2026年2月、米国・イランによるイラン攻撃に伴う「ホルムズ・ショック」が世界を襲った。エネルギー価格の高騰は、欧州のグリーン政策を直撃し、エネルギー安全保障が最優先課題へと浮上した。しかし、欧州連合(EU)が踏み出した環境規制の緩和は、単なる場当たり的な危機対応ではない。背景にあるのは、第2次トランプ政権による揺さぶり、クリーン技術を席巻する中国、そして域内の政治的・経済的分断という三重の構造的圧力である。欧州は今、グリーン政策を「環境政策」から国家主導の「産業・安全保障政策」へと捉え直そうとしている。
 


はじめに
 

2026年2月28日、米国・イスラエルによるイラン攻撃で、イランのハメネイ最高指導者が暗殺されたことを機に、中東情勢は未曾有の緊張状態に突入した。イランによる報復措置は、湾岸諸国の米軍基地のみならず、エネルギー施設や観光インフラにまで及び、世界のエネルギー供給の動脈であるホルムズ海峡が事実上の封鎖されたことで、エネルギー安全保障は世界経済の最優先課題となった。

 

同海峡は、世界全体の石油消費量の約5分の1に相当する1日あたり約2000万バレルの原油に加えて、世界の取引量の約20%に相当するカタール・アラブ首長国連邦からの液化天然ガス(LNG)が流通する極めて重要な要衝である[1]。しかし、2月28日の攻撃以降、同海峡を通過する船舶はほぼ停止状態になっているとされる。米国のトランプ政権による対応が二転三転していることも相まって、本稿執筆時点では先行きが読みにくいが、このエネルギー・ショックとも言える事態は、日本だけでなく、欧州経済にも深刻な打撃を与えている。

 

実際、国際的な石油・ガス価格は即時的に上昇した。欧州の天然ガス価格の指標であるオランダTTF(Dutch Title Transfer facility)は、攻撃直後の1週間(3月2~6日)で平均45ユーロ/MWhとなり、紛争勃発前の水準と比べて約50%上昇した[2]。欧州の対中東依存度は限定的だが、LNG市場のグローバル化により、供給不安は間接的に、域内の価格高騰と産業の利益率の低下を招く。特に2026年は例年にない厳冬の影響で、1月下旬時点での域内天然ガス貯蔵率が例年よりも著しく低下しており、短期的な価格上昇を吸収するのが困難な状況だ[3]。現時点では、2022年のロシアのウクライナ侵攻時のエネルギー不安の水準には達していないものの、戦争の長期化によるスタグフレーションへの懸念が急速に高まっている。

 

こうした危機感は、3月19、20日に開催された欧州連合(EU)首脳会議に色濃く反映された。特筆すべきは、2050年までのカーボンニュートラル実現に向け、これまで世界の中でも厳格な環境規制を推進してきたEUが、域内の産業競争力強化のために、規制緩和へと踏み出した点である。同会議ではエネルギー価格の抑制を最優先課題とし、排出量取引制度(ETS)を含む従来のグリーン政策を「近代化」の名の下に事実上緩和し、「より柔軟な運用」へと転換することが表明された[4]。

 

しかし、この方針転換は、今回のイラン情勢を受けた一時的な対応ではない。背景には、従来から顕在化していた①欧米摩擦、②対中競争、そして③域内における政治的・経済的な分断といった三重の構造的な課題がある。本稿では、この3つの地政学的観点からEUが環境規制緩和へと転換し始めている背景とその狙いを整理する。

 


欧米摩擦―なぜ米国は「環境規制緩和」を迫るのか?


欧州の方針転換を強いた最大の外的要因は、第2次トランプ政権の誕生である。まずは、欧州と米国における再生可能エネルギー(以下、再エネ)の現況を概観したうえで、トランプ政権が欧州に強硬的に迫る動機を確認する。

 

  • 欧州の現況


    ユーロ圏統計局(Eurostat)が2026年1月に公表した最新のデータは、欧州の再エネ移行の順調な進捗を示している。2024年のおけるEUの電力消費の47.5%が再エネで賄われ[5]、最終エネルギー消費全体に占める再エネの割合は25.2%(過去10年間で約8ポイント上昇)に達した。用途別では、家庭部門(冷暖房)での再エネ比率は26.7%に達する一方、運輸部門は11.2%に留まる。再エネ源の内訳は、風力が38%と最大で、水力(26.4%)、太陽光(23.4%)と続く。関連投資は2025年に約3900億ドルに達した。

