生成AI時代における知財部の役割変容
知財における生成AI利用の概観
過日に当社コラム「新たな知財部門機能の探求/データ・ノウハウ管理」(*1)(2026/4/15)を公開した。上記コラムにおいて、知財部門の生成AI利用による権利化業務等のオペレーショナル業務での効率化推進の動きを述べ、知財部門が目指す方向性として下記を示した。
図 1 知財部門の目指すべき方向性
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知財部門の方向性仮説①:特許(情報)を駆使した他部門への積極的な関与
・研究開発・事業化には研究開発テーマ毎にゲート管理が行われる中で、事業を見据えた効率的なR&D体制を見据えて、知財部門による情報提供等の関与が必要
・技術起点での新規事業創出には客観・俯瞰的な市場等分析を通じた価値提供ストーリーを紡ぐことが肝要であり、知財部門が仲介者として価値提供が可能な領域
・事業部門関与例として、無形資産を用いた共創・事業化が想定される。どういった収益モデルを構築するかを含め、知財と事業部門連携を中心に実行体制構築が重要
知財部門の方向性仮説②:データ・ノウハウを組み合わせた知財戦略構築・管理体制構築
・知財部が関与することで、著作物を含めたソフトウェアIPの適切な管理・活用による利益の向上や、新たなソフトウェアIP開発における既存IPの再利用の実現が可能と推察
図 2 知財部門業務の具体的な役割拡張
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特許(情報)を駆使した他部門への積極的な関与例
前回コラムでは、見落としがちな観点としてのデータ・ノウハウ管理を詳述した。今回は、特許(情報)を駆使し、他部門に対するインテリジェンス機能等の提供に関する方向性の具体例を示す。知的財産部門が積極的な関与をすべき主体としては、研究開発部門、事業部門、そして経営層(経営企画部門)が想定される。
図 3 知財部門の目指すべき方向性
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まず知財の創出部門である研究開発部門に対して、一般的に発明発掘業務(リエゾン業務)での関わり合いが主な関与と認識されている。これは研究開発の成果物から“発明”を切り出し、特許権化すべきか否か、いわゆる“知財権のオープンクローズ(≠事業のオープンクローズ)”の判断を経て、出願行動に至る極めてベーシカルな知財部門業務である。
この発明発掘は、通常の研究開発プロセスにおいては、最も事業化に近い開発断面であることが一般的である。権利化された特許が、実際に事業に結びつかずに未活用特許として企業内に置かれることが多いのは、開発から事業化までの間に横たわる“死の谷”を越えられなかった結果とMOT的な発想からはいえる。“死の谷”で行き詰まる主な原因の一つとして、事業化の方向性と市場ニーズのズレによって、顧客不在の状態が生じることが挙げられる。
この“死の谷”を越えるにあたって、そのひとつ前の“魔の川”の渡渉方法を見つめ直すことも一考である。そもそも“魔の川”に溺れる原因の一つとして、技術開発段階でターゲット市場のニーズや外部環境の変化を十分に把握できていないことが挙げられる。この“死の谷”と“魔の川”の突破を図るにおいて、市場ニーズを含む外部環境の把握が共通的に求められる点にある。この点で、技術・市場の両観点での情報提供し得る部署として知財部門が挙げられる。社内において客観的かつ俯瞰的な他社プレイヤーとの技術優位性比較や市場における技術ニーズを探索し、研究開発のゲート管理に生かすことで、研究開発成果の事業化をより円滑にすることが期待できる。
図 4 研究開発部門への関与イメージ
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続いて事業部門との関与であるが、多くの企業知財部門では積極的な事業部門関与ではなく、特許の出願における事業活用の方向性伺いや、権利化後の特許年金支払い時の維持放棄判断での事業継続伺いを行っているにとどまっているように推察される。
事業・市場観点に加え、技術・知財観点を加えたIPランドスケープ手法*の代表的な適用例として、新規事業探索が挙げられる。特に自社の強み技術を活かした新規事業を検討する場合において、技術的な点では下記の検証が必要となる。
自認している強み技術が、本当に技術優位性を有しているか
→既存市場に加え、特に進出予定先市場における技術優位性
- 自社の強みが、顧客ニーズに適合しているのか
上記を行うことで、新市場での自社が提供する価値が何か、どう価値創出ストーリーを紡ぐかを描き得る。こうした技術・知財知見を事業部門の企画部門等と共同して行うことも知財部門の新たな機能価値になり得る。
図 5 事業部門への関与イメージ
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最後に経営層・経営企画部門への関与であるが、代表的には事業ポートフォリオ検討を含む中期経営計画策定などにおける技術的なインテリジェンス機能の提供が挙げられる。具体的には、知財・無形資産の視点を含めたIPランドスケープ手法を駆使し、事業計画の策定やM&A・アライアンス戦略策定における情報連携が考えられる。
図6 経営層への関与イメージ
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知財部門のコミュニケーション課題と対応例
知財部門と他部門間コミュニケーションの実情
前章では、知財部門による他部門関与の方向性を示した。ただし、知財部と経営層での意見で下記をお伺いすることが多い。
知財部の意見
“うちの経営は知財・技術を知らない”
“もし訴訟になったら痛い目を見るのに、必要なリソースを割かない“
“技術を軽視しているのに、なぜ会社は技術重視といえるのか”
経営層側の意見
”権利化・維持だけの部門で、コストセンターだよね?”
