政府は、生理、更年期症状、婦人科がん、不妊治療など女性の健康課題による経済損失は年間3.4兆円と試算しています(*1)。日本は労働人口が減少し、男女格差の是正と女性のいっそうの活躍が必須となっており、企業には様々な人材が長く健康に働き続けられる環境の整備が求められています。テクノロジーで女性の健康課題を解決するフェムテックのスタートアップからは、企業経営にとって注目すべき様々な製品やサービスが創出されています。

女性が長く健康に働き続けられる職場づくりが求められている

2020年は日本の「フェムテック元年」となりました。デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社(DTVS)インダストリー&ファンクション事業部 ヘルスケアユニット中井 美奈は、「新型コロナによる失業や健康・メンタル不調は女性へのインパクトが大きく、企業・雇用側もサスティナビリティの観点から、女性の健康を重要な経営課題として認識し始めました」と指摘します。同年は自民党内でもフェムテック振興議員連盟が発足しました。まだ一般的な認知度は不足していると言わざるを得ませんが、2022年に不妊治療の保険適用拡充、2023年に東京都が卵子凍結にかかる費用の助成を開始、2024年に子ども家庭庁がプレコンセプションケア(妊娠前の健康やライフプランの管理)に関する検討会立ち上げなど、市場は追い風となっています。

中井は「人材確保、女性活躍、働き方改革など様々な点から、企業経営にとって女性の健康は重要なテーマです。デジタル世代が出産・育児世代になり、部長や役員などのリーダーが更年期世代となる中、福利厚生サービスの多様化と現代化が求められており、Femtechへの注目が高まっています」といいます。
生理によるパフォーマンス低下、キャリアと出産・育児の両立、不妊治療や更年期障害などによる離職など、女性の悩みは多岐にわたります。生理休暇は法定休日ですが、それ以外の対応が未着手の企業が大多数ではないでしょうか。上述の経済損失に関する政府調査では、女性側は「職場の支援が不足している」と感じており、企業側は「何をすればいいかわからない」と考えていることが示されています。本稿では、DTVSのモーニングピッチ(*2)に登壇したスタートアップの中から、ヘルスケア技術で女性の健康と活躍を支援する注目企業3社をご紹介します(社名50音順)。各社の代表が言及しているように、まさに今、企業・行政含め社会全体での取り組みが求められているといえるでしょう。

【インテグロ】月経カップのパイオニアとして女性の健康課題に取り組む

神林 美帆氏

インテグロ株式会社
代表取締役

2005年から米国ドライマウス向け口腔ケア商品の日本市場立ち上げに従事。青山学院大学大学院国際マネジメント研究科にてMBA取得後、2016年に月経カップと吸水ショーツに出会い、「日本の女性たちにもこの製品を広めたい」との思いから、2018年に事業を立ち上げる。

現在では月経カップは通販やドラッグストアで手軽に購入できますが、神林美帆氏が米国メーカーの製品を輸入販売するビジネスを立ち上げた2018年頃は、日本での認知度はほとんどありませんでした。月経カップは、生理用ナプキンによる蒸れやかぶれなどの肌トラブルを回避できる、経血の漏れが起きにくい、運動時や温泉などでも使いやすい、繰り返し使えゴミが出ないためエコであるなどのメリットがあります。神林氏は「使ってみたところ、驚くほど快適でした。女性なら誰もが感じる煩わしさや悩みを解決できると考えました。起業を考える前に、大学院のソーシャルアントレプレナーの研究でインドのムルガナンダム氏(生理の問題に苦しむ女性のためナプキンを開発、『パッドマン』として映画化された)を取り上げたのですが、縁を感じます」と創業時の思いを振り返ります。

「生理について話そう」をキャッチコピーとしたブログで、様々な立場や年齢の女性のライフスタイル、生理ケア、月経カップの体験談などについて情報発信を行いました。フェムテックに注目が集まった時期と重なり、メディアの取材が舞い込み、ブログの閲覧数も飛躍的に伸びました。神林氏は、「100回以上メディアに取り上げられました。生理が女性の生活や健康にとって大事な課題であると認識されるようになったことには貢献できたのではないかと思います」と、市場を開拓してきた経験を語ります。

