経営環境の急速な変化、DX、生産性向上、脱炭素対応など課題が山積する中、多くの企業が競争優位の源泉となる技術やソリューションを持つスタートアップとの協業を通じたオープンイノベーションを目指している。政府も予算約1兆円の政策「スタートアップ育成5か年計画」を推進する。ところが、スタートアップとのオープンイノベーションの成功事例は必ずしも多くは聞かれず、実現に苦しむ企業も多いのが実情である。そこで、スタートアップとの協業において世界的に注目が高まっているベンチャークライアントモデルについて、従来手法との違いと革新性を分析する。

本稿は著者の許諾のもと「スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 『ベンチャークライアント』」(木村将之・グレゴール・ギミー共著、20245月 日経BP発行)の内容をもとに構成している。

ベンチャークライアントモデルとは何か

ベンチャークライアントモデル(VCM)を端的に表現すると、「自社の差し迫った課題を解決できるスタートアップの革新的な製品やサービスを購入して顧客になる」となる(※1)。現在ベンチャークライアントモデルのサービスプロバイダー27pilotsCEOであるグレゴール・ギミー氏が、BMW在籍時にコンセプトを確立した。

経済的なインパクトが大きい課題を特定し、解決できるソリューションを持つスタートアップを探索し、その製品やサービスの顧客になる。課題からの「逆引き」によって確実に戦略的利益を得られること、プロセスが標準化され低リスクで迅速に実施できること、一度の価格が安価であり多数のスタートアップとの契約を行えることなどが特徴である(※2)。先進的導入企業は年間2030件の経済的なインパクトを伴うスタートアップ協業を実現している。既にボッシュ、シーメンス、アクサ、エアバスなど世界の多くの企業がVCMを採用済みである。

もっとも、ベンチャークライアントモデルという言葉は新しいが、スタートアップの顧客になるという概念自体は昔からある。Appleのスティーブ・ジョブズ氏が創業間もないAdobePostScript技術を採用したのも、BMWがイスラエルのスタートアップMobileyeと組んでADAS(先進運転支援システム)を自社の量産車ラインアップに搭載したのも、「まず購買する」というスタンスからスタートした世界的な成功事例である。

日本でも経済産業省の「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス」(20243月)(※3)でVCMが紹介されるなど、認知の向上が期待される。

従来手法との違い(※4

大手事業会社とスタートアップの連携でよく知られる一般的手法は、出資を伴うコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)や、課題解決やアセット活用をもとにスタートアップからアイデアを募るアクセラレーションプログラムである。CVCの本質的な行為は株式の取得であり、アクセラレーションプログラムは協業アイデアの募集に効果を発揮するが、スタートアップの技術や製品を直接的に採用するアプローチとは言い難い。そのため、スタートアップ協業により経済的効果を生むという観点からは、成果につながる確立が必ずしも高くはない。本格導入に至る確率をみても、CVCからの出資企業やアクセラレーションプログラム採択企業の1割程度であるとされる。

これに対して、VCMはスタートアップの技術やソリューションに課題の解決を求める、本格導入に向けた直接的な手法である。前述のように確実に、大量に、迅速に実行できるという特徴も併せ持つ。そして何より、スタートアップ側にとってもメリットが大きい。スタートアップが必要とする資金、ビジネス(ノウハウやアドバイス)、顧客のうち最も重要なのは顧客である。顧客になれるのはベンチャーキャピタルではなく事業会社のみである。トップクラスのスタートアップになるほど協業先となる企業を選別するが、顧客企業からの製品やサービスに対する有益なフィードバックはどのスタートアップも大いに歓迎するだろう。

シリコンバレーでの10年間を含めて約15年に渡ってスタートアップと大手事業会社の協業を推進した経験を持ち、日本にベンチャークライアントモデルを紹介することをミッションとする27pilots Japan Country Headの木村将之氏は、「オープンイノベーションに取り組む企業のほとんどが苦戦している実態から突破口がないか探していた。スタートアップが大企業に普遍的に求めているのは顧客になることであり、世界のトップクラスのスタートアップであっても例外ではない。グレゴール・ギミーを通じてベンチャークライアントモデルを知り、もっとも成果を創出することができる手法はスタートアップの顧客になるベンチャークライアントモデルであることに気づいた」という。

従来手法との違いと得られるメリットが明確であるため、「購買によって顧客になる」という、一見するとシンプルな方法が新たにフォーカスされているとみることができる。

表:主なオープンイノベーション手法の比較

出所:「スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 『ベンチャークライアント』」第2(木村将之・グレゴール・ギミー共著、20245月 日経BP発行)

VCM推進の5つのステップとそのポイント

日本でVCMを紹介すると「購買なら既に行っている」と言う企業が少なくない。しかし木村将之氏は、「戦略的に、組織的に、大量にスタートアップからの購買を行っている企業は多くない。実際にVCMの導入をテーマに100社近くと面談したが、年間で2030件のボリュームで戦略的な利益につながるスタートアップとの契約を実現していた企業はなかった。一般的にスタートアップからの購買は従来のサプライヤーからの調達よりリスクが高いとされるが、大量の協業を実現するためには、購買を行う仕組みを整える必要もある」と指摘する。

