政府は2025年、「中堅企業」の成長に向けた官民支援を拡充する。中堅企業が「成長の屈曲点」を乗り越えるために必要な施策とは何か。求められるのは、人材戦略と成長投資、これらを支えるガバナンスの強靭化であろう。いずれも「自前主義からの脱却」が焦点になる。この観点から、中堅企業の成長ビジョンと官民支援の在り方を整理したい。
目次
2024年9月に施行された改正産業競争力強化法により、中小企業を除いた「従業員2000人以下」の法人が「中堅企業者」と定義された[i]。これまでは中小企業基本法に基づき、「従業員が一定以下」(例えば製造業・建設業・運輸業などの場合、300人以下)、あるいは「資本金・出資金3億円以下」の企業が中小企業と位置付けられ、これを上回る規模の法人が「大企業」と扱われていた。これら大企業と中小企業の間に「中堅企業」が新たに設けられ、約9000社の該当企業が生まれた[ii]。
改正産業競争力強化法では、賃上げや投資などに積極的な、成長意欲の高い中堅企業を「特定中堅企業者」に指定し、設備投資やM&Aを促進する税制措置を講ずる。
(2024年度の施策は、次のレポートを参照)
「中堅企業元年」、24年度予算・税制から読み解く成長促進策 | DTFA Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ
政府が中堅企業の成長に注力する理由は何か。中堅企業は地域経済の中核的な存在であることが多く、成長促進の余地が大きいと見られるためである。政府によると、中堅企業は過去10年間の設備投資伸び率が37.5%、給与総額の伸び率が18.0%と、それぞれ大企業を上回っており、潜在力は大きい[iii]。
政府は地方銀行や投資ファンドをはじめとする金融機関、経済団体などの民間と連携し、中小企業を中堅企業に、中堅企業を大企業に、それぞれの成長を促したい考えだ。新規事業・市場の開拓、再編を通じ、経済成長や地域の雇用拡大と賃上げにつなげる狙いもある。石破茂政権が掲げる地方創生2.0においても、中堅企業の成長は重要なテーマとなっている。
ただし、中堅企業には「成長の屈曲点」が存在すると指摘される[iv]。日本では、2011年度から2021年度までの10年間で中堅企業から大企業へと従業員規模が成長した企業の割合が米欧先進国と比べて低かった。(図表1)
図表1 10年間で従業員規模が中堅企業から大企業へと成長した企業の割合(%)
※内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局「中堅企業の自律的成長の実現に向けて(事務局資料)」を加工して作成[v]
政府は今後の中堅企業支援政策を軌道に乗せるため、2025年早期に、業種固有の課題や経営戦略への示唆を取りまとめ、「中堅企業成長ビジョン」として公表する。ビジョンでは中堅企業が陥りやすい「屈曲点」を特定し、解決策を導けるかが問われるだろう。
政府内の議論を整理すると、ビジョンには次の3つの要素が含まれる。
① 人材戦略・人的資本経営
② 成長投資と伴走支援
③ ガバナンス強靭化(①と②の基盤になる)
いずれも金融機関や経済団体などの支援者だけではなく、中堅企業自身が成長に向けて対応する必要がある。本稿では「自前主義からの脱却」(あるいは見直し)という観点を取り上げる。
①人材戦略・人的資本経営
多くの中堅企業は人材確保において成長の屈曲点に直面している。経済産業省が2023年に取りまとめた調査では、地域活性化に意欲的な中堅企業が挙げる「今後の成長の課題」は人材確保が首位だった。(図表2) デロイト トーマツ グループが2024年に中堅企業を含むミドルマーケット企業群に実施した調査でも、同様の課題感が明確に表れた[vi]。
図表2 今後の成長における最大の経営課題(回答%)
※内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局「中堅企業の自律的成長の実現に向けて(事務局資料)」を加工して作成[vii]
中堅企業がグローバル化とデジタル化、少子高齢化という3つの難題の中、持続的に成長するためには、人材戦略と経営戦略を連携し、専門人材と経営人材を採用・育成することが大切とされる[viii]。求められる対応は、(1)中堅企業自身の人材戦略の策定・進化(内的要素)、(2)マッチング環境の整備(外的要素)——の2点だろう。
第一の「人材戦略の策定・進化」は、企業自身が必要な人材を見極め、招聘・育成することであり、「脱自前主義」が重要になる。IT・AI人材や法務専門家、経営人材の起用、地域の大学・研究機関や海外からの採用の強化などを進めるうえで、賃上げや期間限定採用を前提とした高給の支払い、役職や職務の設定などの人事制度改革が求められる。
もちろん、従来のメンバーをリスキリングによって新たな領域の専門家に育成することも必要だ。ただし、デジタルやマーケティング、さらに意思決定などの専門性が高い領域では、能力開発を外部の教育機関に依頼することが前提になり、外部からの招聘同様に人事制度の見直しは避けがたい。