     

    しかし、こうした再エネ推進の裏には、域内対立の火種となる2つの課題が潜む。
    第一に、加盟国間における推進力の格差である。例えば、オーストリアの電力消費に占める再エネ比率が90.1%という極めて高い水準にある一方で、マルタは10.7%に留まっている(※図表1参照)。こうした格差は、脱炭素コストの負担をめぐる域内の政治的対立を深刻化させている。第二に、「原子力」の扱いだ。現行統計では、発電過程のCO2排出量が極めて少ない原子力は再エネ源に含まれない。エネルギー安全保障と産業競争力の観点から、フランスを中心に再評価を求める声が強く、欧州のグリーン政策の争点の1つとなっている。

     

図表1 加盟国別の総電力消費量に占める再生可能ネルギーの割合 
 


(データソース)Eurostat[6]

   

  •  米国の現況


    対する米国のエネルギー構造は、欧州とは対照的である。


    2023年時点で、第一次エネルギー消費量に占める再エネ比率は9%[7]、発電電力量ベースでも約21%に留まり、一次エネルギー消費の83%を依然として化石燃料が占める。2024年には、米国は世界の原油生産の17%、天然ガス(LNG)生産の22%を占め、世界最大の産油・産ガス国としての地位を堅持した[8]。化石燃料供給への支出は2000億ドルを(世界シェア19%)超え、今後10年間で予定されている新規LNG輸出能力の約40%が米国に集中する。

     

    一方で、クリーン分野への投資も加速している。国際エネルギー機関(IEA)によると、2024年の米国におけるクリーンエネルギー(原子力含む)への投資は、3000億ドル(世界シェアの約15%)を超え、2020年比約1.6倍に急増した。

     

    これを牽引したのが、バイデン前政権下(2021-2025年)で導入された大規模なグリーン投資促進策である。インフラ投資・雇用法(IIJA)やインフレ抑制法(IRA)により、過去最大規模の気候変動対策・エネルギー安保予算が確保された。特に、IRAは、電力を中心とした幅広い分野での巨額の税額控除などの税制支援を打ち出しており、EUと同様に米国でもグリーントランスフォーメーション(GX)が推進された。

     

    しかし、2025年のトランプ政権誕生により、米国内ではグリーンエネルギーへの逆風が強まっている。トランプ政権は、バイデン政権時代のグリーン支援策を事実上停止し、化石燃料の増産をバックアップする措置を講じている(※図表2参照)

     

 

図表2 第2次トランプ政権による政策転換(主な措置)
 


(出所)デロイト トーマツ戦略研究所作成

 

  •   米国の政策転換と欧州に圧力をかける4つの動機


    トランプ政権による政策転換の影響は、米国内にとどまらず、国際社会にも波及している。特にEUに対しては、環境規制の緩和または撤廃を求める強硬な姿勢を示している。その背景には、米国内の政治事情と外交戦略が複雑に絡み合っているが、その動機は以下の4つに集約できる。

     

    第一に、化石燃料の利用を世界的に維持・拡大させ、米国の輸出市場を確保するという経済的な動機がある。2010年代のシェール革命を経てエネルギー自給を達成し、輸出大国となった米国にとって、脱炭素化による化石燃料需要の減退は、国益の損失に直結する。2025年の暫定値によると、米国のエネルギー輸出額は年間約3000億ドル(総輸出額の約8%)規模だが[9]、米国側はEUの環境規制を不公正な貿易障壁だと見なしている。

    第二に、共和党の伝統的な支持基盤である石油・天然ガス業界との関係が挙げられる。同業界からの強力な資金提供を背景に、共和党は化石燃料産業の利益を代弁してきた。また、再エネへの補助金反対や化石燃料推進の姿勢は、「国家による経済介入の縮小」と「規制当局の権限抑制」を掲げる共和党の基本路線と整合する。こうした規制緩和の圧力は、気候変動対策のみならず、他の分野でもEUとの摩擦を生む要因となっている。

     

