スーパーフォーミュラは新たな価値をどう再定義したのか
―SF NEXT50で推進してきた取り組みの進捗と自己評価

五十嵐:これまでのSF NEXT50の取り組みを振り返って、進捗や今後の展望などの自己評価を聞かせてください。まずはカーボンニュートラルへの対応について、これまでの取り組みと進捗はいかがでしょうか。
上野:前提として、我々は時速300kmというスーパーフォーミュラの世界観を保ったまま、新たなカーボンニュートラルの「走る実験室」として技術やノウハウの実験結果をフィードバックするという姿勢でいます。
主なテーマとして取り上げたのは、カーボンニュートラル素材を使用したマシンおよびタイヤ、そしてカーボンニュートラル燃料の3つです。
マシンに関しては、表面積の30%に原材料と製造過程でのCO2排出量を約75%抑制したバイオコンポジット(プラスチックに植物繊維を混ぜ込んだ複合材料)素材を使用したカウリングカウルをボディカバーとして装着しています。通常のカーボン素材のマシンと比べても全く遜色ないコーティング剛性・重量で、他のマシンでも使われ採用されています。
タイヤには、当初の予定を上回る45%の比率で再生可能原料・リサイクル原料の比率を採用当初の33%から46%に高めたもの再生ゴムや天然由来の配合剤を2025年シーズンから使っています。またシーズンインフューエル(開幕時今季から導入された燃料)には国内で生成されたセルロースエタノール(バイオ燃料)エンジンをドロップイン10%ブレンドしています。2026年から、このように生成過程でCO2を排出しない画期的なタイヤを導入しました。
繰り返しになりますが、我々はマシンの性能を維持もしくは向上させ続けながらカーボンニュートラルの取り組みを行っています。マシンの性能を落としてしまっては本末転倒なので、スーパーフォーミュラの価値やブランドを保ったままどこまでどうやってカーボンニュートラルに取り組めるか、日々挑戦しています。
五十嵐:次に新たなインターネット時代に対応したデジタルシフトの取り組みについて、概要や進捗を聞かせてください。
上野:大きく2つの取り組みをしています。ひとつはSFgoというオリジナルの動画配信動画視聴できるシリーズ公式アプリの開発です。推し活の一環として開発したアプリで、応援しているドライバーのレースをドライバー目線のカメラで追うことができます。もうひとつはSNSへの注力です。YouTubeの年間総再生回数はSF NEXT50が始まる前過去と比べると25倍ほどになり、上手くいっていると感じています。
我々としては、SNSを通してデジタルでスポーツ観戦の在り方を変えたいと思っています。モータースポーツのように、試合中の競技者の会話やデータの全てがを観客側に共有できる網羅されているスポーツというのはあまり存在しません。今はスポーツ業界全体でどんどん一般向けにデータを開示する傾向があるので、ファンも試合の勝敗を予想しながら応援できますし、スポーツ観戦の楽しみ方の幅が広がります。そのような中で、選手ドライバーの主観の映像を放映できるというのはモータースポーツ業界の強みだと思います。それにモータースポーツは1000分の1秒の差で勝敗が決まるので、得られるデータが特に豊富です。これも我々の強みだと捉えています。

スーパーフォーミュラ公式アプリ SFgo
五十嵐:スポーツにおけるデータ分析は現状改善のためだけでなくガバナンス検証にも使えますし、使用用途は多岐に渡ります。データを収集して試合の分析を楽しむスポーツファンはとても多く、ほかのスポーツでもデータアナリティクス専門のスタッフがいるくらいニーズがあるので、モータースポーツならではのデータの豊富さは今後さらに需要が増えそうですね。
上野:我々はスポーツ観戦に大切なのは熱量だと考えていますが、その核心をデータで裏付けられる瞬間はすごく楽しいと思うんですよね。スポーツの成績改善というデータアナリティクスの面もあれば、試合の行く末を予測するファンのエンターテインメントとしての面もある。我々はファンがデータ分析を楽しめるような環境のひとつとしてSFgoを開発しました。モータースポーツのデータ分析の面白さに気付く人は今後どんどん増えていくと思いますね。
五十嵐:最後に業界の人材育成について、進捗を聞かせてください。
