サイバーセキュリティ編組織風土編と続けてきた本連載、3回目のテーマには、記者会見と危機管理を取り上げます。昨今、重大インシデントの発生時に記者会見を求める世間的な風潮が増しています。デロイト トーマツ グループが公表した「企業の不正リスク調査白書」では、記者会見の開催時期について、8割超の企業が早期の開催が必要であると認識していることがわかりました。日本企業の記者会見をめぐる現状の認識を踏まえ、平時における危機管理の考え方について、解説するのはデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社のフォレンジック & クライシスマネジメントサービス統括パートナーである中島祐輔です。

中島 祐輔

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
パートナー

会計不正、品質偽装、贈収賄など様々な不正・不祥事事案に調査委員や責任者として関与。ステークホルダー対応などの危機管理や再発防止策導入など危機に直面した企業を信頼回復まで一貫して支援している。不正調査や危機対応のみならず、会計監査、M&A、企業再生、組織再編など広範な領域でプロジェクトマネジメントの経験を有する。大手監査法人で会計監査を経験後、2002年に当社に参画。2018年よりフォレンジック & クライシスマネジメントサービス統括。

有事の記者会見、早期開催の必要性認識が8割超も、トレーニング実施は1割

――記者会見について「事実確認等が未了であっても」早期に開催すると回答したのが8割にのぼることには、少なからず驚きました。

「可能な限り速やか」か「ある程度説明できる状況になり次第」で意見が分かれているものの、「広く世間に向けて謝罪をする必要があるため」あるいは「説明責任を果たすため」に記者会見の開催を重要視している企業は多いです。企業イメージが損なわれることを最小限に抑えるためには、第一報を速やかに出すことが重要であるという認識が広く浸透していることを裏付ける結果でしょう。

注:単一回答の設問
出所:企業の不正リスク調査白書2022-2024、p22、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

――その一方で、具体的な対策は十分とはいえない現状も浮かび上がっていますね。

不正・不祥事の発覚時の記者会見の巧拙は、その後の方向性を決定づける重要なポイントです。不正・不祥事対応における記者会見で対応を失敗すると、説明責任を十分に果たせないだけでなく、企業に対する信用が毀損し、最悪の場合は顧客や従業員の離反を招きかねません。そのような事例は多く見られ、実際に多くの企業がこの認識を共にしています。

その意味では、事実確認が未了でも「可能な限り速やか」の回答が合計で4割を超えているのは、懸念材料といえます。第一報の重要性を考えると、拙速は絶対に避けねばならず、それがどこまで意識されているか疑問符が付きます。

また、経営陣参加の記者会見トレーニングを「複数回実施した/今後も予定している」と回答した企業は1割にとどまっており、8割を超える企業が記者会見トレーニングを実施したことがありません。トレーニングを実施したことがない企業には、「その必要性もない」と答えている企業も多く見られます。先の意識の問題と合わせると、準備不足によるいわゆる炎上といった事態を容易に想像させます。

注:複数回答の設問
出所:企業の不正リスク調査白書2022-2024、p22、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

記者会見トレーニングの重要性の認識は危機対応の経験がある企業ほど高い

――記者会見そのものについては、重要性を認識している企業が大半でしたが、トレーニングとなると事情が違うようですね。

過去に大きな不正・不祥事を経験した企業の担当者から聞かれるのは、トレーニングの重要性です。インシデント発生時には、バンクミーティングやメディア対応がそれぞれ何十社にも及ぶケースがあり、それらに適切な対応をしなければ、マスコミからの報道を通じて世間からも厳しいバッシングを受けるという認識があるわけです。このような危機感を持っている企業では、記者会見トレーニングをさらにブラッシュアップし、今後は観点を変えたトレーニングを定期的に実施することも有効だと考えている例もあります。

