企業ブランドは、広告などの社外コミュニケーションだけでなく、日々の社内コミュニケーションの積み重ねによって内側から形成されます。Design & Brand パートナーの白土学が、ブランド価値向上と社内コミュニケーションを結びつける仕組みづくりについて語ります。経営理念やパーパスと矛盾のない言葉が一貫して流通し、意思決定や評価に至るまで反映されているかが鍵です。

社内コミュニケーションで共有する企業のコアバリュー


ーブランディングのプロフェッショナルである白土さんが「社内コミュニケーション」に注目する理由を教えてください。

 

マーケティングにおけるブランドコミュニケーションでは、広告など対外的な表現に目が向きがちです。しかし、ブランドとは企業の中核となる価値観(コアバリュー)が社内に浸透し、従業員の行動に一貫性を与えることで形づくられるものだと考えています。私はそれを、企業の「らしさ」や「アイデンティティ」の確立と捉えています。外に向けた表現はその反映であり、根幹ではありません。コアバリューが明快に言語化され、行動規範として企業活動に組み込まれていれば、結果として企業の無形資産であるブランドとして認識されます。つまり、外から見えるブランドの正体は、社内コミュニケーションを土台にした積み重ねの成果です。


ー企業の「らしさ」はどのように定義し、明確化すればよいのでしょうか。


多くの企業が経営理念を掲げ、近年はパーパス経営も普及しています。私は「会社が何を価値として社会に存在させてもらっているか」が企業の存在価値だと考えます。事業形態や収益源は時代とともに変わることがあっても、創業以来の理念や大切にしてきた価値観には一貫性があるはずです。

もちろん、スローガンを決めてオフィスの壁に貼るだけでは不十分です。創業者や経営者の想いを丁寧に汲み、従業員の意見が反映されて共感を得て、現場の大小の意思決定に反映され、企業活動全体に波及する——この循環が欠かせません。営業、開発、人事、マネジメントなど、どの部署・立場でも同じ価値観を前提にコミュニケーションし、行動することができれば、顧客、取引先、株主、採用候補者など、あらゆるステークホルダーに一貫したメッセージが届きます。それが「その会社らしさ」というブランド認識になります。


見逃されがちな評価と意思決定の変革


ー理念やパーパスと矛盾しない一貫した社内コミュニケーションを実現するためには、どのような仕組みや工夫が有効でしょうか。多角化した大企業などでは、全員で共有することが難しくありませんか。


サッカーチームを例にしましょう。フィールドに立つ選手もいれば、経理やスポンサー営業、チケット・グッズ販売などのスタッフもいます。異なる役割の多様な人々が所属する中で、定期的に全員が集まり「私たちらしい言葉は何か」「らしくない言葉は何か」を挙げていくワークを継続していると、選手にもスタッフにも共通するチームのアイデンティティが抽出されます。

多くの企業が誤解しがちなのは、社内コミュニケーションの課題を「伝え方の問題」とだけ捉えてしまうことです。変化の本質は評価と意思決定にあります。例えば、あるエンターテインメント企業は「面白さ」を最優先する文化を持ち、現場の会議で「それは面白いのか?」を判断基準として徹底的に議論しています。また、大手電子メーカーでは「付加価値の創造」を理念に据え、営業や開発などあらゆる部門で付加価値への貢献が評価指標となり報酬に反映されているわけです。

理念やパーパスを丁寧に周知しても、短期間で組織が劇的に変わるわけではありません。もし人事評価において「最終的には数字を出した人が一番評価される」というメッセージを発してしまえば、従業員はその基準に合わせて行動します。だからこそ、「この会社ではどんな判断や行動が良い仕事と評価されるのか」を明文化し、報酬・昇格など具体的な経営システムに反映することが大切なのです。そこまで徹底して初めて、社内コミュニケーションは「伝えるもの」から「自然に揃っていくもの」へと変わります。 加えて、構造面への取り組みが伴わなければ、社内コミュニケーションの本質的な変化は生まれにくい——この点は見落とされがちです。


