膠着化するウクライナ戦争と米国のトランプ2.0がもたらす同盟政策の不確実性―。この2つのショックに直面する欧州は今、戦後最大の安全保障政策の転換期にある。欧州連合(EU)は、「軍事的」アクターとして歩み始め、自らの役割を拡大している。防衛を産業政策の中核に据え、欧州の統合を進めるべく、総額8,000億ユーロ規模の防衛投資計画を始動させた。
しかしその実現には、加盟国間の利害対立や市場の分断、そして米国との摩擦という構造的課題が立ちはだかる。米国の安全保障上の関与が段階的に後退していくシナリオが現実味を帯びる中、欧州は自律的な防衛基盤を構築し、対等なパートナーとして大西洋同盟を再定義できるかどうかが問われている。

はじめに

ロシアによるウクライナ侵略の長期化と、ドナルド・トランプ米大統領の再登板は、欧州の安全保障に大きな衝撃を与えた。たとえウクライナ戦争が終結しても、ロシアとの対立が解消されるわけではない。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が2024年の年次教書演説で示した通り、ロシアは西側主導の国際秩序を弱体化させるべく、長期的な「ハイブリッド戦」を展開している[1]。

その一方で、これまで安全保障の柱であった米国による「安全の保障(security guarantees)」は、もはや額面通りに受け取ることが難しい[2]。米国第一主義を前に、欧州市民の対米信頼感は急落している。2025年春の調査では、米国を「信頼できる同盟国」とみなす回答はわずか28%(前年比25%減)にまで落ち込んだ[3]。目の前のロシアという脅威に加えて、米国との「不確実な同盟」に直面し、欧州諸国は、かつてない規模での軍事力強化と戦略の見直しを迫られている。

こうした中で、EU加盟国は、軍事費の支出を拡大させており、この傾向は今後数年にわたり加速する見通しだ(※図1参照)。


図1 EU加盟国の国防費(2005-2025)


(データソース)European Defence Agency

しかし、本質的な問いはその「中身」にある。マリオ・ドラギ元欧州中央銀行総裁が指摘するように、これまでの防衛支出の大部分は域外からの調達に充てられ、欧州域内の産業基盤には十分な投資が還元されないという構造的問題を抱えてきた[4]。そのため、現在の防衛力強化には、欧州防衛産業の自律性確保と域内の製造能力の拡大が求められている。

こうした歴史的転換期において、EUは防衛を「産業政策」の中核に据え始めた。欧州委員会は、2024年3月に、EU史上初となる「欧州防衛産業戦略(EDIS)」を策定[5]。続く2025年には防衛白書「準備2030(Readiness 2030)」を発表し、防衛投資を迅速に拡大させるための具体的な財政支援スキームを打ち出した[6]。

このようなEUの取り組みは、欧州防衛産業に変革をもたらすのか。それとも、加盟国間の利害対立や、社会保障とのトレードオフといった国内政治の制約に阻まれ、「構想」に終わるのか。

本稿では、まず、欧州の防衛産業が置かれた現状と政策動向を整理する。そして、変容する米欧関係を踏まえながら、欧州がこの変革を成し遂げるための以下の3つの論点を軸に今後のシナリオを検討する。

3つの論点―
1) EUの構造的制約を打破できるのか
2) 加盟国間の異なる立場を乗り越えられるのか
3) 米国との摩擦を回避できるのか

 

何が起きているのかー欧州防衛産業の現状と政策動向

まず、欧州の防衛産業の市場規模産業構造を概観する。

上述の通り、ロシアによるウクライナ侵攻の長期化と、米国の安全保障コミットメントに対する不確実性を背景に、欧州における防衛支出は、ここ数年で急激に増加している。

  • 支出規模の拡大:2024年のEU加盟国(27ヵ国)の国防費は3430億ユーロに達し、GDP比は1.9%となった。2025年には、推計でGDP比2.1%に達することが見込まれている[7]。これは、2014年のウェールズ首脳会談で設定されたGDP比2%の基準を、EUのNATO加盟国が初めて全体で上回ることを意味する[8]。2026年のNATO首脳会議ではGDP比2%から5%に引き上げる首脳宣言が採択され、今後も国防費の増額が続くと予想される