日本では、月経カップに対する抵抗感が強くメジャーな生理ケア用品にはなりにくいという課題はありますが、ユーザは徐々に増えてきています。インテグロは、女性が働きやすい環境作りを支援するための研修も行っており、20251月には千葉市消防局で生理研修を行いました。男女ともに参加し生理への理解を深めると同時に、女性職員が適切なタイミングで生理用品を交換するのが難しい消防や救急の現場でも不安なく月経カップを利用できそうだ、という前向きな意見を得られました。

経血で健康を管理するアプリで新ビジネスを開拓

同社のビジネスは、女性のヘルスケアに関心と熱意を持ったユーザーのコミュニティ形成につながり、経血で健康を管理するアプリ提供という新たな展開を迎えています。2023年に、香川大学医学部の鶴田准教授から、月経カップで正確な経血量を量る研究への協力依頼を受け、ユーザに呼び掛けたところ即座に必要な人数が集まりました。経血量を普通と自己申告したユーザのうち2割もの人が実際には治療が必要な病気が原因となっている可能性もある過多月経であるという研究結果が得られました。この研究を契機として、カップに溜まった経血量などを記録するアプリ「Oh My Flow」を開発し、202411月に正式リリースしました。アプリユーザからは、婦人科を受診した際、アプリのデータを見せると医師から診断に非常に役立つと言われたというフィードバックも得られたそうです。

また、最近は世界的に経血の検査や研究が進み、資金も集まっています。血液検査や尿検査のように様々な疾患の発見につながることが期待されます。将来的に、経血を使った検査が一般的になる可能性もあると考え、インテグロは、大学や医師らとの連携による研究に着手しています。

【Varinos】世界初、難易度の高い子宮内フローラ(菌環境)検査を実用化

桜庭 喜行氏

Varinos(バリノス)株式会社
代表取締役CEO

埼玉大学で理学博士を取得後、理化学研究所、米国セントジュード小児病院等にてゲノム関連の基礎研究に従事。GeneTechで検査技術部長を勤め日本に初めて新型出生前診断(NIPT)を導入、イルミナで産婦人科分野の遺伝学的検査の市場開発に携わる。2017年に起業。

遺伝学・ゲノム解析の研究者である桜庭喜行氏が、2016年に子宮内の菌環境と妊娠・出産の関係に関する海外論文を読んだことが創業のきっかけでした。乳酸菌の一種である善玉菌のラクトバチルスの割合が高い人と低い人を比較すると妊娠率や出産率が異なるという基礎研究論文でした。ゲノム解析技術を応用し、世界でまだ実用化されていなかった子宮内フローラ検査を提供したいと考え、2017年にVarinos(バリノス)を設立しました。

ゲノム検査を行えるラボを社内に設け、全国の医療機関から送付された検体を、次世代シーケンサー(遺伝子解析装置)などの専門装置を使って解析します。利用者が負担する費用は46万円、厚生省から先進医療に認定されており、保険診療の不妊治療との併用が可能です。B2Cで子宮内フローラを良くするためのサプリメントの販売も行っています。

腸内フローラは認知度が高く「腸活」も人気ですが、桜庭氏は、腸と子宮では全く違ったと言います。「最初は私もコンセプトは同じなので実用化は簡単だろうと思っていましたが、腸内フローラの検査技術を応用するレベルでは歯が立ちませんでした。近年まで子宮は無菌とみなされていたほどで、菌の数がごく僅かなのです」と技術的な難易度の高さを示します。また、「検査機器などに設備投資が必要となるため、アーリーステージでの資金調達には苦労しました。時期的に不妊治療が保険適用される以前に、自由診療の枠組みの中でビジネスを確立できたのは幸いでした。スタートアップが新たに検査を開発しても、保険診療下では自由診療との混合診療が原則禁止されているため、ビジネスとして成り立たせるのは非常に難しいと言えます」と、日本は革新的なゲノム技術を事業化するハードルが高いという課題も指摘しました。

バリノス内のラボ

妊娠出産を望む女性に、情報と技術を届けたい

不妊治療をしている患者の検査では、約5割の菌環境が良くないという結果が出ているそうです。子宮内フローラが不妊の一因である可能性があるなら、治療によって改善し、妊娠の確率を高めることができます。大勢の女性が心身の負担に悩みながら長期間不妊治療を受けている現状を改善するため、より多くの女性に検査を受けてもらいたいと考えています。創業以来累計5万件の検査を行ってきましたが、ラボは現在の10倍の検査量でも対応できるキャパシティを備えています。医療機関への働きかけを含め認知度向上を図るほか、補助が受けられる自治体の一覧を自社ホームページで公開するなどの取り組みを進めています。

