多くの人たちが注目するスポーツの試合や国際大会では、放映権や入場料、あるいはグッズの販売など、大きな経済的価値が発生します。ただスポーツが持つ本当の価値を見極めるには、経済的価値だけでなく社会的価値にも目を向ける必要があります。スポーツの社会的価値とは何か、それをどのように可視化するかについて、デロイトトーマツで長年スポーツビジネスに携わっている里崎 慎に聞きました。

里崎 慎
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

経済的価値は氷山の一角に過ぎない

――スポーツがもたらす価値には、どういった種類があるのでしょうか。

スポーツが持つ価値を測るとき、経済的な側面からアプローチすることが一般的です。そうすると、いわゆるスポンサーからの協賛金や放映権料をはじめ、入場料、グッズ販売、あるいは経済的な波及効果など、数字に換算できる価値に注目することになります。

ただ、スポーツが生み出す価値は、現時点において数字に換算できる「経済的価値」だけではありません。スポーツクラブの活動により、地域や地場産業などにもたらされる、住民等の心身の健全性の向上や地域コミュニティ活性化、地域認知度およびブランドの向上、治安の改善、環境や防災力の向上などといった「社会的価値」の創出も大きな効果となります。

スポーツが生み出す価値を氷山に例えるなら、経済的価値は氷山のうち海上に見える一部に過ぎず、一方で海の下にある氷山の残りの大部分は、目に見えていない社会的価値の部分であると我々は考えていますし、世界的なSDGsへの関心の高まりやコロナ禍の影響で、そのような考え方が急速に浸透しつつある状況と理解しています。つまり、社会的価値まで含めると、経済的価値だけで考えるよりもっと大きな価値が生み出されているというわけです。

それがわかるエピソードとして、2011年3月に発生した東日本大震災が挙げられるでしょう。あの大震災により、多くの人たちが心身に大きなダメージを受けました。その人たちの多くが最初に笑顔を取り戻したきっかけは、実はスポーツだったのではないかと思っています。

当時、失意のどん底にあった人たちをなんとか励まそうと、多くの人たちが様々な活動を行いました。その中でも象徴的な存在だったのは、東北を拠点に活動しているプロスポーツクラブである、東北楽天イーグルスやベガルタ仙台だったのではないでしょうか。それらのクラブの選手やスタッフたちが、困難に立ち向かい打ち勝っていく自分たちの姿を東北の人たちに見てもらい、少しでも元気になってもらいたい、という想いで継続的に行っていた取り組みは、経済的価値では測れませんでしたが、実際に多くの人たちに勇気や感動を与える活動となっていました。

こういった状況を作り出せたのは、スポーツというコンテンツに大きな力があったためであり、これこそがスポーツから生み出される社会的価値の典型的な例でしょう。

スポーツビジネスの発展には社会的価値の可視化が不可欠

――スポーツに社会的価値があることを理解しても、それに対して投資を行うのが難しいのはなぜでしょうか。

企業や団体が何に投資するかを考えるとき、資本主義社会の中ではどうしても費用対効果を考えざるを得ません。ただ、社会的価値は得られる効果を数字で表すことが難しいため、なかなか投資判断ができない、といった構造的な問題があると考えています。

本来であれば、価値があるところにお金は流れていくはずです。しかし、どれだけ価値があるのかが見えない、あるいは測ることが難しいために価値を説明できずお金が流せない。これが日本のスポーツビジネスマーケットが健全に発展していない理由の1つだと思います。

ただ、氷山の大部分を占める社会的価値が少しずつ可視化されていくことで、そこにお金を投じられるようになりつつあり、この動きはSDGsやESG投資への関心の高まりと共に着実に広まっていくと感じています。

――社会的価値はどのように可視化することができるのでしょうか。

社会的価値を可視化する手法の1つとしては、SROI(Social Return On Investment)が注目を集めています。評価のステップとしてはまず、それぞれの活動からどのようなアウトプットが得られるのか、そのアウトプットを通じて、短期的、中期的、長期的にどのような成果が導き出せるのか、といった因果関係を明確化するためのロジックモデルを整理し、その中のKPIを量的に集計し、それに単価となる金銭代理指標を乗じることで評価する手法です。

