Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

 

 

最近の米連邦準備制度理事会(FRB)による、政策金利の指標となる金利を据え置く決定は、必ずしも注目すべきものではありませんでした。しかし、FRBの直近の会合からは二つの重要な結果が生じました。第一に、新たなFRB議長であるケビン・ウォーシュ氏が、もはや金融政策に関するフォワードガイダンス(中央銀行が金融政策の先行きについて示す指針)を提供したくないと述べたことです。これは、FRBがそのような指針を示した場合、投資家はその新たな金融政策見通しに反応することを意味します。その結果、投資家は自身の経済状況に対する認識に基づいて判断しなくなり、FRBにとって有用な情報が提供されなくなるかもしれません。

 

具体的に、ウォーシュ議長は次のように述べました。
「金融市場は、新しく入ってくるデータに反応するときに最も良く機能します。金融市場が、『FRBはその新しい情報にどのように反応するだろうか』という問いを発するようになると、効率性が低下すると私は考えています。市場が実体経済で何が起きているかにより注意を払い、どのデータが良いデータで、どのデータがそれほど良くないデータであるかを判断するほど、金融市場は最も可能性が高いシナリオやテールリスクを適切に価格へ織り込むことができます。金融市場における価格は、おそらく中央銀行を導く最も重要な情報源です。しかし、金融市場が行っていることが、単に我々が発言した内容を反映するだけならば、我々は最も重要な情報源を失い、何も見えなくなってしまいます。私は、そのような目隠しを取り払う仕組みを作りたいと考えています。すなわち、市場が信頼できると効率的に判断したデータに従うような仕組みです。市場もデータを見ており、我々もデータを見ています。市場は市場価格を通じてより良い情報を我々にもたらすでしょう。そして我々は、より十分な情報に基づいた意思決定を行うことができます。」

 

一方で、評論家たちは、政策に関するフォワードガイダンスがなくなることにより、投資家の間で不確実性が生じ、リスクプレミアムの上昇につながる可能性があると指摘しています。さらに、FRBは現在、透明性を後退させ、一種の神秘性を生み出そうとしているとの見方さえあります。これは、元FRB議長ベン・バーナンキ氏が在任期間中に実現しようとしたこととは正反対です。バーナンキ氏はFRB議長としての在任中、インフレーション・ターゲティング、フォワードガイダンス、記者会見、ならびに金利見通しを示すドット・プロットを導入しました。その目的は、FRBを完全に透明な組織とし、金融市場を大きく揺さぶる可能性のある金融政策上のサプライズを回避することにありました。

 

先週の会合における第二の重要な結果は、そのドット・プロット自体でした。特筆すべきことに、ウォーシュ議長はドット・プロットへの参加を辞退しました。一方で、連邦公開市場委員会(FOMC)の現任および輪番制メンバー17名はドット・プロット向けの見通しを示し、その過程で、市場を動かしました。多くの委員は利上げを予測しており、中には複数回の利上げを予想する委員もいました。

 

これは投資家の期待形成に影響を与えたようです。例えば、1週間前には、先物市場において、FRBが次回7月に会合を開く際に利上げが行われる織り込み確率は6.4%でした。しかし、1週間後にはその確率は36.3%となりました。一方で、利下げが実施される確率はゼロとみられています。さらに、年末までに少なくとも1回の利上げが実施される確率は現在88.2%となっており、1週間前の57.1%から大きく上昇しました。金融引締めへの期待が強まったことで、債券利回りは本来よりも高い水準に維持されています。

 

なお、FRBの発表は、アラン・グリーンスパン氏が100歳で死去する前日に行われました。グリーンスパン氏は1987年から2005年までの18年間にわたりFRB議長を務めました。ウォーシュ氏は、FRB議長としての振る舞いの手本としてグリーンスパン氏を挙げています。そして、グリーンスパン氏は特に発言の曖昧さで知られていました。米国議会委員会での証言において、彼はしばしば難解な表現を用いました。そして、それはおそらく意図的なものでした。彼はフォワードガイダンスを提供せず、通常は聴衆にFRB政策の方向性について推測させる形を取っていました。グリーンスパン氏が退任した後になって初めて、ベン・バーナンキ議長のもとで透明性を重視する新たな方針が導入されました。ウォーシュ氏は、グリーンスパン時代への回帰を好んでいるように見えます。

 

一方、FRBが重視するインフレ指標である個人消費支出デフレーター(PCEデフレーター)の最新の報告によると、インフレ率は5月も上昇を続けました。報告によれば、5月の同価格指数は前年同月比で4.1%上昇し、2023年4月以来で最も高いインフレ率となりました。また、前月比では0.4%上昇しました。この上昇は主としてエネルギー価格の急騰によるものでした。しかし、話はそれだけではありません。価格変動の大きいエネルギーおよび食品を除いたコアPCEデフレーターは、5月に前年同月比3.4%上昇し、これは2023年10月以来で最も高い伸び率でした。言い換えれば、エネルギー価格の上昇によるインフレは、既にその他の財やサービスの価格にも波及しているということです。

 

これが、FRBの政策担当者の間で金融引締めを選好する傾向につながった可能性があります。FRBの政策担当者は、インフレが米国経済に定着し、賃金上昇の加速やインフレ期待の上昇につながることを懸念しているようです。したがって、仮に原油価格の下落が継続したとしても、インフレ率の上昇傾向が反転するまでには一定の時間を要する可能性があります。

 

一方で、米国におけるインフレ期待は急速に低下しています。今後5年間の平均インフレ率に関する債券投資家の期待を示す指標である5年物ブレークイーブン・インフレ率は、2024年10月以来最低の水準まで低下しました。しかも、この低下は短期間で生じました。同指標は5月中旬の2.7%から、現在では2.2%まで低下しています。この急激な低下は、おそらく二つの出来事に対する反応によるものでした。すなわち、米国とイランの対立が終結に向かうとの見方と、FRB議長ケビン・ウォーシュ氏がインフレ抑制に注力する意向を示した発言です。

 

ウォーシュ氏について言えば、同氏が利下げに注力するのではないかとの懸念があった後、投資家の間には安堵感が広がりました。その代わりに、最近開催されたFRBの政策委員会において、ウォーシュ氏は「高止まりする物価」が「米国民にとっての負担」となっていると述べました。また、政策委員会の声明文では、物価安定を実現することが明確に表明されました。したがって、インフレ期待の低下は、インフレ圧力を抑制するために必要であればFRBが金融引締めを実施するとの市場の期待を反映していると考えられます。インフレ期待の低下による好ましい点は、それが借入コストの低下につながる可能性が高いことです。実際、米国10年国債利回りは5月中旬以降、大幅に低下しています。そして、それは信用市場(クレジット市場)の活動に対して好影響をもたらすはずです。

 

翻訳者

 

合同会社デロイト トーマツ
ファイナンシャルアドバイザリー
増島 雄樹
 

合同会社デロイト トーマツ
ファイナンシャルアドバイザリー
江越 七海

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