去る2026年3月、日豪のスポーツ・ヘルスケア分野での連携の枠組み「JASHIE (日豪スポーツヘルスケアイノベーションエクスチェンジ)」の会合がブリスベンで開かれ、その中で、日豪交流振興組織JAネットワーク・スポーツ用品大手ミズノ社・一般社団法人未来医療推進機構 (中之島クロス) とクイーンズランド州政府との間で、スポーツ・ヘルスケア分野におけるイノベーション促進に向けた覚書が締結された。当社も同枠組みにメンバーとして参加しており、2032年にブリスベンで予定されている世界的なスポーツの祭典に向け、日豪連携強化に貢献できればと考えている。

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豪州「する」スポーツ市場の特徴と問題


さて、豪州スポーツ市場はどのような特徴をしているのであろうか。まず、スポーツは大きく「する」と「みる」に大別される。フィットネスクラブやアマチュアスポーツが含まれるのが前者であり、プロスポーツは後者に分類される。今回はスポーツとヘルスケアとの文脈の議論であることから、前者にフォーカスを絞りたい。

 

豪州は豊かな自然環境や天候を背景に、スポーツ大国として広く知られている。実際、街には早朝から夕刻までランニングやウォーキングを楽しむ人々や、ビーチではサーフィンやヨット、ダイビング等のマリンスポーツを楽しむ人々で溢れている。また、ラグビー・オーストラリアンフットボール・クリケット・ネットボール等の豪州らしい球技も盛んである。地域のスポーツクラブも多く、地元の社交の場として人々に浸透している。加えて、スポーツ関連教育が盛んで、クイーンズランド大学とシドニー大学は教育機関格付けを手掛けるQS社のランキングにおいてスポーツ分野でそれぞれ世界2・3位と評価されている (2026年)(*1)。

 

図1

 

ここまでの話を踏まえると、豪州は人々のスポーツ熱が高く、多くの人々がスポーツで健康的な生活を送っていると思い浮かべるのが自然といえる。ところが、統計をみると、全く逆の事実が浮かび上がる。15歳以上人口の65% (2022年) が過体重もしくは肥満であるとされているのである(*2)。なお、OECD平均は59%で、日本は27%とされており、豪州の数字の大きさは際立つ (図1)。一体、どうしてこのようなことが起きるのだろうか。

 

足りない運動量


言うまでもないことだが、過体重・肥満の大きな原因として挙げられるのは運動不足と栄養過多/偏りである。豪州政府としても、栄養バランスが悪くハイカロリーの加工食品の氾濫、運動機会を得られづらいデスクワークや自動車中心の移動等の環境要因の影響が大きいとみている(*3)。実際、街を歩けば、こうした環境要因を裏づける例は至る所にあり、例えばファストフード店が至る所で見られる (しかも生活コストの増大を受けて増加傾向にある) ほか、スーパーやコンビニには冷凍食品やインスタント食品が溢れている。また、国内の雇用の7割近く (2020年) がいわゆるホワイトカラーであり(*4)、業務を通じて身体を動かす機会は限定的だ。移動も公共交通機関の発達した主要都市都心部の限られた地域以外は自動車が中心である。

 

図2

 

過体重・肥満の一つの大きな要素である運動不足をより細かにみていこう。統計によると2022年に18歳以上人口の46.0%は運動量が政府のガイドラインの水準を満たしていないとされている。なお、46.0%というのはコロナ禍を通じて健康意識が高まったことを受けて改善した値であり、それ以前は60%を超えていた。また、年代別にみると、運動量が不十分な人口の割合は年齢が高まるとともに高い値を示しており、65歳以上は半分を超える56.6%が不十分となっている (図2)。どうして年齢が上がるにつれて運動が不十分となるのだろうか。統計によれば、運動をしない理由として「加齢」ならびに「健康状態の悪化/怪我」が上位2つの理由として挙げられており、特に前者は65歳以上の約半数もの人々が理由として回答している。つまり、身体が運動に耐え得ないとして断念しているわけである。たしかに、加齢とともに運動が身近なものでなくなっていくというのはもっともらしく思える。


 

図3

 

では、我が国はどうか。興味深いことに日本では豪州とは逆のことが起きており、スポーツ庁の調査によると、国民のスポーツ実施率 (週1回以上) は30-40代を底に上昇しはじめ、70代が全年代で最高を記録している (図3。なお、豪州側指標と日本側指標が同一ではない点は留意が必要)。なぜか。当社調査では人々が大まかに言うと次のような行動を取っていることが明らかになっている。

 

― 日本では、幼年期の水泳等の習い事、小中高校生時代のクラブ活動、学生時代のサークル等、いわば「半強制的」に運動に取り組む環境が充実しているが、社会に出るとその環境が失われる。若手社会人のうちは仕事に追われ可処分時間が大幅に減るうえに、そもそも若いうちは健康不安があまり顕在化していないこともあり、運動からいったん遠ざかる。そしてその後、壮年期を迎える頃に、思わしくない健康診断結果が出始めたり、若い頃は何を食べても太らなかったのに体型の維持が困難になりはじめたりすることで、徐々に運動に回帰し始める。そして、定年を迎える頃となると時間にも余裕ができるため、高頻度で習慣的に運動を行うようになる ―

 