第二の「マッチング環境の整備」は政府や自治体、金融機関、民間企業による支援の拡充が期待される。中堅企業の人材確保に課題感が目立つ背景には、「大企業→中堅企業」、「都市部(特に東京)→地方」という人材のマッチング機会が少ないこと、中堅企業の魅力が雇用市場に伝えられていないこと、が影響している可能性がある。政府は官民ファンドを中心にした地域経営人材マッチング促進事業を実施しているが、人材の「脱自前」に向かう中堅企業を対象に、個社と地域全体に対応した仲介を進めることが求められる。
例えば、政府は2024年度当初予算において、「地域の中堅・中核企業の経営力向上支援事業」に21億円を計上した。同事業では、デジタル人材の採用を支援するほか、自治体や経営支援機関、教育機関と連携して経営人材を地域一体で招く枠組みを設けている。テレワーク用共同オフィスの設置や移住支援など、都市部・地域の2拠点生活支援制度に合わせた補助も始まった[ix]。
これらの事業は、官民支援を通じて地域全体で人材を確保し、人材の循環を生み出すことが狙いとなる。2025年度予算でも事業予算は計上されるが、短期では成果が表れにくい面もあり、地域の中堅企業に対する人材仲介を持続的に強化していくことが期待される。
②成長投資と伴走支援
経産省調査では、中堅企業の「今後の課題」は成長投資が人材確保に次いで多かった。(図表2) 前述のデロイト トーマツ調査でも新規市場開拓やM&Aが「実現できていないこと」の上位を占めている。中堅企業はM&Aや海外市場開拓に関する情報、資金調達力が大企業に劣後しており、なかなか決断に踏み込めない構図がうかがえる。
M&Aや研究開発、新規市場開拓は外部リソースの活用そのものであり、この点でも中堅企業の「自前主義からの脱却」が問われている。
政府は、中堅企業の大規模投資を後押しする税制優遇を導入したが、金融機関や経済団体、経営支援機関による、M&Aなどの伴走支援は拡充の余地がある。本稿では特に伴走支援の「領域の拡大」を取り上げ、具体的に(1)マーケティング、(2)規制緩和への働き掛け——の2つの対象を示したい。
政府の作業部会では、企業の改革には「ファイナンス」、「マーケティング」、「HR(人事)」、「IT」の4つの知識が必要との指摘があった[x]。このうち、ファイナンスとITは既に伴走支援サービスが成長しつつある。HRは前節の「①人材戦略」で指摘した通り、企業自身の人材戦略と合わせてサポート体制を整備すべきだろう。
残るマーケティングは中堅企業の対応が十分とは見られず、今後の潜在的なニーズを見込めるのではないか。
既存市場の強化だけでなく、海外市場の開拓、新規事業の創出においても、「顧客や需要の把握」、「ブランド戦略の構築」、「執行」を柱としたマーケティングは欠かせない。そして、マーケティングはデジタル広告とSNSの発展によって大きく姿を変え、大企業以外でも物語をつむぎ、製品やサービスの付加価値を高めることで成功例が現れている。
しかし、多くの中堅企業ではデジタル・マーケティングの重要性が十分に認識されず、対応は進んでいないようだ。官民の伴走支援拡充策では、M&Aや設備投資のほか、成長投資の一環としてのマーケティング改革が有力な対象領域になり得る。
同様に、規制緩和を中心とした政策への働き掛け(ロビーイング)支援にも目を向けたい。シェアリングサービスに代表される新規市場の創出では規制緩和がカギとなる事例が増えている。しかし、有力な大企業と異なり、多くの地域の中堅企業は政策的働き掛けの知見や経路を十分に備えているとはいえない。政府・自治体が中堅企業の要望を受け止める仕組みを整えるとともに、中堅企業に対する伴走支援のパッケージの中に「政策への働き掛け」を盛り込むことは一案ではないか。意欲を持つ中堅企業の事業創出を後押しすることが期待される。
③ガバナンス強靭化
先に取り上げた「人材戦略・人的資本経営」と「成長投資と伴走支援」の2点を改善していくため、基盤となるのが中堅企業のガバナンス強化である[xi]。企業の規模や属性に合ったガバナンスを再構築することが、屈曲点を乗り越えることにつながる。この点も「脱自前」を意識することが求められる。
特に注目されるのは、中堅企業約9000社の太宗を占めるとされる非上場ファミリービジネスの企業のガバナンスである。(図表3)
図表3 中堅企業の属性別内訳
※内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局「中堅企業の自律的成長の実現に向けて(事務局資料)」を加工して作成[xii]
上場企業は株主による監視が機能する傾向があり、債務の負担が重い中小企業は融資金融機関が緊密に目配りしている。これらの間に位置する非上場ファミリー企業はエクイティガバナンスとデッドガバナンスの空白地帯に陥りやすい。
米国研究者によるファミリービジネスの「3つのサークル(家族、所有、経営)モデル」に基づくと、成長期にある中堅企業は家族(Family members=創業家)、所有(Owners=株主)、経営(Managers&Employees=役員・社員)が徐々に重なり合わなくなるため、新たなガバナンスの構築や調整が必要になる[xiii]。(図表4)
図表4 3つのサークル(家族、所有、経営)モデル
※参照 Tagiuri, R., & Davis, J. (1996). Bivalent attributes of the family firm. Family business review, 9(2), 199-208.
