米国の第2次トランプ政権による高関税措置や国際機関からの脱退、ベネズエラでの軍事作戦によって、国際情勢は緊迫の度合いを増した。第2次世界大戦後、米国が主導してきた国際秩序が揺らぐ中、国際経済・金融の関係者の間では、世界情勢を見極めるための場として、「ミュンヘン安全保障会議(MSC)」に対する関心が高まっている。「Under Destruction(破壊の最中)」に開催された2026年のMSCを振り返り、「モジュール型の枠組み」、「トータル・ディフェンス」、「AI(人工知能)台頭」という3つの論点を整理したい。3つの論点は、MSC閉幕直後に始まった米国によるイラン軍事攻撃や、今後の国際情勢を分析するための補助線となるだけではなく、日本の政策・企業の戦略を固めるうえでもヒントとなる。

ミュンヘン安全保障会議とは?
  

ミュンヘン安全保障会議(MSC)は、1963年に創設され、冷戦期には安全保障政策に関する西側諸国の対話の場として機能してきた。2020年前後の新型コロナウイルスの世界的感染拡大や米国での自国第一主義の興隆によって、その役割はグローバルな安全保障の課題を取り扱うプラットフォームへと拡大した。毎年2月に開催されるこの非営利団体主導の会議は、外交・安全保障分野における「ダボス会議」とも称され、外交政策や安全保障問題が議論されるだけでなく、政策転換のシグナルや新たなイニシアティブを世界へ発信する場としても活用されている。

 

2026年2月13日から15日にかけて開催された第62回会議には、115カ国以上の国・地域から過去最多となる1000人超が集まり、その注目度はかつてない高まりを見せた[1]。会場には、約60名の国家元首・首脳に加え、50名を超える国際機関のリーダーが集結し、日本からは小泉防衛大臣と茂木外務大臣が出席、中国からは、王毅外相が出席した。混迷を極める昨今の国際情勢において、本会議は、各国にとっての自国の戦略的メッセージを国際社会に発信するための戦略的な舞台という色彩が濃くなった。

 

特筆すべきは、参加プレーヤーの質的な変化である。従来の外交・安保関係者にとどまらず、国際通貨基金(IMF)や世界銀行の春季会合に集うような国際金融・経済界のプレーヤーたちが、近年MSCへも集まるようになっている。これは防衛・安保のリスクがサプライチェーンの管理や投資判断に直結し、安全保障とビジネスが不可分な時代に突入していることの証左と言えるだろう。

 

これからの国際安全保障体制を考える際の3つの論点
 

今回の会議において、最も衝撃を与えたのは、「Under destruction(破壊の最中)」というメインテーマだ。主催団体であるミュンヘン安全保障会議ファンデーションが毎年発行する「ミュンヘン安全保障レポート」は、その時々の国際情勢を鋭敏に反映してきた。例えば、ロシアによるウクライナ侵攻直後には「同盟の結束」が強調されていたが(※図1参照)、今回のテーマはそれとは対照的に、第二次世界大戦後から米国が主導してきた「ルールに基づく国際秩序」が解体の局面にあるという危機意識を全面に押し出した[2]。

 

図1 ミュンヘン安全保障会議・過去5年のテーマ


(出所)デロイト トーマツ戦略研究所

 

この秩序崩壊への対応策として、会議では国際安全保障体制の発展のための検討すべき課題と新たな方向性が提示された。本稿では以下の3点を取り上げる[3]。

 

① 個別分野における連携を組み合わせる「モジュール型の安全保障アーキテクチャ」
② 社会全体を安全保障化する「トータル・ディフェンス」
③ AI(人工知能)の台頭によるパワーバランスの変容
 

第一に、ミュンヘン安全保障レポートは、現在の国際環境を「レッキングボール政治(破壊的政治)」の時代として位置付けた。これは、主要なプレーヤーが多国間の枠組みを修復・維持しようとするのではなく、自国の利益のために既存システムを意図的に打ち壊そうとする状況を指す。特に、米国による自国第一主義への傾斜は、戦後のルール・多国間連携を志向した秩序を崩壊の危機に晒している。この結果、欧州はロシアの脅威に、インド太平洋地域は中国の影響力拡大に、それぞれ自律的かつ抜本的な安全保障の強化を迫られた。また、西側諸国の内部(国内)においても、既存システムの破壊を志向する政治勢力が台頭している点が指摘された。

