国や自治体が民間に事業を委託する際のスキームとして、成果によって報酬額が変わる「Pay For Success」が広まりつつある。このPay For Successでは、事業成果をどのように評価するかが重要な鍵であり、本連載で言及してきた社会的価値の評価にもつながるものである。そこで今回は、Pay For Successに関する案件を多く手がけてきた、有限責任監査法人デロイト トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 ガバメント&パブリックサービシーズの米森健太と、デロイト トーマツのスポーツビジネスグループの里崎慎に、社会的活動の評価の現状・事例とスポーツの社会的価値の可視化について語ってもらった。

日本でも広まるPay For Successを用いた公共事業

――米森さんが取り組んでいるPay For Successについて教えてください。

米森

国や自治体は税金を主な財源として様々な事業に取り組みますが、そうした事業の多くは対価性がない、つまりサービスを提供しても、対価として金銭を受け取らないことが一般的です。利用料金を受け取るケースもありますが、コストに見合うものではないことがほとんどでしょう。   

民間企業が何らかのサービスを提供した場合、通常はサービスの利用者から対価を得ることが前提となっていて、その対価がサービス提供の成果として捉えられます。一方、無料でサービスを提供することが多い行政の場合は、対価で成果を測ることができません。このため、国や自治体が提供するサービスの成果をどのように測定するのかは大きな論点となっています。

私自身、自治体などが行っている事業の評価に携わってきましたが、現場では、いきなり事業を評価するのではなく、どのように事業を評価するのか、言い換えれば評価するための"ものさし"をつくるところから議論することが少なくありません。

近年の傾向として、日本は人口減少によって税収が減る一方、社会保障関係費用などのいわゆる義務的経費が増えているため、事業に十分な予算を費やすことができない状況になっています。そこで、事業を民間企業に委託する際、事業やサービスの成果に応じて対価を支払うことが、事業やサービスの効果や効率を高めるのではないかという考え方が広まりつつあります。実際にイギリスでは「Pay For Success」、日本的に言えば成果連動型民間委託契約方式として定着しつつあります。

――日本でもPay For Successの取り組みは進んでいるのでしょうか。

米森

このアクションプランでは、医療・健康と介護、そして再犯防止の3つを重点分野としています。この中でも特に各地域の関心を集めているのが医療・健康です。住民の健康が損なわれると、将来的な医療費の増大を招くことになるほか、介護の負担も大きくなってしまいます。そこで住民の健康を促進するための取り組みを、Pay For Successのスキームを採り入れて実施するという試みが開始されています。

実際、私が担当しているケースで言えば、大阪府枚方市、そして福岡県太宰府市においてPay For Success方式で健康増進の取り組みを進められています。

このほか、私が支援した事例で、まちづくりの分野でPay For Successの手法を採り入れたケースもあります。国土交通省においてPay For Successの手法をまちづくりに適用するための検討が進められており、その中で群馬県前橋市を支援した事例です。

前橋市はまちづくりの指針として、2019年9月に「前橋市アーバンデザイン」を策定しました。その中に位置づけられる一部の事業の具体化においてPay For Successの手法を採り入れられないかということになり、国土交通省の業務の中で支援することになりました。

前橋市の事例では、そのまちにどれだけ人が来たのか、つまり来街者数を指標の1つにしています。事業の受託者が事業に取り組む前後で来街者数を比較し、所定の目標を達成したらそれに見合った報酬を支払うという形です。先日、無事にスキームが成立して本格的にプロジェクトが動き出しています。

この事例では、PFSの一手法である、SIB(ソーシャルインパクトボンド)を採り入れています。これは公共事業を民間に委託しつつ、その運営資金も民間の資金提供者から募ることで財源を確保する仕組みであり、前橋市はこれをまちづくりに活用しました。これによって、事業の成果が上がれば、行政は成果を上げた事業者や民間の資金提供者に対して報酬を支払うという形です。達することを求めています。

このPay For Successで報酬を支払うためには、何を成果にするのかを定義し、目標値を設定しなければなりません。この成果の定義や目標設定には難しい側面があるのは確かですが、一方でPay For Successに取り組もうという機運は高まっていて、事業や提供するサービスの成果を評価していこうという考え方は定着し始めています。

社会に対する貢献も企業の評価基準に

里崎

Pay For Successで目標値として設定する指標は、金銭的なものになっているのか、それとも金銭以外を指標にしている場合が多いのか、どちらなのでしょうか。

米森

事業の成果そのものを測定する指標としては、非金銭的な指標であることが一般的で、それ自体は今後も変わらないと思っています。

具体的なPay For Successの事例として、がん検診の取り組みが挙げられます。例えば、若い世代のがん検診率の向上を目標として、たとえば30~40歳の検診率を従来から何パーセント向上させるといった目標を設定するというようなイメージです。

ただ、成功報酬を検討する際は、事業の成果を金銭的価値に置き換えて算出することもあります。若い人たちのがん検診率を高めることで、将来的にがんに罹患する可能性を低減させることができ、これにより将来的な医療費をどの程度削減できるか、すなわち、将来財政に対してどの程度のインパクトが生じるかといった形で考え、将来的な財政負担額の削減部分の一部を成果として支払う、といったことが可能になります。

