フォーラム名は「Deloitte M&A Executive Forum Japan 2026~企業価値向上の要諦~」で、2026年3月13日に都内のホテルで開かれた。主要なプログラムは次の3つであった。
1.【基調講演①】Fujitsu Uvanceが歩んだ事業変革
富士通株式会社 執行役員副社長COO 高橋美波氏
2.【パネルディスカッション】企業価値向上のための様々なアプローチ
西川ゴム工業株式会社 代表取締役社長 小川秀樹氏
株式会社Gunosy(グノシー) グループ執行役員CIO 間庭裕喜氏
デロイト トーマツ エクイティアドバイザリー合同会社(DTEA) 古田温子代表執行役社長
デロイト トーマツ グループ 永山晴子ボード議長
3.【基調講演②】The Synergy Solution Ensuring Announcement Readiness
Deloitte US Vice Chair of Strategy and Transitions Jeffery Weirens氏
「踊り場」でも海外投資には積極的
冒頭あいさつでデロイト トーマツ グループの木村研一CEO(最高経営責任者)は日本企業について、国内景況の停滞や人口減少などで「成長の踊り場」に長年とどまっているものの、企業価値を向上させるための海外投資や事業ポートフォリオ再構築には積極的だと強調した。関連して、デロイトの2026年版調査※1において、事業分離・売却活動がグローバル平均を大きく上回って活況であるとのデータが示されたと語った。
木村CEOは、日本の上場企業に対するガバナンス・資本効率の改善圧力が東証、アクティビスト、機関投資家、経産省・金融庁の4方面から強まっていると強調。さらに、東証の改善要請や株価上昇にもかかわらず、2026年1月になってもPBR1倍以下の上場企業割合が41%※に達していることが「悔しい」と語り、こうした状況打開の方策を探るのも、セミナー開催の趣旨であると述べた。
※1調査名は「2026 GLOBAL DIVESTITURE SURVEY」(日本語版「2026年グローバルコーポレートダイベストメント調査」)
※2東証プライム・スタンダード市場の企業を対象に各種データから計算
従来型SIからの脱却とM&Aの注意点
基調講演①を行った高橋氏は、ソニー、マイクロソフト日本法人を経て2021年に富士通に移り、顧客企業とも組んで多様な社会課題解決に取り組む新事業「Fujitsu Uvance」を立ち上げた。「あらゆる(Universal)ものをサステナブルな方向に前進(Advance)させる」が命名の由来で、労働集約型のシステムインテグレーション(SI)から、人への依存を抑え、再現性と拡張性を持つクラウドベースのデジタルサービスへの転換を志向。主力部門の柱に育ってきている。
講演の要旨は次の通り。
Uvanceは富士通だけでなく顧客の IP(知的所有権)も活用したエコシステムを通じて社会課題を解決していく事業モデル。SIが無くなっていくとの前提に立ち、事業ポートフォリオ転換のため旗揚げした。「安心安全でレジリエントな社会づくり」や「クラウドセキュリティ」など7つの重点領域がある。災害時の停電規模を最小化するシミュレーション作成や、メーカーのグローバル在庫を一元管理するサプライチェーン構築などを進めた。
初年度である2022年度の売上高は2,000億円だったが、2025年度の目標は7,000億円で、これを達成すると、富士通の主力部門であるサービスソリューションの約3割を占める見込み。7,000億円の売り上げ構成を見ると、他社のIPを主体とするホリゾンタル領域(業種横断で共通的に使われるIT・デジタル基盤の提供)、富士通独自の色彩が強いバーティカル領域(社会課題を起点とした業種・業務に踏み込んだ高付加価値なオファリング)の2つの領域で構成されている。
時田隆仁・現社長が就任した2019年6月当時に1.6兆円だった富士通の時価総額は、8.87兆円(26年1月30日時点)ほどになっている。Uvanceだけではなく、事業売却やM&Aのほか、社内DXも貢献した。
M&Aは大型よりも特化型を中心に、今後伸ばせる領域のリソース獲得を前提にしている。富士通はPMI(経営統合プロセス)に関して、対象企業の素の価値である「スタンドアローン」をどう上げるかを一番に考えている。半年に一回、必ず買収によるシナジーやスタンドアローンの推移をルックバックしている。海外現地法人主体で買った会社のスタンドアローンがマイナスになるケースが少なくないため、本社と一体となった買収検討の方が結果を出しやすいと感じる。自分には、前職で買収した会社を統合した際に、親会社流を適用した結果、販売力やブランドをかならずしも活かしきれなかった経験がある。できるだけ会社のダイナミズムを犠牲にしないPMIを目指したい。