この過程では、他の株主や利害関係者が創業家・親族の関与を注視することになるが、外部からは「健全なファミリー企業」と「不健全なファミリー企業」の見分けはつきにくい。ファミリー企業は率先して情報開示やガバナンス改革を進めることが求められる[xiv]。特に、資金調達による事業成長などを期す場合、非上場のファミリー企業であっても経営の透明性について見直す必要がある[xv]。
ガバナンス構築の手法としては、ファミリー憲章の策定やファミリー評議会、関係者ミーティングの開催といった家族間の関係性と一定の情報開示を担保する仕組みが挙げられる[xvi]。政府の中堅企業政策やビジョンでは、ファミリー企業の強みを生かしながら、成長を実現する道筋を描くことが期待される。ガバナンスを強化するため、事例紹介にとどまらず、求められる情報開示の質や手法、利害関係者とのコミュニケーションの在り方などを盛り込んだ具体的なガイドラインを提示することが課題になるだろう。
「支援ニーズ」と「供給力」に則した制度を
政府の中堅企業政策は2025年度予算、税制改正と、新たに示される「中堅企業成長ビジョン」によって、さらに具体化する。特にビジョンについては、中堅企業の成長に向けた真の(本音の)課題とニーズを特定したうえ、中堅企業自身の外部資源の活用(脱自前)とガバナンス強化を後押しできるかが問われそうだ。
確かに、創業以来の理念と中核事業を基に「自前主義」で持続的に成長できる企業もあるが、「脱自前主義」によって屈曲点を乗り越えた企業も多い。ビジョンで成功事例が示され、中堅企業が納得して経営戦略を再構築していくことが期待されている。
補助金依存型の成長支援は財源と持続可能性において限界がある。人材戦略やマーケティングを含め、「支援に対する中堅企業のニーズ」と「伴走支援者のサービス供給力」を確認することが大切だろう。今まで注目されていなかったニーズと供給力を整理したうえで、競争市場を生み出す仕組みや環境を築けるのか。中堅企業政策をバージョンアップしていくための試金石となる。
<参考レポート>
中堅企業の成長へ、戦略・M&A相談の拡充を | DTFA Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ
中堅企業こそ、戦略的なブランディングを|ファイナンシャルアドバイザリー|デロイト トーマツ グループ|Deloitte
<参考文献・注釈>
[ⅰ] 新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律.
[ⅱ] 経済産業省等.(2024). 「中堅企業成長促進パッケージ」. 首相官邸. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/katsuryoku_kojyo/seichou_sokushin_wg/dai7/siryou1.pdf.
[ⅲ] 経済産業省等.(2023). 「国内投資促進パッケージ」. 経済産業省. https://www.meti.go.jp/press/2023/12/20231221001/20231221001-1b-1.pdf.
[ⅳ] 新しい地方経済・生活環境創生本部事務局.(2024). 「中堅企業の自律的成長の実現に向けて(事務局資料)」. 内閣官房. https://www.chisou.go.jp/sousei/meeting/chukenvision/pdf/r06-10-24-siryou3.pdf.
[ⅴ] 注ⅳと同じ.
[ⅵ] 近日公開予定.
[ⅶ] 注ⅳと同じ.
[ⅷ] 経済産業省.(2020). 「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(人材版伊藤レポート)」. 経済産業省. https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf.
[ⅸ] 中堅企業等の成長促進に関するワーキンググループ事務局.(2024). 「中堅・中小企業の皆様へ」. 首相官邸. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/katsuryoku_kojyo/pdf/chukenkigyou_sien.pdf.
[ⅹ] 中堅企業成長ビジョン策定に向けた作業部会.(2024). 「第2回作業部会議事録」. 内閣官房. https://www.chisou.go.jp/sousei/meeting/chukenvision/pdf/r06-11-18-chukenvision_gijiroku.pdf.
[ⅺ] 注ⅳと同じ.
[ⅻ] 注ⅳと同じ.
[xiii] Tagiuri, R., & Davis, J. (1996). Bivalent attributes of the family firm. Family business review, 9(2), 199-208.
[xiv] 齋藤卓爾.(2012). 「オリンパス・大王製紙事件から日本の企業統治の将来を考える」. RIETI BBLセミナーにおけるコメント資料. https://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/12011801_saito.pdf.
[xv] 太宰北斗. (2020). 「コーポレートガバナンスから見るファミリービジネスとその課題」. 商工総合研究所 『商工金融』, 70(11), 19-33. https://shokosoken.or.jp/shokokinyuu/2020/11/202011_3.pdf.
[xvi] デロイト トーマツ税理士法人. 「ファミリーオフィス&ファミリーガバナンス」. デロイト トーマツ グループ. https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/tax/solutions/tax-finance/familyoffice.html.
※最終閲覧はすべて2024年12月20日.