社内コミュニケーションが向上させるブランド価値


ー社内コミュニケーションがうまく機能している企業では、どのようにブランド価値向上を実現しているのでしょうか。


良い事例の企業では、社内で使われている言葉と社外に発信されているメッセージが一致しています。企業の価値観に沿った判断が繰り返され、その判断が評価され、行動が組織全体で再生産されていく——言葉から行動、そして結果へとつながる循環が成立しています。こうして企業の振る舞いに一貫性が生まれ、顧客や社会からの信頼獲得に直結します。 企業広告やブランドメッセージが機能している会社ほど、広告で「新しい」ことは言っていません。社内で流通している言葉を社外向けにわかりやすく翻訳しているだけです。つまり、ブランド価値は広告で作るものではなく、社内コミュニケーションによって整えられた判断と行動が可視化された結果だといえます。この構造を理解している企業は、ブランドを「盛るもの」ではなく「滲み出るもの」として扱っています。


ー従業員にとっても働きがいのある会社になりそうです。


従業員の働き方やモチベーションは変わっていきます。経営理念をチームのビジョンや個人の目標まで落とし込むのも社内コミュニケーションの重要な役割です。企業の戦略や目標に紐づいて部門・チームの活動計画が整理され、個々の従業員は自分が組織にどう貢献するかを具体的に理解できます。 その結果、従業員は自分の業務が企業の成長に結びつくという納得感と安心感を持ち、業務のパフォーマンスが向上します。従業員満足度(ES)の高まりを受けて、結果として顧客満足度(CS)が向上し、企業の業績が改善。株主や社会から高い評価を得て企業価値が上がることで報酬にも反映され、さらにESが向上する——この好循環が生まれ、結果として企業ブランドの価値も上がります。


変革の時代に日本企業が取り組むべきブランド価値向上


ー日本企業が、社内コミュニケーションの変革に取り組む重要性についてはいかがでしょうか。


現在の日本企業にとって、今すぐ取り組むべき課題だと考えます。日本企業、外資系企業の双方を支援してきた経験から、日本企業は経営理念・パーパスと現場の企業活動の間にギャップを抱えるケースが相対的に多いと感じています。過去に「良いものを作れば売れる」というプロダクトアウトの発想で大きく成功した経験があり、理念の明確化や内側の整合性への投資が後回しになった背景があるためです。しかし経営環境は大きく変わりました。電機、半導体、自動車など、かつて日本企業が強かった領域で海外勢が存在感を増し、日本の国際競争力は相対的に低下しています。 過去の成功体験に固執せずに大胆な方針転換(ピボット)を行うには勇気が要りますが、企業価値を未来につなぎ、持続的に成長するためには、今こそ実践が必要です。変化に迅速に対応できる企業は、明快な判断軸とチャレンジ精神を備え、社内コミュニケーションも活発になります。


現場のリーダーに求められる役割


ー現場のリーダーの皆さんが、社内コミュニケーションの観点から取り組むべきこと、または心掛けてほしいことは何でしょうか。


現場はいつも選択の連続です。限られた時間やリソースの中でもチームの軸をぶれさせないために、現場リーダーの皆さんが意識しておきたいのは、自分の発言や判断が、チームにとっての「この会社では何が最も大事か」を自然と示している、という点です。理念やパーパスをどれだけ正確に説明できても、日々の意思決定や評価の場面でそれと異なる基準を適用してしまえば、メンバーはそちらを本音のメッセージとして受け取ります。 特に重要なのは、うまくいかなかったときや迷いが生じたときに、どのような言葉で説明するかです。「今回は仕方ない」「数字的に厳しかったから」で済ませず、「本来大事にしたかったのは何だったのか」「判断軸として何を優先したのか」を言語化すること。完璧である必要はありません。迷いを言葉にして共有する姿勢そのものが、チームの信頼と学習につながります。 現場リーダーは、判断軸を日常会話の中で流通させる存在です。その積み重ねがチームの行動を変え、ひいては企業ブランドを内側から支える力になります。今日からできる一歩は、次の定例で「今回の判断は何に照らして良しとするのか」をひと言添えることかもしれません。それだけで、会話は価値観に寄っていきます。 もし、判断軸の言語化や評価への落とし込みに迷いがあれば、遠慮なくご相談ください。現場の状況に合わせて、対話設計から評価運用まで伴走します。ブランドは内側から育ちます。あなたの一歩が、必ず会社の「らしさ」を強くします。

 

白土 学/Manabu Shirato
合同会社デロイト トーマツ パートナー
大手広告代理店、外資系広告代理店、メディア企業にて約15年にわたりブランドマネジメント、メディアプロデュース、新規事業開発等に従事した後、ブランディングソリューション企業を創業、クライアントと自社の事業成長を牽引。大手自動車企業、グローバルテクノロジー企業、スポーツブランド、リテール、EC等、各種大手企業のブランドコミュニケーションを支援した経験を有する。

 

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