人口減や経済停滞に歯止めを掛けるための地方創生政策では、「若者・女性にも選ばれる地方」づくりが重要とされる。雇用創出に向けた若者や女性の定着を重視した企業誘致には、より多様な働き方をもたらす事務所機能などの立地が求められる。しかし現実的には、旧来の製造業中心の産業構造が定着しきっていたり、企業誘致が従来型の「工場誘致」から抜け出せなかったりする地域も多いだろう。

製造業を中心とした機能立地・産業集積には、雇用創出や労働生産性の向上など経済振興に関する多くのメリットがある一方で、いくつかのリスクも伴う。本稿では、そのようなメリットとリスクについて整理するとともに、リスクに備えた地域づくりに重要な視点や留意点を示したい。

地域の持続に向けた企業誘致とは?

人口問題解決に有効な「若者・女性」の雇用創出に向けて、企業誘致に取り組む地域は少なくない。

法制面でも2024年4月に改正地域再生法による「企業の地方移転を促進する地方拠点強化税制の対象拡大」が実施され、税制の対象となる事務所の事業部門が拡大され、事業所内の育児関連施設が対象として追加されるなどしたことで、「若者・女性」に訴求しやすい本社など事務所機能を誘致しやすい状況となっている。では、事務所の機能誘致には、地域にどのようなメリットがあるのだろうか。

付加価値の高い雇用が創出される

経営、企画、マーケティング、研究開発などの高付加価値な業務の遂行に必要な、高度な専門知識やスキルを持った人材が集まることで、地域の雇用の質や所得水準の向上が期待できる。

地域内での産業連携を強化できる

企業としての意思決定機能(本社・支社・部門など)が立地することで、他の立地企業や産業、地域環境との新たな関係構築が期待され、迅速な判断や優れた知見などが地域経済に強い影響を与える可能性がある。

サービス機能が充実する

本社などの事務所機能の進出に伴い、企業との取引を見込む対事業所サービス業や、従業員や家族向けの対個人サービス業の需要が高まることで、既存のサービス機能の発展や新規機能の立地につながる可能性がある。

地域ブランドが向上する

本社などの立地実績によって当該地域の事業環境や生活環境が良好と印象づけられることで、他の企業や投資家にも魅力的な地域として注目されやすくなるため、さらなる企業誘致や投資・寄付などの促進が期待できる。

まちづくりへの投資が拡大する

進出企業が有する人脈・ネットワークを介した交流の深化によって、地域と関わりを持つ企業・人材の創造性が高まり、魅力あるまちづくりに資する様々な活動の活性化が期待される。

企業が地方・地域への進出を検討するうえでは懸念もある。事務所の移転などによって既存の従業員が地方への移住を敬遠しかねないし、優秀な人材を移転先で確保できるかわからないといった不安も生じるだろう。また、地域側にとって、「企業誘致」は必ずしも本社など事務所機能の立地に限らない。幅広い求職者に対応した多くの雇用創出が見込まれることから、地方創生政策の本筋である「若者・女性」への訴求力の有無だけでなく、「工場」(製造・生産機能)の誘致にも力が入る。

特定業種に雇用を依存する地域のリスク

製造業を中心とした工場立地、産業集積を促進することにも、確かに雇用創出や経済面で多くのメリットがある。しかし、次のようなリスクがあることにも留意する必要がある。

経済が単一化し、労働力も偏る

特定の産業に過度に依存すると地域内でのリスク分散ができず、経済の変動・市場の変化に対して脆弱になる。経済ショックや不況などで特定の企業や業界がダメージを負うと、地域も多大な影響を受ける可能性がある。また、特定の業種が雇用の中心になることで、地域の労働力が特定のスキルや職種に偏ることがある。その結果、他の産業が発展しにくくなり、「若者・女性」に合った「魅力ある雇用の場」が確保できず、地域経済の多様性はいっそう損なわれる恐れがある。