上野:就活セッションなど、学生の方を対象としたイベントを多数開催しています。自動車業界は以前ほど学生人気が高くないものの、モータースポーツをきっかけに興味関心を持ってもらえると良いなと思っています。そこで自動車メーカーやサプライヤーなど自動車産業に特化した就職活動セミナーと、BtoBのビジネスマッチングイベントトップ企業のリクルーティングセッションを同時期に開催し最先端の技術を学べるようなに触れていただける場を作っています。ここでこの場を通じて自動車業界に入った学生の方がから、10年後に我々のイベントがきっかけでモータースポーツのエンジニアになったというような話が聞けたら本望ですね。やはり今の学生の方が未来のモータースポーツ業界を担って作っていくので。
―パートナーとの新たなモータースポーツの価値づくりの実績

五十嵐:SF NEXT50ではモビリティ(カーボンニュートラル)、エンターテインメント(デジタルシフト)、イベントの3つの柱を据えて、新たな取り組みができる多様な企業と連携していく方針だと認識しています。その他アピールポイントとして、2025年全日本スーパーフォーミュラ選手権では瑤子女王殿下を名誉総裁にに推戴したことで格式もさらに上がったかと思います。またサーキット場で最高峰のホスピタリティや体験価値を提供する高価格帯のビジネスも構想が生まれているとのことですが、展望を聞かせてください。
上野:瑤子女王杯を開催したことで注目も増したと思います。またモータースポーツにおいては、サーキット場ならではの消費につながる非日常体験の開拓の余地がまだまだあると考えています。野球でいうフィールドシートのように、サーキット場で特別感が味わえるような限られた体験や商品の開発を進めていますね。対象は主にモータースポーツ業界の株主とや海外からの観客を想定しています。
五十嵐:海外のスタジアムではVIP席を年間販売し、利用者は自身のビジネスにおける第3の接待の場として使用するというスポーツホスピタリティの考え方が広まってきていると聞きます。サーキット場にも同様のチャンスがあるということでしょうか。
上野:そうですね。ただサーキット場が郊外にあるため、滞在先として選ばれるにはまだ課題があると感じています。
これからのモータースポーツはどう世界と共創していくべきか
―海外進出、海外からの誘致に関する展望
五十嵐:国内では少子高齢化が進んでいることもあり、今後モータースポーツは世界に対して価値を伝えていくことでファンを増やし、経済圏を拡大していくものと考えています。どのように社会と接点を持っていくのか、あるいはスーパーフォーミュラとしてどのように価値を創造していくのか聞かせてください。
上野:日本のモータースポーツ産業という大きな括りで話すと、日本は世界的に見ても珍しい国です。小さな島国にも関わらずフォーミュラ選手権だけでも5つのラダーがあり、耐久レースにもスーパー耐久とスーパーGTの2つのシリーズがあります。一国にこれだけのレースが揃っているというのは珍しく、日本が何十年もかけてモータースポーツという産業の基盤を築き上げてきた結果です。スーパーフォーミュラをIP(知的財産)として海外に発信し、さらに発展させられると、日本のモータースポーツ産業を国内外の両方で盛り上げていくことができます。将来的には我々のIPを海外で購入してもらう形でビジネスを進めていきたいですね。
五十嵐:このIPというのはレースだけでなく、ドライバーやエンジニアの育成プログラム、ステップアップのためのラダーなども含めた日本のモータースポーツの構造をそのまま世界に輸出していくイメージでしょうか。
上野:はい。ひとつの産業として日本のモータースポーツを輸出したいと考えています。世界を見渡すと、アジアやオセアニア、アフリカには著名なレースがなくモータースポーツの空白地帯となっています。そういった地域に日本のモータースポーツの文化を広めていくことで、全世界のモータースポーツ人口を増やし、モータースポーツ業界そのものに貢献できると考えています。
五十嵐:この50年ほどで日本ではモータースポーツ産業が大きく発展してきましたが、なぜこれまで海外に輸出していなかったのでしょうか。日本のように優れた多くの自動車メーカーが海外にはなかったからなのか、そもそも海外に輸出する機会がなかったからなのか。