記者会見のトレーニングは、単なるリハーサルにとどまりません。実際に、ありそうなケースをもとに、リリース文の作成、想定Q&Aの作成、質問対応などを通して、外部の目がどのように企業の不正・不祥事に切り込んでくるかを認知することで、危機に対する感度を高めることができます。こうした活動により、平時の企業経営においてどのような判断を行う必要があるかの指針を提供してくれます。

――そもそも記者会見を行う意義とは、なんでしょうか。

記者会見を行うメリットがあるのは、取引先から求められる、消費者・利用者側に不利益が出ている、といった複数・多数のステークホルダーに同時に説明責任を果たす必要がある場合でしょう。常に記者会見をする必要がある訳ではなく、真の目的はステークホルダーとの適切なコミュニケーションであって、記者会見は1つの手段に過ぎません。クローズドなコミュニケーションが望ましい場合も当然にあります。

記者会見を実施する判断基準を定めておくと、何か起きたときの決断は早くなります。自社で起こりやすい不正・不祥事の洗い出しと、それがどういう状態であれば記者会見で説明する必要があるかを整理しておくと浮足立つことが防げます。また、「誰が記者会見で登壇するか」で悩むケースが多く見られますが、最終的には経営トップの責任のもとで行うことが重要です。

不正・不祥事対応のトータルコストを抑える危機管理計画

――記者会見トレーニングに限らず、危機管理のポイントはあらかじめ予測できていたかどうかでしょうか。

いつ、どのような不正・不祥事が発生するかを完全に予測することは不可能です。しかし、一定の幅をもったプリンシプル的なガイドライン、危機管理計画を準備しておくことは十分意味があります。

直近で不正・不祥事を経験した企業のうち、策定した危機管理計画が適切に運用されたと回答した企業が2割程度存在し、危機管理計画が、不正・不祥事への耐性を高めるために一定の効果があることを示しています。

注:単一回答の設問
出所:企業の不正リスク調査白書2022-2024、p21、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

複数回の危機を経験した企業から聞かれるのが、有事対応におけるリソースの不足や対応コストの深刻さです。危機管理の体制を構築していく必要性が身に染みたという声に対しての答えは、平時から危機対応の体制などを計画の中でしっかり決めて、有事の際にどのような対応をすればいいのか迷わないように、準備しておくことだと考えています。

あらゆる不正・不祥事を完全に予防するためには莫大なコストを要します。何らかの不正・不祥事は発生し得ると想定した危機管理計画を策定することで、被害の拡大を最小限にとどめ、予防コストとのバランスをとることが重要です。

起こり得る不正・不祥事を洗い出し有効に機能する危機管理マニュアルの策定を

――その一方で、そもそも危機対応策がなかったり、策定されていても運用がうまくいかなかったり、期待された効果が得られなかったなど3割程度は危機管理計画が機能していません。

危機管理計画がうまく機能しなかった企業のうち半数以上が、その原因を「予め定めた対応とは異なる対応が必要であった」と答えています。「予め想定した不正・不祥事ではない不正・不祥事であった」も3割程度の回答率となっています。自身の企業で発生確率の高い不正・不祥事が何か、発生時にどうすべきかを具体的にイメージすることの困難さが表れています。

また、「対応に必要な人的リソースが不足した」を選択した企業の割合も3割程度となっており、有事におけるガバナンス、指揮命令や権限をどのように設定するかが、危機管理計画上で明確に定義されていないことを示唆する結果となっています。

注:複数回答の設問
出所:企業の不正リスク調査白書2022-2024、p21、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

これらは、大きな不正・不祥事を経験したことのない企業が自身を客観視して事前計画を立案することの困難さを示しています。事前に準備している危機管理計画も、複雑な要素が組み合わさった不正・不祥事の場合は、有効に機能しない場合があります。弾力性に欠く詳細なマニュアルではなく、自社で起こり得る不正・不祥事を洗い出したうえで、共通する要素を見出し、骨太でプリンシプル的な計画を用意しておくべきでしょう。他社事例を豊富に知る危機管理の専門家との対話を平時から進めることが推奨されます。