目前に迫る「2024年問題」――物流改革で危機を乗り越える
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
DTFAインスティテュート
小林 明子
2024年4月を迎え、物流の「2024年問題」が改めて注目されています。トラックドライバーの時間外労働時間の規制強化、高齢化、就業者の減少など、人手不足が深刻化しているのです。消費者にとって身近な宅配便の再配達問題がメディアで取り上げられる機会が増えていますが、物流の問題は宅配便にとどまりません。社会や経済を支える物流がこれまでのように維持できないという物流危機の到来が懸念されています。
この課題を解決するために、スタートアップの活躍が期待されています。2024年2月にデロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社(以下、DTVS)が開催したピッチイベント「Morning Pitch」に登壇した配送最適化サービスを提供するSWAT Mobility Japanを紹介します。
モノが運べなくなる?物流の2024年問題と物流危機
新年度のスタートとなる4月を新たな職場で迎えた方も多いでしょうが、国の制度や規制も変わります。そのひとつが2024年問題です。「建設業界が直面する『2024年問題』にはDXによる生産性向上が不可欠」でも触れましたが、4月以降、物流業や建設業に時間外労働時間の上限規制が設けられます。
運輸業と建設業は、他の業種と比較して、最も労働時間が長い業種です。厚生労働省の年間総労働時間のデータを見ると、「運輸業、郵便業」と「建設業」が長年ワースト1、2を争うような状況になっていることがわかります。物流を支えるトラックドライバーは、労働時間が長く収入が低いため成り手が減り、高齢化が進み、人手不足が深刻化しています。政府も、「何も対策を講じなければ2030年度には輸送能力が約34%不足する可能性がある」と警鐘を鳴らします。
物流危機によってモノが運べなくなる、とはどういうことでしょうか。私たちにとって最も身近な物流といえば宅配便です。メディアでも、宅配便の再配達の問題はよく取り上げられます。例えば再配達が有料化される、ネット通販が注文後すぐには届かなくなる、それはあり得る未来かもしれません。EC市場の急成長と利用者の増加によって宅配便の取扱数は増え続けています。個人宅に配達する物流のラストワンマイル問題は大きなテーマのひとつです。
ただし、物流量全体から見ると、大きな比率を占めているのはB2Bの物流です。B2Bとは、製造業で原材料や部品をサプライヤーから調達したり、卸売業で倉庫から小売店へ商品を運んだりする物流を指します。これが滞れば、経済活動全体に悪影響を及ぼすことになるでしょう。2024年問題は物流業のみにとどまらない、社会全体で取り組むべき課題となっています。
物流DXを支援するスタートアップ—SWAT Mobility Japan
物流の課題解決のためには、長時間労働、非効率的な業務による生産性の低さという構造的な問題について改革を進めていく必要があります。そのためにはデジタル技術の活用によるDXの推進が不可欠です。物流テック(物流×テクノロジー)にはスタートアップの参入が相次いでおり、DTVSは、2024年2月に物流2024年問題をテーマにしたスタートアップのピッチイベントMorning Pitchを開催しました。登壇した企業の1社であるSWAT Mobility Japanを紹介します。
末廣 将志氏
SWAT Mobility Japan 株式会社
日本法人代表取締役
新卒で総合商社に入社後、グローバルコンサルティングファームのシンガポール法人に入社。2019年にシンガポールのモビリティスタートアップであるSWAT Mobilityに入社し、日本法人の責任者に就任。
独自のルート最適化技術で人やモノの運送を最適化
――御社の技術と日本での事業展開について教えてください。
末廣:SWAT Mobilityは2015年にシンガポールで創業したスタートアップです。日本法人は2020年に事業を開始しました。私たちのテクノロジーは、シンガポールと日本で特許を取得しているダイナミック・ルーティング・アルゴリズムを用いて、ヒトやモノをより少ない車両数でより効率的に目的地へ運ぶ技術です。
ヒトの輸送では、企業向けに従業員の通勤送迎サービスで利用されることが多いのですが、日本では地方自治体や交通事業者から、オンデマンド交通の運行や路線バスの乗降データ分析に活用したいという需要があります。自治体での事例としては、北九州市交通局に乗降データ分析システムを提供し、ダイヤ改正を支援しました。長野県白馬村では、観光客の利便性を高めるためのオンデマンド乗合タクシーの運行システムを提供しています。人口増が続く国が多いASEANでは公共交通は拡大するフェーズにありますが、少子高齢化が進む中で公共交通を維持するという社会課題に関連した技術適用は、日本ならではの取り組みといえるでしょう。
この技術はモノを運ぶ物流業にも適用できます。物流業への参入のきっかけになったのは、佐川急便のアクセラレータープログラムで、倉庫から店舗へのトラック輸送の配送を最適化する実証実験を行ったことです。この取り組みは、2021年にHIKYAKU LABO賞を受賞することができました。海外でも、タイ国営郵便タイポストの物流子会社Thailand Post Distributionと配送の効率化に関するMoU(Memorandum of understanding:基本合意書)を締結しました(*1)。物流に関しては、トラックドライバー不足や配送の効率化といったテーマは、日本と海外で共通していると見ています。
*1:https://www.swatmobility.com/jp-media/thaipostdistribution-mou-signing-260722
電話、FAX、紙を使うアナログな業務の改善で効果発揮
――佐川急便での実証実験ではどのような気付きや成果がありましたか。
末廣:佐川急便の現場調査でわかったのは、配送先や配送時間帯などの配送情報の連絡に電話やFAXが使われており、トラックやドライバーを割り当てる配車業務は担当者が手作業で行うという、非常にアナログな業務となっていたことです。この現場が特別なのではなく、物流業ではこのような業務が一般的なのです。デジタル化による改善の余地はとても大きいでしょう。とはいえ、必要な情報がデータ化されていないと、アルゴリズムで計算・シミュレーションを行うことができません。まずはデータを入力する簡易ツールを開発し、集荷・配送先、集荷・配送時間帯などのデータを整備しました。
シミュレーションの一例として、11台で配達していたトラックを7台に減らし、配送の作業時間を2時間削減できるという結果が得られました。ただ、実際に配送に同行すると、停車予定の場所に他の車が停まっていて停められないなど、データでは見えない部分もあることにも気付きました。実運用においては、道路の状況、運行コスト、走行スピード、車両のタイプなど、様々な制約条件があります。私たちのシステムは200以上のパラメーターを用意しており、追加やカスタマイズも可能です。事例を積み重ね、実運用に耐えるシステムへと完成度を高めていきます。
実証実験を終え、佐川急便からは配車の業務時間削減やトラック運行の効率化などに効果があるという評価をいただきました。SGホールディングスグループ企業とは、2024年4月現在も継続して取り組みを行っています。運輸業のDXニーズは非常に大きいと考えており、将来的には汎用的に利用できるようなソリューションとすることを目指していきます。