建設業は、2024年4月以降に時間外労働時間の規制が厳しくなり、労働時間の短縮により人手不足などの諸問題が深刻化する「2024年問題」に直面している。働き手が不足する中で、資材価格上昇、都市開発などによる需要増、インフラの老朽化などの経営環境変化に対応するためには、デジタル技術を活用した構造改革が不可欠といえる。国土交通省は、建設業の生産性向上を目指すプロジェクトとしてi-Constructionを推進し、3次元データの活用を始めとしたICT技術の積極活用を進める。建設業の事業変革、DX推進においては、優れた技術や能力を持つスタートアップの活躍が求められている。

建設業が直面する「2024年問題」と深刻な人手不足

建設業の2024年問題とは、2024年4月以降に建設業の時間外労働時間の規制が厳しくなり、労働時間の短縮により人手不足などの諸問題が深刻化することを指す。「働き方改革関連法」により、時間外労働の上限規制が法律で定められ、大手企業は2019年4月、中小企業は20204月から適用されてきたが、建設業は5年の猶予期間が設けられていた。なお、建設業以外では流通業、医療が猶予対象業種である。言い換えれば、長時間労働によって支えられていた業種が、いよいよ他業種並みに労働時間の規制を行わなければならなくなることを意味する。

労働時間の短縮による深刻な人手不足が予想されているが、猶予期間をさらに先送りするわけにはいかない。建設業は、就業者数の減少と高齢化という課題も抱えている。国土交通省が示すデータを参照すると、建設業の就業者数はピークの1997年から3割減少している。年齢は55歳以上が35.9%、29歳以下が11.7%であり3割以上が55歳以上である(※1)。労働時間を短縮し若手人材が働きやすい職場へと変えることは必須となる。

建設業を取り巻く外部環境

外部環境の変化をみると、資源価格や人件費の上昇による建設費の上騰が起きている一方で、オフィスビル建設、都市開発などを背景に需要は好調である。ニーズは新規の建設のみではない。日本は高度成長に集中的に整備されたインフラ(道路、橋梁、下水道、トンネル、港湾、河川管理など)が膨大にあり、一斉に老朽化の時期を迎えている。管理が行き届かなければ、2012年の笹子トンネル天井版崩落事故のような深刻な事故を引き起こす懸念があり、インフラ保全の重要性は高い。

全産業的に生産年齢人口の減少が進む中、これらの外部環境を勘案すれば、建設業の人手不足や生産性向上は構造的な問題であり、建設業にとっては従来の商慣習、テクノロジー、業務のあり方などの構造改革が不可欠となる。その際に強力な手段となるのがデジタル化、DX(デジタルトランスフォーメーション)である。

図表1 建設業の外部環境

建設業の生産性向上を推進する政策 国土交通省の「i-Construction

国土交通省(国交省)は、建設業の生産性向上や経営環境の改善を実現するためのプロジェクトとして「i-Construction」を推進しており、ICT化が生産性向上の原動力と位置付けている(※2)。

i-Constructionに基づくデジタル化の方向性において、測量、設計、施工、検査の各工程にわたってBIM/CIM(Building /Construction Information Modeling)、つまり3次元データの活用が推進されている。2023年4月には、国交省は直轄の工事(小規模工事を除く)の施工でBIM/CIMの原則適用を25年の計画から2年繰り上げで開始した。現実的には、国直轄の工事での原則適用であり公共工事でも地方自治体は対象ではないこと、BIM/CIMの技術やノウハウが中小建設業まで行き届いてはいないことなどから、利用拡大と定着は今後の取り組みとなるだろうが、トレンドは確実に変わっていくだろう。国交省は2022年から「建築BIM活用プロジェクト」として中小企業のBIM/CIM導入に補助金を交付しており、令和5年度補正予算では60億円を計上した。

また、測量や点検におけるドローン活用、施工におけるICT建機(自動運転やオペレーションサポート機能を持つ建機)の利用が推進されている。

図表2 建設業の領域別デジタル化の動向

建設テックと注目のスタートアップ

デジタル技術の活用には、建設テック(建設+テクノロジー)と称されるスタートアップの技術の活用は有効であろう。清水建設、竹中工務店などがアクセラレータープログラムを行い、大林組が国内のみならずシリコンバレーでもスタートアップとの協業を進め、東急建設、戸田建設などがCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を運営・設立するといったように、大手企業側の動きは活発である。また、日本政府はスタートアップを支援する政策「スタートアップ育成5ヵ年計画」を打ち出しており、国からの補助を得られることも大手企業とスタートアップの連携には追い風となっている。

本稿では注目の建設テックスタートアップとして、株式会社アイ・ロボティクスと株式会社スカイマティクスを取り上げる。この2社は、20241月にデロイトトーマツベンチャーサポートが開催したモーニングピッチに登壇した(※3)。