 

こうした「破壊」の波は、通商分野にも波及する。デジタル主権の主張、インターネットの分断、重要鉱物やエネルギーのサプライチェーンの武器化といった現象は、一時的な混乱ではなく、新たな国際秩序の構造的な特徴となっている。エネルギー政策やデジタルインフラをめぐる議論は、地政学競争の中核をなす「安全保障課題」として再定義されている。戦後の秩序が政策の前提として機能しなくなった今、現状維持を志向する国家が模索する対策が、単一の覇権国に対する依存を前提としない「モジュール型の安全保障アーキテクチャ」の構築である。これは、地域経済や貿易手続き、重要鉱物供給網、デジタルネットワーク、技術・知的財産権、半導体などの特定の分野ごとに、能力と価値観を共有できる国・経済圏が柔軟かつ強固に結束を図るシステムと言える[4]。連携の手法はデータに関する国際標準の設定や相互運用、投資やデータ流通などの促進につながる協定締結が想定される。

 

ただし、この「モジュール性」の定義や射程については異なる解釈が存在する。第一に、米国の国際秩序を支える意志を持たないことを前提に、欧州などの現状維持志向の有志国が主体的かつ代替的な役割を果たすという解釈である。第二に、依然として米国のハードパワーをコアに添え、モジュール化を多極化ではなく「能力や制度を効率的に編成するための管理」として限定的に捉えるものである。つまり論点は、モジュールが依然として米国のリーダーシップの下に組み込まれるか、あるいは米国の関与が限定的な状況下で独立して機能し得る自律性を持つべきかという点にある。

 

また、モジュールが対象とする範囲については、社会全体のレジリエンスを網羅するトータル・ディフェンス(後述)から、無人機対策やミサイル防衛、サイバー領域といった特定の領域で能力に特化したものまで議論は多岐にわたる。いずれも共通しているのは、論点の具体化である。すなわち、2020年代前半のMSCは、西側の不在や大国間競争といった秩序をめぐる抽象的な懸念が主題だったが、2026年のMSCは、「特定のリスクを管理するための国家、セクター、インフラにおいて実行可能なクラスターの構築」という実務的な議論が実施された。


この現実を象徴したのが、ドイツのメルツ首相による「ルールに基づく秩序の終焉」というスピーチである[5]。それはこれまでのような秩序の再建を促すものではなく、ルールに基づく国際秩序が終わったという前提に立ち、この新たな時代をどのように対応していくかに焦点を当てたものであった。メルツ首相は、既存秩序の終焉を、ロシアの侵略、中国の台頭、そして大国間競争の激化と結びつけ、勢力圏をめぐる争いが民主主義国家の行動能力を限界まで圧迫していると指摘。そして、欧州は自由を守るために「犠牲」を受け入れる必要があると解いた。同氏の警告は、有事の際に米国が必ずしも救援してくれるとは限らないという認識を欧州のリーダーが公に認めたものであり、NATOへの依存から、より自律的な防衛体制への転換を示唆した。これは単なるレトリックではなく、欧州連合(EU)においても具現化に向けた議論が進んでいる。EU外務・安全保障政策上級代表のカヤ・カッラス氏によると、EUは「経済安全保障や備えに至るまで、欧州の安全保障のあらゆる側面に対処する」という新たな安全保障戦略の策定に着手している[6]。

 

<EUの取り組みについては次を参照:トランプ2.0に揺れる欧州の安全保障―防衛産業の歴史的転換になるか | Strategy Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ

 

第二に、こうした背景から「トータル・ディフェンス」というドクトリンが中核的な概念として浮上した。スウェーデンのヨンソン国防大臣によると、これは「有事に備えるために必要なすべて」であり、軍事防衛と民間防衛を統合する概念である。MSC 2026での議論を踏まえれば、トータル・ディフェンスは以下の三層構造として捉えることができる。

1)軍事防衛:伝統的な軍事力

2)民間防衛:社会機能の維持を目的とし、重要インフラ防護、医療、エネルギー供給などを含む

3)拡張領域(経済・技術・情報):サプライチェーンの強靭性、情報空間・AIおよびデータ基盤の管理

 

