コロナ禍で減少した訪日外国人旅行者数が回復しつつある今、アフターコロナに多くの旅行者を呼び込む施策の1つとして「サステイナブル・ツーリズム」が注目されています。
サステイナブル・ツーリズムとは、観光地における地域住民の生活や景観、自然環境を乱すことなく、本来の姿を持続できるように設定された旅行および観光を指します。人気観光地に多くの外国人観光客が訪れ、地域住民の生活や自然環境に影響を与えるオーバーツーリズムが問題視されるなか、これらの課題解決のために推進されるようになりました。近年、消費者のサステナビリティへの意識が高まるにつれ、観光客から選ばれる要素の1つにもなっています。
本稿では、サステイナブル・ツーリズムが注目される背景や、観光産業のサステナビリティの取り組みを推進する方法の1つである宿泊施設による第三者認証取得のメリットや取得支援について解説します。

※当記事はIndustry Eyeに掲載した内容を一部改訂して転載しています。

サステイナブル・ツーリズムが注目される背景

サステイナブル・ツーリズムが注目される背景を、観光産業のプレイヤーである「旅行者」「旅行代理店など」「業界団体・官公庁」の三者の視点から見ていきましょう。

第一に、旅行者のサステナビリティへの意識の高まりが見られます。「サステイナブルトラベル」に関するアンケート調査において「1年以内にサステナブルな宿泊施設を利用する意思がある」と回答した旅行者の割合は、過去5年間で、6割から8割へと増加しました。さらに、76%の回答者が「第三者機関のサステナビリティ認証を受けた宿泊施設を利用したい」と答えています。

【図1】旅行者の意識変化
出所:世界大手OTAのサスティナブルトラベルに関する調査よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

従来型ニーズである交通利便性やおもてなし、コストパフォーマンスに加え、サステナビリティへの取り組みが、宿泊先の決定に影響を与えるようになっているのです。

第二に、旅行代理店など販売チャネルを担うプレイヤーは、パートナーホテルに対してサステナブルな施設運営を求めるようになってきています。

例えば、世界大手オンライン・トラベル・エージェント(OTA)では、宿泊施設の概要に「サステナビリティに関する取り組み」の項目を設けることによって、サステイナブル・ツーリズムを志向する旅行者層に選択肢を提供しています。また、一部の予約サイトでも、一定のサステナビリティ基準を満たす宿泊施設やエコラベル(*1)を取得した宿泊施設を検索できるフィルター機能を導入しています。

旅行代理店等はESG戦略の一環として、旅行者へのサステナブルな旅行手段の選択肢を提供するなど、サステイナブル・ツーリズムのサプライチェーンを構築し始めています。将来的には、サステナブルなホテルを優先的に販売網に組み込むことや、サステナブルな運営に消極的な宿泊施設をサプライヤーから除外することも考えられます。

第三に、観光関連の業界団体や官公庁は、サステナブルな観光地づくりを後押しするべく、国際基準やガイドラインの策定といった指針づくりを進めています。

観光庁は、世界的に信頼性が高い国際基準である「Global Sustainable Tourism Council(GSTC)(*2)」に則って、2020年に「日本版持続可能な観光ガイドライン(Japan Sustainable Tourism Standard for Destinations:JSTS-D)」を策定しました。このガイドラインは、自然や文化遺産を守り、住民と観光客の双方にとってプラスになるような持続可能な観光地を推進する意図でつくられました。このガイドラインのうち、「事業者における持続可能な観光への理解促進」という項目では、宿泊施設に対してサステナブルな観光に関する取り組みや従業員教育の実施を求めています。

このように、観光産業に関わる各プレイヤーの変化が進むなか、宿泊施設は今後どのような取り組みを行っていけばよいのでしょうか。

その解の1つとして、今、世界で多くの宿泊施設が取り組んでいるのが、国際的な第三者認証の取得です。

*1:エコラベル:環境への配慮が客観的な基準から評価されたことを示すマーク。
*2:GSTC:エコラベルが乱立するなかで、信頼できる持続可能な観光の国際基準を開発するために国連機関を中心として2007年に設立された国際非営利団体。

