周期、非効率あるいは不要な業務や重い負荷をもたらすトリガーなどが浮かび上がるでしょう。これらの一連の取り組みを担当者任せで実行するには限界があります。“現場の奮起”に依存するのではなく、組織が適切な働きかけや支援を行うことで、業務のひっ迫状態の是正を確実に遂行する必要があります。

ここまで全6回にわたり、心理的安全性の不正リスク低減に対する重要性に始まり、心理的安全性を高める方法を具体的なアクションを含めて紹介しました。人の心理はコントロールすることが困難であっても、行動はコントロールできるものです。行動の積み重ねはゆっくりとではありますが確実に人の心理へ波及します。だからこそ、簡単なアクションから始め、少しずつ施策を積み重ねる必要があります。また、このような変革に向けた行動は「団体戦」といえるため、組織としての取り組みが不可欠であると考えます。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス

小川 圭介 / Ogawa Keisuke

シニアヴァイスプレジデント

総合コンサルティングファームを経て、2012年にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。ビジネスデューデリジェンス、事業計画策定支援などのほか、現在は、企業の危機管理および危機からの脱出を支援するクライシスマネジメントサービスにおいて、品質不正が発生した企業に対する危機対応、再発防止策策定・実行、事業再生などのプロジェクトに従事。