
デジタル化の進展と地政学リスクの高まりによって、半導体は経済安全保障上、必要不可欠な戦略物資として再定義された。日本政府は、サプライチェーンの強靭化を目指し、北海道で次世代半導体の量産を目指すラピダス、熊本に生産拠点を設けた台湾TSMCなどに対する公的支援を進めている。政府の半導体戦略に呼応し、北海道では半導体産業を起点にした持続的成長を目指す「北海道バレービジョン協議会」が動き出した。この新たな産官学金による地方創生の枠組みを推進した、協議会の和田義明顧問(元防衛大臣補佐官・内閣府副大臣)とデロイト トーマツ戦略研究所の鹿山真吾主席研究員(デロイト トーマツ グループ ストラテジー・リスク・トランザクション リーダー)が半導体、地方創生の可能性について意見を交わした。
半導体産業の戦略的意義と政府のコミットメント
鹿山 半導体はインターネット空間、デジタル機器、電気自動車(EV)に不可欠であり、地政学リスクの高まりとともに経済安全保障上の戦略物資と位置付けられました。今や国際的な競争力を左右する存在と言っても過言ではありません。
一方、世界の半導体売上高に占める日本のシェアは1988年に50%を超えたものの、その後、国際競争力を失い、2019年には10%程度まで落ち込みました[i]。日本の半導体産業の落ち込みは、デジタルサービスの落ち込みと連動しています。クラウドサービス、人工知能(AI)基盤を支える情報処理分野に目を向けると、2000年頃のメインフレーム市場では日本は出荷台数ベースで4割近いシェアを確保していましたが、2020年時点のクラウド(IaaS/PaaS)市場シェア(売上高ベース)は2.6%にとどまりました[ii]。(図表1)
図表1 半導体売上高の世界シェア(1988年、2019年比較)
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データソース 経済産業省(2021).
政府は2022年成立の経済安全保障推進法、23年の経産省「半導体・デジタル産業戦略(改定)」などに基づき、半導体政策を拡充しています。2022年には先端半導体の国産化を目指すラピダスが設立されました。まだ、世界では商用化されていない回路線幅2ナノメートル(ナノは10億分の1、以下「nm」と表記)相当の次世代半導体を27年に量産する計画です。和田顧問が青写真を描いた「北海道バレービジョン」と合わせ、成功の要諦は何か、今、期待される半導体政策について意見交換したいと思います。
和田 半導体は、「現代の石油」と呼ぶべき重要な戦略物資です。どのように活用し、新産業を構築していくかが、日本経済の未来を左右する鍵になります。その国の産業優位性はその国が手に入れられる半導体の質と量で決まると言っても過言ではないでしょう。
世界の半導体製造の先進事例を参考にすると、私は成功の要諦は二つ、すなわち、①政府の徹底的なコミットメント、②包括的なサプライチェーンの構築、であると考えています。
まず、政府のコミットメントについてお話ししましょう。
アメリカでは、地方自治体の財力が大きく、先行投資を徹底し、例え、短期的な結果が出なくても新産業のプロジェクトを推進します。一方、台湾ではサイエンスパークなどのインフラを政府主導で構築するだけでなく、輸出を念頭に置いた保税区域の設置、税制優遇や補助金給付、高度技術者育成を目的とした国営ラボの設立などを通じて企業を全面的に支援しています。こうした国々の取り組みは非常に参考になります。
日本では、政府がラピダスプロジェクトを推進する為に既に1.7兆円を投じました。2nm世代を手掛ける第1工場には総額4兆円以上が投入されることになり、さらに、1.4nm世代以降を手掛ける第2工場には3兆円以上の投資が予定されています。また、政府はラピダス本体に2025年度に1000億円、26年度には1500億円を出資して、黄金株を保有し、事業責任を負うことをさらに明確にしました。さらには、令和7年度(2025年度)補正予算で高度人材育成を目的とした産総研のラボを千歳に設置することも決定しました。
北海道バレービジョン協議会の和田義明顧問
鹿山 政府のコミットメントという点で、非常に大きな一歩ですね。私自身、これまでも政府が関わる様々な政策措置と連動して、企業にアドバイスをする機会が多かったのですが、今回の政府による半導体産業への政策的な取り組みは、これまでとはレベルの異なる気合を感じます。経済産業省や財務省からは強い協力・支援の姿勢を感じます。そこには、強い危機感があるのではないでしょうか。