最も注視すべき点が、この第三層の拡張領域である。サイバー攻撃や偽情報といったハイブリッドな脅威がミサイルと並ぶ主要な脅威となった今、もはや軍事のみの防衛では不十分である。物理的なハードパワーだけでなく、社会的結束や産業レジリエンスといった「精神的な要素」を含めた社会全体の動員が求められる。

 

特に欧州諸国のように、兵力を急激に増強することが困難な国にとって、この社会全体の強靱性を高めることは、敵対勢力に対して攻撃のコストを認識させる拒否的抑止の有効な手段となり得る。軍事と民間の垣根を取り払い、貿易、エネルギー、デジタルインフラに至るあらゆる政策を安全保障の文脈で捉え直すこの動きは、国家安全保障の性質そのものが変質していることを強く印象付けた。

 

第三に、AIが世界のパワーバランスを根本から書き換える可能性が主要な論点となった。報道等によれば、AIに特化したパネルやMSCイノベーション・ナイトでの議論は、ガバナンスや規制のあり方よりもむしろ、運用面や戦略的優位性の確保に比重が置かれたという。実際、MSCにおけるAIをめぐる議論は、ここ数年間で、「安全性(Safety)」から「安全保障(Security)」、そして「主権(Sovereignty)」へと段階的に深化している。

 

まず、2024年での議論の中心は、AIの安全性であった。2023年に英国が主催したAI安全性サミットやブレッチリー宣言の流れを受け、当時はフロンティアAIがもたらす技術的・システム的リスクの管理が議論の主眼であった[7]。 G7広島AIプロセスやEU AI法、さらには米国の「安全で信頼できるAI」に関する大統領令などは、いずれもAIを既存の法制度の中で「安全かつ透明で信頼できるもの」にするための枠組み作りを優先していたといえる[8]。

 

2025年には、関心の対象がAIの安全性から安全保障へと拡大していく。AIの利活用そのものが国家安全保障上の実効的な脅威として認識され、生成AIやエージェント型システムの高度化に加え、AIがバイオテクノロジー、量子コンピューティング、自律型システムといった他の先端技術と融合し、戦略環境を構造的に変化させていることに焦点が当たるようになった。同時期に開かれたMSC関連会合のミュンヘン・サイバーセキュリティ会議(MCSC)においても、AIはサイバー領域における攻防両面の不可欠な手段だと位置付けられ、国家のレジリエンス確保には全層的な活用が不可欠であるとの認識が共有された[9]。

 

そして2026年、MSCでの議論は、「AI主権」に焦点を当てた。同年2月のインドAIサミットでもキーワードとなったこの概念は、各国によって定義は異なるものの、完全な自前主義というよりはむしろ、国家がAIに対して、自ら運用・形成・代替を可能にするための戦略的な統制力と強靭性を確保することで共通している[10]。特定の外国サプライヤーへの過度な依存を回避し、計算基盤、モデル、データ、さらにはエネルギー供給までを包含した独自の「AIスタック」を構築することが、国際秩序におけるパワーの源泉となるという認識が定着しつつある[11]。

 

欧州においても、AI安全保障は依然として米国との協力領域である一方で、米中対立を背景としたテクノ・インダストリアル競争(Techno-industrial competition)が、グローバルなルール形成の大きな障害となっている。そのため、欧州は自らの能力構築のために「デジタル主権」と「戦略的自律」を結び付けて議論するようになった。単なる技術開発競争にとどまらず、価値観が異なる勢力間での構造的な対立軸となっており、国家の意思決定や主権の在り方が問われている。

 

大西洋同盟の再定義
 

2026年のミュンヘン安保会議で最大の焦点とされたのは、変質する大西洋関係の行方であり、特に米国のルビオ国務長官の演説が注目された[12]。

関心を集めたのは次のような点である。

 

・前年のMSCでJ・D・ヴァンス副大統領が示した、価値観や移民問題の対応を含めた全面的かつ威圧的な欧州批判が続くのか?

・あるいは、2026年2月のNATO国防相会議でコルビー国防次官が提唱した「NATO 3.0」、すなわち、一方的な依存ではなく対等なパートナーシップに基づく同盟関係を求め、欧州に対して比較的融和的なアプローチを示すのか[13]?

