世界中の投資家が投資基準にESG要素を加える傾向が強まっている昨今、特に欧米でESG投資先として注目されているのが、スポーツです。本記事では、欧米ではなぜスポーツが選ばれているのかという背景と事例を紹介するとともに、日本の現状と今後に向けた課題や取り組みについて、前後編に分けて紹介します。

※当記事はESG/気候変動シリーズ(ファイナンシャルアドバイザリー)に掲載した内容を一部改訂して転載しています。

なぜ欧米ではESG投資先としてスポーツが選ばれるのか

近年、欧米ではESG投資先としてスポーツへの投資が加速しています。その背景には、スポーツがESGの「S(Social=社会)」にポジティブな影響を与えていると考えられ、社会変革をリードする存在として捉えられる風潮があります。欧米の女子サッカーと、米国の環境配慮型スタジアム・アリーナという、象徴的な2つの具体例を取り上げ、説明していきます。

欧米女子サッカーへの投資が活発化する背景

まず1つ目に紹介するのは、欧米の女子サッカーです。2010年代前半までは日本がアメリカと並んで世界の強豪として君臨していた女子サッカー界ですが、昨今は欧州勢が目覚ましい躍進を遂げています。2022年12月時点のFIFAランキングでは、トップの米国の後ろに、ドイツ・スウェーデン・イングランド・フランスといった欧州勢が続く構図となっています(日本はトップ10から陥落して11位)。この欧州女子サッカーの実力向上の背景には、ESG名目での女子サッカーへの投資があると考えられています。

例えば、FIFAは2026年に向けた中長期戦略として、女子サッカーをトッププライオリティと位置付け、加盟211連盟と連携しグローバルに普及・収益力向上・持続的成長のための環境形成に取り組む方針を打ち出しました。この流れに呼応するかたちで、英銀Barclaysはイングランドの女子サッカーリーグWomen’s Super Leagueと2019-22年に年間1,000万ポンドを供給する複数年契約を結んでいます(なお、この契約はその後、増額のうえ2025年まで延長)。契約には各地の学校や女子サッカースクールでの普及活動の支援なども含まれており、英国女子サッカー全体の底上げも図られていると考えられます。

ジェンダー問題解決の旗手に価値を見出す投資家たち

一方、アメリカでは、女子サッカー米国代表チームが、主将のMegan Rapinoe選手を中心に多くの支持を集め、同国内での女性およびセクシュアルマイノリティの地位向上運動の旗手としての立場を確立しています。例えば、サッカー男女米国代表チーム間の賃金格差に異を唱えて格差是正を訴える運動と訴訟を起こし、和解を経て男女同一賃金を獲得したことでも話題になりました。こうした動きに触発されるかたちで、2022年5月に大手人事サービス企業UKGは、同国女子サッカーリーグNational Women's Soccer League(NWSL)に男女賃金格差是正を趣旨として数百万ドル規模のスポンサーを複数年間行うことを発表しています。このように、女子サッカーはジェンダー問題解決をリードする存在として認識され、それに賛同する企業や投資家から多くの投資を集めることに成功しています。

環境配慮で狙う企業イメージの向上

もう1つの例として紹介するのが、米国シアトルにある環境配慮型のアリーナ「Climate Pledge Arena」です。

【図1】米国シアトルのClimate Pledge Arena
出所:各種公開情報よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

同アリーナのオペレーターであるOak View Groupは、2018~21年の改装に際し、「来場者やパートナー企業、プロモーターやアーティストの参画によるカーボンゼロ経済圏の創出」というコンセプトを打ち出し、再生可能エネルギー活用・ゼロカーボン・廃棄物ゼロの施設への転換を図っています。このコンセプトでは、スポンサーや利用者を環境配慮のコンセプトに賛同する企業やクラブ、アーティストに絞るという極めて野心的な方針を掲げていたため、当初はターゲット顧客層の縮小が懸念されましたが、結果として、気候変動へのコミットメントを示すショーケースになると考えたAmazonから投資を受けることに成功しています。同社では、ネーミングライツを用いて“Climate Pledge”という気候変動対策を約束する名称をアリーナに冠したうえで、Oak View Groupとともに緑化やエネルギー負荷削減などの様々な取り組みを行っています。

さらに、英国の人気ロックバンドColdplayが「カーボンゼロ経済圏」のコンセプトへの賛同を表明し、改装後のこけら落とし公演を行ったことも象徴的でした。現在、同アリーナは、べニューそのものが環境対策の旗頭的存在としての役割を担い、環境配慮に取り組む企業・アーティストが連携するプラットフォームを形成した例として、傑出した知名度を誇っています。

こうした事例を踏まえると、スポーツがジェンダー問題や環境問題の解決といった社会変革をリードしていくポジティブな存在として捉えられていることが明らかです。スポーツが社会に好影響をもたらす力が広く社会に認識されているからこそ、ESGの文脈で投資が集まっていると考えられます。

後編では、日本の現状と今後に向けた課題や取り組みについてお届けします。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
スポーツビジネスグループ

太田 和彦 / Ota Kazuhiko

ヴァイスプレジデント

大手不動産デベロッパーから、英系戦略コンサルティングファームを経て、現職。スポーツを専門領域に持ち、プロスポーツリーグの経営企画、プロスポーツクラブの経営計画策定、海外スタジアム/アリーナ市場調査、大規模国際大会の実施運営、国内外プロスポーツクラブのビジネスデューデリジェンス、地方自治体のスポーツを核とした地方創生事業などの支援業務に従事。著書に『スポーツのビジネスの未来 2021-30』(共著、日経BP社)。