近年のモータースポーツの潮流
―日本のモータースポーツは100年の歴史があり一時期は地上波でも放送される人気コンテンツでしたが近年のモータースポーツ業界はどのような状況でしょうか。
五十嵐:モータースポーツに限らず、現場観戦型のスポーツビジネスはコロナ禍を契機に大きな変化を迫られました。デジタルツールの急速な発展や人々の余暇の過ごし方が多様化したため、スポーツの立ち位置は現場観戦エンタメから総合型コンテンツへと変化しています。
モータースポーツの観客数や市場規模について述べると、F1人気で最も観戦されたバブル期からコロナ禍直前まではゆるやかに右肩下がりの状況でした。コロナ禍でさらに下降に追い打ちがかかりコロナ禍明けには復活する傾向が出ています。ただし同じモータースポーツでも、レースカテゴリーによって盛り上がっているものもあれば、人気を取り戻すには至っていないものもあります。

出典 スポーツに関する調査(2022年)観戦編(株式会社クロス・マーケティング)
―なぜモータースポーツの人気は右肩下がりになっていたのでしょうか。
五十嵐:2つの理由が考えられます。観戦者が減るにつれてテレビで放映される機会も減少したこと、そして若者の車離れです。平成初期は今と比べて気軽に楽しめる娯楽が今ほどは多くなく、かつファミリー動態も今とは異なっています。休日には家族でサーキット場まで出向いて観戦する光景が多く見られました。しかしインターネットの発展とともにネット環境が整い、自宅で完結するエンターテインメントが充実し、全体的に遠出の頻度が減ったことで、現地まで出向くスポーツ観戦の機会は減少しました。
またスポーツの観客数は競技場と生活圏の近さが密接に関係しています。都会のアクセスしやすい場所にスタジアムがある野球やサッカーと比べると、モータースポーツのサーキット場は騒音対策で郊外に置かれていることが多く、観戦には車で行くことになります。車離れによる遠出の減少はモータースポーツとって強い影響がありました。
―海外のモータースポーツ人気も日本と同様の状況でしょうか。
五十嵐:レースカテゴリーごとに切り分けて考える必要があります。知名度の高く、もとからファンやリソースが整っているF1は今も全世界で人気を博しており、NetflixでもF1を題材にしたドキュメンタリー映画がヒットしたことで関心を寄せる人が急増しています。またサウジアラビアが『Vision2030』という構想を掲げており、サーキット場の建設などF1の誘致に多額の投資をして自国のコンテンツ産業を盛り上げようとする動きが見られます。一方でF2などその他カテゴリーはモータースポーツ自体に関心を寄せているコアなファンが中心となっており、F1に比べると開拓の余地がある状態です。
―モータースポーツの見せ方に変化はありますか。
五十嵐:人気が博していたバブル期世代のF1はセナやシューマッハといった花形の選手や白熱する場面など見どころのある試合をすることで観客を魅了し、物販やテレビで視聴率を集めてスポンサーをつけることで収益を得ていました。しかし近年ではモータースポーツそのものをコンテンツ化し、モータースポーツに関わる選手やチームにフォーカスしたストーリーを映画やNetflix番組として公開するなど、オンラインで接点を作りファンを増やす手法に変化しています。またサーキット場の近くでライブコンサートやゲームの大会など別コンテンツのイベントを開催することで、モータースポーツファン以外でも老若男女が楽しめるような工夫もしています。
―五輪やサッカーはTV放映権の高騰によるビジネス拡大が進んでいます。他のスポーツと比較してモータースポーツの放映権ビジネスはどのような状況でしょうか。
五十嵐:圧倒的な観戦者数の違いに加え、試合の開催数という前提の違いがあります。例えば野球だと毎日試合が行われていますがモータースポーツは年に10試合前後であり、毎週話題に取り上げられることが難しく、レース観戦単独のチャンネルとして成立するのは難しいでしょう。その代わりオンラインでの接点作りに注力しているのが現状です。
もともとモータースポーツはコンテンツ化に向いている特徴を持っています。そもそもの成り立ちがどれだけ速く走る車を作れるかという技術開発やレーシング技術の向上にあるので、ストーリーに仕立てやすいという側面があります。
最大の魅力は選手だけでなくメカニックやテクニカルディレクター、監督などを含めたチームワークやそこから生まれるヒューマンドラマです。ただ速さや技術力を競うのではなく、多様な登場人物に注目が集まるスポーツだからこそ多方面からの共感を生み、コンテンツ化の際に人気を博しているともいえます。

