中堅企業、成長すれば生産性は向上=問われる支援と自助努力のバランス-官民有識者によるフォーラム・レポート

政府は経済と地域の活性化に向け、従業員2000人以下の「中堅企業」の成長を促進していく。今後は国家戦略に基づく支援策が拡充される一方で、中堅企業自体もガバナンス強靭化や自助努力が求められる。Deloitte Privateと朝日新聞社がこのほど開催した「中堅企業フォーラム」では、経済産業省の幹部や中堅企業の経営者、投資・資本市場の専門家が「中堅企業の自律的成長のカギは何か」を討議した。
目次
中堅企業フォーラムは2025年2月6日、中堅企業の経営幹部や金融機関、自治体など官民の関係者が参加して都内のホテルで開かれた。主要なプログラムは次の4つであった。
1.経済産業省の藤木俊光・経済産業政策局長による施策説明
2.シーヴィーシー・アジア・パシフィック・ジャパン株式会社(CVC)最高顧問の藤森義明氏による基調講演
3.長野県発で食を全国展開する株式会社サンクゼールの久世良太社長による基調講演
4.パネルディスカッション「中堅企業の更なる成長」
経産省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)河野太志氏、藤森氏、久世氏、デロイト トーマツ エクイティアドバイザリー合同会社(DTEA)の古田温子代表執行役
モデレーター:「朝日新聞GLOBE+」の関根和弘編集長
本稿では、施策説明とパネルディスカッションに焦点を当て、「中堅企業論」の現状を紹介したい。
「中堅企業」を新設した理由
政府は2024年9月に改正産業競争力強化法の施行によって、大企業と中小企業の間の新たな区分として、従業員数2000人以下の企業を「中堅企業者」と位置付けた[1]。それまでは中小企業基本法に基づき、従業員や資本金などが一定以下の企業が中小企業、これを上回る規模の法人が「大企業」とされていた。中堅と定められた企業は約9000社。一方、大企業は約1300社、中小企業は約330万社である。政府はこの中堅企業という区分を念頭に、中小から中堅、中堅から大企業へと、それぞれの成長を促す。
経産省の藤木局長は施策説明で、中堅企業の成長に注力する理由として「地域の経済圏で活躍し、従業員数の伸びも大きい」と語り、地域活性化の主軸となっていることを挙げた。さらに「多くの中堅企業がしっかりと稼ぎ、設備投資、人材教育にも積極的である」として、成長の潜在力が高いことも挙げた。経産省によると、中堅企業は過去10年間の設備投資伸び率が37.5%、給与総額の伸び率は18.0%と、いずれも大企業を上回っている。(図表1) 藤木局長は「中堅企業は伸び盛り(のグループ)であり、成長すれば必ず生産性が高くなる」と政策を通じて支援する意義を語った。
図表1 中堅企業と大企業の設備投資額、給与総額の10年間の伸び率(%)
※内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局「中堅企業の自律的成長の実現に向けて(事務局資料)」を加工して作成[2]
政府は、改正産業競争力強化法に基づき、賃上げや投資などに積極的な中堅企業を「特定中堅企業者」に指定し、設備投資やM&Aを後押しする税制措置を講じていく。石破茂政権が掲げる地方創生2.0においても、中堅企業の成長は重要なテーマとなってきた。
ただし、課題も見え隠れしている。日本では、2021年度までの10年間で中堅企業から大企業へと従業員規模が成長した企業の割合が、欧米の主要先進国と比べると低かった。(図表2)
図表2 10年間で従業員規模が中堅企業から大企業へと成長した企業の割合(%)
※内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局「中堅企業の自律的成長の実現に向けて(事務局資料)」を加工して作成[3]
藤木局長は「欧米と日本の制度の違いもある」としながらも、「中堅企業の中には、それなりに技術と売り上げがあるため、『あまり無理しないでもやっていける』と(心地よい環境に)安住しているところがあるのではないか」と問題を提起した。今後は業種ごとの特徴に合った政策によって、中堅企業の挑戦を促す意向を示した。
特に、中堅企業の成長を阻害する要因として、経営・戦略人材の不足は深刻とされる。藤木局長はこの点を克服するには、各地の経済産業局が主導する中堅企業等地域円卓会議での実態把握や「コンシェルジェ的活動」による中堅企業への助言・支援が検討課題になると指摘した。そのうえで、「日本経済の成長・活性化にとって中堅企業は大変貴重な、重要な存在だ。支援の輪を大きくしていきたい」と述べ、地方銀行や投資ファンド、経済団体などとの連携に意欲を示した。