”訴訟って言っても数が少ないのだから・・・知財は保険みたいなものでしょ?”
”保険的であるので、成果物が経営/財務的指標でのインパクトとして見えない”
特許庁公表資料(*2)においても、下記2つの課題を挙げている。
- 知財経営の推進に向けては「知財部門」「知的財産」に関して、経営層・知財部門・関係部門それぞれの役割に対する「意識」のギャップがある
- 知財経営の推進において不可欠な経営層と知財部門の対話において、主に 「知財部門」に経営サイドの情報・視点が不足する「情報」のギャップがある
また、コーポレートガバナンス・コード改革の実質化に関する内閣府内の議論(*3)において、知財・無形資産の見える化の具体的手法等の提示を含めたコミュニケーションの在り方に関する課題が述べられている。
令和7年10月29日開催第25回検討会での意見
- 経営者への経営目線での翻訳を推進すべき。
- 開示の標準化や効果的な見せ方の整備が必要。
- 経営者や投資家に重要性が伝わる事例集が必要である。数を追うのではなく、質の高い事例を1つか2つでも広く伝えることが重要。
- 企業と投資家の対話活性化のための言語化や整理が必要。
- 知財・無形資産の見える化の具体的手法を提示することが必要。
令和7年11月21日開催構想委員会でのご意見
- 知財戦略支援の不足に対し、CIPOやCLOなど専門人材をしっかり配置すること、知財を含む非財務資本の価値を明確にしていくことが重要
- 知財の重要性について経営層が理解できる言葉で説明できていない。その根底には、共通言語の不足がある。経営者や投資家にとって、知財の価値を測る物差しが存在しないため、どの知財が競争力や事業にどう貢献しているかが伝わっていない。
- 知財の価値を客観的に可視化する、知財の事業貢献度を測る指標が必要。例えば、企業の利益への貢献や、競合との差別化への寄与などを表現できる指標が必要。このような指標により、知財の価値を可視化・定量化でき、知財の重要性が伝わり、投資家にも理解される。
知財部門のコミュニケーション課題対応
コミュニケーションの円滑化を図るにあたって、知財部門だけでなく他部門を含む両面の“歩み寄り”が必要である。しかしながら、知財の重要性・活用の具体化を語るのは知財部門であることから、知財部門から他部門に対しての働き掛けが重要である。
その際に、知財部門がわかる言語で語るのではなく、他部門が理解する共通言語・ロジックで語る必要がある。その代表例は、ROICなどに通じるコスト・パフォーマンスにあると考えます。特に、各種活動の原資(コスト)である予算取りにおいて、明確にパフォーマンスを語る必要がある。
例えばROICをツリー分解した際に、知財によるコントロールが可能な指標は売上高販管費率が主体となり、直接・間接的な経営への利益貢献が可能となるが、知財がライセンスやマネタイズ等でしか直接的な利益貢献が難しい構造であるために、具体的なパフォーマンスを価格にて提示することが難しい現状がある。
図 7 ROICと知財の利益貢献の類型
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そのため、知財部門の多くの活動が含まれる “間接的な利益貢献”活動につき、利益貢献を果たすロジックを明示・金銭価値に換算することで、パフォーマンスを可視化する動きがみられる。下図は知財部門のアクションを経営全体の利益貢献の可視化例となる。この可視化を通じて金銭価値に変える手法として大きく2つ考えられる。
1. KPIでの積算
知財部門のアクションと利益貢献の各ロジックを結果KPIと結果KPIの達成度合いを示す活動KPIを定め、また寄与率・金銭代替指標を設定することで、金銭価値に読み替える
2. 重回帰分析
知財部門のアクション(より具体的には活動KPI)と紐づけたい経営貢献指標(例えば営業利益)との重回帰分析によって、金銭価値に読み替える
図 8 知財の間接利益貢献例
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図 9 定量化手法例
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知財活動可視化のススメ