 

いずれも、大西洋同盟の本質的な変容を前提としており、ルビオ氏の演説は、どの程度の機能と領域において米国と足並みを揃え、どの程度において欧州は自律性を確保すべきかというまさに「モジュール型安全保障アーキテクチャ」の射程を問うものであった。

 

結果として、ルビオ氏の演説は、ヴァンス氏とコルビー氏の両方の路線を包含するものだった[14]。第2次トランプ政権の「アメリカ・ファースト」外交を基調としながらも、2025年以降のトランプ政権による強硬的な言説と比べれば、そのトーンは抑制されていた(※図表2参照)。昨年ヴァンス氏が、欧州による過度な規制や検閲を「民主主義の劣化」と断じ、外部脅威よりも欧州域内の機能不全を攻撃したのに対し、ルビオ氏は、防衛力の増強や再工業化、反移民政策を要求しつつも、大西洋同盟の継続と再活性化に向けた協力の必要性を強調した。

 

図2 MSCにおけるヴァンス氏とルビオ氏の演説の比較

(出所)デロイト トーマツ戦略研究所

 

ただし、ルビオ氏が言う「米欧の再生」が意味するのは、米国が掲げるイデオロギーの継承と、米国の政治的・経済的利益の受容を欧州に迫るものである。同氏が促した「誇るべき歴史と遺産の重視」という表現は、実質的には米国の保守的社会観への同調を求めるものだといえる。

 

米欧間においてグリーンランド領有権問題が緊迫する中、欧州側は、ルビオ氏の演説を一種の和解の意思として捉え、公的なコメントでは前向きな反応が目立った。NATOのマルク・ルッテ事務総長、ウルズラ・フォン・デア・ライエン、欧州委員会委員長、英国のキア・スターマー首相らを中心にルビオ氏のスピーチを関係改善の一歩として評価した[15]。

 

しかし、彼らもこれを持って旧来の秩序への回帰とは見なしていない。むしろ米国への不信感は強まっている。欧州の指導者たちは、米国の安全保障コミットメントが「条件付き」へと変化していることを理解し始めており、基調講演や公式討論の外でも、米欧関係の悪化の深刻さがより率直に受け止められていた[16]。その背景には、米国トランプ政権による世界保健機関(WHO)からの正式脱退や、トランプ氏が主導する新たな国際機関「平和評議会」の設置など、米国による従来の国際秩序を無視したような動きに対する欧州側の反発があると言われている。また、ルビオ氏の演説よりも、その後のスロバキアやハンガリーへの訪問の方が重要なメッセージだとの受け止めもある。それは、ハンガリーとスロバキアは、ロシアへの制裁、移民、民主主義規範をめぐってEUと対立する指導者によって統治されており、EU域内における「MAGA(米国を再び偉大に)」を志向する重要な拠点として見なられているからである。

 

ルビオ氏は、これまでのルールに基づく秩序を国益に優先させることはできないとし、過去のグローバル化を「生産能力の放棄」だと批判して、西側経済の再工業化を訴えた。欧州においても、重要物資やエネルギー鉱物資源を含むサプライチェーンの主権確保という点では、米国と足並みを揃えられる余地があるものの、デジタル、人権・環境といった個別領域では依然として価値観の相違がある。したがって、欧州による防衛費増額の動きも、トランプ政権への迎合であると同時に自衛的措置という二面性を有しているといえる。

 

米国の対外政策が「強制的な条件付き(coercive conditionality)」モデルへと転換した今、大西洋同盟は、自動的に継続されるような運命共同体ではなく、共通の利益に基づいて都度再設計が求められる「高コストで条件付きの文明共同体」へと変化している。欧州はNATOを維持しつつも、特定の課題や領域ごとに自律性を追求する「モジュール型」の安全保障アーキテクチャへの移行を加速させていくことになるだろう。

 

 

秩序の再設計に向けて
 

2026年のMSCから得られる教訓は、米国が戦後主導してきた国際秩序は、抜本的かつ不可逆的な転換が進んでいるということである。新興技術やサプライチェーン、デジタルインフラといった非軍事領域における「支配」と「制度設計」をめぐる競争が展開され、ハードパワーの領域に留まらず、国家から企業戦略、そして市民生活の基盤にまで影響を及ぼしている。こうした中で、第2次トランプ政権が伝統的な外交路線を事実上放棄したことは、安全保障を米国に依存してきた日本を含むミドルパワー諸国にとって重大な意味を持つ。

