3本柱の濃淡

図1
今回の首脳会談で前面に出たのは、防衛、重要鉱物、エネルギーという3本柱だ(図1) (サイバーセキュリティについても共同文書が出されたが、安全保障の一部であることを踏まえ、柱からは割愛する)。ただし、その扱いは一様ではない。
まず、防衛・安全保障。豪州政府の説明では、情報共有の強化、防衛能力の共同開発・共同生産、先端技術の試験、装備品の維持整備、訓練・演習の拡充、重要海上交通路の安全確保など、実務的かつ具体的な論点が並ぶ。日本側文書でも、包括的な安全保障協力をより高い段階へ進めるべく、具体策の検討を閣僚に指示したとされており、かなり積極的なトーンである。
重要鉱物についても同様である。日本政府がJOGMECを通じた投資・助成金支援を拡大すること、豪州政府もまた日本企業が関与する案件に対して既に最大13億豪ドル規模の支援をおこなっていることに触れつつ、Lynas・Alcoa・Magnium・Tivan・RZ・Ardeaと、既に優先度が高いと特定している具体的なプロジェクト名にまで言及し、今後さらに同様のプロジェクトを特定していくとしている。重要鉱物のサプライチェーンを実質的に多角化するための両国間の協力の方向性はかなり明確といえよう。
では、エネルギーはどうか。重要トピックでありながら、防衛・重要鉱物とは対照的に共同文書の内容はかなり抑制的であり、そもそも共同文書の文量も半分程度にとどまる。文書の中では、日豪両国が燃料やガスを含む必要不可欠なエネルギー物資の流れを支えること、東南アジア・太平洋地域のエネルギー安全保障を共に支えることなどが確認されている。しかし、防衛や重要鉱物のように、具体策や案件レベルの踏み込みは見られない。
つまり、防衛・重要鉱物は「これからさらに進める協力」が主題であるのに対し、エネルギーは「今ある関係を壊さないこと」が主題であったように見える。その背景として豪州国内のエネルギー事情を具体的にみてみよう。
政争の具となったLNG
背景としてまず挙げられるのが、豪州国内で高まっていたLNG課税または輸出抑制論である。近年の豪州では、急進的な再エネ導入に伴ってLNG生産・流通の優先順位が低下しており、その影響で国内ガス供給不足や価格上昇への不安が国民の間で高まっていた。そうした中、豪州産LNG輸出に対する追加課税や輸出規制強化を求める議論が勢いを増していた(*2)。さらに厄介だったのは、日本企業が長期契約で買い取ったLNGの一部を第三国へ輸出していることを捉え、「豪州のガスを国内で不足させているのは日本だ」といった論調が広がっていた点である。

図2
しかし、このような議論はLNG事業の成立条件を踏まえたものとは言い難い。というのも、LNGプロジェクトは巨額の初期投資を必要とし、かつその採算性は長期間のオフテイク契約により支えられている性質を持つ。そして、豪州LNG産業を黎明期から投資と長期契約で支えてきたのが日本の商社やエネルギー関連企業なのである (図2) (*3)。長期契約は単に買い手の権利ではなく、案件を成立させる前提条件であり、日本企業の関与なくして今日の豪州LNG産業の発展は語りにくい。つまり、日本側から見れば、契約上義務付けられた量の買い取りを履行してきたことが、いつの間にか政治的な批判材料となっていたわけであり、心外そのものであろう。
また、豪州政府もそれがわかっているので、安易にLNG課税や輸出規制へ踏み切ることは難しかったはずである。もし強行すれば、日豪間の信頼関係そのものを毀損しかねないほか、資源国としての豪州の投資予見可能性にも大きな傷が付くからだ。
イラン紛争と燃料危機
さて、そのような状況で起きたのがイラン紛争とホルムズ海峡の事実上の封鎖である。危機を通じて浮き彫りになったのが、豪州の液体燃料安全保障の脆弱性だ。
豪州は資源輸出国でありながら、ガソリン、ディーゼル、ジェット燃料などの多くを輸入に依存しているうえ、備蓄日数も十分とは言い難い。2026年4月下旬時点では、ガソリンが概ね44日分、ディーゼルが33日分、ジェット燃料が30日分程度にとどまっていたとされる(*4) 。IEA加盟国に求められる90日分の純輸入相当備蓄を上回る体制を維持してきた日本と比べると(*5)、危機耐性の差は明らかである。ホルムズ海峡をめぐる緊張は、日本以上に豪州の燃料供給不安を直撃した。
供給不安の影響は価格面でも顕著であり、豪州競争・消費者委員会(ACCC)の2026年5月15日付週次燃料価格モニタリング報告によれば、紛争前の2月20日の週と比べて豪州5大都市平均の小売価格は、ディーゼルが1リットル当たり2.32豪ドルで紛争前比28%高、レギュラーガソリンは1.82豪ドルで同29%高となっている(*6)。ピークからやや調整した後でも、なお平時を大きく上回る水準にあり、ただでさえインフレに苦しんでいた豪州国民の家計を直撃した。また、農業、鉱業、物流、発電など豪州経済の幅広い分野がディーゼルに依存しているため、追い打ちをかける形でのさらなる物価上昇が想定される。
