日米欧の競争法実務最新動向(前編)
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック
村上 尚矢

2024年9月26日、デロイト トーマツは「日本企業のための日米欧の競争法実務の最新動向」と題してセミナーを開催しました。このセミナーの模様を前後編に分けてレポートします。
前編では、Van Bael&Bellis法律事務所(以下、VBB法律事務所)のアンドレ キミシック弁護士が欧州競争法の最新動向を、AXINN法律事務所のニコラス ガグリオ弁護士が米国反トラスト法の動向を解説しました。続くパネルディスカッションでは、欧州・英国、米国、日本の競争法に精通したブティック事務所の弁護士らが、合併審査や業務提携の最新動向を議論しました。欧州の外国補助金規制導入や米国の企業結合ガイドライン改正など、国際的な企業結合に対する規制強化やデジタル経済の進展に伴う執行活発化が日本企業に与える影響と対応策が焦点となりました。
目次
EUの競争法規制強化――制裁金130億ユーロの衝撃とグリーンカルテルの台頭
セッション1:欧州競争法の最新動向
アンドレ キミシック氏
Van Bael&Bellis法律事務所
パートナー弁護士
合併審査、カルテル、独占禁止、知的財産に関して幅広い専門知識を持ち、欧州委員会や各国競争機関でクライアントを支援している。自動車、製薬、消費財、航空宇宙など多様な業界にわたる案件に携わり、顧客の罰金削減や問題解決で成果を挙げている。長年にわたり各国の競争法の現場で経験を積み、的確な対応で信頼を得ている。
――本日はEU競争法の最新の展開と日本企業への影響についてお話しさせていただきます。
2024年9月、EU裁判所でいくつかの重要な判決が相次ぎました。Appleは130億ユーロの税金未払いに対する罰金を科せられ、Googleも2つの異なるケースでそれぞれ24億ユーロと15億ユーロの罰金を受けました。さらに、クアルコムに対しては2億3900万ユーロの罰金が科されるなど、特にアメリカの大手テック企業に対する制裁金が目立っており、EUの競争政策に保護主義的な傾向が見られています。

Van Bael&Bellis法律事務所、DTFA主催 日本企業のための日米欧の競争法実務の最新動向投影資料(開催2024年9月26日)
次に、日本企業にとって重要なカルテル規制の動向です。近年、カルテル規制の執行は一時的に減少傾向にありましたが、私の見立てでは今後反転する可能性が高いです。特に注目すべき点として、「グリーンカルテル」の問題や、賃金調整や引き抜き禁止協定への取り締まり強化が挙げられます。
EU競争法の特徴的な側面として、垂直的制限の問題があります。欧州経済領域(EEA)内での国境を越えた販売を制限することが厳しく禁止されており、2018年以降、日本企業に対する制裁金の決定が5件ありました。特に消費財分野に焦点が当てられており、日本企業の皆様には注意が必要だと考えています。

Van Bael&Bellis法律事務所、DTFA主催 日本企業のための日米欧の競争法実務の最新動向投影資料(開催2024年9月26日)
外国補助金規制が導入されて1年が経過し、EU域内での事業展開に関する審査が強化されています。この制度では、外国からの補助金を受けた企業がEU内で競争優位性を得る場合、その補助金が競争を歪める可能性があるとして、事前に申告する義務が課されました。中国企業の公共調達案件や中東の国営企業のM&Aが詳細調査の対象となっており、今後も厳しい規制が続く見込みです。
米国反トラスト法の厳格化――新たな合併ガイドラインとBig Techへの監視強化
セッション2:米国反トラスト法の最新動向
ニコラス ガグリオ氏
AXINN法律事務所
パートナー弁護士
DOJでの豊富な経験から、カルテル調査や反トラスト法の分野で多くの実績を残している。企業コンプライアンスの奨励、政府調達カルテルの取り締まり、労働市場での競争保護などの重要政策に携わり、クライアントからも高い評価を得ている。反トラスト法に関する確かな分析力で、業界で高く評価されている。
2023年12月に司法省(DOJ)と連邦取引委員会(FTC)が発表した新しい合併ガイドラインについて説明します。このガイドラインは、競争阻害の推定閾値を引き下げ、大手プラットフォームや垂直統合理論にも厳しい目を向けています。これにより企業結合の審査範囲が大幅に拡大し、調査対象企業への要求も厳しくなっています。
アメリカ政府は、Google、Apple、Amazon、Metaといった大手テック企業に対する訴訟を進めています。これらの企業は、それぞれ広告技術、スマートフォン市場、オンライン小売り、ソーシャルメディア市場での独占行為を疑われています。これにより、今後も大手企業への監視と規制が強化される見込みです。
投資家の役割も当局の監視下に入っています。連続買収による市場支配の理論が提唱され、「ロールアップ戦略」への警戒が強まっています。さらに、取締役の兼任規制も強化されつつあります。
新しい価格設定メカニズムとアルゴリズムを使った価格設定についても、当局の注目が集まっています。タスクフォースが設置され、訴訟も発生しています。今後も価格設定メカニズムに対する厳しい監視が続く見通しです。また、アルゴリズムによる価格設定についても、リアルページ社を対象にした訴訟が行われており、AI技術の利用による競争法違反が注視されています。