桜庭氏は、「不妊治療は社会課題となっています。女性自身にとっても、女性を雇用する企業側にとっても、妊孕性(妊娠する能力)は35歳以降、急激に低下するなどの基本的な知識の底上げや、プレコンセプションケアの推進、また働きながら不妊治療を受けやすくする制度の整備などが求められています。スタートアップ、大企業を含め民間からの草の根活動が必要と感じています」と語りました。

 【BeLiebe】卵子の数を知る検査をきっかけに女性の人生計画を後押し

志賀 遥菜氏

株式会社BeLiebe(ビーリーブ)
代表取締役CEO

東京大学大学院で医療生命科学の研究に従事。新卒で外資系消費財メーカーに入社。バイオとジェンダーに関する領域での研究の社会実装を実現すべく、2021年にパラレルキャリアとして起業。

BeLiebeの事業の目的は、卵巣に残っている卵子の数の推定するAMH(抗ミュラー管ホルモン)検査を活用した、女性のキャリアアップとライフプランの支援です。卵子の数は加齢とともに減少し、増えることはありません。個人差が大きく、AMH検査の結果から、子どもを持ちたいと思った時に卵子の数が少ないことが分かることもあります。志賀遥菜氏は、「卵子の数を知ることをきっかけとなり、その後の行動変容につながります。女性自身が、仕事と妊娠・出産のプランを現実的に考えることができるのです」と語ります。

志賀氏は大学院で生物科学を専攻した研究者です。バイオとジェンダーに関する領域でテクノロジーの社会実装を行いたいと考えていた時にAMH検査に出会い、起業しました。医療機関では不妊治療で用いられる検査ですが、働く女性がヘルスケアの一環として手軽に行える血液検査キット「EggU(エッグ)」を提供します。看護師・助産師など有資格者によるカウンセリングとセットになっている点も特徴です。カウンセリングを通じて、未婚・既婚、子供の有無、仕事の状況など、ライフステージやキャリアプランを踏まえたアクションプランを作成することができます。

志賀氏は大学院卒業後に外資企業に就職しました。AMH検査を受け、自身の検査結果から出産を先延ばしにはできない体だと分かり、現在は育児をしながらBeLiebeの事業を推進しています。「実は、本当に子供が欲しいのか海外勤務などキャリアを優先したいのか、自分の気持ちがよくわからなかったのです。検査によって自分事として考えることができました。働く女性たちに考えるきっかけを提供したい」と経験を語りました。

男性従業員を含めた企業の健康経営を支援

ビジネス拡大において重視しているのは、大手企業との提携による健康経営の支援です。これまで、トヨタ自動車、阪急阪神不動産、三井住友海上火災保険、マネーフォワードなど様々な企業がモニター検査プログラムに参加しました。企業の福利厚生サービスとして定価31,900円(税込)のキットを割引価格で販売するなど、従業員の利用を促します。女性従業員のキャリア形成支援として活用されるだけではなく、男性の関心も高くパートナーのために購入するケースも多いそうです。

今後の展望としては、①AMH検査以外のヘルスケア技術の研究②女性のトータルライフキャリア支援の2点を挙げます。志賀氏は「出生数の低下、女性リーダーの育成がともに社会課題となっている中、創業からの理念は1つ、『女性が挑戦することを諦めない』です。生涯を通じた女性の健康課題の解決に貢献したいのです。手段はAMH検査以外にもいろいろあるでしょう。しかし、ライフステージに合った女性のヘルスケアに関する認知は圧倒的に不足しています」と言い、企業および行政を含めた社会全体での取り組みの重要性を強調しました。

*1 経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」(20242月)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/jyosei_keizaisonshitsu.pdf

2 デロイト トーマツ ベンチャーサポート Morning Pitch
https://morningpitch.com/

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
DTFAインスティテュート

小林 明子 / Kobayashi Akiko

マネジャー

IT事業会社を経て、調査会社の主席研究員として15年以上IT市場及びデジタル技術の調査研究・分析に従事する。専門領域は、エンタープライズアプリケーション、自治体・公共向けIT・スマートシティ、先端テクノロジー・イノベーションなど。2023年8月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。  

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