
2016年に内閣府から好評された「日本再興戦略2016」でスポーツを国の成長産業と位置づけてから、スポーツ業界ではビジネスとしての新たな側面が発展の兆しを見せてきました。その中でも近年注目されている取り組みのひとつに「企業版ふるさと納税」があります。企業は自治体の地方創生事業に寄附をすることで税制優遇を受けられるため、ホームタウン活動をおこなっているJリーグのクラブを寄附先に選ぶという事例が近年増えています。前回に引き続き、スポーツビジネスのスペシャリストで新しいeスポーツのビジネス化も推進しているデロイト トーマツの里崎慎と小谷哲也に話を聞きました。(聞き手:編集部 川端)
スポーツが持つ付加価値の見直し
―スポーツが持つ社会的な価値について、どのように捉えていますか?
里崎: 社会貢献の観点において、スポーツには大きく2種類の価値があると考えています。ひとつはスポーツ活動そのものが持つ価値です。スポーツをすることで健康寿命が延びるといった身体的効果、ポジティブな気持ちになったりする精神的効果、そして、スポーツ活動そのものを通じてコミュニティ形成が促進されるといった社会的効果、が挙げられます。そしてもうひとつは、コンテンツとしてのスポーツそのものが持つ付加価値です。スポーツはアートやエンターテインメントといった分野と比べると、観る・する・支えるという様々な立場からの関与が可能で幅広い層のファンを獲得できるうえに、官民含め幅広いステークホルダーを巻き込むことができるといったHUB機能があり、あらゆるコトをつなぐことが可能です。
小谷: コンテンツとしてのスポーツが持つ付加価値は、コロナ禍で大きな転換点を迎えました。約30年前にJリーグが地域密着型の活動を始めたことは第一の転換点でしたが、第二の転換点となったコロナ禍では、スタジアムへの集客や対面での活動ができなくなりました。その結果、ステークホルダー全員がスポーツコンテンツの付加価値を見直し、スポンサーシップの形を状況に合わせて変化させる必要に迫られました。
里崎: コロナがなければ、全員で指さし確認をすることは難しかったと考えられるため、コロナ禍で10-20年分の変化がもたらされたと思います。
スポンサーシップに対する考えの変化

―コロナ禍がスポンサーシップの考え方にどのような影響を与えたのでしょうか?
里崎: 従来のスポンサーシップの考え方が変化した背景には、やはりコロナ禍があります。ここ10年ほどでスマホの機能が加速度的に発展し、爆発的に普及しましたが、コロナ禍以前、多くのコンテンツホルダーはデジタル化になかなか注力できない状況にありました。Jリーグはリーグとしてデジタル化を推進していましたが、クラブ側にそのための余力がなかなか確保できなかったり、スポーツ界では全般的にデジタル知見のある人材が不足していたりしたこともあり、デジタル化に注力することが難しい状況でした。
小谷: 一方で、Bリーグはコロナ禍以前から「スマホファースト」を掲げ、デジタル化に注力していました。その背景には、当時のJリーグで推し進めていたデジタル化を新しいフィールドでより加速度的にチャレンジしたいと考えた関係者が多数Bリーグに異動したことが一因とも言われています。2016年のBリーグ創立当初から、彼らはデジタル化に注力していました。
里崎: コロナ禍によって、Jリーグのクラブも待ったなしでデジタル化に取り組まざるを得ない状況となり、これにより従来なら10年はかかったであろう変化が、1-2年で進むこととなりました。結果として、コロナ禍がもたらしたパラダイムシフトにより、地域の課題解決など広告宣伝以外で価値を提供するコミュニケーションが広がり、パートナー企業もそのような取り組みに参加するようになって来たという変化が生まれています。
Jリーグにおける企業版ふるさと納税の現状と課題

―Jリーグと企業版ふるさと納税の関係について教えてください。
里崎: 直近で我々がJリーグとともに取り組んでいるのが、クラブとホームタウンを巻き込んだ企業版ふるさと納税の推進です。
小谷: デロイト トーマツでは、Jリーグのクラブが企業からの寄附を得るための追い風として企業版ふるさと納税を提案し、Jリーグと企業の双方に働きかけています。調査によると、Jリーグに所属する60クラブのうち、企業版ふるさと納税を活用しているのは10クラブ程度でした。対して、個人版ふるさと納税を活用しているのは30クラブ以上ありましたが、実態としてはクラブの応援グッズが返礼品として活用されているというシンプルなものが大半で、クラブビジネスの観点からは、販売対象がサポーターか自治体かという点が異なるだけの取り組みとなっていました。
里崎: Jリーグのクラブが企業版ふるさと納税を活用できていない理由のひとつに、認知度の低さがあります。クラブ側がその存在やメリットを認知していないため、自治体や企業との合意に至るまでの調整役や実行役となる人的リソースが不足しています。また、企業と交渉を進められるビジネス感覚を持つ人材も少なく、事前準備が非常に困難な状況にあります。
企業版ふるさと納税に対する意識の変化
―企業版ふるさと納税に対する企業側の意識は変化しているのでしょうか?
里崎: 課題はありますが、企業版ふるさと納税を活用する企業は着実に増えています。企業側からは、従来は使途が不明瞭だった納税額の一部を、目的意識を持ったクラブに活用してほしいという声が上がっています。以前は企業版ふるさと納税のメリットを説明する必要がありましたが、最近では企業自ら寄附先の自治体を探す動きが見られるようになってきています。
小谷: また、これまでJリーグのクラブは自費に近い形でホームタウン活動と呼ばれる社会貢献活動を行ってきたところが大半でしたが、企業版ふるさと納税を活用することで寄附金を利用してホームタウン活動を実質的にマネタイズできるようになります。この取り組みはクラブと企業の双方にメリットをもたらします。
里崎: 実際、企業版ふるさと納税に関する勉強会をクラブ向けに実施したところ、この1年間で参加クラブが数クラブから40クラブほどに増加しました。この背景には、Jリーグを通じてクラブに向けて企業版ふるさと納税のメリット等を地道にアナウンスしてきたことが挙げられると思っています。
企業版ふるさと納税がもたらす好機への期待

―今後、企業版ふるさと納税を活用した取り組みにはどのような可能性があるのでしょうか?
里崎: FC今治が企業版ふるさと納税による寄附金を活用し、ホームスタジアムであるアシックス里山スタジアムを建設した事例など、着実に成果が生まれています。今後さらにJリーグと企業の間で企業版ふるさと納税を積極的に活用していくためには、両者をいかにマッチングさせるかが重要です。
小谷: 企業版ふるさと納税は税制優遇に加え、寄附金の使途が明確である点が特徴です。そのため、納税資金を有効活用したい企業や社会課題の解決に取り組む企業にとって、非常に魅力的な制度となっています。
里崎: スポーツ業界におけるビジネスの好機が期待される中、企業版ふるさと納税はクラブと企業のニーズを満たす新たな切り口として注目されています。




