建設業界が直面する「2024年問題」にはDXによる生産性向上が不可欠
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
DTFAインスティテュート
小林 明子
建設業や運送業で大きな問題になっている「2024年問題」。2024年4月から労働時間の上限規制が適用され、人手不足がいっそう深刻化することが避けられません。課題解決に向けたDXの推進に際して、スタートアップの持つ優れた技術やアイデアの採用が進んでいます。2024年1月にデロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社(以下、DTVS)が開催したMorning Pitchに登壇した建設テックの2社、株式会社アイ・ロボティクス(以下、アイ・ロボティクス)と株式会社スカイマティクス(以下、スカイマティクス)をご紹介します。
目次
対応待ったなし、建設業を待ち受ける「2024年問題」
働き方改革関連法により、2024年4月以降、建設業の時間外労働時間の上限が「月45時間年360時間」に制限されます。他の業種では、大手企業は2019年4月、中小企業は2020年4月から適用されていましたが、建設業は労働時間が長く対応が難しいことから5年の猶予期間が設けられていました。もはや先延ばしができなくなった状況といえます。
この背景には、建設需要が好調な一方で、就労者の減少や高齢化が進み、人手不足と長時間労働が深刻化している問題があります。建設業は、生産性を向上して労働時間を短縮し、働きやすい職場へと変革する必要があるのです。
そのためにはデジタル技術の積極活用は不可欠です。建設業のDXには、建設テック(建設×テクノロジー)と呼ばれる、新しい技術やアイデアを持つスタートアップの活躍が期待されます。
今回は、注目のスタートアップとしてアイ・ロボティクスとスカイマティクスをご紹介します。この2社は2024年1月にDTVSが開催したMorning Pitchに登壇しました。
アイ・ロボティクス:ドローン点検やデジタルツインなどの新技術で社会課題に挑む
安藤 嘉康氏
株式会社アイ・ロボティクス
代表取締役社長
東日本大震災で人が立ち入れない場所の点検業務などに携わった経験からロボティクスで社会課題を解決する必要性を感じ「インダストリアル・ロボティクス勉強会」を立ち上げ、その活動を法人化する形で2016年にアイ・ロボティクスを創業。
アイ・ロボティクスはドローンの会社と見られがちですが、ドローンはあくまで課題解決の一手段にすぎません。先に、老朽化した社会インフラの点検や危険を伴う高所での作業、建設業の深刻な人手不足などの課題があり、それを解決するためのソリューションをゼロイチで組み上げるのが私たちの仕事です。
事例のひとつに大阪の地下鉄(Osaka Metro:大阪市高速電気軌道株式会社)のドローンを使った点検があります。2018年に地下鉄なんば駅で老朽化と劣化により天井板が落下する事故が起き、天井部分の点検を行う必要がありました。しかし、天井に設けられた点検口から見られるのは天井裏のスペースに対してわずか5%です。そこで私たちは小型ドローンを使い、360度撮影できるカメラをカスタマイズし軽量化して搭載しました。この技術を提供できるのは私たちだけだったのです。
ドローンを使いユニクロの店舗のデジタルツインを作成
将来的には、点検というスポット作業を効率化するだけではなく、業務全体を通じた自動化を実現したいと考えています。そのための技術にデジタルツインがあります。現実空間のデータを使い、デジタル上に双子(ツイン)となる三次元の環境を再現するテクノロジーです。
実証実験では、ドローンを使ってユニクロの店舗のデジタルツインを構築しました。この店舗は車いすの来店者が買い物を楽しめる店舗レイアウトを必要としていました。店内をドローンで撮影し、デジタルツイン上で最適な棚やディスプレイなどの配置のシミュレーションを行うことができました。
この取り組みは、メディアアート界で知られるライゾマティクスと一緒に行いました。ライゾマティクスとはドローンの活用などを通じてご縁があり、取締役である石橋素氏にアイ・ロボティクスの技術顧問として参画していただいています。
デジタルツインは高額なものというイメージを持たれますが、最近はスマートフォンの画像から手軽に三次元データを作成する技術も登場しています。ドローンにスマートフォンを載せてデータを取るトライアルも進めています。ドローンやロボティクスとデータ活用を組み合わせ、DXの推進を強力に支援していきます。
スカイマティクス:独自の写真測量技術で創業、世界一社会実装する会社を目指す
渡邉 善太郎氏
株式会社スカイマティクス
代表取締役社長
三菱商事で長年にわたり宇宙・GISビジネスに従事後、2016年にスカイマティクス創業。
倉本 泰隆氏
株式会社スカイマティクス
同社取締役CTO
日立製作所で人工衛星に関わるプロジェクトなどに参画。2018年よりCTOとして技術部門を管掌。
私たちは、リモートセンシングによる国産の写真測量技術という独自のテクノロジーを持っています。写真測量とは、ドローンなどで撮影した画像や衛星写真などから、点群データ・DSM(Digital Surface Model:地表面の高さを表現し3次元地図を作成する技術)・オルソ画像(ひずみのない地表画像)などを作成する技術です。
創業の動機は「技術ファーストではなく課題ファースト」でした。従来写真測量は、外資系ベンダーのソフトを使い、測量会社の専門家が扱う技術でした。これではコストも時間もかかり、建設業の生産性向上のために必要な3次元データを扱うハードルが高すぎます。そこで、エンドユーザが手軽に画像を撮影し、アップロードするだけで自動的に3次元データを作成できるSaaS(Software as a Service:インターネット経由でクラウド上にあるソフトウェアを利用するインストール不要のソフトウェアサービス)「くみき」を開発しました。操作性の良さや品質の良さが評価を得て、2024年2月現在、3万か所以上の様々な現場で利用されています。
2024年1月には、カンボジアでのプロジェクトも開始しました。国内で培った経験をもとに、次のステップとして海外展開を進めます。リモートセンシングを世界一社会実装する会社を目指しています。
震災後、休日返上で能登半島のデータを無償公開
2024年1月1日の能登半島地震発生直後には、国土地理院が提供する石川県珠洲地区・輪島中地区・穴水地区の衛星写真・航空写真から土砂崩れ災害に関する解析を行い、1月6日にはデータを無償で公開しました。私(渡邉氏)が実家の岐阜に帰省しており大きな揺れを感じたことや、昨年末に金沢で会社の忘年会を開いたことがきっかけで、純粋に社会貢献のためです。社員も休日返上で積極的に取り組みました。
結果としては非常に反応が大きく、商談や案件が増えましたが、社会のためになることをしたからこそビジネスのリターンが得られたのだと思っています。お客様からは、「御社のエンジニアが、『能登のプロジェクトは休みもなくとても大変でした』と言いながらも、充実感で目を輝かせて話されるのはいいですね」という嬉しいコメントをいただきました。