和田 政府として「もう後がない」という強い危機感、そして「絶対に成功させる」という決意があると感じています。日本の経済の柱である自動車産業でさえ、テスラや中国の新興メーカーのEV開発・量産に脅かされています。自動車産業の世界地図が塗り替えられようとしている中、日本の経済が生き残るためには、半導体産業を再興し、自動車に次ぐ第2の柱に育てることが課題です。
歴史を振り返ると、日本の産業は70年代から90年代初頭にかけて、半導体や自動車、家電産業がアメリカやヨーロッパとの貿易摩擦の中で厳しい状況に追い込まれました。その後、国策として何かを進めることに対して慎重になり、結果として、この「失われた30年」の間、大きな産業政策を打ち出せずに来ました。
今回の半導体産業支援は、過去を教訓にした日本経済復活の狼煙であり、政府の徹底的なコミットメントが形になり始めています。しかし、まだまだ政策支援を広げる余地はあるのではないでしょうか。例えば、台湾のような保税区域の設定。次世代半導体はアメリカに対する輸出を意識しているわけですから、新千歳空港のそばにあるラピダスに対し、保税区域を設定し、価格競争力を引き上げる取り組みが期待されます。さらには、道央圏を中心とした「北海道バレー」を特区に設定して法人税、所得税などの税制優遇を実現することで競争力のある産業集積地を構築することも実現したいと思います。現時点で台湾のTSMCに負けない競争力を確保することは容易ではないですが、グローバルマーケットで競争力を発揮するためには、台湾のように政府の徹底した支援が不可欠です。
供給網構築を支える北海道バレービジョン
鹿山 和田顧問が挙げた成功の要諦、二つ目は「包括的なサプライチェーンの構築」でした。地政学リスクが高まる中、サプライチェーンを強靭にするには、半導体関連産業を一定程度、地域に集積することが大切です。この観点から北海道の可能性をお聞かせください。
和田 海外や東京、大阪で何が起きても、影響を受けにくい強靭なサプライチェーンを北海道全体で作り上げることが必要です。効率を高め、日本経済を支える半導体産業の創出を実現しなければなりません。北海道の強みとは、将来の有力な輸出先であるアメリカに近い点、そして土地の拡張性が非常に高い点です。100ヘクタール規模の用地利用がすぐに検討できる地域は日本には他になかなかありません。(図表2)
図表2 北海道バレービジョン(HVV)のイメージ
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合同会社デロイト トーマツ作成
鹿山 「北海道バレー」というサプライチェーン構築のカギを握るのが、2025年5月に当初30団体(オブザーバー含む)で発足した「北海道バレービジョン協議会」でしょう。和田顧問が政治の世界から描いたビジョンを中心に、思いを共にする産官学金の関係者が結集しました。私たちデロイト トーマツもカタリスト(媒介者)として、様々なアクターの熱意を後押ししていくことを強く意識して参画しました。
和田 私はラピダス創設後、北海道選出の衆議院議員として、ラピダス取締役会長の東哲郎さん、代表取締役社長兼CEOの小池淳義さんと様々な意見交換をしていました。元々、北海道バレーというアイデアは小池さんが出したものであり、「(北海道の)皆さんでぜひ考えてください」と言われたのが、私が動き出すきっかけでした。
鹿山さんやデロイト トーマツの皆さんと、ラピダスを中心とした経済のエコシステムが必要だという議論を2023年6月頃から始め、その年の秋頃にはさらに多くの方々からも協力をいただき、2024年1月には具体的な準備が始まりました。
鹿山 北海道バレービジョン協議会を組成していく中、次の2点がポイントになったと考えています。
第一に、投資計画策定や規制緩和検討、システム構築など専門的な議論を進める部会を設置したことです。例えば、インフラ整備一つをとっても非常に複雑です。学校の設置や規制の問題などがあります。これらを一括で話し合うのは非効率的です。複数のコアとなる部会を立ち上げ、それぞれの部会で専門的な議論を進めています。
