米国の人口動態は劇的に変化している
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
増島 雄樹
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
バリュエーション & モデリング
江越 七海
景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2025年10月27日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。
目次
Ira Kalish
Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト
経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。
米国人口動態の劇的な変化とその背景
米国は、経済および公共政策に重大な影響を及ぼし得る人口動態の劇的な変化の瀬戸際にある可能性があります。米国の人口は建国初期から戦争やパンデミックの期間でさえも、長期にわたって増加してきました。例外は1918年のスペインかぜ流行時のみでした。死亡者数が出生数を上回った場合でも、移民の純流入によって人口は増加してきました。移民の純流入が急減した時期もありましたが、それは通常、戦争・恐慌・パンデミックといった危機の際に限られました。
しかし現在、今年の米国人口は減少に転じる可能性が報告されています。出生数は依然として死亡数を上回っていますが(この傾向は2031年に終わる見込み)、移民の純流入が既に減少に転じている可能性があります。これは、2024年に300万人以上増加した人口が、2025年には減少に転じる可能性があることを意味します。
ピュー・リサーチ・センターが実施した分析によれば、今年の前半6カ月間で米国の外国生まれ人口は約150万人減少しました。これは、強制送還だけでなく、不法滞在外国人が移民当局による拘束を恐れて自主的に退去したケースも反映している可能性があります。また、アメリカン・エンタープライズ研究所の別の調査では、2025年の米国純移民はマイナス52万5,000人と予測されています。これは出生数が死亡数を上回る分をほぼ相殺し、結果として米国人口に変化が生じないことを意味します。
いずれの推計が正しいとしても、米国の人口動態は大きな変化を迎えようとしており、その原因の大部分は米国の移民政策の変化にあります。この政策には、強制送還、難民受け入れの制限、外国人留学生の受け入れ抑制などが含まれています。こうした政策は既に労働力人口の増加を急激に鈍化させ、その結果として雇用の伸びも減速しています。当然ながら、そのほかの条件が同じであれば、これは経済成長の鈍化を意味します。さらに、この傾向は主要産業における労働力不足を引き起こし、賃金や物価の上昇につながる可能性があります。農業や建設業の一部地域では、既にこうした現象が起きています。
長期的な経済への波及効果
現在の移民政策が今後も継続すれば、米国経済にとって長期的に重大な影響を及ぼす可能性があります。現在、米国の18歳未満人口の28%は、移民または移民の子どもです。もし今後、移民の純流入がゼロの状態で推移すれば、18歳未満人口は2035年までに14%減少すると予測されます。これは、2030年代から2040年代にかけて労働者数が急減する一方で、高齢者人口が増加し続けることを意味します。年金や医療への影響は非常に深刻となる可能性があります。既に米国政府は、高齢者ケアのコスト増により財政の不均衡が拡大しています。移民の減少はこの問題をさらに悪化させ、投資家が米国政府債務の保有に慎重になるのを防ぐために、増税や歳出削減が必要となる可能性があります。
移民制限を支持する人々は、移民が住宅需要を押し上げ、その結果として住宅価格を高騰させると主張しています。しかし、建設関連職の30%から60%は移民が占めています。移民人口が急減すれば、建設コストの大幅な上昇、あるいは建設産業全体の減退を招く可能性があり、結果として住宅価格を押し上げることになり得ます。
さらに、移民は米国の医療従事者の中でも重要な割合を占めています。カイザー・ファミリー財団によれば、米国の医師の27%、介護助手の22%が移民です。移民規制の強化が続けば、医療および在宅介護分野で深刻な人手不足が発生する可能性があります。その結果、医療関連業務のロボット化への投資インセンティブが高まるでしょう。こうした動きは既に、人手不足と移民受け入れが極めて少ない日本と韓国で進行しています。
最後に、米国の移民は近年、米国人科学者が受賞したノーベル賞の38%を占め、さらに設立時評価額が10億ドル規模に達したスタートアップ企業の約半数を創業しています。移民規制の強化は、技術革新と、それに続く新規事業創出を阻害する可能性があります。その結果、経済成長に悪影響を及ぼすことが懸念されます。
※本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。
Deloitte Global Economist Networkについて
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