スポーツは社会にさまざまな価値をもたらしているが、その価値を定量化することは簡単ではなかった。しかし昨今では「SROI」(Social return on investment)と呼ばれる手法を用いて可視化する取り組みが始まっている。このスポーツがもたらす社会的価値やその評価について、当該領域を専門とする明治大学の塚本一郎教授とデロイト トーマツのスポーツビジネスグループの里崎慎に語ってもらった。

塚本 一郎氏

明治大学経営学部教授

一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、1995年4月から2001年3月まで佐賀大学経済学部専任講師、助教授として勤務。
2001年4月に明治大学経営学部助教授に着任し、2002年より現職。2012年に公共経営・社会戦略研究所の代表取締役に就任。
研究分野は社会的企業論、インパクト評価等。著書は『ソーシャル・エンタープライズ』(丸善)(共編著)、『インパクト評価と社会イノベーション』(第一法規)(共編著)など多数。

里崎 慎

2009年に有限責任監査法人トーマツよりDTFAに転籍し、主に非営利法人の運営アドバイザリー業務に従事。
2015年4月より立ち上がったデロイトトーマツ内のスポーツビジネスグループの設立発起人として、一般社団法人日本野球機構(NPB)の業務改革支援や、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の組織再編支援業務、公益財団法人日本サッカー協会(JFA)のガバナンス・コンプライアンス体制検討支援業務にプロジェクトマネージャーとして関与。
その他、デロイト トーマツ グループが毎年発行している「Jリーグマネジメントカップ」「Bリーグマネジメントカップ」の執筆責任者。JFA社会貢献委員会委員。公認会計士。

社会的価値と交換価値の違い

里崎

社会的価値に対する興味関心は高まっていますが、その定義は人によって異なる部分が大きいと感じています。この領域の専門家である塚本先生は、この社会的価値の定義についてどのように考えていますか。

塚本

おっしゃるとおり、社会的価値には統一した定義があるわけではありません。法律でも明確化されていない状況で、たとえば社会的価値法と呼ばれるイギリスの法律でも、社会的価値についての具体的な定義は行われていません。さらに社会的価値は政策的な意図などさまざまな観点から解釈されるものであり、そこが難しさでもあると思います。

里崎

イギリスで社会的価値法が生まれた背景には、どのような理由があったのでしょうか。

塚本

私はもともと、ソーシャルエンタープライズ、つまり社会的企業を研究していました。単なる非営利組織ではなく、ビジネスの手法を用いて社会課題を解決するのがソーシャルエンタープライズであり、日本ではソーシャルビジネスと呼ばれることもあります。

この社会的価値はイギリスの政策において重視されていて、社会的な事業に取り組んでいる企業を支援する意図などから社会的価値法(正式名称:公共サービス法)が生まれました。

この法律の基本にあるのは、合理的なValue for Money(VFM)の考え方です。たとえば国や自治体が民間業者に事業を委託する際、単に安ければいいということではなく、サービスの質も重視しなければなりません。社会的価値法では、社会的価値をサービスの質として捉え、その事業者に委託することでどのような社会的価値を生み出せるかに配慮して調達することを求めています。

里崎

社会的価値について考えるとき、どのようなことを意識すべきでしょうか。

塚本

まず、社会的価値と交換価値は異なるものだと捉えるべきでしょう。

交換価値は商品やサービスを購入した人が満足すれば終わりですが、社会的価値は個人や組織を超えて、広い意味での社会に対して創造される価値であると考えています。そのため、個人の状態が変わる、改善されるだけでなく、その周りにいる人たちにも影響を与え、さらにはコミュニティ全体も便益を享受できます。

価値共創も大きなポイントです。アメリカ型のマーケティングは、どちらかというとモノ中心、プロダクト中心であり、価値は商品やサービスに内在するものだと捉えています。しかし実際の価値は、顧客が利用しては初めて生まれるものではないでしょうか。特にサービスの場合はそうです。

一方的に価値のあるものを提供して終わりというのではなく、消費者がそれを利用して満足し、そこに提供者と消費者の間に関係性が生まれる。このように、サービスの提供者と消費者が一緒になって価値を生み出していくことが価値共創です。

価値共創という概念はサービス・マーケティングの分野などで注目されていますが、これはスポーツの世界にも通じます。選手はスポーツの試合を行い、消費者はそれを見て喜んだり感動したりする。これはまさに価値共創と言えるでしょう。

SROIによる社会的価値の見える化

SORIの目的

里崎

スポーツは本当に価値共創ですね。たとえば東日本大震災から立ち直る過程において、プロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルス、あるいはJリーグのベガルタ仙台に所属している選手たちがつらい中でも頑張っている、その姿に多くの被災者が勇気づけられ、被災後初めて笑顔を取り戻すことができた方も多かったと聞きます。このように価値共創によって生まれた関係性は、QOL(Quality Of Life)の向上にも寄与するものだと考えています。