    第三に、トランプ政権による電動モビリティに対する否定的な姿勢がある。本来、公共交通の電動化(EV化)は、GXにおいて最も効率的な手段の1つだが、共和党はこれを「公金の浪費」や「移動の自由という個人の権利侵害」と批判してきた。加えて、EVサプライチェーンの対中依存への懸念もある。ラトニック商務長官が展開する蓄電池などのサプライチェーンが確立されていない中での再エネ推進は「中国への従属を招く」という論理は、米国にも欧州にも共通するものである。トランプ大統領個人は「内燃機関車こそが米国製造業の黄金時代の象徴」という信念を有しているとされ、EVやグリーン政策を産業衰退の元凶と結びつけている。これに欧州域内の保守・極右勢力が共鳴し、域内のロビー活動が活発化しているとの見方もある。

     

    第四に、エネルギーを外交上の強力なレバレッジをとして活用するという戦略的狙いがある。この論理は、ベネズエラやグリーンランドに対する強硬姿勢にも見られるように、トランプ政権は世界のエネルギー市場における米国の影響力の拡大を隠そうとしない。トランプ政権は、EUのエネルギー輸入依存度を高めることで、欧米関係における主導権を握ろうとしている。特筆すべきは、グリーン政策をEU内部の結束を揺るがす「くさび争点(wedge issue)」として活用している点だ。2026年1月のダボス会議での「欧州はグリーンという詐欺に引っかかった」というトランプ氏の発言は、まさにEU域内の利害対立やイデオロギー的分断を煽るためのものであり、EU制度そのものを弱体化させようとしている[10]。

     

    こうした共和党の姿勢は、民主党をも変質させつつある。民主党内では、過度な再エネ推進が「インフレ」や「雇用」への懸念を呼び起こし、中間層や無党派層からの支持を失うという認識が広がっており、グリーン政策から距離を動く動きもある。都市部のリベラル層のグリーン政策への支持は依然として根強いものの、激戦区の候補者はメッセージのトーンダウンを余儀なくされているのが実情だ。

     

    理想を掲げつつも、選挙に勝つために現実的な解を優先せざるを得ない。こうした米国のリアルポリティークな動きは、これまで環境先進国として世界を牽引してきた欧州の政策担当者に対し、かつてない孤立感と戦略見直しを迫る圧力となっている。


欧州の苦悩―競争力か、それとも排出量の削減か?


2010年代後半から、EUのエネルギー政策にとって再生可能エネルギーへの転換は、ある種の絶対的な聖域であった。COVID-19パンデミック下の「復興・強靱化ファシリティ(RRF)」やウクライナ戦争勃発後に策定された、「REPowerEU」計画は、ロシア産化石燃料への依存からの脱却と再エネへの移行を加速させるための支援策であり、巨額の公的資金を投じることでその意思を鮮明にした。

 

EUのグリーン政策には、当初から重層的な狙いがあった。第一の目標は、欧州政治の左派が長年掲げてきた気候変動対策としてのCO2排出削減である。同時に、自給率向上による「エネルギー主権の確立」、そしてクリーン技術という「新たな成長産業での競争力の獲得」を目指す産業政策としての側面を併せ持っていた。

 

だが、現実はその期待を裏切りつつある。米国からの揺さぶりだけでなく、中国との競争、域内産業の空洞化、そして政治思想の対立(文化戦争)と内外からの圧力に晒され、EUのグリーン政策は再調整に迫られている。

 

第一の誤算は、構造的な産業競争力の低下である。欧州の産業用電力単価は、従来から米国や中国と比較して割高な傾向にあったが、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を受け価格が高騰し、対外的なエネルギー依存による脆弱性が露呈した。供給不安が深刻化した2022年から2023年にかけてのエネルギー危機では、その価格差は最大で158%にまで拡大した(ただし、その後は縮小)[11]。この背景には、外部要因だけでなく内部の政策的要因もある。ドイツなどの加盟国が主導した再エネに対する高額かつ固定的な買い取り価格制度(FIT)に伴うコストが、最終的な価格を押しあげ、域内産業に負担を強いる結果となった側面もある(※図表3参照)。

 

 

図表3 エネルギー集約型産業向けの電力価格差の推移(地域・国別)
 


(データソース)IEA[12]

 

さらに深刻なのは、EUが巨額の予算を投じて創出した「再エネ需要」の恩恵を欧州企業ではなく、中国企業が享受していることだ。2007年に世界の太陽光パネル生産能力の約30%を占めていたEUのシェアは、2022時点で0.2%にまで急落[13]。対照的に、中国は80%を超えるシェアを有し、サプライチェーンを完全に支配下に置いた。

 