 

現在、欧州ではフランスを中心に「戦略的自律」を求める声が高まっている。しかし、米国の圧倒的な軍事力や核抑止力、さらに防衛産業基盤を短期間で代替することは不可能に近い。2026年3月にマクロン大統領が発表した、核弾頭を増加させ、自国の「核の傘」を欧州の同盟国にも提供する「前方抑止(forward deterrence)」構想に対し[17]、ポーランドなどの欧州諸国の一部が、フランスの核戦力の規模や対米関係の観点から慎重な姿勢であることは、欧州域内の足並みの乱れを象徴している[18]。また、同年1月の米国によるベネズエラ侵攻やイラン攻撃をめぐる各国の異なる反応は、カナダのカーニー首相が提唱する「ミドルパワーの結束」がいかに困難であるかを浮き彫りにした。

 

こうした情勢下において、多くのミドルパワー諸国にとって米国との決別は現実的な選択肢になり難い。特に日本にとっては、東アジア情勢やエネルギー領域をめぐる環境が緊迫する中、日米同盟を通じて米国の関与を繋ぎ止めることが重要である。2026年のMSCでの議論を踏まえ、日本が留意すべきポイントとして以下の3点を挙げたい。

 

1)同盟の再定義と不可欠性の証明
米国の安全保障コミットメントが「条件付き」となっていく可能性を前提として、日米同盟を実質的に維持・強靭化していくことが重要である。トランプ政権は、米国が無条件で同盟国の安全保障に責任を持つことはないという姿勢に傾いており、同盟国に米国経済・技術革新への貢献や自律的な安全保障体制の構築を強く要請している。

この米国の対外姿勢は日本にも適用される。日本政府・企業は、これまでの日本の巨額の対米投資実績[19]に加え、2025年の日米関税交渉合意に基づく対米戦略的投資や防衛技術協力、高度人材交流などの実効性を高めることが急務となった。日米の強固な関係が米国の安全と利益にとって「不可欠」であることを、明確に示し続けることが求められている。

 

2)ルールに基づく秩序の追求
米国の内向化によって国際的な力学における真空が発生しつつある。日本は、それを踏まえて、独自の戦略的立ち位置を検討し構築すべきではないか。

米国自身が志向する「力の論理」が世界各地において影響力を増し、理念と現実の差異が拡大した。エネルギーを対外的に依存し、自由で開かれた国際秩序の恩恵を享受することで成長を遂げてきた日本にとって、法の支配に基づく安定した国際環境は単なる理念ではなく、国家の生存そのものに関わる。軍事大国や資源保有国とはそもそもの立ち位置が異なるため、こうした流れには乗らず、守るべきラインを明確に再定義し、価値観を共有できる国との連携枠組みを強化しなければならない。「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」や「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)」などの枠組みを軸に、ルールの実用性・実効性を高めることが重要になる。ミドルパワー諸国との連携によって信頼関係を構築し、ルール重視という価値観を共有できる、日本にとっての同志国を集め、国際社会における潜在的な影響力を高めることが課題になる。そのフィールドは、デジタル貿易や越境データ、サイバー基準、重要鉱物のトレーサビリティなどが想定される。

 

3)モジュール型の多層的ネットワーク構築
2026年のMSCで示された「モジュール型の安全保障アーキテクチャ」は日本の経済・外交・安保戦略を構想するうえで参考とすべきだろう。日米同盟の維持・強靭化は引き続き前提となる。一方で、米国の条件付き関与、軍事・経済大国のパワーゲームの激化などを鑑みれば、国内の経済・成長政策推進において「過度な一国依存」を続けることは困難になっていく。そのため、目的・領域に応じて、価値観を共有できる最適なパートナー国・経済圏を特定し、柔軟に連携する枠組みを多重化していくことが求められる。換言すれば、複数のレイヤー(例えば貿易円滑化、デジタルルール、気候変動対策)において、モジュールのように連携関係を構築することになる。

 