Van Bael&Bellis法律事務所、DTFA主催 日本企業のための日米欧の競争法実務の最新動向投影資料(開催2024年9月26日)
労働市場の執行では、看護サービスや医療スタッフィングなど様々な分野で取り締まりが行われており、従業員の引抜禁止合意や賃金調整において、政府は今のところ大きな成果はあげられていませんが、企業にとっては依然として重要な分野といえます。また、FTCの権限に対する挑戦も起きており、Axon Enterprise v. FTCやRyan v. FTCの事案についても、今後、注意していく必要があります。
米国市場で事業を展開する際や、米国企業と取引を行う際には、この変化する法的環境に十分な注意を払う必要があります。大統領選挙の結果に関わらず、大手IT企業への厳しい姿勢は続くでしょう。
グローバルM&Aの新たな課題――合併・提携の審査厳格化。届出基準未満でも要注意
パネルディスカッション-1:合併審査、業務提携、ジョイントベンチャーの動向
VBB法律事務所:アンドレアス レインドル弁護士、アレックス ストラタキス弁護士
AXINN法律事務所:リスル ダンロップ弁護士
池田・染谷法律事務所:池田毅弁護士、安井綾弁護士(モデレーター)

モデレーター
安井
本日のパネルディスカッションでは、合併審査、業務提携、ジョイントベンチャーに関する最新の動向について、日米欧の視点から専門家の意見を伺います。
企業結合審査において不確実性が増しており、特に医薬品業界やプラットフォーム事業者の案件で顕著です。届出基準を満たさなくても審査が行われるケースもあります。
池田
日米欧の競争法は似ているようで違いがあります。欧州では届出基準を満たさない合併は管轄権外ですが、米国では基準未満でも審査可能です。日本では、届け出基準を満たさない企業結合に対しても、公正取引委員会が審査の権限を持ち、クリアランスを取得できる制度が整っています。2023年には13件が公正取引委員会により審査されました。これらは、当局が問題のある案件を探知したものと、当事者が自主的に届け出たものの合計です。
ダンロップ
アメリカでは、企業が基準を満たしていない場合でも、トランザクションを審査する権利を政府は保持しています。Meta(旧Facebook)がInstagramやWhatsAppを買収した案件も、その後に市場での支配力が問題視されました。政府は、企業買収が市場に与える長期的な影響に対して慎重に取り組んでおり、企業が小規模な買収を行ったとしても、後に市場集中が進んだ場合には訴訟の対象となることがあります。
ストラタキス
イギリスにおける合併審査の厳格化について説明します。デジタルマーケットにおいて特に厳しい審査が行われていますが、これはデジタル企業に限った話ではありません。すべての企業が、買収や合併に際して競争法の厳しい規制を受ける可能性があるため、特にプライベートエクイティや垂直統合に関する買収には注意が必要です。
レインドル
欧州では、企業が取引を実行する前に審査を受ける必要がありますが、IlluminaがGrailを買収した際には、このルールが遵守されず、後に制裁金が科されました。欧州委員会は、新たな解釈の下で将来的な競争の制限を懸念し、この取引を問題視しましたが、2024年9月、欧州司法裁判所は、欧州委員会の届出基準を満たさず、加盟国の届出基準も満たさない合併などについては、欧州委員会に審査権限はないと判断しました。今後は、手続きや届出基準について動きがないかについても注意が必要です。
ダンロップ
Illumina-Grail事件は非常に興味深いプロセスを辿りましたが、連邦取引委員会がどれほど積極的であるかを示しています。消費者に関わる製品の場合、政治化される傾向が見られます。米国では、大統領選挙の結果に関わらず、反トラストの議論が大きくなることが考えられます。
レインドル
FSR(Foreign Subsidies Regulation)への対応として、企業戦略に応じた情報収集が重要です。補助金や税控除、政府契約などの情報を体系的に収集・管理する必要があります。
池田
競争法の複雑化により、1人の法務担当者や弁護士では対応しきれない状況になっています。企業内での認識のアップデートと、専門家との適切な連携が不可欠です。過去の経験だけでは通用せず、常に最新の状況を把握する必要があります。ビジネスとの橋渡しも難しくなっていますが、これを乗り越えないとディールが進まないのが現実です。