この部会は、私的勉強会での議論を基に設立され、挙手制でリーダーを選び、その幹事が中心となって進めています。各部会での成果を最終的にパッケージ化し、全体の計画に反映させることが事務局の役割です。このような取り組みが最終的には大きな成果を生むと考えています。(図表3)
図表3 北海道バレービジョン協議会の構成
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合同会社デロイト トーマツ作成
第二に、アメリカ、台湾、韓国の半導体製造の取り組みを視察し、徹底的に研究したという点です。和田顧問が挙げた、①政府の徹底的なコミットメント、②包括的なサプライチェーンの構築――にもつながりますが、先進的な国・地域では、政府、地方自治体、経済界、学術界が一体となり、共通のゴールを共有していました。
和田 海外視察は非常に参考になりました。先ほど申し上げたように、台湾では、TSMCを中心に保税区域を設置し、企業誘致や輸出を促進するための税制優遇措置や補助金が整備されています。台湾の経済部(経済産業政策所管省庁)が「我々はビジネス環境を構築するサービスプロバイダーに徹する」と話していたのが印象的でした。これにより、TSMCだけでなく、その周囲に関連企業が集積し、強固なサプライチェーンが形成されています。
米国ニューヨーク州のオールバニでは、半導体製造を中心に据えた産業クラスターが形成されており、企業だけでなく、研究機関や教育機関が一体となって取り組んでいます。製造だけでなく、技術革新や人材育成の拠点としても機能しています。
バレービジョン協議会のモデルとなったのは、オールバニを中心とした地域の非営利団体「Center for Economic Growth(CEG)」でした。州政府でもなく、連邦政府でもなく、連邦レベルの経済団体でもない、有志の集まりで地域を変えていくという枠組みです。個々の企業にアドバイスをしながら、地域への企業誘致を進める団体で、地域の課題を政府と交渉しながら解決していく仕組みが印象的でした。視察して「北海道に必要な機能はこれだ」と感じました。
また、私がもう一つのライフワークとして取り組んでいる防衛産業を例に挙げると、米国では政府が施設を整備し、民間がその中で製品を組み立てる「Government-Owned Contractor-Operated(GOCO)」という仕組みを導入しています。台湾でも半導体分野で同様の取り組みが進んでいます。国際競争力を高め、勝ち抜いてゆくには、日本でも同様の仕組みを国策産業に導入することが最初の一歩と言えます。
産業クラスター、医療・生活・教育が不可欠
鹿山 海外の先行事例を参考にしつつ、和田顧問や主だった関係者がリーダーシップを発揮し、事務局・議論の枠組みを整えながら、北海道バレービジョン協議会は生まれました[iii]。
既に産業基盤が整っている九州などと異なり、北海道ではゼロから構築するワクワク感や挑戦があります。これから半導体拠点だけでなく、GXやデータセンター、防衛分野、幅広いサプライチェーンを北海道が牽引することも期待され、インフラの構築が課題になります。
鹿山真吾主席研究員
和田 企業も人も、良い仕事があるだけでは、北海道バレーに集まりません。レベルの高い教育、医療などのインフラ、快適な住環境、エッジの効いたエンタメ・ライフスタイル施設などが整備されて初めて、世界トップクラスの人材や新しい産業を招き入れることができます。教育は特に重要であり、台湾のTSMCが陽明交通大学と連携してコースを作り、海外から人材を招き入れている事例は参考になります。
産官学金のチームワークはますます大切になります。北海道バレー協議会には現在61社が参加しており、おそらく、すぐに70社になるはず。企業の皆さんの間では、まだ遠慮も見えますが、一緒に未来を描くアーティストとして、青写真を描き、投資いただき、積極的に変化を起こしていきたいですね。
北海道バレーを産業政策・地方創生のひな型に
鹿山 北海道バレービジョンの国際的な意義にも触れましょう。2030年の半導体市場は1兆~1.5兆ドル規模と予測されています。その半分近くが(現時点で日本企業だけでは量産できない)7nm級になるとの見方もあります[iv]。このレベルの製品を量産できなければ、市場から追い出され、国としての競争力が衰退します。現在、台湾のTSMCや日本のラピダスが半導体製造を進めていますが、サプライチェーンの複雑さから自国のみで完結することは困難です。同盟国・同志国と連携したフレンドショアの体制を整える必要があります。民間企業もこの視点が重要です。