ただ、こういった価値に気づいていながら、企業体としてその価値をどう評価するのか、あるいはスポーツが生み出す価値を得るためにどれだけお金を投資するのかといったことを考えるとき、モノにベースを置いた価値観では判断することが難しく、なかなか投資できないという状況に陥りがちです。

このような状況に一石を投じるソリューションとしてSROIは有効ではないかと考えているのですが、塚本先生はどのように捉えていますか。

塚本

私もそう思います。スポーツがもたらす価値は、入場料やグッズの売上など金銭的な価値で測られてきた部分があります。ただ本来は売上だけで表現できるものではなく、試合を見て観戦者が感動した、あるいは元気になったなどといったものまでスポーツの価値には含まれるでしょう。さらに試合を見たことによって観客はどのような影響を受けたのか、あるいは観客の感情が選手のプレーをどのように変えたのかなど、共創した価値まで視野に入れなければなりません。

こういった金銭以外の価値をこれまでは測ることができなかった、あるいは測らなかったために、なかなかスポーツが持つ価値の全体が可視化できていなかったと感じています。

里崎

そうした傾向は一般企業にもあります。自分たちの商品やサービスがどういった価値を生み出しているのかについて、金銭以外の部分はこれまであまり量的には可視化されていませんでした。

そのため、投資対効果で考えたときに見えやすいもの、あるいは測りやすいものに対しては投資が行われても、可視化することが難しい感覚的な価値になると投資がしづらい。

その背景にあるのは、日本企業における合意形成プロセスの中で、社会的価値に対する認識がしっかり根付いてないことが構造的な課題だと感じています。価値があると分かっていても、なかなか行動することができない、そういった企業が日本にはすごく多いように思います。

マネジメントツールとしてのSROIの活用

塚本

ノーベル経済学賞を受賞したエリノア・オストロム氏は、サービスの生産に消費者が参加することをコ・プロダクションと呼んでいます。このコ・プロダクションは意外とどこにでもあります。たとえば我々が行う授業に対して学生から意見が出され、それを受けて授業の内容を改める、これもコ・プロダクションだと言えます。

スポーツはまさにコ・プロダクションでしょう。そのチームに市民が積極的に参加し、それによって生まれた雰囲気まで含めてサービスであり、参加した市民も生産に関わっているわけです。こういった観点も含めて、社会的価値を評価すべきだと考えています。

里崎

まさにおっしゃるとおりです。スポーツというのは結局、対戦相手がいないとプロダクトを生産できないですし、観客はエンドユーザーでありながら、チームと一緒になってその試合の価値を生み出す作り手でもあります。そのように考えると、スポーツはコ・プロダクションの典型的な商材でしょう。

そうして生まれた価値を定量化するSROIの考え方は、社会的価値を生み出すことがダイレクトに自分たちの評価につながる、スポーツチームや自治体などには受け入れられやすいと感じています。一方、一般企業の場合は自分たちの活動によって生み出された価値がビジネスにどのような影響を与えているのかが見えないため、「それは自分たちがやるべきことなのか」という話になりがちです。

塚本

SROIでの評価を依頼する企業は、おおよそ2つのパターンに分かれます。1つはCSR(Corporate Social Responsibility)の予算を確保するために、社会貢献によってこれだけの価値が生み出せたと明示するためです。

もう1つは投資家向けです。SDGsやESG投資が大きな流れになっている中で、自分たちの企業の社会的価値を可視化するためにSROIを利用するわけです。

このどちらも、自分たちが生み出した社会的価値を説明するために、つまりアカウンタビリティのためにSROIを利用しています。ただSROIは、どちらかというと内部のマネジメントツールです。たとえばソーシャルエンタープライズの目的は売上向上ではなく、社会的インパクトの最大化となります。そのため、どれだけ自分たちの仕事が社会状態の改善につながっているのかを知りたい。そこで内部をマネジメントするためのツールとしてSROIを活用するという形です。

つまり社内に対する説明や対外的なPRだけに使うのではなく、内部のマネジメントツールとしてSROIを組み込んでいく。そのうえで対外的なアカウンタビリティやレポーティングのためのツールとしても利用する。この両方の軸でSROIを考えていくべきでしょう。

里崎

SROIがマネジメントツールという切り口は、すごく分かりやすいですね。マーケティングやIRのための手段だけで捉えるのではなく、企業のマネジメント層の人たちがSROIを理解し、マネジメントツールとして活用していく。こういった取り組みは、社会的価値の創出や、そのための取り組みを継続するうえで有効ではないかと思います。

本日はさまざまなお話を伺わせていただき、本当にありがとうございました。私自身、非常に勉強になりました。いつかまた、このような機会を設けてお話を伺わせていただければと思います。

FAポータル編集部