アイ・ロボティクス

アイ・ロボティクスは、代表の安藤嘉康氏が2016年に設立した。安藤氏は、自社の得意領域を「社会課題を解決するためのソリューションをゼロイチで創出すること」と表現する。ドローンを使った点検、遠隔監視、3次元データの取得などのソリューションが多いが、「ドローンは目的ではなく手段。課題が先にあり、調査と仮説検証に基づき、トータルに解決することを支援する」と説明する。

事例の一つが大阪市の地下鉄(Osaka Metro、大阪市高速電気軌道株式会社)のドローンを使った点検である。Osaka Metro では2018年に地下鉄なんば駅で老朽化と劣化により天井板が落下する事故が起き、国交省の指導により点検を行う必要があった。しかし、天井に設けられた点検口から見られるのは点検すべき天井裏のスペースに対して5%にすぎない。そこで、アイ・ロボティクスは小型ドローンを使い、さらにカスタマイズして360度撮影できるカメラを軽量化して搭載した。

図表3 ドローンによる駅舎天井裏点検映像

出所:アイ・ロボティクス撮影

ドローンなどを使って点検を行うことは課題解決においては一部にすぎない。工事計画の作成、点検、修理の必要性や緊急性の分析、修理といった一連の業務があり、抜本的なDXを支援するためには、プロセス全体の自動化・省人化を実現するソリューションを開発する必要性があると構想する。

それを実現する技術の一つがCPSCyber Physical System)となる。CPSは、現実世界(フィジカル)のデータを仮想空間(サイバー)に再現し、分析やシミュレーションによって最適化や自動化、高度化を実現する技術である。この構想の実現に向け、アイ・ロボティクスでは、3次元データを用いたデジタルツイン(デジタル空間に現実世界の環境をまるで双子のように再現すること)の研究を進めている。ロボットやドローンを使って外部環境などの現実世界のデータを取得し、蓄積したデータの変化から、予知保全などの技術によって劣化や故障を自動的に検知することができると考えている。屋外のみではなくGPSが利用できない屋内での位置情報測定技術の研究や、スマートフォンで簡単に点群データの作成とモデリングができる技術の活用などに取り組む。

スカイマティクス

スカイマティクスは、代表の渡邉善太郎氏が、三菱商事の宇宙航空機部で培ったリモートセンシング技術を強みとして2016年に設立した。同年に日立製作所で人工衛星関連のプロジェクト経験を持つ倉本泰隆氏がCTOとして参画した。

スカイマティクスは、国産の写真測量という独自技術を持つテクノロジースタートアップである。写真測量とは、UAV画像(ドローンなどを用いて撮影した画像)や衛星写真などから、点群データ・DSMDigital Surface Model:地表面の高さを表現し3次元地図を作成する技術)・オルソ画像(ひずみのない地表画像)などを作成する技術である。渡邉氏は、「三菱商事でリモートセンシングに携わりながら、この技術を、建設業や農家など深刻な人手不足に直面している人が使えるものにしたいと考えた」という。

スカイマティクスは、建設などのエンドユーザがドローンで撮影した画像をアップロードして3次元データを生成できるクラウドサービス「くみき」を開発し、201712月にサービスを開始した。20242月現在で、3万か所を超える現場で利用されている。同社によると、誰でも使える手軽さと利用料が最低数万円/月で安価なことから、チャーンレート(解約率)は非常に低いという。

事業展望としては、リモートセンシングのプラットフォーム化を目指す。そのためには、画像処理の自動化の範囲を広げる必要があり、実現済みのUAV(ドローン)画像以外も、衛星画像、スマートフォンで撮影した画像など全デバイスへの対応を強化していく。渡邉氏は、「我々が提供するGISデータが各産業で必要なデータを具備した基本情報となる、いわば『産業版のGoogle Map』として活用されることが目標となる」と将来構想を描く。

20241月にはJICA(国際協力機構)の支援事業としてカンボジアでくみきを提供する取組みを開始した。海外で成果を上げるためには、技術だけではなく、ビジネス、サービスなど様々な面でローカリゼーションが求められるため、現地に密着した事業の立ち上げが不可欠である。最初のターゲットを距離的に近い東南アジアに定め、国内展開の次のステップとして海外進出を図る。

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2024年問題の解決に向けたスタートアップへの期待 建設業編.pdf

<関連記事>

建設業界が直面する「2024年問題」にはDXによる生産性向上が不可欠 | DTFA Times | デロイト トーマツ グループ (deloitte.jp)

<参考文献>

(※1)国土交通省「建設業を巡る現状と課題」(20233月)
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001610913.pdf

(※2)国土交通省「建設現場における生産性向上の取組~i-Construction~」(20173月)
https://www.mlit.go.jp/common/001177365.pdf

(※3)デロイト トーマツ ベンチャーサポート Morning Pitch(モーニングピッチ)
https://morningpitch.com/

小林 明子 / Akiko Kobayashi

主任研究員

調査会社の主席研究員として、調査、コンサルティング、メディアへの寄稿などに従事。IT業界及びデジタル技術を専門とし、企業及び自治体・公共向けIT市場の調査分析、テクノロジーやイノベーションについての研究を行う。2023年8月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。

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