日本でスポーツクラブ/フィットネスジムに行ったことのある方は、プール教室等に通うジュニア層を除けば若年層が少なく壮年・高齢層が多くを占める状況を目にしていて、ご納得いただけるのではないだろうか。30-40代を中心に現役世代が運動から遠ざかっている点は大いに問題だが、高齢層が積極的に運動をおこなっていることは、人々の健康寿命の延伸という観点でポジティブに捉えることができるだろう。

 


大型国際大会のインパクト


さて、豪州の対GDP国民医療費比率は10.4%と2013年の8.8%から大幅に増加してOECD平均9.3%を上回っているほか、少子高齢化が既に進行して医療費負担の大きな日本の10.7%にも肉薄するなど (2023年)(*5)、抑制待ったなしの状況である。日本で起きていることを踏まえると、加齢を理由に運動から離れてしまう人が多い豪州においても「無理なく続けられる形」の浸透を通じて運動習慣を向上する余地があることが示唆される。若い頃と同じようにというのは無理でも、可能な範囲で無理なく運動する習慣が壮年・高年齢層の間に広まるだけでも未病対策の意味においてインパクトが期待できないだろうか。それでは、何を梃子に人々の運動習慣を上向かせることができるのだろうか。
 

図4

 

筆者は2021年前後に東京で起きたことを踏まえると、2032年にブリスベンで予定されている大型国際スポーツ大会が一つの梃子になり得ると考えている。東京都によると、構想・招致段階の2007年から大会後の2025年までの間に18歳以上の運動実施率 (週一回以上) が39%から68%へと大幅に増加したほか、認定スポーツ推進企業数も同様に大きく増え、大会の重要なレガシーとなっている(*6) (図4)。都を挙げて国を挙げての運動推奨の幅広い取り組みが奏功したことに加え、大会を通じてスポーツが身近になったのも好影響を及ぼしたと考える。

 

日本では、運動とは歴史的に「道(どう)」 ― すなわち心を研ぎ澄ます手段 ― として発展してきたことに加え、近代に西洋のスポーツが輸入された後も、「道」の概念や富国強兵の目的と結びついて「教育」の一環として行われてきた性格が強い (なお、2015年に設置されたスポーツ庁も文部科学省の外局として位置づけられている)。したがって、スポーツとは基本的に苦しいものであり、その苦しみに耐えた先に勝利があり、勝利を伴ってこそ成長があると捉えられてきた。いわゆる「スポ根」はまさにその具体例である。

 

ところが、東京大会においては10代・20代の若きアスリート達が、苦しむどころか楽しそうに競技に臨み、それでいて結果を出す姿、そして結果が出なかったとしてもライバルの優れたパフォーマンスを純粋に賞賛して笑顔を見せる姿が国内で広く報道され、人々に衝撃を与えた。ティーンネイジャーの選手達が大活躍したスケートボード競技などはその典型である。スポーツとは、必ずしも苦しまねばならないものではなく、気軽に楽しんで良いものなのだ、とパラダイムシフトが起き、運動実施を後押しした可能性はある。

 

図5

 

スポーツ実施率の向上は産業にも好影響を及ぼしている。当社でもスポーツ業界への新規参入戦略検討・M&A・市場調査等の支援業務の引き合い・提供機会が東京大会の前後で明らかに増加した。スポーツを楽しむ人々が増えれば増えるほど、事業機会が拡大しより多くの企業が参入する。参入企業が増えれば増えるほど、多くの製品やサービスが投入され、人々の選択肢が増える。その過程で、露出や体験機会が増え、始める際のハードルが下がる。そして、より多くの人々がまたスポーツをはじめる。このような好循環が東京大会を機に日本では回り始めていると考えられる (図5)。この大会の持つ影響力はかくも大きい。ブリスベン大会でも同様のインパクトが期待できるのではないだろうか。

 

 おわりに
 

ここまで豪州と日本の両国における「する」スポーツの実情について、そして世界的なスポーツの祭典によって日本にもたらされたインパクトについてことに触れてきた。

 

日豪間の連携は、資源エネルギー・食糧・不動産・防衛等の領域において活発である一方、スポーツそしてヘルスケアという文脈だとまだあまり目立ったケースが見られないのが実態である。ただ、豪州として大きな社会的課題を抱える領域であることは間違いなく、一足早く高齢化社会を迎え、またそのような中で大型国際大会開催を経験した日本として、大いにそのノウハウを生かすことのできる領域であるといえる。冒頭に述べたクイーンズランド州の覚書締結はその第一歩といえ、豪州側としても日本との連携に興味を持っていると捉えられよう。だとすると、スポーツ・ヘルスケアに携わる日本企業にとっては、社会課題解決に貢献しながら豪州市場で新たな事業機会を掴むことのできる好機かもしれない。

 

合同会社デロイト トーマツと豪州法人Deloitte Australiaは、日豪双方にスポーツならびにライフサイエンスヘルスケアの専門チームならびに日本企業担当メンバーを擁し、事業戦略検討・市場調査・デューデリジェンスをはじめ、両国企業間の協業を広範に支援してきた。関心をお持ちの場合は、お気軽にご連絡いただければ幸いである。

 

(*1) QS World University Rankings 

(*2) Australian Institute of Health and Welfare

(*3) National Obesity Strategy 2022-2032

(*4) Tertiary Education Qualification Demand

(*5) Australian Institute of Health and Welfare

(*6) 東京都

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