     
  • 世界第2位の防衛市場:2024年時点で、EU加盟国の国防費は、世界全体の約14%を占める。これは米国の約38%に次ぐ規模であり、中国をも上回る市場である[9]。ただし、これらの数値は名目ベースであり、実質的な軍事能力を評価する際は、物価や人件費の差を考慮する必要がある。実際、ロシアや中国は人件費および装備品の調達コストが西側諸国より低く、名目上の支出規模以上の軍事能力を構築している点に留意すべきである

市場の拡大に伴い、防衛産業の経済的プレゼンスも高まっている。2024年のEU防衛産業基盤は、売上高1,834億ユーロ(前年比13.8%増)、輸出額600億ユーロ(前年比2.1%増)を計上し、雇用者数約63万3,000人(前年比8.6%増)を記録した[10]。防衛投資の増加がもたらす利益は、防衛産業にとどまらず、欧州の雇用創出、イノベーションの促進、競争力強化に寄与する。

高い成長を遂げている一方で、その内部には、競争力強化を阻害しかねない深刻な構造的問題がある。

第一に、EU市場の分断と非効率性がある。欧州の防衛産業は、少数の大企業と多数の中小企業から成るピラミッド型だが、市場が国ごとに分断されているため、多くの企業が各国軍向けに、類似した装備品を並行して開発・製造している。この生産体制の重複が最適化を妨げている。

第二に、EUの軍需企業は、米国などの巨大メーカーと比較して個々の規模が小さい。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2024年の売上高トップ100の軍需企業のうち17社はEU域内に本社を置く企業だが、トップ10には1社もランクインしていない[11]。また、トップ100社全体の売上高に占めるEU企業のシェアは約14%にとどまる。

第三に、受注残高の増加に伴い設備投資は拡大しているが、将来の競争力を左右する研究開発(R&D)投資は、2024年時点で130億ユーロと低水準に留まっている。これは、ウクライナ戦争によって生じた需要の大半が、弾薬や装薬、装甲車・装甲戦闘車といった、必ずしも高度なR&Dを必要としない技術集約度の低い製品に集中していたためである。欧州諸国の軍隊はこの数十年、NATOの統合と米国による安全の保証を前提としてきたため、基本的な戦闘能力の整備が十分ではなかった。要するに、昨今の生産拡大はあくまで既存システムの補填を目的とした供給能力の回復に主眼が置かれていた。

宇宙、サイバー、AI、電磁波といった新領域で優位性を確立し、欧州の防衛産業の競争力を高めるには、単なる予算投入だけでは不十分である。既存システムの補填から先進技術への需要構造の転換を図るとともに、EUでの共同発注を通じて規模の経済と効率化を追求することが求められる。

次に、EUにおける防衛政策動向を概観する。EUの防衛政策は現在、「戦略コンパス(Strategic Compass)」を羅針盤にしながら、これを実行に移すために防衛を産業政策として捉え直す「欧州防衛産業戦略(EDIS)」、さらには2030年までに即応態勢を確立するために、財政・制度的担保としての「準備2030(Readiness 2030)」がある。(※図2参照)。

図2 EUの防衛に関する主要政策文書イメージ
 

(出所)デロイト トーマツ戦略研究所作成

  • 戦略コンパス―EU安全保障の包括的な指針

2022年2月、ロシアによるウクライナ全面侵攻を受け、EUは冷戦終結後初めて「欧州における領土侵略」という峻厳な現実に直面した。これに対し、その直後の321日に策定された「戦略コンパス」は、EU自らが安全保障の責任を負うという前例のない政治的コミットメントを表明した、安全保障・防衛に関する包括的な戦略である。

本戦略は、2030年に向けて以下の4つの柱を掲げている[12]。
1) Act(行動): 最大5000人規模のEU部隊を創設するなど、危機発生時の即応力を強化する
2) Secure(安全確保):サイバー攻撃やハイブリッド戦、宇宙・海洋領域などの新領域における脅威への対応能力を高める
3) Invest(投資):防衛投資の拡大を通じ、欧州防衛産業の競争力と戦略的自律性を強化する
4) Partner(パートナー)NATOや日本を含む主要パートナー国との連携を強化し、多層的な同盟ネットワークを確保する

  • 欧州防衛産業戦略

2024年3月、欧州委員会は、EU初となる「欧州防衛産業戦略」を発表した。そしてこれに連動させる形で、15億ユーロ規模の「欧州防衛産業プログラム(EDIP)」を創設。ウクライナへの緊急支援といった短期的な対応から、新興技術の研究開発、イノベーション創出など長期的な取り組みが示された。