外部の経済変動に影響される

製造業はグローバルな競争にさらされやすく、海外経済の影響を受けやすい。特に米国の関税措置などのようなグローバルで不透明な外部要因は、業界・企業へのダメージを通じて地域の産業・経済にも想定外の大きな影響を及ぼす可能性がある。企業の本社などの状況判断によっては、地域に立地する機能の縮小、閉鎖、人員削減、一部または全部の機能の海外移転などが突如決定されるリスクがある。

地域ブランド毀損やイノベーション遅延の恐れ

特定の業種が集積している場合、当該業界の不振や負のイメージなどが主要産地としての地域に直結して反映される懸念がある。立地企業の撤退・破綻などのマイナス情報もまた、地域の評判や価値を損なう恐れがある。また、特定の業種・企業の影響の強い地域では、他の産業の技術革新に遅れを取る場合も考えられ、長期的な経済成長が妨げられるリスクがある。

リスクを抱える地域はどこか

特定業種に依存している地域にはどのようなところがあるだろうか。すぐに思いつくのは「企業城下町」と呼ばれるような、経済・社会活動の多くが限られた企業・事業所中心に形成されてきたところであるが、ここでは特に雇用機会に着眼し、長期的なリスクを意識する必要性があると考えられる地域を抽出してみた。

2021年の経済センサス活動調査を用いて、各市町村で従業員数が「全国に比べて特化している業種」を特定した。さらに「A.超突出ケース」(176市町村)、「B.突出ケース」(5市町村)、「C.寡占・複合ケース」(51市町村)の3つに地域を分類した(図表1)。

【図表 1】 地域抽出の設定条件

データソース:「令和3年経済センサス活動調査」(経済産業省)https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200553&tstat=000001145590

次に、雇用者規模によって事業所を分類し、地域における特化業種(該当業種)がどのような規模の事業所によって構成されているかを整理した(図表2)。雇用者規模300人以上の「大規模事業所」が地域の雇用の多くを支えている場合、その企業の経営判断などによって地域に生じるリスクが大きくなりやすいと想定される。

また、雇用者規模100人以上299人以下の「中規模事業所」であっても、人口規模の小さい市町村では大規模事業所並みの依存リスクがあるといえる。さらに、雇用者規模99人以下の「中小事業所」が同一業種で多数集積している場合は、大規模事業所が複数立地しているのと同様、その業界の状況変化(市場の飽和や陳腐化、競争激化など)から直接的な影響を受ける可能性がある。

【図表 2】 当該業種の立地事業所の規模による整理

デロイト トーマツ戦略研究所作成

産業中分類によって特定した地域の特化業種は便宜上、図表3のような類型化によって再整理を行った。「①飲食品工業」は市場や消費者ニーズ、原材料価格などの変動を受けやすく、「②基礎素材産業」や「③加工組立産業」はグローバル需要や国際競争などの環境変化への注意が必要である。地場産業・伝統産業などがベースとなる「④産地型産業」は市場縮小などの外部環境と同時に、事業や技術の承継など内部環境要因からの課題にも対応を迫られると考えられる。

さらに、こうした抽出結果の特徴と全国分布を、図表4と図表5に示した。いずれも2021年(令和3年)のデータに基づいている。

【図表3】 当該業種の類型整理

デロイト トーマツ戦略研究所作成

【図表4】 地域抽出の結果:「A.超突出ケース」・「B.突出ケース」

「令和3年経済センサス活動調査」(経済産業省)https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200553&tstat=000001145590を基にデロイト トーマツ戦略研究所作成

【図表5】 地域抽出の結果:「C.寡占・複合ケース」

「令和3年経済センサス活動調査」(経済産業省)https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200553&tstat=000001145590を基にデロイト トーマツ戦略研究所作成

