政府は従業員2000人以下の企業を「中堅企業」と位置づけ、予算・税制優遇による支援に乗り出す。中堅企業のM&Aに詳しい阿部浩二マネージングディレクターはインタビューに対して「企業が中長期的な戦略について相談しやすい環境を整えることが重要になる」と語り、こうした取り組みに対する公的支援が期待されると指摘した。

中堅企業は地域経済・雇用を支える核

――政府は「中堅企業」の成長促進を重要政策に掲げました。従業員2000人以下の中堅企業の特色とはどのようなものですか?(以下、敬称略)

阿部 中堅企業は地域の経済、雇用を支える核となる存在です。東京のような大都市圏を除けば、地方では大企業はそれほど多くはなく、従業員2000人以下の規模の中堅企業がオーナー会社を含め、存在感を発揮しています。製造業であれば、グローバル企業に直接部品を供給するTier1企業があり、産業構造で重要な役割を担っています。小売業であれば、全国展開ではないとしても、関西、中部などのエリアで地域の特色を生かした流通事業を展開し、全国・他地域展開に乗り出そうという企業が多数あります。

こうした中堅企業は人口減少社会の中で地域の企業群をM&Aを通じてグループ化したり、国内・海外展開を模索したりするポテンシャルをお持ちです。

――そうした中堅企業を公的に支援する意義をどのように見ていますか?

阿部 中小企業・事業者は比較的手厚い公的支援が整っており、生き残りやすい環境にあると言えます。一方、1000人~2000人規模の中堅企業は中小企業ほどの公的支援制度がなく、グローバル企業と似たような枠組みでビジネスをしています。中堅企業は経営判断を間違えると、厳しい状況になり得るでしょう。

中堅企業は中小企業から大企業へと成長するサイクルの要です。地域経済や産業構造を強固にするためにも、中堅企業の成長が大切であり、さまざまな支援が求められていると考えています。

優遇税制だけでは、M&A決断の要因にはならず

――2024年度の政府予算案、税制改正大綱には「賃上げに向けた成長投資促進補助金」「M&A促進に向けた投資損失準備金の拡充」「地域未来投資促進税制での『中堅企業枠』の設定」「賃上げ促進税制の控除率引き上げ」といった中堅企業支援策が盛り込まれました。(図表1参照) この中で注目しているものはありますか?

 

図表1 中堅企業に関する2024年度予算・税制改正案

  施策 概要
予算 中堅・中小企業の持続的賃上げに向けた省力化等の大規模成長投資促進補助金(2023年度補正予算と合わせて3000億円) 工場新設や大規模投資の3分の1、最大50億円を支援
税制改正 ①中堅・中小企業のM&A促進に向けた事業再編投資損失準備金の延長・拡充 期間を5年から10年に延長、積み立て率を最大70%から100%に拡充
②大規模投資促進のための地域未来投資促進税制での「中堅企業枠」の設定 設備投資額の最大6%を控除
③賃上げ促進税制の控除率引き上げ 大企業・中堅企業は30%から35%に拡充

※経済産業省「経済産業省関係 令和5年度補正予算・令和6年度当初予算案の概要」(※1)、「令和6年度 経済産業省関係 税制改正について」(※2)をもとにDTFAインスティテュート作成

阿部 中堅企業のM&A促進に向けた事業再編投資損失準備金の延長・拡充です。M&Aを既に検討している中堅企業にとっては投資しやすくなると見ています。

ただし、この税制措置によって、中堅企業はM&Aの検討や実行をしやすくなりますが、件数としてM&Aが大きく促進されるかどうかは見極めが必要です。税制措置が導入されたからM&Aを実行するという経営判断には直結しないのではないでしょうか。

中堅企業がM&Aに踏み切る場合、「この領域を強化せざるを得ない」「この事業を拡大しなければならない」など、具体的な戦略がある、あるいはそうせざるを得ない環境に置かれていることから検討することが多いのです。会計、税務上の効果はM&A検討時に考える要素であり、それだけをもってM&Aの検討・実行に踏み切る理由にはなりにくいと考えています。