たとえば、若い世代のがん検診率が1%向上することで、行政として10年後に支払わなければならない費用が仮に1億円削減できるとすれば、その1億円のうちの一部を成功報酬としてPay For Successの支払いに組み込むといったスキームが考えられるでしょう。(数値はあくまでイメージ)

――民間企業でも社会的活動の評価に対するニーズは高まっているのでしょうか。

米森

民間企業の場合、事業で生み出した価値を決算書上の経済的利益で判断することが一般的です。ただ最近では自社の事業が社会にどれだけ良い影響を与えているのかといった、必ずしも金銭的、経済的価値のみでは図れない、いわゆる社会的価値への関心が高まっています。それを象徴しているのが、SDGsやESG投資に対する注目度の高まりです。

会社として多額の経済的利益を上げていたとしても、たとえば事業の環境負荷が高い、あるいは不当に低い賃金で従業員を雇用しているといった場合に、社会の構成員として認められるかどうかという議論があります。

もちろん経済的利益を上げることは重要ですが、それだけではなく、社会に対して正のインパクトを与えているかどうかが、今後は企業の存続に非常に重要になってくるでしょう。だからこそ、金銭的価値に置き換えることが難しい社会に対する影響も、しっかり可視化していこうという機運が高まっているのだと感じています。

民間企業の場合、調達した資金を元手に事業を行うことになりますが、その資金の提供元が企業の社会的な取り組みに対して関心を強めています。極端な例で言えば、事業が環境汚染につながっている会社に対して、資金を提供することは避けたいというわけです。また、代表的な資金提供者のひとつである銀行は間接金融であり、我々が預金しているお金を元手に融資を行っていますが、環境汚染をしている会社に融資することについて、預金者に対して説明できるのかといった観点でも、企業が社会にどのような影響を与えているかは重要であると言えます。

このような背景から、企業活動における社会への影響の把握についての社会的要請は高まっています。企業としては、今後、社会に正のインパクトを与えていると積極的に表明すること、実際に事業を通じて社会への正のインパクトを創出すること、そしてこれらのインパクトを可視化し説明することが、金融機関や株主に対するアピールになるのではないでしょうか。

社会貢献活動を従業員のロイヤルティ向上に

――実際に民間企業で、金銭的価値に置き換えられない社会的価値の算出に積極的な事例はありますか。

米森

広島県に本社がある、株式会社マリモの例があります。同社は主に不動産事業を手がけているのですが、代表取締役社長である深川真氏は「ソーシャルビジネスカンパニー」というキーワードを掲げ、2030年にソーシャルとビジネスの割合が50:50で共存する会社になることを目指しています。このように、社会的事業に対する意識が非常に高い会社です。

株式会社マリモでは、ソーシャルとビジネスの割合を測るために、これまでは社員にアンケートを行って数値化していたようです。ただ、もう少し客観的に測定できないかと考えていたところ、SROI(Social Return on Investment:社会的投資利益率)という手法があることに気づきました。そこでSROIに関して日本の第一人者である明治大学経営学部教授の塚本一郎氏、そして我々デロイト トーマツが協力して、株式会社マリモがグループで取り組む事業の社会的価値をSROIで算出することになりました。

たとえばマンション開発という事業の場合であれば、マンション内でのコミュニティ意識を高めることで、地域に対する帰属意識が高まるのではないか、あるいは良質な住宅を地域に提供することで、そこに住まう方々の生活水準が向上する、あるいはマンション開発によって地域の治安が改善されるなどといった社会的成果が考えられます。

単にマンションを建設して分譲し、それを販売して経済的利益を得る、という価値だけでなく、その開発によって生まれた社会的価値をSROIの手法を用いて評価しています。

――SROIで導き出した社会的活動の成果を、外部のステークホルダーに対してアピールすることができるわけですね。

米森

もちろんそれも重要ですが、自社の従業員に対してアピールすることも有効ではないかと、株式会社マリモの方々は話しています。

言うまでもなく、日本は人口減少に伴って生産年齢人口も減り続けています。このため、将来的には今以上に労働力を確保することが難しくなると考えられていることから、どうやって自社を選んでもらうか、また離職率をどう抑えるかが重要になるでしょう。そこで自社の事業がもたらす社会的成果を自社内の社員に向けても発信し、自分たちの会社に誇りを持ってもらうことでロイヤルティを高め、離職率を下げることにも繋げられるように活用することも効果的だと考えられます。

もちろん外部のステークホルダーに対して自分たちの事業の社会的成果を説明することは重要でしょう。ただそれだけではなく、株式会社マリモのように、自分たちの会社に従業員が誇りを持てるように、SROIなどの手法を用いて可視化した事業の社会的成果を社内に説明することも検討すべきではないでしょうか。