参考となり得るのは、FOIPのような複数のレイヤーによる連携構想である。FOIPは「インド太平洋」という概念を定め、インド太平洋に関係する国々が経済・外交・安保など多層の領域で連携していく枠組みと言える。日本は「自国にとって重要かつ存在感を発揮できるレイヤー」を整理し、そこで価値観を共有できる国・機関との連携をモジュールのように組み立てていくことが選択になる。

 

トランプ2.0による国際秩序の変容の最中、EUは2026年1月に南米南部共同市場(メルコスール)との自由貿易協定(FTA)に署名し、同年2月、インドとのFTA交渉に妥結、同年3月には豪州とのFTA交渉をまとめた。また、英国政府は同年2月、米カリフォルニア州と脱炭素技術協力・投資関係で覚書を交わした。いずれも、EU、英国にとっての選択肢を多様化・多層化する「モジュール型のネットワーク構築」として整理できる動きであり、日本にとっても対外連携を構築・拡大していくうえで参考とすべき視点だろう。

 

日本政府の外交・戦略執行を見渡すと、上記の3つのポイントに沿った動きがうかがえる。

 

まずは、米国との同盟関係において、日本政府は再定義と不可欠性の証明に動き出したように見える。日本政府は2026年3月19日の日米首脳会談において、日米戦略的投資の着実な実施や重要鉱物サプライチェーン強靭性に関する行動計画を米国側と確認した。日本政府は2026年度、中東ホルムズ湾の閉鎖の行方を考慮に入れながら、エネルギー領域を含めた総額5500億ドルの対米戦略的投資の具体的な執行を急いでいる。米国企業だけではなく、日本企業に対する投資を通じ、米国経済・安全保障にとって「不可欠な技術・産業」という立ち位置を構築することが重要だろう。

 

さらに今後は、この対米戦略的投資が、②ルールに基づく秩序の追求、③モジュール型の多層的ネットワーク構築——というポイントにつながるかが注視される。高市政権は策定中の日本成長戦略において、AI・半導体、海洋、造船、防衛などの17領域を示した。2026年度は17領域について、市場創出や国際的な優位性発揮の可能性を評価し、優先順位を付けながら、投資を促進することが期待されている。

 

これらの成長戦略領域は、対米投資の中核を担うだけではなく、価値観を共有する国との連携強化につながる重要なパーツとなる。例えば、海洋や造船、重要鉱物などの領域において、米国産業にプラスとなる人材・技術開発を進めるだけではなく、オーストラリアや東南アジア諸国連合(ASEAN)メンバー、韓国などのミドルパワー諸国と、人材・技術・素材供給などでモジュール型の連携網を構築できるかが課題となる。そのモジュール型連携において、ルールに基づく関係構築を実装していくことが日本にとっては潜在的な資産となり得る。

 

要は成長戦略投資に当たっては、米国への貢献、日本の地域経済・産業の強靭化、同盟国・有志国の連携促進といった条件をできる限り多く満たすことが焦点になる。その実現に向けては、2026年6月をめどとした日本成長戦略の策定の後、17領域の優先順位の明確化(優先モジュールの特定)、拡張・追加・整理が重要になる。日本が主導的な立場にあるCPTPPを活用し、CPTPPメンバーの過半を占める英連邦加盟国(英国、カナダ、豪州、シンガポールなど7ヵ国)との技術・人材協力、第三国投資を促進することなどが検討すべき課題となる。優先モジュールの候補としては、北太平洋やその接続水域を意識した海洋領域、半導体、ロボティクス(Physical AI)などが想定されるだろう。

 

ミュンヘン安全保障会議の存在感の高まりは、経済・産業の活性化やサプライチェーンの構築において、安全保障と分けた議論が難しくなったことを裏付ける。米欧アジア各地において、政府が産業に関与し、影響力を高めようとする度合いは強まっており、日本企業は上記の3つのポイント(①同盟の再定義と不可欠性の証明、②ルールに基づく秩序の追求、③モジュール型の多層的ネットワーク構築)を意識した戦略策定が求められる。

 

参考資料

[1] Munich Security Conference 2026, “10 Days to Go: The Munich Security Conference 2026”, Press Release, February 2, 2026.グーグルトレンドでは、「ミュンヘン安全保障会議」の検索数が2026年に過去最多となっている。Google Trends, “munich security conference”.