成長の起爆剤になるために
パネルディスカッション「中堅企業の更なる成長」では、経産省の河野審議官、プライベートエクイティ代表としてのCVC藤森氏、中堅企業代表としての久世サンクゼール社長、そしてDTEAの古田社長が、司会の関根GLOBE+編集長とともに、中堅企業が直面する課題やガバナンス構築の重要性について討議した。そのエッセンスを紹介する。
経産省の河野氏は、「失われた数十年」を見返すと、ドイツなどと比べて日本では、人口減少を理由にできない規模で資本蓄積・投資の停滞が起きていると指摘。「企業が自信を持てず、投資できていない。そこが普通になるだけで日本経済は良くなる。中堅企業が自信を取り戻し、成長の起爆剤となる政策を進めたい」と語った。具体的には「金融機関だけではなく、クラウドやITベンダーを含めた、地域企業がアクセスできるようなネットワーク、プラットフォームの構築」、ファミリー企業のガバナンス強化に向けた「アコード(規範)の策定」などを挙げた。一方で「政策にはメリハリをつける。中堅企業だからと言って、全てを支援するのではない。成長意欲があり、意味ある思い切った取り組みに挑戦する企業に政策を提供する」と強調した。
CVCの藤森氏は、中堅企業の多くが経営・戦略人材の確保を課題にしていると指摘。「今、大企業の優秀な30代社員の中にも『大企業ではなく、外に飛び出て事業をやりたい』と考えている人がいる」「中堅企業は良い人材に来てもらうため、長期ビジョンやストックオプションなどの報酬制度を整え、魅力を高めないといけない。これは社長、人事部の仕事だ」「企業やファンドが人材をマッチングすることもできる」と強調した。さらに「(ビジネスは)ゼロイチの世界。リーダーが会社や社員を引っ張り、中堅から大企業、グローバル企業へと大きな夢を持って成長するには、高い目標が必要だ。自助努力しかない」と訴えた。
中堅企業をめぐっては、上場会社に対するアクティビスト投資家の提案が増える一方、未上場会社の場合は創業者やオーナー家のガバナンスも課題となっている。DTEAの古田氏は「中堅企業の多くが上場・非上場という、ガバナンスに絡む課題に直面している」と語った。そのうえで「株主や投資家に対応することが大変だからと言って、非上場化によって解放されるとは限らない。ファンドが入ると気を遣う必要があるし、スポンサーがいない場合の規律の構築は上場よりも難しい。上場・非上場を問わず永続的に成長することが大切であり、ガバナンスはやらされるのではなく、成長に必要な要素としてポジティブにとらえてほしい」と強調した。
サンクゼールの久世氏は、業種に合った人材仲介などの支援策に期待感を示しつつも、「基本は自助努力で立っていくこと。優秀な人を集め、しっかりと投資していく覚悟が大切だ」と語った。その上で、自身の海外展開・事業創出の体験を振り返り、「新規事業を創るには、トップ自身が(現状に対する)危機意識を持ち、どこにビジネスチャンスがあるのか、アンテナを張っていくこと(が肝要)だ。社内で議論し、共感し、問題があれば、人材を引っ張り、組み合わせる。社長の役割を発揮して、いろいろな方と対話して、思いを言葉にしていくことが大切ではないだろうか」と、フォーラム参加者に語りかけた。
デロイト トーマツも中堅企業にコミット
フォーラムではデロイト トーマツのパートナーが冒頭と終わりにそれぞれ挨拶し、グループとして中堅企業活性化を支援していく姿勢を強調した。
デロイト トーマツ合同会社 Deloitte Private Japan Leader の伊東真史パートナーは開会の挨拶で、「私たちは中堅企業支援が日本活性化のカギの一つだと考え、2000人体制で皆様をサポートする。このフォーラムをスタート地点の一つとして、中堅企業の成長促進を盛り上げていこう」と呼びかけた。
また、閉幕に当たり、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 執行役 GSO(Global Strategy Officer)の片岡亮裕パートナーは「2070年には日本の人口は9000万人を割る。先を考えていくときに、中堅企業への注目は高まるばかりだ。日本を元気にするため、このような会合を引き続き企画し、情報提供していきたい」と語った。
<登壇者>
藤木俊光氏
経済産業省 経済産業政策局 局長
1988年、東京大学法学部卒業、通商産業省(現経済産業省)入省。商務・サービス審議官、製造産業局長、大臣官房長などを経て、2024年7月から現職。
河野太志氏
経済産業省 大臣官房審議官(経済産業政策局担当)