社会的価値を可視化するためには、このような手法を利用して活動を評価することが欠かせません。その必要性は従来から理解されていましたが、以前は定性的にしか分析することができず、定量的に成果を表すことが困難でした。

しかし近年のテクノロジーの進化、あるいはデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んだことにより、意思を持って取り組めば様々なデータを安価に集められるようになってきています。これにより、社会的価値の創出につながる活動の成果を数字で把握することが可能になり、さらに金銭的インパクトを導き出すための金銭的代理指標を掛け合わせることで社会的価値を導き出せるようになってきています。

例えば「やる気が出てきました」などこれまで定性的にしか表現できなかったものが、やる気が出たことによって労働生産性が上がり、従業員1人当たりの利益が拡大したことで税収が増加する、といったロジックをデータの裏付けをセットで組めるようになってきたということです。こうしてあるアクティビティの成果が数字で置き換えられれば、企業として投資に対するリターンをステークホルダーに客観的に説明することが可能になり、それによって企業として投資するかどうかの判断も行いやすくなるでしょう。

このように社会的価値を明確にすることで、価値ある取り組みに対して投資が行われ、それがスポーツクラブや地域、あるいは投資した企業の利益につながっていくと考えています。

社会的価値を生み出す"スポーツマンシップ"

――スポーツが社会的価値を生み出せるのはなぜでしょうか。

スポーツの試合や大規模な大会において、単純に勝ち負けで争うのは一面的なものに過ぎません。試合や大会を通じて、見る人にどのような気付きを与えられるのか、あるいは人々の行動をどのように変容できるのかが価値ある部分であり、それが社会的価値につながっていきます。

では、なぜスポーツというコンテンツは人々に行動変容を促せるのかを突き詰めて考えると、根底にスポーツマンシップという価値観があるからではないかというのが私自身の現時点での結論です。

日本スポーツマンシップ協会によれば、スポーツマンシップの根底にあるのは「尊重」と「勇気」、そして「覚悟」の3つだとしています。このスポーツマンシップという考え方が多くの人に浸透することにより、平たく言えば世の中がよくなっていくと思っています。

よく小学校の教室に、「思いやりの気持ちを持つ」とか「ルールを守る」といった標語が張り出されているかと思いますが、実はあれはスポーツマンシップの考え方そのものでもあります。

子どもの頃からスポーツマンシップ的な考え方を身に付けている人は、どんな環境であっても自分が幸せになるための方法を探せるでしょう。つまり運動できる人がスポーツマンではなく、自分の人生を豊かにできる人こそがスポーツマンであるというわけです。そういう人たちを1人でも増やすための取り組みがスポーツの試合や大会であり、そこに本質的な価値があると考えています。

このスポーツマンシップの考え方を子どもに体得させるために、スポーツというコンテンツは最適なツールとなります。スポーツはゲームなので、自らが主体的に楽しむものであるという性質があります。つまり主体性が自然と身に付くという特徴があります。さらにスポーツはルールがなければ勝敗を決められず、またルールを守らないと勝利してもうれしくないので、ルールを守ることの大切さが自然と理解できるという特徴もあります。

また、スポーツはチームスポーツであればチームメンバーが必要であり、基本的に対戦相手に加え、プレーをジャッジする審判も必要です。したがって、チームメンバーだけでなく対戦相手や審判も自分にとって大切な仲間であり、その人たちがいて初めて自分が存在できるという構造になっているのも特徴です。そこから、社会における自己の役割といったことも学べますし、相手に対するリスペクトの精神も育まれるでしょう。このスポーツマンシップの精神を多くの人が持つようになれば、多くの社会的課題は良い方向に改善されるはずです。

スポーツマンシップの精神を子どもに理解してもらうためのコンテンツとして、スポーツはものすごく大きな社会的価値を持っています。確かに経済的価値も大切ですが、それ以上に社会的価値のほうが中長期的に見れば大きな財産であり、それこそがスポーツの本質的価値であり、かけがえのない「レガシー」ではないでしょうか。