上野:実は我々日本の人々の目にはまだ日本のモータースポーツが海外のモータースポーツほど魅力的に映ってきていなかったからかもしれません。実はすでにスーパーGTやスーパーフォーミュラをマレーシアで実施しています。日本と同じレースをただ土地だけを変えて実施するだけではあまり意味はないので、日本のモータースポーツそのものを産業として認めてくれる相手と新しいモータースポーツの文化を共創していきたいですね。
五十嵐:逆に海外からの観客については、どのように日本に呼び込む方針でしょうか?大阪の夢洲にF1を開催できるサーキット場を建設する話も出ています。
上野:20万人の観客が公共交通機関を使って往来できる立地の夢洲にサーキット場を建設できるというのは、人々がモータースポーツに触れる機会も格段に増えるのですごく大きなチャンスですね。それに大阪は世界でも有数の観光都市なのでインバウンド需要も大きいですし、海外の人々が日本のモータースポーツに触れる機会を作ることのできる大変貴重な場所だと思っています。既存の日本のファンや日本のモータースポーツ産業の質を維持する前提で、海外進出および海外からの観客を誘致するというのは両方にメリットのある話だと思います。
―スーパーフォーミュラはどう価値をつくっていくのか
五十嵐:SF NEXT50の始動当初はスーパーフォーミュラの魅力を発信していくフェーズだったかと思いますが、人気が高まるにつれて、今後はスーパーフォーミュラのさらなる価値を創造していくフェーズに変化していると感じています。
上野:例えばF1ではものすごく多くのメーカーがステークホルダーとして携わっており、意思決定にも時間がかかります。一方でスーパーフォーミュラではエンジン供給がトヨタとホンダ、そしてタイヤ供給はヨコハマタイヤの計3社のみなので意思決定が早く、合意形成がしやすいという強みがあります。その点を活かして新たな取り組みにもどんどんチャレンジできるので、我々がモータースポーツ業界の先兵開拓者として、新たな価値創造の先駆けになれるようなポジションでいたいです。
五十嵐:我々デロイト トーマツが掲げる『Make an impact』、すなわち社会にインパクトを与える活動をするという理念とJRPの掲げるSF NEXT50の活動が非常によく調和し、新たな価値を生み出すことができていると感じます。SF NEXT50で自動車産業の最先端を走っているという意味合いでも、今後も高いシナジー効果を共創できると考えています。
五十嵐:最後にモータースポーツに注目している人たちに何か伝えたいことがありますか。
上野:SF NEXT50の取り組みにより観客が増えたことで、一番変化があったのはドライバー達の意識でした。空席の目立つ観客席よりも、応援に来た人々で埋まる観客席の方が、その目の前を走るドライバー達のモチベーションも上がりますし、やはり良いレースをするんですよね。観客とドライバーの相乗効果を強く感じています。公平なレースをしっかり積み重ねることでさらに数多くの皆様に来場していただけると、とても良い循環が生まれていくと思います。
五十嵐:観客の目があるからこそレースにおける公平性への意識も高まりますし、ガバナンスも効きますよね。
上野:スポーツの世界では、観客は先生によくたとえられます。観客が見てくれているからこそ、選手のショーマンシップやスポーツマンシップ、フェアネスが育つ。SF NEXT50の取り組みの過程でそのことを学びました。もしかしたら、この気づきを得たことこそがSF NEXT50で創り上げた真の価値かもしれません。
対談者
上野禎久
株式会社日本レースプロモーション(JRP)代表取締役社長。1988年に鈴鹿サーキットランド(現ホンダモビリティランド)へ入社し、レース運営、広報、マーケティングなどに従事。2017年にJRPへ出向し、2018年に取締役スーパーフォーミュラ事業本部長に就任。2021年より現職を務め、そして今年、JRPに正式に籍を移し、シリーズ運営のさらなる強化と改革に取り組む。
五十嵐貴裕
合同会社デロイトトーマツ シニアマネジャー
ブティック系コンサルティングファームにて、IPOに向けた中期経営計画策定支援、新規上場申請書類の作成支援等の常駐支援に従事。2017年にデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。BDD、中期経営計画策定支援、新規事業計画策定、PMI等の業務に加えモータースポーツ産業の拡大支援に取り組んでいる。