背景には、上述の通り、軍事費が拡大する一方で、域内産業が分断され、急増する需要に即応できていないという課題がある。本戦略は域外への過度な依存から脱却し、域内市場の統合を進めるために以下の目標を掲げている。

・共同調達の推進:加盟国間の個別調達による重複を解消し、スケールメリットを追求する

・域内優先・標準化:装備体系の種類を絞り込み、標準化を進めることで運用・調達コストを削減する

・産業の集約化:企業の統合を後押しし、世界で戦える競争力を持つ「欧州チャンピオン」を育成する

そして、EU加盟国が達成すべき具体的な数値目標として、以下が設定された。

・2030年までに、防衛装備品の40%以上を共同で調達する

・2030年までに、EU域内の防衛貿易額がEU防衛市場全体の35%以上を占めるようにする

・装備品調達予算のうち、2030年までに少なくとも50%、2035年までに60%を域内からの調達を目指す


 

  • 準備2030

欧州委員会が2025年3月19日に発表した防衛白書「準備2030」は、「欧州防衛産業戦略」を実務的に推進するものである。最大の特徴は、EU加盟国全体で総額約8,000億ユーロに及ぶ防衛投資を財政・金融面から担保しようとする点にある[13]。

その手段として、まず、財政規律の維持・強化を義務付ける「安定成長協定(SGP)」の免責条項を発動する。これにより、2025年からの4年間、各国がGDP比で最大1.5%の国防費増額が可能になり、欧州委員会の試算によれば、6,500億ユーロ規模の財政余地が確保できるという。

第二に、EU名義の債券発行を財源とする融資プログラム、「SAFE(Security Action for Europe)」を創設し、加盟国に最大1,500億ユーロの融資枠を提供する。本プログラムは、同年6月に欧州委員会が発表した「防衛産業オムニバス法案(Defence Readiness Omnibus)」に基づき、EU域内企業のみならず、防衛パートナーシップを締結した域外諸国の企業も対象としている[14]。実際、2025年6月にEUと防衛・安全保障パートナーシップを締結したカナダは、同年12月に域外初の「SAFE」プログラムへの参画を決定した[15]。

第三に、欧州投資銀行(EIB)による投資拡大がある。EIBは、EUの経済政策上の優先課題に融資してきたが、「準備2030」を補完すべく、防衛及び広義の安全保障プロジェクトへの投資拡大を決定した[16]。安全保障プロジェクトには、サイバーセキュリティや通信・港湾インフラ、さらには軍隊や物資を迅速に移動させる「軍事モビリティ」などが含まれる。

本白書では、ウクライナへの軍事支援拡大をEU防衛産業と統合させることを前提とした上で、域内の「単一防衛市場」の構築を目指している。具体的には、防衛装備品の共同調達や手続き・制度の統合・簡素化、輸送インフラの軍民両用化による軍事モビリティの強化、さらには高度な防衛人材を育成するためのSTEM教育の拡充やリスキリングなどを優先事項に掲げている。

また、加盟国間の防衛能力の格差を解消するため、「防空・ミサイル防衛」、「火砲・長距離打撃」、「弾薬・ミサイル」、「ドローン・対ドローンシステム」、「軍事モビリティ」、「AI・量子・サイバー・電子戦」、「重要インフラ保護」といった7つの重点分野に投資を集中させる方針を示した。

特筆すべきは、欧州の安全保障体制における主導権の変化である。これまで欧州の防衛計画は、主にNATOの枠組みを通じ、米国の強いリーダーシップの下で策定されてきた。しかし、欧州委員会は本白書を通じて、EUが主体となって調整を行う自律的な防衛計画・能力開発のプロセスを試みている。これが政治的に実現可能かどうかは不透明だが、欧州の安全保障体制の中に新たな競争原理が生まれていることは明らかである。

また、防衛計画の目的そのものも変容している。かつての危機管理や平和構築といった人道的視点から、現在は地政学的競争を見据えた「伝統的な防衛」に重きが置かれるようになった。

欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、2026年に新たな防衛戦略を策定する意向を示している。この新戦略は、戦略コンパスと類似するものだと一部では批判もあるが、従来の防衛分野の枠を超え、半導体やサイバーセキュリティ、重要鉱物の確保といった他の戦略領域を包含する、より広範な戦略へと進化する見込みだ[17]。地政学リスクが産業競争力に直結する時代において、欧州がどのような自律的路線を歩むのか、今後の動きに注視したい。

 

