
日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増し、宇宙・サイバー・電磁波といった新領域での無人機やAIなどを活用した戦い方への対応が、喫緊の課題となっている。安全保障関連三文書の見直しも前倒しで進む中、デロイト トーマツ スペース アンド セキュリティ合同会社(DTSS)は2025年12月8日、都内で国際情勢セミナーを開催した。
外交戦略や防衛生産基盤の強靭化をテーマとする基調講演の後、韓国やウクライナの情勢に詳しい専門家による対談やパネルディスカッションが行われ、防衛産業を巡る課題と今後の可能性について、活発で多角的な議論がなされた。
<イベント概要>
名称 国際情勢セミナー2025 -次期防等の改定におけるポイント-
主催 デロイト トーマツ スペース アンド セキュリティ合同会社(DTSS)
開催日 2025年12月8日(月)
会場 渋沢ホール(東京商工会議所5階)
参加者 防衛・安全保障産業に関連する政府関係者と民間企業関係者
「経済の武器化」に対応して深化を
松下欣親DTSS執行役副社長より、国際情勢の緊迫化を背景に日本の防衛産業への関心が高まる中、本セミナーが有識者・専門家の知見共有や関係者間のネットワーク強化の機会となることを期待する旨の挨拶があった。その後、北村滋・元国家安全保障局長が外交戦略に関する基調講演を行った。

北村氏は安保関連三文書の見直しにあたって、2025年11月に米国が発表した「国家安全保障戦略[1]」が極めて重要な意味を持つと述べた。今回の戦略文書では米国の安全保障の重点が西半球に置かれ、「アメリカ・ファースト」の姿勢が改めて強調されている一方、抑止力の基盤としての経済安全保障の重要性が明確に位置づけられているという。
特に、これまでの対中関与(エンゲージメント)政策が明確に修正された点を大きな転換と捉え、米中間の競争が通商、技術、インフラ、制度といった多領域に及ぶ包括的なものであることを強調。もはや自由貿易の理想が通用しない現実を直視すべきだと訴えた。さらに、米国が中国によるレアアース供給支配やサプライチェーンの掌握、サイバー攻撃、知的財産の窃取、産業スパイ活動を「経済の武器化」と捉え、サプライチェーンの再構築、先端技術の囲い込み、通商同盟の強化へと舵を切っていると指摘した。その上で、日米同盟を軍事にとどまらず経済、技術、サイバー分野を含む戦略的同盟へと深化させ、日本がその中核として主導的役割を果たすべきだと強調した。
加えて、ミサイルギャップやハイブリッド戦への対応として、反撃能力や無人化戦力の整備を急ぐべきだと語った。
マクロとミクロでの課題
続いては防衛生産基盤の強靭化をテーマとする講演と対談が行われた。筆頭として土本英樹・元防衛装備庁長官が登壇、安保関連三文書の改定を見据え、防衛生産基盤の強化に関する課題と解決策について、マクロおよびミクロの観点から説明した。

まずマクロ課題の第1として、有事における装備品の生産及び維持整備の継続性が制度的に担保されていないと指摘。自衛隊法第103条の改正、国営工場の設立や自衛隊OB等の専門人材を雇用する部外委託法人の創設といった制度的対応の必要性を訴えた。第2に、事態緊迫下における防衛装備品の製造に不可欠な半導体などの部材等の防衛用途への優先供給体制が不十分であるとし、緊急時に防衛装備品向けの生産及び納入を優先的に指示できる枠組みの構築を提案した。第3に、防衛産業界の再編方針が未定であることを課題として挙げ、今後は国際競争力の強化に資する再編の方向性について官民で協議し、一定の方向性を示す必要があると述べた。
ミクロ課題としては労働力不足をとり上げ、防衛産業も自衛隊と同様に人材確保策が求められると強調。一例として税制支援による人材確保施策にも言及し、防衛産業を「防衛力そのもの」と位置づけた上で、制度、財政、人材による一体的な強化の必要性を訴えた。
自衛隊の人材不足解消に民間活力を
続いて講演を行ったDTSSの片桐亮パートナーは、自衛隊の深刻な人材不足を解消させるには、民間セクターなどの「部外力」活用が不可欠であると指摘。特に、採用充足率の低迷や退職者の増加により、人的資源の確保が困難となっており、職場環境やキャリア形成の観点からも、部外人材の活用が重要だと述べた。
英国の事例として、(1) 民営化された防衛研究企業「QinetiQ」、(2) 政府出資の装備調達機関「DE&S」、(3) PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)による海上輸送力の確保の例を紹介。法人形態や契約スキームの違いにより、民間の柔軟性や効率性をとり入れつつ、防衛機能を維持している点が参考になるという。