和田 ラピダスは日米連携を前提とした計画であり、サプライチェーンの部分でも協力が必要です。現在のアメリカは内向きになり、欧州も独自の道を模索しているように見えます。このような状況で、同盟国・同志国が個別対応に終始すると、地政学リスクに対応できない。チームワークが不可欠です。
この点、日本は、フェアで中立的なキャラクターとして、枠組みを作る上で有利な立場にあります。こうした国柄を活かして、国際的な協力を進めることが重要です。
鹿山 私は北海道バレーの枠組みをさらに展開できるのではないかとも考えています。日本全体を見た時に、戦略的な重要性を増す産業が多々あります。造船や装備品なども含め、日本のものづくりを再び強化することが期待されています。北海道バレーのサプライチェーンやインフラ強化の枠組みは、他の産業・地域にも参考になるのではないでしょうか。
和田 北海道バレーを日本の産業政策、地方創生政策のひな型にしたいですね。北海道バレービジョン協議会では、ゼロから産業クラスターを作り上げるための具体的なプロセスやタイムフレーム、To-doリストといった知見を集め、地域の未来の青写真を描いてきました。
国はまず、戦略的な投資領域を明確にし、エリアを厳選してリソースを集中投下すべきです。そして、民間を巻き込み、人材の育成も含めた自律的なエコシステムを全国の地方都市に構築する。これこそが真の産業育成と地方創生につながると信じています。北海道バレーの定型フォーマットを新たな産業や地域に落とし込み、日本全体の地域経済の活性化につなげ、「強いニッポン」を築くことを夢見ています。
構成:デロイト トーマツ戦略研究所編集長 江田 覚
撮影:デロイト トーマツ戦略研究所主席研究員 駅 義則
【略歴】
和田 義明 / Yoshiaki Wada
北海道バレービジョン協議会顧問
1971年10月10日生まれ。パリインターナショナルスクール、早稲田大学商学部卒。1995年、三菱商事に入社。約20年間、中南米・東南アジア・インド等で自動車の販売網構築、販売マーケティング、M&A等に従事。ペルーに1年間長期滞在し、インドに5年間駐在した。岳父、町村信孝の逝去に伴い、2016年、衆議院補欠選挙に立候補し初当選。商社時代に培った「徹底した現場主義」を政治信条とする。
内閣府大臣政務官、内閣府副大臣、防衛大臣補佐官などを歴任。著書に「北海道ブランド戦略」(幻冬舎、2019年)、「新たな安全保障外交への道 インド太平洋戦略2.0」(扶桑社、2024年)。
鹿山 真吾 / Shingo Kayama
デロイト トーマツ戦略研究所主席研究員
デロイト トーマツ グループ ストラテジー・リスク・トランザクション リーダー | 合同会社デロイト トーマツ 常務執行役
2009年、デロイト トーマツ FAS(現・合同会社デロイト トーマツ)入社。2014年から2017年までDeloitte Corporate Finance LLCのニューヨーク事務所に出向し、日米M&A案件統括責任者としてクロスボーダーディールの組成・エクセキューションの陣頭指揮を執る。
入社以前は、大手外資系証券会社3社の各投資銀行本部にてM&Aグループの中核メンバーとして数々の大型M&A案件に関与。
参考文献・資料
[i] 経済産業省(2021).「半導体戦略(概略)」. 経済産業省.
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/conference/semicon_digital/20210603008-4.pdf
[ii] 経済産業省(2023).「半導体・デジタル産業戦略(令和5年6月改定)」. 経済産業省.
https://www.meti.go.jp/press/2023/06/20230606003/20230606003-1.pdf
[iii] 北海道バレービジョン協議会(n.d.).「北海道バレービジョン協議会の概要」. HVVAホームページ.
https://www.hvva.gr.jp/gaiyou.html
[iv] 半導体市場予測は主要な市場調査会社の推計と関連業界・関係者との意見交換に基づく.