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富士通の高橋副社長
老舗企業と新興企業の方針転換
パネルディスカッションでは西川ゴム工業の小川社長とGunosyの間庭CIOに、DTEAの古田代表を加えた3人が自身の経験を踏まえて企業価値向上策の在り方を討議。進行役はデロイト トーマツ グループの永山ボード議長が務めた。
西川ゴムは自動車のドア内側に張り付け風雨や音の侵入を防ぐシール部品「ウェザーストリップ」の製造会社で、90年超の歴史を持つ。2025年2月にDOE(株主資本配当率)8%を柱とする画期的な資本政策を公表直後、株価が2.2倍に急上昇した。Gunosyはスマートフォン向けニュース配信を主力とし2012年の設立。ゴールドマン・サックス出身の間庭氏は長期的な収益源確保に向け、インドの金融サービス企業Slice Small Finance Bank(slice)買収などを手掛けた。
発言要旨は次の通り。
海外子会社のガバナンス問題をきっかけに腹をくくって「8%」を提示
【西川ゴム・小川社長】
- 資本政策の転換は、一番新しい海外子会社だったメキシコ子会社での不適切な会計処理が2024年夏に発覚したのがきっかけ。当社は創業家が手堅く、目立たない部品を納入していることなどからキャッシュリッチだが、新型コロナや中国台頭で自動車業界が激変する中、自社株価が安めだったため買収されやすい状態だった。海外子会社のガバナンス問題を洗い直す過程で、こうした点に強い危機感を感じて経営陣が腹をくくり、余剰資金の株主還元に踏み切った。その計算の結果、DOEは 8%の高水準となった。
会社の価値を上げる意味で、昭和・平成で良しとされてきたことが今は通用しないのは明白なため、資本政策の転換に当たっては深い議論を行った。もう1点、当社に関しては現在DOE8%ばかりが言い立てられているが、現在63%程度ある自己資本比率が適正な水準である55%まで圧縮されたら配当率については再度検討する、と公表していることも強調しておきたい。
【DTEA・古田代表】
キャッシュリッチで株価が割安な会社がMBO(経営陣による自社買収)をするケースが最近多い。これだけの配当を出してしまうと株価が上がってキャッシュも無くなりMBOがしにくくなると思う。今の道を選んだ理由をお話しいただきたい。
【西川ゴム・小川社長】
- MBOの可能性も深く議論した。だが、8カ国に13工場を展開して内外の自動車メーカーに納入している関係上、上場をやめると顧客から西川ゴムが見えなくなってしまうのが一番怖いという点で経営トップが合意した。MBOをすれば経営は楽かもしれないが、楽な経営をしたいのではなく良い会社にしたいのだという考えをトップはきちんと共有していた。
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(左)西川ゴムの小川社長 (右)古田DTEA代表
インドで畑違いの事業に投資できた理由
【Gunosy・間庭CIO】
当社はスマホ普及で急成長してきたが、国内広告市場への依存度が高いため先はある程度見えており、自身が入社した2018年時点では、国内市場は成熟期を迎えつつあり、中長期の柱を別に作る必要性を感じていた。10年、30年、もっと長いスパンで構造的に成長していく柱を作るため、当時からインドの成長性に注目していた。海外リスクを勘案しインド初のフィンテックバンクsliceへの投資は少額ずつ4回に分けて実施したが、そのたびに約束した業績やKPIの目標を上回ってきた。sliceは個人融資を起点とする2015年設立の企業だが、現在は銀行業の免許も取っている。AI時代になっても、本質的な与信や構造的な価値は薄れないし、銀行のビジネスモデルは先進諸国で証明されている。長期的に成長していく産業であると考えて、結果的に多額の投資を行った。
【西川ゴム・小川社長】
当時の投資先としてはシンガポールやタイなど、より日本に親和性が高い国もあり得たと思う。インドの、しかも金融業を選んだ理由は何か。
【Gunosy・間庭CIO】
手探りで進めていく中で、自社の知見や市場環境を照らし合わせて、確かな手応えを感じたのがsliceだった。長期安定的に伸びていく事業への種まきの一環としてインドに注目したが、当社本業であるメディア事業にはあまりにもハードルが高かった。インドでは約180種類ある各ローカル言語で発信しないと全く受け入れられないとの調査結果があり、当時はAIの自動翻訳もなかったので難しいと判断した。
一方、金融業界はモディ政権発足後に一気にデジタル化して電子決済などが進み、フィンテック企業が急速に台頭してきた。こうした点を評価できたことに加え、金融機関で投資事業に従事した経験があるため、信頼できるデロイトのインドチームとsliceへの数カ月のデューデリジェンスを実施した結果、十分な確信が得られたため大きく踏み出した。