他部門とのコミュニケ―ションとして、知財部門が経営・事業全体にどのような貢献を果たしうるかを明示することが重要と説明した。以下、可視化ツール例としてロジックモデル(*4)を説明する。
ロジックモデルとは個々の活動と期待される効果の関係性を可視化するものであり、1960年代後半に米国国際開発庁(USAID)が開発した「ロジカル・フレームワーク」に起源を持つ。特に公共セクターや慈善活動の成果(アウトカム)を論理的に説明・評価する手法として、1970年代以降に米国の非営利団体などで発展し、近年ではEBPM(エビデンスに基づく政策立案)の中核手法としても活用されている。
ロジックモデルは、インプット・アクティビティ・アウトプットの過程と、アウトプットを介した他者の変化を示すアウトカムから構成される。
図 10 ロジックモデルの構成要素
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ロジックモデルは、下記ステップにて作成される。
1. 活動目標の設定
→モデルの作成においては、事業目標達成のために何が必要かという観点から、逆算して各要素を検討するため、対象活動が達成すべき目標を設定
→外部環境の変化等を反映して、定期的に更新されることが望ましい
2. 裨益者の特定
→提案活動が誰を対象としたものなのか、提案活動を通じた問題解決への取り組みから、最も影響を受ける個人、組織、社会全体(裨益者)を特定
3. アウトカムの設定
→活動目標を起点に、同目標を実現するために達成しなければならない個別成果を検討
→活動の結果、予期せぬ悪影響を生み出してしまう可能性もある点に十分留意し、そのような成果の発生が一定程度見込まれる場合は、好ましい成果と併せてモデルに含める
4. アウトプット・アクティビティ・インプットの設定
→アウトカムを達成するために必要な結果・活動・資源を、遡って検討
5. 最終的なロジック確認
→これまでのステップで特定した構成要素間の関係性を整理し、それぞれのつながりを矢印で示す
ロジックモデルによって、ある知財活動を定義した後には、成果KPIと活動KPIを置くことで、アウトカム(ex.○○事業貢献)等への金銭的価値評価への定量変換することが可能となる。
図 11 ロジックモデルを用いたKPI設定
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知財部門が他部門に対して新たな価値提供を行っていくにあたっては、生成AIを使いこなすことや、事業化構想や事業化を推進する能力、事業計画策定能力等のリスキリングが必要になると思料する。こうしたスキル要件・人材要件定義をするにあたっても、改めて知財部門が何をなす部門かを上記のロジックモデルを活用しつつ、再定義をしていくことも一考である。
*1:新たな知財部門機能の探求/データ・ノウハウ管理
https://www.deloitte.com/jp/ja/services/consulting/perspectives/intellectual-property-data-know-how.html
*2:特許庁「知財経営の実践に向けたコミュニケーションガイドブック~経営層と知財部門が連携し企業価値向上を実現する実践事例集~」(2023年4月公表)を参照
https://www.jpo.go.jp/support/example/chizai_keiei_guide.html
*3:内閣府 知的財産戦略推進事務局資料(2025年12月公表)を参照
https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/dai26/shiryo3.pdf
*4:独立行政法人 国際協力機構民間連携事業部 中小企業・SDGsビジネス支援事業(JICA Biz) ニーズ確認調査/ビジネス化実証事業「ロジックモデル作成マニュアル」(2025年4月公表)を参照
https://www.jica.go.jp/activities/schemes/priv_partner/announce/n_files/Appendix05.pdf