欧州防衛産業は変革できるのか?―3つの論点

EUは本格的に「軍事的アクター」として歩み始めている。ウクライナへの直接的な軍事支援や、EU史上初となる包括的な欧州防衛産業戦略の策定は、EUの役割を拡大しようとする歴史的な転換といえる。しかし、こうした試みの裏側には、より厳しい現実がある。EU主導の防衛産業変革が実を結ぶか否かは、以下の課題を克服できるかにかかっている。

“論点① 欧州連合(EU)の構造的制約を打破できるのか”

EUの最大の障壁は、その設立根拠である条約そのものにある制度的限界である。そもそもEUは、「経済統合」を主眼に設計されており、軍事動員や国防を想定したものではない。リスボン条約は、加盟国が安全保障上の利益を理由に、装備品調達をEUの共通規則から除外することを認めている。

ここでの問題は、この規定が例外的な措置ではなく、常態化している点にある。現在、装備品調達の約80%は依然として各国独自の制度を通じて行われており、各国政府は契約の大半を自国企業に発注している[18]。このため、国境を超えた取引は極めて限定的な範囲にとどまっている。また、EUの防衛政策が「全会一致」を原則とする以上、各加盟国が実質的な拒否権を持ち続ける構造からの脱却は容易ではない。

こうした制約下では、欧州委員会が打ち出す主要なイニシアチブも、法的な拘束力を持たないグレーゾーンでの運用を余儀なくされている[19]。例えば、SAFE(1,500億ユーロの融資枠)プログラムも、加盟国に共同調達を義務付けるものではなく、あくまで財政的インセンティブによる自発的な協力を促す仕組みに過ぎない。欧州委員会には、加盟国に対して産業統合を強制する権限が与えられていないのが実態であり、欧州防衛産業がスケールメリットを享受することを阻む最大の要因となっている。

“論点② 加盟国間の異なる立場を乗り越えられるのか”

EU加盟国間で足並みが揃わない背景には、地理的・政治的背景に基づく脅威認識の違いと、防衛力強化に対する時間軸の非対称性がある。欧州の安全保障上の優先順位は、ロシアとの物理的な距離に応じて大きく3つのグループに分かれている。

まず、ロシアと国境を接するポーランドやバルト・北欧諸国にとって、ロシアの脅威は目前にある。これらの国々は国防費をNATOガイドラインのGDP比2%を大幅に上回る水準に押し上げ、陸上中心の通常戦力と軍事モビリティの確保を急速に進めている(※図3参照)[20]。

特筆すべきはポーランドの動向だ。同国は、実現時期不透明な欧州防衛産業の統合を待たず、米国や韓国からの装備品調達を優先している。特に韓国との協力では、単なる装備品の輸入にとどまらず、技術移転や現地生産のライセンス供与を含む合弁事業を推進している[21]。自国を装備品の製造拠点とし、周辺国への輸出も視野に入れるポーランドの戦略は、長期的な欧州全体の統合よりも、自国の迅速な戦力増強と産業基盤の確立を優先した合理的な選択である。

一方、西欧諸国の関心は異なる。フランスは米国への依存を軽減する「戦略的自律」を掲げ、核抑止力や、地中海・アフリカを視野に入れた遠征能力の確保を重視する。ドイツは、軍事力強化へと舵を切ったものの、現時点ではNATOや米国との関係維持を優先する姿勢を崩していない。このドイツの慎重なコミットメントは、欧州防衛産業の統合プロセスに不透明感をもたらしている。

さらに、ロシアから距離があるイタリアやスペインの主眼も、地中海や北アフリカの安定にある。またスペインでは、左派政権下で軍事費増額と社会福祉政策の両立が政治的論点となっており、世論も防衛投資の拡大には否定的だ。

図3 EU加盟国の国防費対GDP

(データソース)SIPRI、黄緑はNATO非加盟国

こうした地理的な分断に加え、防衛産業が雇用や軍事力、そして国家主権に直結する戦略的資産であるという側面が、経済合理性に基づく統合を一層困難にしている。各国がナショナル・チャンピオンを保護する姿勢は、次世代戦闘機計画(FCAS)で見られるような作業分担や知的財産をめぐる対立を引き起こし、産業ナショナリズムという壁を浮き彫りにしている。

“論点③ 米国との摩擦を回避できるのか”