戦略策定への相談、公的支援に期待

――地域経済の活性化に向け、中小・中堅企業のM&Aを促進するにはどのような措置が重要でしょうか。事業者による仲介を増やす取り組みも進んでいます。

阿部 M&Aを支援する事業者だけが増えたとしても、問題は解消しにくいかもしれません。支援事業者はM&Aを決断する企業をサポートするだけであり、M&Aを活発化する要因にはなりにくいでしょう。

中堅企業の場合、中長期の目線で経営・M&A戦略を相談できる相手、高度な知見を持つ専門家が、大企業に比べると格段に少ないことが問題だと思います。中堅企業は大企業のように、投資を何度も試せるほど財務体質が強固なわけでもありません。一方で、相応の数の社員を雇っており、中小企業のようにニッチな事業・サービスのみで生き残れるポジションでもありません。しっかりとした成長戦略を築くことがますます大切になっています。

――中堅企業の成長戦略の策定を促進するには、どのような制度が考えられますか?

阿部 多くの大企業は社内に戦略策定に当たる部署、人材を豊富に持っていますし、有力なコンサルティングファームと契約し、アドバイスを受けることができます。しかし、中堅企業の規模になると、成長戦略の策定に大企業のような豊富なリソースを割くことはできません。中小・中堅企業では、経営者自身が実務に忙殺され、1年後の方針は立てられても、5年後の未来をじっくりと見据えて将来像を思い描くことが難しいケースもあります。

中小・中堅企業であっても、外部のコンサルティングファームを手ごろな予算感で利用でき、意思決定を促せるような環境、制度が必要だと考えています。例えば中堅企業が地域経済活性化や賃上げにつながる成長に向け、経営・M&A戦略を策定する際に、外部のコンサルを活用し、その費用の一部に対して公的な資金が支援される仕組みはどうでしょうか。中堅企業が専門的なコンサルティングを受けて、戦略を練り上げるようになれば、M&Aをめぐる景色は変わるはずです。

また、中小・中堅企業と接点が多い税理士の方々に、より高度なM&Aや経営に関する知見や専門性を持っていただくのも有効な案かもしれません。街の税理士の皆さんにM&Aや経営戦略に関する講座を受けていただき、スキルを磨いていただけたら、中小・中堅企業経営陣の有力な相談相手になると思います。こうした知見や専門性を高める「学び」に対する公的な支援の拡充も期待されます。

――M&Aや戦略に関する相談体制が整えば、中堅企業は成長できますか?

阿部 従業員2000人以下の企業は、現状の事業の延長線上でのみ将来像を考えていたり、オーナー経営者が客観的な考察なく、過去の経験則や感覚的なところを拠り所に計画を立てていたりすることも少なくありません。こうした中堅企業がしっかりとした戦略を練り上げ、PDCAサイクルを回せるようになれば、一段の成長を遂げる可能性は高まると思います。

中堅企業に強くなっていただくことが、地域経済、日本経済にとっては大きなプラスになります。自治体や地域金融機関、民間のファームなどとの連携はさらに重要になるはずで、政府が政策的に調整・協業を促すような取り組みが大切になりそうです。

(聞き手は江田 覚 DTFAインスティテュート編集長)

<関連リンク> 

「中堅企業元年」、24年度予算・税制から読み解く成長促進策 | DTFA Institute | デロイト トーマツ グループ (deloitte.jp)

新たな中堅企業支援、「成長の壁」解消へのポイント | DTFA Institute | デロイト トーマツ グループ (deloitte.jp)

中小M&Aガイドラインの改訂|M&A|デロイト トーマツ グループ|Deloitte

デロイト トーマツ アカデミー / TOPページ (ma-plus.com)

<参考文献・資料>

(※1) 経済産業省、「経済産業省関係 令和5年度補正予算・令和6年度当初予算案の概要」20231222日。

(※2) 経済産業省、令和6年度 経済産業省関係 税制改正について」20231222日。

阿部 浩二 / Koji Abe

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー マネージングディレクター

都市銀行にて、法人向け融資業務、投資銀行業務等経験後、2008年9月にデロイトトーマツFAS (現デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社)に入社。
その後、上場企業、非上場企業問わず、バイサイド、セルサイドのファイナンシャルアドバイザリー業務を多数経験。
主に西日本のエリアのファイナンシャルアドバイザリー業務に従事。


この著者の記事一覧