景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年10月28日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

ヨーロッパの現状と課題

現在、ヨーロッパ経済の活性化のための方法が議論されています。先日、欧州連合(EU)は、欧州中央銀行(ECB)の元総裁であるマリオ ドラギ氏に、ヨーロッパが生産性の伸び悩みから脱し、再び成長の軌道に乗るための方策について意見を求めました。この議論には今や国際通貨基金(IMF)も加わり、ヨーロッパを立て直すための独自のアイデアを提供しています。

まず、現状の問題を把握しましょう。1990年代には、EUの労働生産性は米国をわずかに上回っていましたが、これはヨーロッパにおいて省力化や作業効率向上のための技術に多大な投資が行われたことによるものです。ただ、米国における平均労働時間がヨーロッパよりも長かったことから、当時の米国の1人あたり所得はヨーロッパを上回っていました。しかしその後、米国では比較的急速に生産性が向上した一方、ヨーロッパにおいては伸び悩んだこともあり、今日では米国の労働生産性はヨーロッパよりも著しく高くなっています。これは、ベンチャーキャピタル投資という強力なシステムによってけん引された、米国における大規模な技術投資が反映されたものといえますが、結果として、米国・ヨーロッパ間における1人あたり所得の格差は大幅に拡大しました。こうしたこともあり、多くのヨーロッパの政策立案者は、この傾向が変わらない限り、ヨーロッパは米国に大きく後れを取るのではないかと恐れるようになっています。

さらに、ヨーロッパの政策立案者は、人々の生活水準を向上させることができなければ、市民の不満が高まり、右派・左派双方のポピュリズム政策への傾倒が進むのではないかと懸念しているようです。また、ヨーロッパの人口増加率が米国よりも低いことを考慮すると、ヨーロッパの総GDPは米国にさらなる後れを取り、世界経済および地政学的問題に対するヨーロッパの影響力は低下することになるでしょう。

鍵となる欧州統合の深化

では、何をすべきでしょうか。マリオ ドラギ氏は、投資の増加、ベンチャーキャピタル投資の促進を目的とした金融市場改革、そして研究・技術インフラ・人的資本への大規模な投資を支援するためのさらなる地域統合を提案しました。IMFも同様の立場であり、根本的な問題は特に技術分野で生産性が停滞していることだと指摘しています。特にIMFは、「より大きく、より統合の進んだ財・サービス・資本の単一市場がより一層投資・技術革新を呼び込み、規模の経済が働くこととなる。ヨーロッパ統合の深化は、企業活動や労働市場を世界的な分断の流れから引き離すこととなり、経済的な回復力も強化されるだろう」と述べています。ドラギ氏、IMFの両者ともに、ヨーロッパ諸国が個別に改革を実施するだけでは不十分であることを強調しており、むしろ、統合こそが規模の経済を働かせるための鍵だと指摘しているのです。

IMFの見方は、実際、単一市場やユーロ圏の創設者の考えと非常に似ています。しかし、主権と統制の喪失に対する各国の懸念が足かせとなり、ヨーロッパにおける統合ビジョンの完全な実施は困難な状況です。一方で、新型コロナウイルスによるパンデミックは、財政統合に向けた重要な試みの第一歩につながることとなったものの、各国に未だ回復途上にあるほどの大きな財政負担をもたらしました。大規模な財政赤字や政府債務のため、EU内の共同投資への支出は伸び悩んでいますが、米中の最先端企業との競争の激化をきっかけとした、政策立案者による生産性向上のための新たな施策の始動に期待が集まります。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

大塚 充 / Otsuka Mitsuru

シニアコンサルタント

総務省入省後、情報通信行政を中心に特殊法人の監督や制度改正、白書の執筆などの業務に従事。その他、内閣官房、内閣府、金融庁、財務省に在籍したほか、在ベトナム日本国大使館において主に経済協力に関する業務に従事。2023年にデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。経済学を活用した調査研究業務などに携わる。