欧州が防衛産業の強化に乗り出すなか、米国との関係性は、同盟の維持と産業上の利害対立というジレンマに直面している。

2025年6月のNATO首脳会談において、トランプ大統領は、2035年までに加盟国の国防費支出目標を現行のGDP比2%から5%に引き上げるよう要求するなど、同盟国に対してより重い負担と責任を突きつけた。さらに、トランプ政権は、EU統合に懐疑的な勢力への支持をほのめかすなど、欧州内部の結束を揺さぶる姿勢も見せている。加えて、トランプ大統領はグリーンランドの取得に意欲を示しており、米国と欧州の対立は激化している。

こうした中、EUが打ち出した「Buy European(欧州製品優先)」の動きは、米国との摩擦を不可避なものにしている。ドラギ・レポートによれば、2022年6月から2023年6月までの間にEU諸国が支出した防衛投資のうち、実に約78%が域外に流出しており、その大半が米国製装備品の購入に充てられてきた。欧州がこの構造を変えて、自律的な産業基盤を確立しようとすれば、米国産業界にとって商機を失うことを意味する。

米国の安全保障上の関与が段階的に後退していくシナリオが現実味を帯びる中、欧州には、米国の不在によって生じる空白をいかに補完し、対等なパートナーとして大西洋同盟を再定義できるかどうかが問われている。
 

欧州防衛産業の行方―3つのシナリオ

欧州防衛産業が迎えている歴史的転換は、地政学的環境と各国の政治的決断により、大きく以下の3つのシナリオへと収束していくと考えられる。

【シナリオI:統合の進化と「戦略的自律」の実現】

トランプ政権による米国第一主義やNATOへの関与低下への懸念を背景に、欧州が「自らの安全は自ら守る」という政治的合意を形成していくケースだ。このシナリオでは、EU独自の資金スキームが実効性を発揮し、弾薬、防空、ドローンなどの優先領域で共同調達が拡大する。

各国の国防予算には、「域内調達率」が組み込まれ、民間セクターでも国境を超えた協力が進み、結果として、AIや量子といった先端技術領域でも欧州の競争力は高まるだろう。ただし、「Buy European」の方針は、域外国との摩擦を生むリスクも孕んでおり、日本を含む同志国にとっては、欧州への市場アクセスが課題となる。

【シナリオII:投資の非効率化と域内格差拡大】

第2のシナリオでは、国防予算の増額は実現するものの、各国の「産業ナショナリズム」を乗り越えられず、欧州全体として投資効率が低い状態が継続する。ロシアの脅威に直面する東欧・北欧諸国は、即応性を重視して米国や韓国製装備の調達を加速させるが、西欧諸国は自国産業の保護を優先する。フランスやドイツの軍事力は強化されるが、域内の産業競争力の格差と政治的分断が解消されないという課題も残る。

この結果、EUが掲げる「共同調達目標」は形骸化し、欧州の防衛産業は「分断された中小市場の集合体」に留まるだろう。スケールメリットが働かないため、製造コストは高止まりし、さらには規制の複雑性が相まって、イノベーションも停滞するかもしれない。そうなれば、NATOの相互運用性を理由に米国製システムの導入が続き、欧州は「支出だけが増え、防衛能力は域外に依存し続ける」という状態に陥るだろう。

【シナリオIII:防衛産業の空洞化への逆戻り】

現在の防衛産業強化の機運が一時的なものに終わり、財政圧力や国内政治の変化によって国防費拡大の巻き戻しが起きるケースである。インフレ対策や社会保障、グリーン投資への予算配分が優先され、国防予算は減額となるかもしれない。また、欧州ではロシアに対して寛容な勢力も存在しており、反EU、反軍拡の動きが加速し、欧州の防衛産業戦略が実効性を失う恐れもある。

防衛産業の強化は10年単位の長期戦だが、数年ごとの選挙サイクルの中で即効性のある経済政策が優先されれば、投資の継続性は失われる。その結果、防衛分野のみならず、デジタル分野など他の戦略分野でも米国や中国に対する競争力を失いかねない。欧州は再び防衛産業の空洞化に陥り、地政学的な影響力を低下させることになるだろう。

欧州が直面している「自国産業の育成」と「同盟国との相互運用性確保」というジレンマは、日本にとっても重要な教訓となり得る。欧州が域内優先主義的な動きを強めるなか、日本に求められるのは欧州企業との合弁事業や現地生産など、「Buy European」に適応した参入戦略である。

現時点では、EU主導の防衛イニシアチブへの直接的な参画には、法制度や政治的な壁が存在するが、特定の先端技術領域において欧州企業との協力を模索することは、現実的かつ有効な選択肢となる。