サステナブルな施設運営を推進する第三者認証とは

宿泊施設にとってサステナビリティ認証を取得することは、消費者やパートナー企業から信頼を得る方法の1つです。前述したGSTCのホテル向け認証プログラムは、世界的に信頼性が高く、外国人観光客向けのアピール材料になります。認証の取得には、GSTCが認定する第三者認証機関による審査をクリアすることが必要です。認証制度は数多く存在するため、宿泊施設は、自社施設の特性や規模に応じた信頼性の高い認証制度を選択することが重要です。

一方で、日本での第三者認証の認知度は低く、認証を取得した宿泊施設は少ないのが現状です。例えば、図2のA認証は、世界の65ヵ国、3,605施設が取得済みですが、うち国内施設は5施設にとどまります。

【図2】主な国際認証やエコラベルにおける日本国内での取得数
出所:公開データ(2022年4月5日~12日に各公式サイトに掲載されている施設数を集計)よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

様々な方面からサステナビリティな運営が求められている今、国内宿泊施設においては、こうした認証を取得する重要性は高まっているといえます。

サステナビリティ認証取得のメリットと取得支援

宿泊施設が第三者認証を取得するメリットは2つあります。1つ目は、宿泊施設に対する旅行者からのサステナビリティ面での信頼性が高まりアピール材料になる点です。2つ目は、具体的な目標のもと環境保全に取り組むことができる点です。

サステナブルな施設運営をはじめようとしても、環境問題への対策や地域社会との共存において宿泊施設が取り組めることが多い分、何から取り組み、どこをゴールにすべきかがわからなくなるケースは多々あります。例えば、トイレを流す水量が何リットルであれば節水であると言えるのかを即答できる人は多くありません。そのような場合に、認証制度に定められた具体的な施策と数値目標(例:節水、節電、環境にやさしい洗剤の使用、従業員へのサステナビリティ教育の実施頻度、など)といった指針があれば、明確なゴールとロードマップのもとに施策を実行することができます。また、節水・節電はコスト削減につながりますし、従業員へのサステナビリティ教育は、モチベーションの維持・向上に有効です。

しかしながら、認証の取得には具体的な計画の策定や様々なデータの提出が必要なことから、サステナビリティの重要性を理解していても、自施設だけでは対応が難しい場合があります。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーでは、「サステナビリティに取り組みたいがリソースが足りない」という宿泊施設に対して、認証取得の支援を行っています。

【図3】エコラベルやESG認証の取得や維持における支援概要
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

外部アドバイザーを活用することによって、宿泊施設の運営者は、煩雑な書類作成の効率化や認証取得に必要な施策を的確に策定することができ、認証取得までの期間を短縮することが可能です。

当社は、アフターコロナに日本がサステナブルな観光地として旅行客を誘致できるようになるよう、宿泊施設のサステナビリティ推進に貢献していきます。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ターンアラウンド & リストラクチャリングサービス

大堀 顕司 / Ohori Kenji

ヴァイスプレジデント

都市銀行での渉外融資業務を経て、監査法人系アドバイザリーファームのホスピタリティインダストリーグループに所属。婚礼・MICE運営会社営業管理部門に移り、婚礼事業の活性化、MICE誘致に貢献。医療関連セミナーや大型国際イベントなどの誘致、施工管理までカバーした。ホスピタリティ産業領域での幅広な業務経験を基礎に関連する事業性評価・分析、M&A、経営改善、事業新規参入など、専門性の高いアドバイザリー業務を提供している。

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渡辺 彩未 / Watanabe Ayami

アナリスト

全国にビジネスホテル・リゾートホテルを展開する事業会社において、開発業務に従事し、市場調査や事業計画の策定、自社所有不動産の流動化、不採算ホテルのクロージングなどを経験。現職では宿泊施設の計画策定、経営改善支援業務に関与している。