リスクに備えた地域づくりに向けて

特定の業種・企業に雇用の多くを依存する地域では、産業の不振などによって地域経済が危機的状況に陥ったり、そこまでいかなくとも「このままではまずい状況になる」と感じたりした経験があるのではないだろうか。当面の危機が回避されたり、停滞が常態化したりして、適切な対応を後回しにしてしまっている場合もあり得る。既に起きたことは今後も起き得るし、これから発生するかもしれない。改めて地域としての危機意識を高めて、リスクと向き合う行動を取れているのか再確認しておく必要がある。

「リスクに備えた地域づくり」には、以下のような複数の取り組みを統合的に進めることが重要である。地域の特性やニーズに応じて、柔軟かつ長期的な視点に立つ必要がある。

バランスの取れた産業政策

特定の産業に過度に依存するリスクを軽減し、当該産業が不調に陥った場合でも地域経済全体の安定化を図れるよう、複数の産業をバランスよく育成して、地域経済を多様化するとことが必要である。製造業を中心とする産業が集積する地域では長期的な視点で地域の特性や資源、成長可能性を踏まえた将来のビジョンを描き、バランスの取れた産業政策を策定・実現していくことが重要となる。

労働力の多様化

地域の労働力が特定のスキルに偏らないようにするため、多様なスキルセットを持つ人材の育成・確保と、「若者・女性」をはじめとする人材の需要の創出とが必要となる。特定の産業に過度に依存しない将来ビジョンに沿った形で企業立地が実現するように、各種インセンティブや、人材の教育・職業訓練プログラムの提供、地域外・海外からの人材受け入れによって、多様なキャリアパスにつながる製造業以外の雇用機会創出などに取り組んでいくことが重要となる。

グローバル経済への対応

立地している製造業がグローバルな競争力を高めて世界経済の動きに対応可能にするために、自治体をはじめとする地域の運営主体は、国際的な市場動向や技術革新に適応できる感覚と力を磨く必要がある。そのためには域外の企業・大学・研究機関などとも連携し、国際的な視野を持つ人材の育成・確保、グローバル展開に向けた革新的な技術、情報などを地域の共有資産として有効活用していくことが重要である。

地域としての営業力の強化

人口がピーク時より減少した状態でも収益面で持続可能な「稼げる地域」となるためには、資源や能力を最大限に活用し、多様な産業が域外市場に効果的に商品やサービスを提供できる力を強化して、経済的な安定と成長につなげることが必要となる。

その収入源を確保するために、地域特有の価値や魅力を活かした地域のブランディング、ターゲットに応じたプロモーションなどを地域ぐるみで実行し、外部からの新たな投資呼び込みや資源の獲得などにつなげていくことが重要である。

オリジナリティある視点や発想の尊重

長期的な視点に立った持続可能な地域づくりを進めるためには、公共による公的な取り組みだけではなく、民間の事業主体や人材が自らの意思・意図によって活動できる環境であることが必要である。そこには行政の立場では考えつかない、あるいは実現が難しい、けれども地域のまちづくりとって非常に有用な視点やアイデア、創造性が存在する場合がある。

地域づくりは誰もが公平・平等に参加できる土壌が大切であることはもちろんだが、地域共有のビジョンや倫理観から外れない範囲であれば、地域愛を持った地元事業者、域外の関係者などあらゆる立場の人が自らの情熱や価値観のもとに独自のまちづくり活動を発意・実行でき、地域の人々の共感を呼び起こせるような状態をつくることが重要となる。

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『製造業のまち』の持続可能な未来へ_地域産業の自立リスクに対応して.pdf

※本稿の情報は統計データなどの公開情報を通じて正確を期していますが、筆者の個人的な見解に基づき執筆・編集しています。

中村 圭介 / Keisuke Nakamura

研究員

都市計画コンサルタントとしてキャリアをスタートさせ、その後シンクタンク系ファームにおいて、土地利用、施設活用、商業・観光・中小企業・農業等の地域産業振興、中山間地域の活性化、シティプロモーション、国土・広域圏政策などに係るリサーチ・コンサルティング業務に従事。2023年4月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。

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