今や防衛・安全保障は、半導体やAI、宇宙、重要鉱物といった戦略分野と不可分な関係にある。2024年に締結された「日・EU安全保障・防衛パートナーシップ」を基盤に、デュアルユース技術の共同研究開発を加速させることは日欧双方の産業競争力を高めるレバレッジとなるだろう。さらに、欧州諸国やその他のミドルパワーとの多層的な連携を構築することは、日本にとっても不透明な国際情勢におけるリスクヘッジにも繋がる。

2025年の日・EU首脳協議では防衛産業協力の拡大が再確認されるなど、欧州側が日本との連携強化に前向きであることは確かである。規制基準の統一や標準化など、政策レベルでも協調できる点は多い。今こそ、多国間の重層的な連携の一つとして日・EUのパートナーシップを深化させていく時だ。

参考資料

[1] Vladmir Putin, “Presidential Address to the Federal Assembly”, President of Russia, February 29, 2024.
[2] Antonio Pequeño IV, “Trump Says U.S. Won’t Defend NATO Allies Behind On Defense Spending: ‘It’s Common Sense’”, Forbes, March 6, 2025.
[3] Jonathan Guyer, Lucas Robinson, Eloise Cassier, Ransom Miller, “Ruptures and New Realities, Institute for Global Affairs, June 12, 2025.
[4]
European Commission, “The Future of European Competitiveness (The Draghi Report)”, September 2024.
[5] European Commission, “First ever defence industrial strategy and a new defence industry programme to enhance Europe's readiness and security”, Press Release, Brussels, 5 March 2024.
[6] European Commission, “Questions and answers on ReArm Europe Plan/Readiness 2030”, Press Release, Brussels, March 19, 2025.
[7] NATO全体の防衛支出がこれよりも高い理由は、EU域外の英国が大規模な防衛支出を行っていること、またノルウェーも相応防衛予算を計上しているためである。European Defence Agency, “Defence Data 2024-2025”, September 1, 2025.
[8]
NATO, “Wales Summit Declaration”, September 5, 2014.
[9] SIPRI Military Expenditure Databaseよりデロイト トーマツ戦略研究所が算出。
[10]7と同じ。European Defence Agency, “Defence Data 2024-2025”, September 1, 2025.
[11]
日本企業は5社がランクインしている。SIPRI, “The SIPRI Top 100 Arms-Producing and Military Services Companies, 2024”, SIPRI Fact Sheet, December 2025.
[12]
European Council, “A Strategic Compass for a stronger EU security and defence in the next decade”, Press Release, Brussels, March 21, 2022.
[13] 元々は、欧州再軍備計画(ReArm Europe)という名称だったが、これが過度に刺激的であると一部加盟国から反発があったため、名称を「準備2030」と再ブランド化している。欧州委員会が「ReArm Europe Plan/Readiness 2030」という表記に移行しているが、内容自体は変わらない。European Commission, “Commission unveils the White Paper for European Defence and the ReArm Europe Plan/Readiness 2030”, Press Release, Brussels, March 19, 2025.
Jorge Liboreiro, “
Brussels rebrands 'Rearm Europe' plan after backlash from leaders of Italy and Spain”, March 21, 2025.
[14]
European Commission, “Defence Readiness Omnibus: Simplification Proposal to Boost Industrial Readiness”, June 17, 2025.
[15] European Council, “SAFE: member states endorse agreement on the participation of Canada”, Press Release, December 19, 2025.
[16] European Investment Bank, “EIB steps up financing for European security and defence and critical raw materials”, March 21, 2025.
[17] Aurélie Pugnet, “VDL’s Security Strategy: Another case of reinventing the wheel, or Compass”, Euractiv, January 20, 2026.
[18] Lucian Cernat, Oscar Guinea, “Openness and Fragmentation in EU Defence Procurement”, European Centre for International Political Economy, December 2025.
[19] Anna Horn, “European Defence Under the Treaties”, Swedish Institute for European Policy Studies, September 2025.
[20] Government Office of Sweden, “Joint statement, Nordic-Baltic Summit at Harpsund”, November 27, 2024.
[21] Bahk Eun-ji, “Hanwha Aerospace signs $4 bil. Chunmoo missile contract with Poland”, The Korea Times, December 30, 2025.

ウェブサイトの最終閲覧は、2026年1月26日である

平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(現合同会社デロイト トーマツ)に入社。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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