2024年、EUが輸入する太陽光パネルの98%が中国製であり、中国の輸出先のその大半がEUである[14]。2010年代にEUは、最大67.9%の反ダンピング関税を課すなど防衛策を講じたものの、中国の圧倒的な価格競争力の前には無力であった。欧州産業界からは、厳格な環境規制による行政的・財政的負担が欧州の生産者の競争力を低下させていると不満の声が噴出しており、エネルギー価格の高騰と相まって、域内における製造業の空洞化問題が深刻化している。

 

欧州の政策立案者にとって最大の誤算は、グリーン政策が極右勢力とリベラル勢力の対立へと変質したことだろう。理想的な排出削減目標と、実際に市民が負担するコストとの乖離、そこにウクライナ戦争によるインフレが追い討ちをかけた。これを利用したのが、ドイツの「ドイツのための選択肢(AfD)」やフランスの「国民連合(RN)」、チェコの「モータリスト(MOTORISTÉ)」といった右派・極右勢力である。彼らは、安価な化石燃料の利用維持や内燃機関車の擁護を掲げ、グリーン移行に伴うコスト負担への不満が大きい農業従事者や小規模事業者、低所得層を「EU市民の利益を守る戦い」として政治的に取り込んだ。こうしたEU市民の右傾化に乗るかのように、中道右派政党も従来のグリーン政策から距離を置き始めた。

 

このような政治環境の変化を象徴するのが、2024年の欧州議会選挙である。脱炭素を主導してきた緑の党グループの議席数は、71から53議席(7.3%)へと大きく減らし、第4会派から第6会派に転落。中道リベラルの「Renew Europe」グループも102から77議席と大幅減となり、欧州政治の重心は、明らかに「環境」から「経済安保と競争力」へと移行したのである。

 

<2024年欧州議会選挙については次を参照:6月欧州議会選挙で占う地政学リスク――もしトラ・中東事変・サプライチェーンへの影響は | Strategy Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ

 


欧州委員会の対応―規制緩和へと向かうのか?


域内外からの圧力に直面している欧州委員会は、グリーン政策の緩和路線へと舵を切り始めた。

 

  •  欧州自動車産業支援政策パッケージ
     

    ドイツ政府や欧州人民党(EPP)からの強い要請を受け、欧州委員会は、2025年12月、産業界の負担軽減を目的とした緩和措置を打ち出した。最大のポイントは、2035年までの内燃機関車(ICE)新車の販売禁止措置の事実上の撤回である[15]。EUでは、これまでも段階的に内燃機関車規制を見直してきたが、今回は、完全なゼロエミッション義務化から、「90%削減」へと目標は下方修正され、ハイブリッド車を含む内燃機関車の販売継続に道が開かれた。ただし、継続販売には条件があり、従来の合成燃料に加え、欧州産の低炭素鋼やバイオ燃料の使用が義務付けられた。これは環境負荷を抑えつつ、域内のサプライチェーンを保護する狙いがある。同時に、域内電池産業へ18億ユーロ規模の支援を決定。そのうち15億ユーロは電池セルメーカー向けの無利子融資に充てるなど、手厚い支援策を講じる。

     

  •  サステナビリティ関連規制の簡素化に関するオムニバス法案
     

    欧州委員会は、複雑な環境規制の負担緩和に乗り出している。2025年2月の「簡素化オムニバス法案」を皮切りに、以下の主要規制が見直された。


    EU炭素国境調整メカニズム(CBAM):手続きの簡素化


    企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)および企業サステナビリティ報告指令(CSED):報告要件の緩和


    森林破壊防止規則(EUDR):手続きの簡素化と適用開始の延期

     

2025年12月に発表された「環境オムニバス法案」では、中小企業を対象とした産業排出指令(IED)の要件緩和や拡大生産責任者(EPR)の簡素化が盛り込まれた[16]。欧州委員会は、環境保護の効果を損なうものではないと説明するが、環境保護団体は規制の形骸化を懸念する。産業界は、域内生産や雇用確保という喫緊の課題に対する解決策になっていないとし、国際的な競争力獲得のために、さらなる実効性のある措置を求めている。

 

しかし、EUが矢継ぎ早に展開する一連の手続きの簡素化や報告義務の軽減措置を、グリーン政策の後退として捉えるのは、早計だろう。EUの優先アジェンダそのものは大きく変わっていない。むしろ欧州は今、かつて自ら批判してきた「中国型」の国家主導による産業政策の導入を進め、再エネ関連の技術優位性の確保とサプライライチェーンの強靭化を通じて、クリーン産業における主導権の奪還を狙う。