ところで、生産量は少ないものの実は豪州は産油国でもある。ただ、精製についてはコストが高く競争力に欠けることから能力を縮小してきており、稼働中の製油所は Ampol の Lytton Refinery と Viva Energy の Geelong Refinery の2ヶ所のみである (しかも不運にも2026年4月には後者で火災が発生し、機能を停止した)。したがって、産油国でありながらも石油製品は80%以上を輸入に依存している。その主な輸入元はシンガポール・韓国等のアジア諸国であり、なんと日本も含まれている。
日豪首脳会談
イラン紛争が起きた直後の3月の段階で、日本側は豪州に対して明確なメッセージを発していた。鈴木量博駐豪大使はキャンベラでの経済会議イベントのパネル討議において、日本から豪州への石油製品供給について「日本は豪州への石油製品の供給を絞ることはしておらず、今後も供給を続ける」と述べ、豪州側に安心材料を提供した。同時に返す刀で、日本批判世論の高まっていたLNGの件について、「日本の辞書においてサプライズは常に望ましくないことの意味だ」「LNG課税などは非常に望ましくないこと」と発言し強く牽制した。さらに、「日本の投資家はそのようなバッド・サプライズがあれば豪州を去って他国へ向かい得る」とも述べており、日本側の石油製品の安定供給協力と豪州側のLNG制度変更回避は一体だとのメッセージを発している(*7)。危機下の豪州の燃料安全保障にも一定の配慮を示しつつも、内容はかなりストレートであり、首脳会談前の重要な地ならしになったと考えられる (なお、日豪首脳会談の開催はこの数日後に発表された)。
つまり、エネルギー分野における日豪関係は、豪州が日本へ資源を供給する一方向の関係ではなく、日本が豪州へ石油製品を供給することで支える双方向の相互依存関係でもあることが、ホルムズ海峡危機のもとで改めて可視化され、現状を維持することの重要性が再確認された。日豪首脳会談共同文書のエネルギーに係る内容の目新しさや具体的な内容の薄さの背景にはこのようなこともあったものと考えられる。
なお、5月12日に発表された2026–27年度連邦政府予算案にも関連した内容が垣間見える。予算全体としては、中東情勢による世界的な供給不安を踏まえ、燃料供給・安全保障を主要テーマの一つに据えているが、事前に報道の多かったLNG輸出制限や課税は盛り込まれなかった。他方で、国内向けにLNG生産量の一定量を確保する政策対応は掲げられており、国内供給安定とのバランスを図る現実路線が採られたとみられる。すなわち、豪州政府は、政治的に受けの良いLNG課税や輸出制限には踏み込まず、対外的な投資予見可能性を損なわない範囲で国内供給確保策を進める道を選んだと解することができよう。
おわりに
今回の日豪首脳会談は、一見すると、防衛、重要鉱物、エネルギーの3本柱を幅広く確認した「堅実な成功会談」であった。しかし、共同文書の濃淡を丁寧にみると、実際には防衛と重要鉱物が前面に出され、エネルギーはあえて控えめに処理されている。この非対称性は、会談前の豪州国内で高まっていたLNG課税・輸出規制論、日本企業に向けられた批判、そしてイラン紛争によって豪州自身の燃料安全保障の脆弱性が可視化されたという背景を抜きにしては理解しにくい。日豪両政府が、防衛と重要鉱物では協力強化を打ち出しつつ、エネルギーでは摩擦の顕在化を抑え、双方向の供給維持と投資予見可能性を守るという実利を選んだ会談であったといえよう。なお、豪州メディアでは会談後はLNG課税・輸出規制を求める声は鎮まり、代わって高市総理の「日豪は準同盟ともいえる関係」との発言が大々的に取り上げられていた。
我が国企業にとっての示唆も明確である。日豪関係はもはや単純な「資源供給国と需要国」の関係ではなく、危機時の相互補完を含む重層的関係に進化しており、防衛や重要鉱物等の比較的新しい産業を巻き込みながら、厚みを日に日に増している。今回の首脳会談は、その現実を改めて浮き彫りにしたといえるのではないだろうか。会談を通じて特段のサプライズが無かったことについて、モリソン前政権時に外務貿易大臣首席補佐官を務めた現・Australian Strategic Policy Institute所長のJustin Bassi氏は、自社ポッドキャスト番組の中で「新しく大きなアナウンスが無かったことそのものが現在の豪日関係の重要性を示している。何か新しいことが無いときでも両首脳が会話し続けていることを意味するからだ」と述べている(*8)。
合同会社デロイト トーマツでは、豪州法人Deloitte Australiaとともに、事業戦略検討・市場調査はもとより、資源・エネルギー、インフラはもちろん、金融、不動産、消費財、防衛・宇宙等多くの産業における日豪企業間の協業・M&Aを広範に支援している。関心をお持ちの場合は、お気軽にご連絡いただければ幸いである。
[*1] 外務省↩
[*2] Institute for Energy Economics and Financial Analysis
[*3] 国際情報ネットワーク分析
[*4] ABC News
[*5] 資源エネルギー庁
[*6] Australian Competition and Consumer Commission