VCMはスタートアップからの購買を適切に行うことができるように体系化されており、5つのプロセスがある。「Discover(自社の課題を特定し、連携先のスタートアップをリストアップする)」「Assess(課題を最も適切に解決できるスタートアップを評価する)」「Purchase(必要かつ最小限の購買を実施する)」「Pilot(実際の環境で評価・検証を実施する)」「Adopt(本格採用のオプションを検討し実行する)」である。この一連のプロセスを実行することで、再現性のあるスタートアップからの購買をリスクを抑えつつ実施し、確実な利益獲得の達成につなげることができる。

 

図:VCMの実施プロセスと主な活動

出所:27pilots Venture Client Handbook及び「スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 『ベンチャークライアント』」(木村将之・グレゴール・ギミー共著、20245月 日経BP発行)

 

Discover」は特に重要である。このフェーズでは、従来のサプライヤーではなく、スタートアップによってより良く解決できる課題を特定する必要がある。この課題を明確に定義することで、スタートアップ協業の確率が高まる。

プロセスの中心となるのはやはり「Purchase」となる。ポイントは、最低限の金額で実施することである。それによって、迅速かつ大量に行うことが担保される。金額の目安は現場レベルで即座に決裁できる500万円程度以下となる。CVCからの一般的な出資金額とは金額もスピード感も大きく異なる。この際、スタートアップの知的財産(IP)を要求しないのも重要である。スタートアップはIPをもとに多くの企業と取引を行うことで拡張性を担保しており、IPを要求される取引には懸念を示す可能性が高い。木村将之氏は、「スタートアップにとって負担の掛からない仕組みを整えることが重要だ」と言う。

購買し検証を行った後は「Adopt」の段階で具体的なパートナーシップや提携を検討し、実行する。継続的に競争優位性を囲い込むために支配権を持つ必要があると判断すれば、出資やM&Aに進むという判断になるだろう。VCMでは、まず購買し評価した後で出資を検討するという考え方となっている。

公共調達での利用(※6

VCMは公共調達にも適用可能だろうか。自治体や政府など行政機関の調達で通例の一般競争入札では、過去の実績や女性活躍などの認定取得に加点する評価になることなどから、スタートアップにとってはハードルが高い。また、公共案件は、次年度の予算計画に向けて営業をかけ、年明けに予算要求が可決されれば新年度に入札があり、入金は次年度という長期スケジュールとなる。スタートアップにとってはキャッシュフローの悪さのために対応しづらい。

木村将之氏は、「海外の公共調達では実際にVCMの活用が始まっており、日本でも活用できる可能性が高いと考える。ドイツのハンブルグ市は、VCMの運営組織GovTecHH2022年に設立した。同組織がハンブルグ市の課題を解決するために必要なスタートアップを選出することによって、市からスタートアップに発注する際の客観性を保つ仕組みを構築している。20241月には、行政のデジタル化というテーマにおいては、取引実績や規模に関わらず任意の企業を参加させることができるという条項を調達ガイドラインに追加した。このような取り組みが日本でも進むことが望ましい」とする。

日本政府もスタートアップの参画を拡大するための制度変更などを検討している。「スタートアップ5か年計画」(※7)にも、スタートアップからの公共調達の拡大、そのための入札参加資格制度の検討が明示されている。少子高齢化、労働力不足に悩む日本ではデジタル化による行政改革が急がれており、ハンブルグ市の取り組みは参考にすべきであろう。

日本企業に求められる意識改革

日本では一般的に、大手事業会社側がスタートアップを選ぶ志向が強く、スタートアップにとって不利益な契約を要求することもある。この「ボタンの掛け違い」を正さなければ、どのような手法も有効に機能しないことが懸念される。

木村将之氏は、「優れた能力を持つスタートアップが世界中で勃興しており、スタートアップこそが競争優位をもたらすと強く認識するべきである。これらのトップクラスのスタートアップは常に自分たちの協業先となる大企業を選ぶ立場にある。スタートアップにとって良い顧客になる体制を備えた事業会社こそが競争優位のためにスタートアップの力を活用することができ、スタートアップ側も顧客獲得によって成長することができるというWinWinの関係が成立する」といい、意識改革の必要性を強調した。革新的でスピード感を持ち合わせるスタートアップを対等なパートナーと位置付け、双方が利益を最大化できる形で協業することが望まれる。

 

<関連レポート・記事>

サービス:ベンチャークライアント
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/strategy/solutions/vs/venture-client.html

出版物:スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 ベンチャークライアント
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/get-connected/pub/books/management/ventureclient.html

スタートアップの力を最大活用する「ベンチャークライアントモデル」セミナーレポート
https://faportal.deloitte.jp/times/articles/001034.html

 

<参考文献>

1 デロイト トーマツグループ「スタートアップ共創からの利益を最大化する「ベンチャークライアント(Venture Client)」とは?」
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/strategy/articles/vs/venture-client-model.html

2 「スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 『ベンチャークライアント』」第2-4参照

3 経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス」(2024年3月)
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance.pdf

4 「スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 『ベンチャークライアント』」第2-7参照

5 「スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 『ベンチャークライアント』」第2-2参照

6 「スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 『ベンチャークライアント』」P207209参照

7 内閣官房「スタートアップ5か年計画」(202211月)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/sdfyplan2022.pdf

小林 明子 / Akiko Kobayashi

主任研究員

調査会社の主席研究員として、調査、コンサルティング、メディアへの寄稿などに従事。IT業界及びデジタル技術を専門とし、企業及び自治体・公共向けIT市場の調査分析、テクノロジーやイノベーションについての研究を行う。2023年8月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。

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