 

欧州委員会が2026年3月4日に提案した「産業加速法案(Industrial Accelerator Act: IAA)」は、この姿勢を象徴している。これは、2025年2月に発表された、気候変動対策と競争力を統合した包括的成長戦略「クリーン産業ディール」を具現化し、脱炭素化を単なる環境目標から、経済安保の柱へと据え直すものである[17]。

 

本法案では、エネルギー集約型産業、ネットゼロ産業、自動車産業の3分野を「戦略産業」と定義。2024年時点で14.3%まで低下した製造業の対GDP比率を、2035年までに少なくとも20%に引き上げるという野心的な目標を掲げた。

 

IAA(産業加速法)の最大の特徴は、政府調達、税優遇措置、補助金といった公的支援の条件に、「EU産(made in EU)」と「低炭素」の最低使用率を義務付けた点にある。この狙いは、鉄鋼、セメント、アルミニウム、そしてネットゼロ技術といった戦略産業において、域内の雇用と生産能力を保護することにある。将来的には、化学製品などへの拡大も視野に入れている。原則として、EUと自由貿易協定(FTA)やWTOの政府調達協定を締結する国の産品は「EU産」とみなされ、日本もこれに含まれる。ただし、EU産の定義をめぐっては、EU内で意見が割れる。ドイツやチェコは、「域内調達の強要はコスト増を招き、競争力を損なう」と懸念する一方で、フランスなどはより厳格な「EU原産」への限定を主張しているため、注視が必要だ。実際、社用車向けの補助金や小型EVへの「スーパークレジット(域内産小型EV1台に対し1.3台分の排出クレジット)」付与については、EU原産に限定する方針だ。

 

さらに物議を醸しているのが、特定の非EU加盟国による対内直接投資(1億ユーロ以上)への規制強化である。対象となるのはバッテリー、EV、太陽光、重要原材料などの分野における世界の製造能力の40%以上を保有する国の企業であり、中国を念頭に置いたものだ。

 

投資を認める要件として、以下6項目のうち4項目の充足を求める。
    - 出資・支配権の持分要件(49%以内)
    - 合弁会社の持分要件(49%以下)
    - 知的財産・ノウハウのライセンス供与義務
    - 研究開発(R&D)投資義務(年間売上高の1%以上)
    - 雇用要件(従業員の50%以上はEUの労働者)
    - EUバリューチェーンの強化戦略の作成と公開

 

これは、中国が外資に求めていた手法を逆手に取ったものである。市場アクセスの見返りとして、技術移転と雇用確保を「強制」することで、欧州の経済的安全保障を確保しようとする狙いが見て取れる。

 

現在、欧州が警戒を強めているのが風力発電分野だ。太陽光パネルやEV市場を中国に席巻された苦い教訓を活かすことができるのか。欧州企業が技術的優位を死守できるかが、この政策の成否を分けるだろう。

 


欧州はどこに向かうのか?


これまでの欧州のグリーン政策の主眼は、「CO2排出削減」という理想にあった。しかし今、その射程は拡大し、生産能力の確保と産業競争力強化を内含した地政学的戦略へと再定義されている。

 

グリーン政策の変質を複雑にしているのが、欧州全域で台頭する極右勢力の存在だ。米国と同様に、環境規制はもはや単なる政策課題ではない。それは社会を分断し、大衆を煽動するための「文化戦争」の道具と化しているといっても過言ではないだろう。文化戦争(culture war)は、リベラルな価値観と、極右・保守主義的な伝統的価値観が衝突する二極化現象のことである。

 

極右勢力が「反グリーン」を掲げて支持を広げる中、中道右派の欧州人民党(EPP)やドイツのメルツ政権は、支持層の確保のために規制緩和への舵取りを自らの政治的成果として喧伝せざるを得ない状況にある。しかし、この右旋回は、欧州議会における伝統的な中道連立体制を揺るがし、リベラルや緑の党との協力を困難にするという深刻な副作用を生んでいる。

 

規制緩和を求める陣営もまた、決して一枚岩ではない。EPPが主に票田の奪還という内政的動機で動くのに対し、フランスなどは米国や中国に対抗するための「戦略的自律性」の確保という実利的な動機を優先している。この同床異夢が政策の方向をより不透明なものにしている。

 