- 2022年にIR資料の冒頭から相当のボリュームを割いて、slice関連の内容にしてみたところ、投資家の視線も明らかに変わった。企業価値を上げるドライバーはこれなのだと、明確かつシンプルに投資家へ伝えることが、非常に大事だと思っている。
検討は慎重に、決定は大胆に
【デロイト・永山議長】
Gunosyはインドで唐突にsliceを買収したのではなく、西川ゴムはMBOの議論も真剣にしたうえで今の道を選んだ。検討は慎重にするが、結論を出して決定するのは大胆であり、着実に遂行している印象を受けた。
【DTEA・古田代表】
パネル参加のお二方が経営の主導権である「オール」をしっかり握っている点は非常に重要。昨今はアクティビストから狙われるだけではなく、海外の同業あるいは周辺業界の会社から同意なき買収が水面下で提案される例も結構起きている。
アクティビストや同意なき買収などに直面して重要な判断を迫られた際、しっかり自分のオールを握りきれずアドバイザーにオールを渡してしまうケースもあるため、注意したい。

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(左)デロイトの永山議長 (右)Gunosyの間庭CIO
「パーティー」を台無しにしないために
基調講演②を行ったJeffery Weirens(ジェフリー・ウェイレンス)氏は、デロイトのグローバル・ファイナンシャル・アドバイザリー部門のリーダーも務め、30年以上にわたって世界で最も象徴的な買収や企業分割などに助言を行ってきた。今回セミナーに合わせて来日し、2023年10月に日本語版が発刊された「シナジー・ソリューション:企業はM&Aをどう成功させるか」(マーク・L・シロワーとの共著、中央経済社)の内容を引用しながら、M&A発表の心構えを説いた。
要旨は次の通り。
何年も準備してきたサプライズパーティーはゲストの機関投資家らには不評で、料理も音楽も好かれなかった。多くのCEOや取締役はこんな想像などしていなかったはずだ。そしてパーティー当日、つまりM&A発表日の反応は絶対的に重要だ。1995~2018年に公表された時価総額1億ドル超のM&Aサンプル1,267件のうち、発表前後5日間に株価が上がった買収企業の半数強に当たる290社は、1年後も株価が好調に推移していた。逆に言えば、巨費を投じたパーティーであるM&Aが不評になる可能性は、50%くらいあるわけだ。
自身がこの1,267件を詳細に分析した結果、重要なのは量でも分厚さでもなく、いかに魅力的なメッセージングができるかであった。そして好評だったM&Aの発表当日には、5つの要素がしっかりできていたように思う。1番目は明確な買収戦略やガバナンス、プリンシパルなどだ。次は財務の裏付けを伴う筋の通ったストーリー(Master Narrative)の存在である。3番目は新たな会社名や本社所在地、事業モデルなどに関して確固たる決定(Big Rock Decisions)があることだ。4番目は買収の目的と新たな企業文化が明確であること、そして最後は、発表から90日や1年後へのロードマップである。そして発表日までの4週間前から、これらの要素がきちんと準備できているかを、週ごとにチェックする必要があろう。
M&Aによるシナジーを投資家に示す場合は、単に説明するだけではなく、そのシナジーによるコスト削減を確実に実現できると確信できる計画を「見せてみろ」と投資家に迫られているのだ。そして、M&Aの手続きは厳密に行う必要がある。自分は物事を文書化することを非常に重視している。AIボットやエージェントによる支援や効用には大いに期待しているが、誤解のないように計画やコミュニケーションプランを適切に策定しなくてはならない。
- 当社の2026年の最新調査によると、日本は世界トップ3のM&Aマーケットとなっており、投資家の関心を強く集めている。35年以上M&Aに関わってきた立場から、日本市場の将来は明るいと思う。2026年も次々にM&Aが実行されて、2025年の最高記録を更新すると期待している。

米デロイトのJeffery Weirens(ジェフリー・ウェイレンス)氏
日本でのエンゲージメントが一番高い
閉会のあいさつは、デロイト トーマツのストラテジー・リスク・トランザクション リーダーの鹿山真吾パートナーが務めた。デロイトは米国やオーストラリア、ロンドンなどで同種のM&Aフォーラムを開催しているが、「実は1番日本のエンゲージメントが高い」と説明。日本でのM&Aが増えていることもあるが、登壇いただいた皆さんが提供するコンテンツの深さが理由ではないかと語った。そのうえで今回のセミナーの内容が、「皆様の企業価値向上に資すれば嬉しく思う」と述べた。