[2]  “Under Destruction”, Munich Security Report 2026, February 2026.

[3] 本稿で取り上げたMSCの3つの論点(「モジュール型の安全保障アーキテクチャ」、「トータル・ディフェンス」、「AIの台頭によるパラーバランスの変容」)は、2026年2月末に始まった米国とイスラエルによるイラン軍事攻撃においても、注視すべきかもしれない。詳述は別の機会に譲るが、米国のイラン攻撃を受け、EUや中東諸国はモジュール型安全保障を再考することを迫られた。また、米国のイラン攻撃だけではなく、イラン側の米国の戦意失墜を目的とした徹底抗戦などはトータル・ディフェンスの観点から整理できる。そして、米国のイラン攻撃の最初期においては、米軍の航空戦力だけではなく、AIを用いた戦術支援が強力な効果をもたらした。結果的にAI開発・運用が国力を左右するという実態が改めて明らかになった。

[4] 欧州のリベラル系政治勢力の中には、米国や中国からの経済的な威圧に対する抑止力を高めるため、日本やカナダ、韓国との「地経学抑止協定(Geoeconomic Deterrence Pact)」の締結をEU首脳へ提言していると報じられている。

[5] The Federal Government of Germany, “Speech by Federal Chancellor Merz at the Munich Security Conference”, February 13, 2026. 

[6] European Union, “Keynote speech by HR/VP Kaja Kallas at the MSC: Europeans Assemble! Reclaiming Agency in a Rougher World”, February 15, 2026.

[7] GOV.UK, “About the AI Safety Summit 2023”、GOV.UK, “The Bletchley Declaration by Countries Attending the AI Safety Summit, 1-2 November 2023” updated on February 2025.

[8] The White House, “Executive Order on the Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of Artificial Intelligence”, October 30, 2023.

[9] Security Network Munich, “Munich Cyber Security Conference 2025”.

[10] Ministry of External Affairs, Government of India, “AI Impact Summit Declaration, New Delhi (February 18 - 19, 2026)”, February 21, 2026.

[11] この「主権」をめぐる動きは、国家の内部における官民の緊張関係をも顕在化させている。米国では、国防総省(戦争省)が主導するAIの軍事利用に対し、一部のAI開発企業やコミュニティが、倫理的な観点から反発を強めており、テクノロジーの使い方をめぐる論争が激化している。

[12] Micheal Froman, “Dispatch from Munich: The future of Transatlantic Relations”, Council on Foreign Relations, February 16, 2026.

[13] U.S. Department of War, “Remarks by Under Secretary of War for Policy Elbridge Colby at the NATO Defense Ministerial (As Prepared)” Speech, February 12, 2026.

[14] U.S. Department of State, “Secretary of State Marco Rubio at the Munich Security Conference”, February 14, 2026.

[15] NATO, “Doorstep statement by NATO Secretary General Mark Rutte at the Munich Security Conference”, February 13, 2026、” Europe’s Reaction to Rubio: Relief, Up to a Point”, The New York Tims, February 14, 2026.

[16] Matthew Ward Agius, “Europe welcomes Rubio’s tone, but Trumpian narrative remains”, DW, February 14, 2026.

[17] France in the United Kingdom, “President delivers speech on France's nuclear deterrence”, updated on March 5, 2026.

[18] ポーランドのドナルド・トゥスク首相のXへの投稿(2026年3月3日)。“Poland is in talks with France and a group of closest European allies on the programme of advanced nuclear deterrence. We are arming up together with our friends so that our enemies will never dare to attack us.”.

[19] 日本は2024年に米国に対して8192億ドルを直接投資し、6年連続で対米投資首位国となった。U.S. Bureau of Economic Analysis, “Direct Investment by Country and Industry, 2024”, July 22, 2025.

ウェブサイトの最終閲覧は、2026年4月1日である。

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(現合同会社デロイト トーマツ)に入社後、戦略研究所設立計画に従事。政策分析・調整に携わる。以前は時事通信社にてワシントン特派員、編集委員を務めた。
専門分野は国際関係論、産業政策論、政策過程分析。修士(公共政策)。


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平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(現合同会社デロイト トーマツ)に入社。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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