社会的インパクト評価が超えなければならない壁

里崎

一般的にアクションの対価性が問われにくい国や自治体における事業や施策の社会的インパクトを評価する場合、それぞれのアクションが生み出した社会的価値は、ダイレクトにその効果・成果が国や自治体に1対1で結びつくため、すごくわかりやすい構造だと思います。

一方、一般的にアクションの対価性が問われる民間企業における事業や施策の社会的インパクトを評価する場合、世の中全体を対象とする外部向けのアクションと、従業員などを対象とした内部向けのアクションの評価は分けて考えた方が良いと感じています。

内部向けアクションの評価については、従業員の一体感が醸成されたことにより生産性が上がった、あるいは帰属意識が高まったことで離職率が低減したなど、アクションが生み出したインターナルのインパクトをそのまま自社に帰属する社会的価値として評価することで、より具体的にそれに関連した活動の価値を把握することが可能になります。そうして価値が把握できれば、社会的活動に対する投資が通りやすくなりますし、自分ごととしてそのアクションには投資しやすくなります。

一方、外部向けアクションの評価については、世の中全体に対してやっていく施策において、そこで生み出された価値の総量はインターナルと同じSROIの手法で可視化できますが、そのうちのどれくらいが自分たちで作り出したものなのか、また、その価値がどれくらい自社の企業価値の向上につながっているかまで説明できないと、経営陣のニーズにあと一歩届かないという課題が残っています。

これはSROIのような社会的インパクトを計測するソリューションを使う際に、知恵を絞って超えなければならないハードルの1つになっていると実感しています。それを乗り越えられれば、さらに次の展開が一気に広がるでしょう。

米森

自社の寄与度をどう測るのかは、SROIの難しいところの1つですね。現状では、科学的に厳密性を持って評価することが難しい論点のひとつです。

たとえばマンションを開発することにより、その地域の治安が向上するといった場合、ロジック的には正しく、実際に犯罪率が下がるかもしれません。ただ、本当にマンションができたから犯罪率が下がったのか、マンション開発がどの程度犯罪率の低下に寄与したかはなかなか分からないわけです。

大きく寄与しているかもしれないし、ほとんど寄与していないかもしれない。その寄与度をある程度厳密に考慮しなければ、過大な評価や、あるいは過小な評価となってしまいます。せっかく評価しても、「あなたはそれだけ価値があると言っているが、実際は全然寄与していないのではないか」、と反論される余地が生まれてしまうわけです。

この評価の客観性をこれからどのように担保していくかは、SROIなどを用いて社会的価値を定量化していく上での重要な課題ですし、チャレンジすべきポイントでしょう。

最終的に社会的価値は経済的価値に結びつく

里崎

Jリーグでは、地域の子どもたちが学ぶ機会を地域と一緒になって作るといった活動などに代表される、社会連携活動を全てのクラブが行っています。それらをリーグとクラブが協力してSROIによって評価する取り組みを展開できれば、社会的インパクトに関する実証データを一気に集めることが可能となります。まだまだ実証データの積み上げが十分でないSROI評価の実証例が一気に積みあがれば積みあがるほど、SROI評価自体の客観性が裏付けられていくことに繋がっていくものと考えられます。そうなれば、スポーツ業界における社会的活動がどれだけ大きな価値を生み出しているのかということが客観的に可視化できるようになり、それが更なるスポーツ業界の発展を生む、という正のスパイラルを生み出すことができるでしょう。

これまで各Jクラブはある意味で自腹を切って頑張って社会連携活動に取り組んでいたのが実情です。本来、目に見えにくくてもしっかりと価値を生み出しているアクションについては、経済的にも人的にもサステナブルに発展できる仕組みを整備すべきではないでしょうか。

これまで、Jクラブのそういった取り組みの社会的価値が可視化されていなかったので、定性的な情報だけでしか判断できない部分がありました。しかし、生み出した社会的価値を可視化し、投資に対してどれだけのリターンがあるのかが分かれば、それだけ価値を生み出している活動なのであれば我々も一緒に取り組みたい、Jクラブの社会的活動に貢献したいという企業が現れることも十分に考えられます。

このように社会的成果を可視化すれば、マーケットが広がる可能性が十分にあります。そこに貢献できるツールとしてSROIという手法は非常に大きなポテンシャルを有していると確信していますし、それが一般的に活用される状況を我々自身で確立したいと考えています。

米森

これまで必ずしも可視化されていなかった社会的価値を測定し可視化することで、誰がどのような社会的成果を上げたかが把握でき、その活動や成果に賛同する人たちが現れ、最終的には、それが経済的価値とも結びついてくるということですね。 特にプロスポーツでは、スポンサーからの収入で経済的価値を生み出すことが一般的ですが、企業がスポンサードするかどうかの判断は、これまでは主にクラブの商業的価値に依存していたのではないでしょうか。社会的価値が計測できれば、クラブの社会的活動が生み出すインパクトに注目してスポンサードする、あるいは社会的活動に対する賛意からスポンサーになるという企業が増え、それによって新しい経済循環が生まれることが期待されます。SROIなど社会的価値を計測する手法は、そういった正のスパイラルを生み出すツールとして大いに期待できると思います。

FAポータル編集部