最後に片桐パートナーは、民間のインセンティブを誘発する仕組みが制度設計の鍵であるとし、法人形態に応じた契約条件の工夫、柔軟な人事制度の導入、民間パートナーとの連携体制の構築、長期契約による安定的な関与、デュアルユースの慎重な活用、など複数の解決策を提言した。
韓国と日本の防衛産業には補完余地
続くトークセッションでは、韓国の装備品移転戦略と日本の防衛産業の可能性について議論が行われた。2025年10月に韓国で開催された防衛装備品展示会Seoul ADEX2025[2]の紹介をもとに、韓国防衛産業の勢いと背後にある課題がとり上げられた。キヤノングローバル戦略研究所の伊藤弘太郎・主任研究員と、奥奈津子DTSSマネージャーという、韓国防衛産業に精通している両名が対談した。
今回のSeoul ADEXでは、無人機やAI技術が展示の中心を占め、ウクライナへの実践投入実績のあるエストニア企業と共同開発されたUGV(無人地上車両)や、韓国陸軍による次世代歩兵近代化プロジェクト「Warrior Platform[3]」などが紹介された。

伊藤氏(写真右)は、韓国陸軍が進める「Warrior Platform」について、韓国は人口減少による人員不足を背景に早期からこうした技術開発を進めてきた一方で、予想を上回る人口減少と装備更新の遅れにより、プロジェクトの進捗に課題が生じていると指摘した。
セッションの後半では、奥マネージャー(写真左)が韓国の防衛産業の特徴として、地域主導による防衛産業クラスターの形成に関する取り組みを紹介した。現在、大田広域市、亀尾市、昌原市の3都市が指定されており、クラスターに選ばれると、研究開発施設・装備支援などのため国から支援を受けることができ、装備品の先行開発、国産化拡大はもちろん雇用創出、地域経済活性に寄与する取り組みとして、地方創生の観点からも注目されていると説明がなされた。
伊藤氏からは、具体例として、大田広域市においては中小企業が入るオフィス棟、ドローンの飛行実験に使用される演習場などで構成されるリサーチパークが整備され、一例としてスタートアップ企業による段ボールドローンの開発・導入が進められていることが紹介された。韓国南部にある昌原市は、韓国の課題とされる輸入部品依存の克服に向け、部品や素材の国産化に重点的に取り組んでいるという。
両氏は、防衛事業庁の設置や癒着排除による透明性の確保が、防衛産業への信頼と若年層の就職人気を高めている点を成功要因として評価。日韓間では、装備品の国際展開や技術開発、サプライチェーンの構築、強化において補完関係を築く余地があり、日本にとっても制度設計や地域産業政策の観点から学ぶべき点が多いとの見解を示した。
AIの進化は第1段階から第2段階に
最後のパネルディスカッションでは、サイバー空間における新たな戦い方について、ウクライナやイスラエルの事例を踏まえた議論が行われた。将官として2020年2月にウクライナ参謀本部を訪れ、イスラエル訪問経験もある廣惠次郎・GMOインターネットグループ株式会社グループサイバー防衛事業推進本部「6」(シックス)本部長(元陸将)を中心に、デロイト トーマツ サイバー合同会社の伊藤益光パートナーと山下有香マネージャーが登壇した。
廣惠氏は、AIの進化を①各システムが独立して最適化する個別最適、➁複数システムが連携した全体最適、③情報処理の自動化、④AIが自ら判断し行動する「オートノマス」、の4段階に分類。その上で陸軍の多くは現在、第1段階(個別最適)から第2段階(全体最適)への移行期にあると説明した。
将来的には、ロボット対ロボットの戦闘が主流になって、電磁波とサイバーが戦場の支配要素となる中で、ネットワークの切断と防御が勝敗を左右すると強調した。
また、イスラエルのようにインテリジェンス体制を重視すべきであり、国産装備の確保や、地方における分散型の訓練・演習の展開も不可欠であると述べた。さらに、日本は一部の分野では最先端を走っており、官民および国際連携を通じて十分に追いつくことが可能であるとの認識を示した。