1996年、東京大学法学部卒業、通商産業省(現経済産業省)入省。製造産業局自動車課長、菅義偉内閣総理大臣秘書官、資源エネルギー庁長官官房総務課長などを経て、2024年7月から現職。
藤森義明氏
シーヴィーシー・アジア・パシフィック・ジャパン株式会社 最高顧問
1975年 4月 日商岩井株式会社(現 双日株式会社)入社
1986年10月 日本ゼネラル・エレクトリック株式会社入社
1997年10月 ゼネラル・ エレクトリック・カンパニー バイス・プレジデント兼GE Medical Systems Asia CEO
2001年 5月 ゼネラル・エレクトリック・カンパニー シニア・バイス・プレジデント 兼コーポレートCECメンバー 兼 GE Plastics CEO
2005年 2月 GE Money Asia CEO
2008年10月 日本ゼネラル・エレクトリック株式会社 取締役会長 兼 社長 兼 CEO(代表取締役)
2011年8月 株式会社住生活グループ株式会社(現 株式会社LIXILグループ)取締役 代表執行役社長 兼 CEO
2012年6月 東京電力株式会社 社外取締役
2016年6月 株式会社LIXILグループ 相談役
2016年6月 武田薬品工業株式会社 社外取締役 (現任)
2016年7月 ボストン・サイエンティフィックコーポレーション 社外取締役(現任)
2018年8月 日本オラクル株式会社 取締役会長(現任)
2019年6月 株式会社東芝 社外取締役
2020年3月 株式会社資生堂 社外取締役
久世良太氏
株式会社サンクゼール 代表取締役社長
2002年4月 セイコーエプソン株式会社 入社
2005年4月 株式会社斑尾高原農場(現当社) 入社
2006年4月 当社 経営サポート部部長
2006年7月 当社 経営サポート部部長 兼 経営企画室 室長
2008年8月 当社 取締役経営サポート本部 本部長
2011年8月 当社 専務取締役
2012年6月 当社 代表取締役専務
2013年6月 有限会社斑尾高原農場 代表取締役
2017年3月 St.Cousair Oregon Orchards, Inc.(現St.Cousair,Inc.) 取締役
2017年5月 株式会社斑尾高原農場 代表取締役社長(現任)
2018年6月 当社 代表取締役社長(現任)
2018年6月 St.Cousair Oregon Orchards, Inc.(現St.Cousair,Inc.) 非常勤取締役(現任)
古田温子氏
デロイト トーマツ エクイティアドバイザリー合同会社 代表執行役社長
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 パートナー
大手証券会社、IR/SRコンサルティング会社の取締役、経営人材コンサルティング会社のパートナーを経て、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社、デロイト トーマツ エクイティアドバイザリー合同会社の代表執行役社長に就任。デロイト トーマツ入社以前は敵対的買収防衛支援、プロキシーファイト対応、アクティビスト対応、中期経営計画策定支援、経営幹部育成、幹部社員アセスメント等のアドバイザリー業務に従事。
関根和弘氏
朝日新聞社 GLOBE+編集長
1998年、朝日新聞入社。徳島支局を振り出しに、福山(広島県)、神戸両支局をへて大阪社会部。モスクワ大学ジャーナリズム学部に留学したあと大阪社会部に戻り、モスクワ支局へ。ソチ五輪やウクライナ政変、クリミア併合などを現場で取材。帰国後は北海道報道センターで北方領土問題などを担当し、2017年から2年半、「ハフポスト」の日本版に出向。デジタル編集部、GLOBE+副編集長を経て2022年9月より現職。国際情勢、国内外の社会課題を中心に、企業のサステナビリティー経営やESG投資など経済関連も幅広く取材。
<参考レポート・サイト>
中堅企業の成長支援、「脱自前」が焦点 | DTFA Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ
デロイト トーマツ、中堅企業調査、成長への課題は「人的資本」や「市場開拓」、「戦略」の不足が2割強|ニュースリリース|デロイト トーマツ グループ|Deloitte
<参考文献>
[1] 新しい地方経済・生活環境創生本部事務局.(2024). 「中堅企業の自律的成長の実現に向けて(事務局資料)」. 内閣官房. https://www.chisou.go.jp/sousei/meeting/chukenvision/pdf/r06-10-24-siryou3.pdf.
[2] 注1と同じ.
[3] 注1と同じ.
最終閲覧日は2025年2月14日.