サイバーセキュリティを取り上げた第1回に続く今回のテーマは組織風土です。製造業での品質不正が発覚するケースが後を絶ちません。デロイト トーマツ グループが公表した「企業の不正リスク調査白書」では、こうした不正の理由として企業の組織風土に問題があると回答した企業が半数を超えました。今回このような品質不正に限らず、多くの不正・不祥事の真因として指摘される組織風土に焦点を当てます。解説するのはデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社のフォレンジック & クライシスマネジメントサービス統括パートナーである中島祐輔です。

中島 祐輔

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
パートナー

会計不正、品質偽装、贈収賄など様々な不正・不祥事事案に調査委員や責任者として関与。ステークホルダー対応などの危機管理や再発防止策導入など危機に直面した企業を信頼回復まで一貫して支援している。不正調査や危機対応のみならず、会計監査、M&A、企業再生、組織再編など広範な領域でプロジェクトマネジメントの経験を有する。大手監査法人で会計監査を経験後、2002年に当社に参画。2018年よりフォレンジック & クライシスマネジメントサービス統括。

不正・不祥事の原因として指摘される組織風土

――品質不正・データ偽装の理由を尋ねる設問の回答結果が興味深いです。「品質よりも納期や業績を優先する組織風土」を挙げた企業が51%にのぼり理由の第1位となっていますね。

今回の調査では初めて組織風土に焦点を当てました。不正・不祥事のあった企業の調査報告書などでは、たびたび問題の真因として挙げられるテーマであり、本白書の調査を実施する直前に実施した簡易的なアンケート調査でも高い関心が寄せられていました。

注:複数回答の設問
出所:企業の不正リスク調査白書2022-2024、p15、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

「日本企業の内向き志向」に見る主因

――近年の品質不正の要因や背景をどう捉えていますか。

環境問題や健康・安全への社会的関心の高まりに伴う規制の厳格化といった外的要因はあるものの、従来の日本企業はむしろこれらを乗り越えることで活路を見出してきました。この得意技が機能しなくなった、内的要因にこそ目を向ける必要があると考えています。

安定的な雇用関係や元請・下請関係の中では、濃密な人間関係が形成されます。こうした日本企業では、構成員の高い同質性が保たれてきました。目標や価値観が共有されやすく、暗黙知的な情報も共有されやすいため、阿吽の呼吸で物事を効率的にスピーディに進め、かつ品質も高められる可能性を有しており、実際に、それが日本企業の強みの源泉だったわけです。

しかしながら1990年代のバブル崩壊以降、リストラや中韓の台頭で日本企業の体力が徐々に削り取られる中で、企業の現場でも少子化すなわち後継者不足が急激に進み、現場ではモラルやスキルの承継が滞るようになり、やがて失われていきました。保守的な空気がまん延して、同質性が社内政治の横行や同調圧力へと機能することが多くなってしまっています。社内調整ばかりが増え、意思決定の遅さや、忖度による品質不正を生み出しています。かつての強みが弱みに転化しているといっていいでしょう。

注:複数回答の設問
出所:企業の不正リスク調査白書2022-2024、p30、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

正確な評価を踏まえて、改善のための施策を

――目に見えない組織風土はつかみどころがなく、評価しにくい概念です。企業はどのような対策が取れるのでしょうか。

組織風土の現状把握と評価は難しい課題です。いくつかの手法を組み合わせて立体的に把握する必要があります。現状把握の第一歩となるのは、従業員意識調査(従業員向けアンケート調査)による可視化です。モノをいいやすいか、同調圧力が高くないか、新規性への受容は十分かなどが、ある程度把握できます。

加えて、意思決定、予算策定、業績評価などの経営の意思決定プロセスの実態を文書やインタビューで明らかにし、マネジメントスタイルを推し量ります。これらを通して、業績への圧力の強弱、トップダウンの度合いなどを見ます。

従業員意識とマネジメントスタイルを組織風土評価における大きな2軸と捉え、相互に影響し合っている因果関係の分析とも組み合わせ、発生しやすい不正の・不祥事パターンを推定します。

――現状把握と評価を踏まえた改善策を打つことになりますね。一朝一夕にはいかないことは想像に難くありません。

組織風土の施策は広範囲に及びます。不正・不祥事が起きた多くの組織では疑心暗鬼による閉塞感や無力感が支配しているため、経営の透明性を高めて従業員の主体性を引き出す必要があります。例えば、以下のような施策が考えられます。

  • 上意下達の計画・予算策定を見直し、ボトムアップで現場従業員の声を反映
  • 経営層と現場の直接のコミュニケーション機会の増加
  • 複数評価者による定性評価中心の評価制度
  • 社外取締役による経営層への監視強化
  • リニエンシー制度導入などによる内部通報制度の活性化
  • 内部監査の強化などによる現場への第三者目線の導入

組織風土の現状把握から分析、施策の立案、実行・モニタリングまでを含めると、組織風土の改革は数カ月という単位で達成できるものではなく、数年がかりの中長期的な取り組みとなります。

組織風土改善の鍵は経営層の覚悟と熱量にあり

――品質不正の兆候調査や組織風土の醸成にあたっては、対策に十分な経営資源が割かれていない状況が見て取れます。様々な企業で不正・不祥事が発生し、多くの場合で組織風土が真因に挙げられているにも関わらず、なぜ重視されていないのでしょうか。

組織風土の問題は、まさに組織全体の問題であるため、一見、責任の所在が不明であることが理由の1つと考えられます。また、どこから手を付けてよいかわからない、問題が大きすぎて二の足を踏んでしまい、具体的なアクションに至らないのです。

注:単一回答の設問
出所:企業の不正リスク調査白書2022-2024、p15、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
注:複数回答の設問
出所:企業の不正リスク調査白書2022-2024、p31、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

――組織風土の改善に取り組む企業からは、一部の従業員以外に対して意識や改革を広げることの難しさが聞かれます。全体に広がらない限り、風土の醸成は難しいと思いますが、どのように対応したらよいのでしょうか。

コンプライアンス研修や品質研修などの教育、経営層からのメッセージ発信などの取り組みは、調査報告書ではよく再発防止策として掲げられていますが、一定程度の効果はあれども、それだけでは十分とは言い難いものです。組織風土の改善は極めて経営的な課題で、経営層の高いコミットメントによる制度改革を伴うかたちで本気度を示す必要があります。制度改革も単に導入するだけでは不十分です。評価制度ひとつをとっても、実際に運用しようとすると、かなりの手数とエネルギーを要することになります。管理職層にかなりの負荷がかかることになるため、いかに納得して実行してもらうか、といった課題も派生的に生じてきます。

一見、責任の所在が不明瞭に思われる組織風土の問題は、経営層が担うべきものです。制度改革を実行できるのは経営層以外にありませんし、高い負荷に正当性を与えられるのも経営層以外にあり得ないからです。経営層の覚悟を起点に、その高い熱量で管理職層、職員層を巻き込み、お互いの甘えを断ち切って、全員が当事者意識を持つことができるかどうかが組織風土改善の鍵になるのです。