F1 TVの様々な機能
https://www.formula1.com/ja-jp/subscribe-to-f1-tv
4つの収益の柱
―モータースポーツビジネスの収益構造は今後どのように変化していきますか。
五十嵐:今後はIP(知的財産)、Platform(配信媒体)、Place(リアル体験)、Partner(スポンサー) の4つの軸で収益を構成していくと考えています。IPはモータースポーツ関係者の持つ物語性のあるエピソードや競技データなど、あらゆる情報源を著作権として活用します。Platformは従来のチケット販売に加え、動画配信サービスなどプラットフォームを活用してファンを増やし定着させていきます。Placeは全国のサーキット場と現地の観光地や名産品を掛け合わせて、地域活性等のコラボも踏まえた収益化を図ります。Partnerはスポンサー企業に広告価値を提供するという従来の手法に加え、サーキット場やレースを通じてスポンサー企業に主要事業のPoC(概念実証)の場を提供することでスポンサーシップを締結し、共同開発を行ないます。今後スポーツビジネスではこの4つの軸を持ち、収益構造を分解してキャッシュポイントを生み出していく必要があると思います。
―ただ観客数を増やせばいいということではないのですね。
五十嵐:スポンサーシップが大きく変化している中でモータースポーツをよりメジャーなスポーツとしてビジネスにしていくためには、ただ画一的に観客数をKPIとするのではなく、モータースポーツ業界全体で上位KPIは果たして何であるべきかを真剣に考える必要があります。例えば、観客数以外の指標としては会員数の増減や配信動画の視聴完走率、再来場率など様々なものが考えられます。現地、配信、スポンサー企業ごとに関心を持つ数字が異なるため同じKPIを共有するのは難しいという課題があるものの、最終的に達成したいことの認識と上位KPIが揃えば連携しやすくなります。
ビジネスをどう広げ次世代ファンをどう育てるか
―どうやってモータースポーツのファンを増やしていきますか。
五十嵐:少子高齢化や余暇の多様化により、国内モータースポーツだからといって日本人のみをメインターゲットにし続けることは難しいでしょう。韓国や中国など東アジアからの観戦客のインバウンド需要や、デジタルコンテンツとして全世界に発信していくなど、国境の垣根を超えていくことが必須です。
新規ファンの獲得施策としては、入り口は短尺動画、理解は解説と裏側、参加はコミュニティ、現地は体験、継続は会員制度という一連の導線を作っていく必要があります。多様なコンテンツが溢れる時代にユーザーとの小さな接点をどれだけ作れるか、そこからいかに観戦に結びつけてファンとして定着させられるかが課題です。若者に寄せすぎるとコア層や家族層を取りこぼすので、モータースポーツへの入り口は広く、内容は深く導線を引くことがカギになります。
また一定のコア層や富裕層向けのプレミアム体験についても用意する必要があります。サーキット場にVIPルームを設けて商談の場として提供したり、レース前後に選手などに会えるパーティを開催するなどスポーツホスピタリティのビジネスにも取り組んでいます。
―最後に、モータースポーツの未来をどう考えていますか。
五十嵐:とても明るいと思っています。日本におけるモータースポーツは野球やサッカーなどのメジャースポーツに比べると確立されたビジネスやファン層がそれほど多くないにも関わらず、多岐にわたるファンが昔から存在しています。ビジネス設計の余地がある上に、デジタルが発展している時代だからこそ、選手や関係者だけでなく全国の企業、地域、ひいては全世界を含めたビジネスを展開していけることがモータースポーツの強みです。

五十嵐 貴裕
合同会社デロイトトーマツ シニアマネジャー
ブティック系コンサルティングファームにて、IPOに向けた中期経営計画策定支援、新規上場申請書類の作成支援等の常駐支援に従事。2017年にデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。BDD、中期経営計画策定支援、新規事業計画策定、PMI等の業務に加えモータースポーツ産業の拡大支援に取り組んでいる。





