2024年9月26日、デロイト トーマツは「日本企業のための日米欧の競争法実務の最新動向」と題してセミナーを開催しました。前編に続く後編では、セミナー後半をレポートします。
セミナー後半では、池田・染谷法律事務所の池田毅弁護士が日本の独占禁止法と公正取引委員会の最新動向を解説し、デロイト トーマツの秋元悦子が米国訴訟における日本企業のディスカバリとセカンドリクエスト対応について講演しました。続くパネルディスカッションでは、Van Bael&Bellis法律事務所(以下、VBB法律事務所)、AXINN法律事務所、池田・染谷法律事務所の弁護士らがデジタル市場の最新動向と日本企業への影響を議論。フリーランス法やスマホ新法の導入、アルゴリズム価格設定やAI活用などの新たな課題に対し、グローバルとローカルの両視点を持ち、最新のトレンドをフォローすることの重要性が強調されました。

近時の競争法の国際的な展開と日本企業に必要な対応

セッション4:日本の独占禁止法と公正取引委員会の最新動向

池田 毅氏

池田・染谷法律事務所
代表弁護士

独占禁止法、景品表示法、下請法、贈賄規制法で豊富な経験を持つ。公正取引委員会で20件近い立入検査、課徴金減免制度の準備に携わり、知財・ITタスクフォースでの審査も担当。国際法曹協会独禁法委員会で日本人唯一の委員を務め、2022年には日本経済新聞の弁護士ランキング(独禁・競争法)で上位に選ばれるなど、高く評価されている。ニューヨーク州・カリフォルニア州弁護士。

競争法の国際的展開と日本企業に必要な対応について、最新の動向をお話しします。近年、デジタルプラットフォーム、サステナビリティ、人材と独禁法の関わり、生成AI、企業結合審査の厳格化などが世界的に議論されています。これらの背景には、寡占・独占への警戒の高まりや、純粋な市場競争以外への考慮の拡大といった競争法のパラダイムシフトがあります。

パラダイムシフト
池田・染谷法律事務所、DTFA主催 日本企業のための日米欧の競争法実務の最新動向投影資料(開催2024年9月26日)

日本では、公正取引委員会の所管法令が倍増し、フリーランス法とスマホ新法が追加されました。特にフリーランス法は適用範囲が広く、個人への委託契約のほとんどが対象になります。製造委託ではないものでも依頼時に代金と支払い時期を確定しなければならない、依頼元となる多数の部門が規制内容を理解して対応する必要があるといった実務上の課題があります。スマホ新法は日本版DMA(Digital Market Act)とも呼ばれ、適用事業者が限定的ですが高額の課徴金が特徴です。

日本企業にとって特に注意すべきリスクとして、価格転嫁と株主代表訴訟があります。価格転嫁では、業界全体での対応がカルテルにつながる危険性があり、再販売価格の拘束にも注意が必要です。株主代表訴訟では、独禁法違反や課徴金減免制度の不活用が役員の責任追及につながる可能性があります。

日本特有のリスク①価格転嫁
池田・染谷法律事務所、DTFA主催 日本企業のための日米欧の競争法実務の最新動向投影資料(開催2024年9月26日)

国際的な取引では、潜在的に世界中の国の独禁法が問題になる可能性があります。130カ国以上ある独禁法全てに精通することは不可能ですが、適切な国を選び、リスクを評価することが重要です。

企業の皆様には、グローバルとローカルの両方の視点を持ち、世界の競争法のトレンドをフォローすることをお勧めします。過去に問題にならなかった行為も競争法の対象になりうることを認識し、各国特有のリスクを意識してください。

広大なリスクに対しては、メリハリをつけてポイントを絞った対策を行い、善管注意義務違反を問われないレベルを見極めることが重要です。そのためには、専門家弁護士を活用し、企業としてやるべきことを適切に判断することが大切です。

日本企業が苦手とする情報管理と開示対応

セッション5:米国訴訟における日本企業のeDiscoveryとSecond Request対応

秋元 悦子

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
マネージングディレクター

20年にわたり、製造業や製薬業、金融機関等を対象としたクロスボーダー案件に精通し、米国や日本国内でのディスカバリやプロジェクト管理を行う豊富な経験を有する。ニューヨーク州弁護士。

ディスカバリとセカンドリクエストについて、日本企業が直面する課題と対策を説明します。近年、M&A審査における歴史的傾向と変化として、バイデン政権発足後にアグレッシブな執行が行われ、手続きの変更が発生しています。これにより、当事者の負担が増加しています。

ディスカバリとは、アメリカの裁判手続きにおいて、審理前に当事者が訴訟関連情報を開示する手続きです。電子情報に関わる場合は特にeDiscovery(電子情報開示手続)と呼ばれます。具体的には、関連データの特定、保全、収集、処理、レビュー、分析、提出という一連のプロセスを行います。自己に不利なものも開示しなければならないことが特徴です。

ディスカバリとは
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社、DTFA主催 日本企業のための日米欧の競争法実務の最新動向投影資料(開催2024年9月26日)

データの量が膨大であったり、データ管理が不十分な場合には、準備が遅れ、その結果として多くの時間と労力が必要となります。訴訟中のデータ保存には特に注意が必要で、訴訟に関連するデータの不適切な削除は証拠隠滅の疑いを招き、問題となることも多々あります。