この政治的緊張が最も先鋭化しているのが、欧州グリーン政策の要である排出量取引制度(ETS)をめぐる攻防だ。現在、EU内では以下の3つの陣営が対立している。

 

  • 規制緩和派(イタリア、東欧諸国等): 環境規制こそが高エネルギー価格の元凶であると断じ、ETSの一時停止を含む抜本的な方針転換を要求

     

  • グリーン政策加速派(スペイン、北欧、バルト諸国等): 政策の減速・後退は、化石燃料への依存という負の構造を固定化させるだけだとし、グリーン化こそがエネルギー安全保障と戦略的自律性の唯一の解だと主張

     

  • 現実的調整派(ドイツ、フランス): ドイツ(メルツ政権)は短期的な産業利益を反映した「規制の簡素化」を志向。一方、フランスは強固な原子力基盤を背景に、原子力を「グリーンな電力源」として位置づけることで、この対立回避を目指す

     

ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長(EPP)率いる欧州委員会は、内燃機関車禁止措置の緩和などの政治的な譲歩を強いられている。一方で、2026年3月に開催された「原子力エネルギー・サミット」において、同氏はこれまでの原子力縮小路線を「戦略的な誤りであった」と発言。原子力の再評価へと大きく舵を切ると同時に、次世代原子炉を欧州が誇るべき「高付加価値ハイテク輸出産業」の柱にするという方針を打ち出した[18]。事実、同日に発表された小型モジュール炉(SMR))の導入加速に関する戦略文書が示すように、原子力と再エネを組み合わして、脱炭素化とエネルギー安全保障を両立させる現実路線を模索する。

 

今後、EUはグリーンという看板を掲げ続けながらも、実態としては中国型の国家主導の産業政策を推進し、原子力を含む現実的な「クリーン産業連合」へと向かっていくのではないか。しかし、その過程で域内の経済的・政治的亀裂が深まれば、EUという制度そのものが問われることになる。数年ごとの選挙サイクルに翻弄され、即効性のある政策が優先され続ければ、短期的なコスト削減と引き換えに、グリーン技術における長期的な優位性を失い、米中に決定的な遅れを取る恐れがある。その時、欧州が被る影響は、現在とは比較にならないほど深刻なものとなるはずだ。今EUに求められているのは域内の結束に他ならない。

 

 

参考文献・資料
[1] The U.S. Energy Information Administration, “Amid regional conflict, the Strait of Hormuz remains critical oil chokepoint”, June 16, 2025.
The U.S. Energy Information Administration, “About one-fifth of global liquefied natural gas trade flows through the Strait of Hormuz”, June 24, 2025. 
[2] Investing.com, “Dutch TTF Natural Gas”. 
[3] Think Tank EUROPA, “EU gas market under pressure: low storage and rising US dependence”, January 20, 2026. 
[4] Jorge Liboreiro et al., “Thursday's summit of EU leaders was dominated by Hungary's veto on the €90 billion loan for Ukraine, the spiralling war in the Middle East and the high energy prices that continue to weigh down the economy”, euro news, March 19, 2026. 
[5] Eurostat, “2024: nearly 50% of EU electricity came from renewables”, January 14, 2026. 
[6] 同上 
[7] The U.S. Energy Information Administration, “Renewable energy explained” Last updated on September 13, 2024.
[8] IEA. "Energy Statistics Data Browser", Last updated on January 10, 2025.
[9] the U.S. Bureau of Economic Analysis, “U.S. International Trade in Goods and Services, October 2025”, January 8, 2026. 
[10] World Economic Forum, “Davos 2026: Special Address by Donald J Trump, President of the United States of America”, January 21, 2026.
[11] Conall Heussaff, “Decarbonising for competitiveness: four ways to reduce European energy prices”, Bruegel, December 5, 2024.
[12] International Energy Agency, “Electricity 2026”, February 2026. 
[13] European Parliament, “Making solar a source of EU energy security”, July 7, 2022. 
[14] Eurostat, “International trade in products related to green energy”, Data extracted in September 2025. 
[15] European Commission, “Automotive package”. 
[16] European Commission, “Promoting sustainable growth with simpler and smarter environmental legislation”, December 10, 2025. 
[17] European Commission, “Industrial Accelerator Act”, March 4, 2026.
[18] European Commission, “Speech by President von der Leyen at the Nuclear Energy Summit”、March 10, 2026. 

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平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(現合同会社デロイト トーマツ)に入社。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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