廣惠氏は「集中」と「分散」の両方が大切だと強調した。集中は訓練や教育、研究開発、官民連携などに注力することで、分散の観点では地方を強くすることが非常に大事だと力説。ウクライナによる地方拠点の強化は対ロシア戦でも奏功しており、日本も地方をしっかりサイバー戦に強くしていくことが重要だと語った。
伊藤パートナーは、AIとサイバー技術の進化が戦い方に大きな変化をもたらしていると指摘。特に、AIによるサイバー攻撃の自動化が進展しており、物理空間ではドローンや電磁波との連携が重要になっていると述べた。情報戦においては論理空間と物理空間の融合が進み、ISR(情報・監視・偵察)やリアルタイムの連携が勝敗の鍵を握ると強調した。
セミナーの閉会あいさつでは長山聡祐DTSS執行役副社長から、日本の安全保障や防衛に関する議論が大きな変化の局面を迎えているとの認識が示された。長山氏は新たなステージに進もうとしている今こそ、既存の価値観にとらわれることなく、歴史を尊重しつつも未来志向で「日本はどうあるべきか」を正面から議論することが、現役世代の責務であり次世代への橋渡しとなると述べた。
<脚注>
- White House, National Security Strategy of United States of America, November 2025, https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2025/12/2025-National-Security-Strategy.pdf (2025/12/9アクセス) .
- Seoul ADEX2025ウェブサイト, https://seouladex.com/(2025/12/9アクセス) .
- Warrior Platformウェブサイト, https://www.hanwhasystems.com/en/business/defense/land/warrior_index.do(2025/12/9アクセス).
<主要登壇者>
●北村 滋
北村エコノミックセキュリティ合同会社 代表
元国家安全保障局長・内閣特別顧問
東京大学法学部を経て1980年4月警察庁に入庁。2019年9月、第4次安倍内閣改造に合わせて国家安全保障局長・内閣特別顧問に就任。同局経済班を発足させ、経済安全保障政策を推進。2021年7月退官。
●土本 英樹
元防衛装備庁長官
京都大学経済学部卒、1986年防衛庁(現防衛省)入庁。2004年、陸上自衛隊イラク復興業務支援隊として、現在のサマーワに駐在。2022-2023年、防衛装備庁長官として、危機的状況だった防衛産業再建のための政策を取りまとめた。
●片桐 亮
DTSSパートナー
官民連携やインフラビジネス、公共サービスのアウトソーシングに係る業務に従事。2013年のデロイト トーマツ グループに参画後も引き続き同種のビジネスを手掛け、近年は宇宙・防衛領域に係る各種アドバイザリー業務にも従事。
●伊藤 弘太郎
キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員
韓国の防衛産業振興策および防衛産業輸出戦略を通してみられる米欧・豪州などとの防衛外交について研究。衆議院議員事務所等での勤務を経て、内閣官房国家安全保障局(NSS)にて参事官補佐として、韓国を中心とする東アジア地域などの政策実務に従事した後に現職。
●奥 奈津子
DTSSマネージャー
外務省において韓国語専門職として朝鮮半島関連業務に従事した後、DTSSに参画。
DTSSでは、韓国の防衛産業に関するリサーチを専門領域としつつ、防衛装備品の移転に関するプロジェクトなどに従事。
●廣惠 次郎
GMOインターネットグループ株式会社グループサイバー防衛事業推進本部「6」(シックス)本部長
前陸上自衛隊教育訓練研究本部長(元陸将)
防衛大学校第33期を卒業後、陸上自衛隊の通信・サイバー分野を長年けん引。2020年にはウクライナを訪問し、サイバー防衛能力を視察以降、「領域横断作戦」や「サイバー戦の統合運用」の重要性を訴えるなど、日本のサイバー防衛の理論的基盤を築いた第一人者。2025年11月よりGMOインターネットグループの本部長として参画。
●伊藤 益光
デロイト トーマツ サイバー合同会社
Cyber Advisory パートナー
大学卒業後、日本及び米国にて30年以上のテクノロジーリスク及びサイバーリスクコンサルティングを経験。2013年に大手コンサルティングファームにてサイバーセキュリティ専門チームを立ち上げ、日本エリアの代表を務める。2020年より現職。