セカンドリクエストは、M&Aなどの当事者が、FTCやDOJに届出を行い、当局が反トラストに基づくM&Aとなる可能性を審査する際に追加情報を求める手続きです。バイデン政権下で、これらのリクエストが増加しており、手続きがさらに厳格化されました。一般的なディスカバリと異なり、時間的制約が厳しく、交渉の余地が限定されます。

セカンドリクエストとは
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社、DTFA主催 日本企業のための日米欧の競争法実務の最新動向投影資料(開催2024年9月26日)

ディスカバリは日本の司法制度には存在しない手続きのため、日本企業が直面しやすい課題が複数あります。具体的には、アメリカの訴訟制度の理解不足、代理人弁護士とのコミュニケーションギャップ、データ管理の不備などです。IT担当者がデータの場所や内容を把握していないことも多く、準備に時間がかかるケースも見られます。こうした課題に対応するために、事前の準備とテクノロジーの活用が重要です。

日本企業は、グローバルとローカルの両方の視点を持ち、世界の競争法のトレンドをフォローすることが重要です。また、法務部門とIT部門の連携、サンプル質問の事前把握、リーガルテクノロジーの活用が効果的です。

最後に、ディスカバリやセカンドリクエスト対応において、専門家の支援を活用することで、日本企業と米国法律事務所間のコミュニケーションギャップを埋め、効果的な対応が可能になります。

AI時代の競争法リスク――アルゴリズム価格設定が突きつける新たな課題

パネルディスカッション-2:デジタル市場の最新動向と日本の一般企業に与える影響

VBB法律事務所:アンドレアス レインドル弁護士アレックス ストラタキス弁護士
AXINN法律事務所:ジェームス アトリッジ弁護士
池田・染谷法律事務所:池田 毅弁護士安井 綾弁護士(モデレーター)

左から、安井綾氏、アレックス ストラタキス氏、ジェームス アトリッジ氏、アンドレアス レインドル氏、秋元悦子、池田毅氏

モデレーター
安井

デジタル市場の最新動向と日本企業に与える影響について議論します。まずは、アンドレアス弁護士から、欧州のデジタル市場規制(DMA:Digital Market Act)の動向について伺います。

レインドル

DMAは大手プラットフォーマーに適用される規制です。競争法の原則を反映していますが、新たな要求も含まれています。日本企業にとっては、DMAをチャンスと捉えることができます。例えば、広告主が追加の権利を持つことや、アプリ開発者がより自由に価格設定できることなどがあります。

アトリッジ

米国にはDMAのような制度はないものの、米国の反トラスト法(シャーマン法第2条)に基づき、2024年8月にGoogle敗訴の判決が出され、現時点ではレメディ(問題解消措置)の段階にあり、今後どのような結果になるか注目されます。他の大手テクノロジー企業に対する訴訟も進行中です。

池田

アルゴリズムによる価格設定(アルゴリズムカルテル)について、企業が意図的にカルテルを行うことは少ないですが、同じソフトウェアを使用することで結果的に価格が揃うことがあります。AIの自律性が高まる中、企業の責任をどこまで問うべきか議論があります。

レインドル

EUでは、最近、水平統合についてのガイドラインが出されました。競合他社が同じプライシングアルゴリズムを使用することや、センシティブな情報を共有することは、リスクが高いとされています。

ストラタキス

企業は、ベンチマーク方式の使用とコンプライアンスのジレンマに直面しています。同じプロバイダーやメソッドを使用することで、共謀の疑いが生じる可能性があります。

アトリッジ

アメリカでは、リアルページ社の事例(*1)があり、賃貸料金の設定に関して訴訟が起こされました。企業は、独立したプライシングの決定を行うべきであり、価格設定メカニズムを公開すべきではありません。

*1:AIによる家賃価格操作システムが市場競争を阻害した疑いで、米司法省に提訴された事例

モデレーター
安井

AIに関連してカルテル等の調査におけるデジタル・フォレンジックにおけるAI活用について、ご専門の秋元さんに伺いたいと思います。

秋元

調査においても新しいテクノロジーが積極的に活用されています。特にカルテルや競争法違反の調査において、AIや機械学習を活用する手法が進化しています。キーワード検索だけでなく、AIがコミュニケーションのパターンを解析して、潜在的な違法行為を検出する技術が導入されています。

池田

日本企業は、各国の法律だけでなく技術もキャッチアップする必要があります。一方で、ビッグテック企業に対して問題を提起する際、各国の規制を活用できる可能性があります。また、共同規制の考え方の中で、ユーザー企業も積極的に主張していく必要があります。

<<日米欧の競争法実務最新動向(前編)はこちらから

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック

村上 尚矢 / Murakami Naoya

シニアマネジャー

国内フォレンジック専業ベンダーでデジタルフォレンジックおよびeDiscovery対応のコンサルタントとして勤務した後、現・デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー入社。約10年間、カルテル対応やクラスアクションにおけるeDiscovery対応や品質不正などの不正調査対応に従事。現在は、有事対応の経験を活かし平時からの様々なリスク検知の仕組みづくりの支援サービスを中心に活動している。