インドのテック企業を語る――日本企業・投資家がチャンスをつかむには(前編)
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレート ファイナンシャルアドバイザリー
西本 雅代
中国を抜いて世界最大の人口に達し、世界で3番目に多くのユニコーンを輩出しているなど、近年のインドの成長には著しいものがあります。同国のスタートアップエコシステムに対して日本企業や投資家も高い関心を寄せており、昨年日本国内で開催されたスタートアップイベントのインド関連セッションには、コロナ禍前に開催された同様イベントと比べて非常に多くの日本人が参加しました。
次なる経済のホットスポットと呼び声高いインドで成長するスタートアップはどのようにして成功を収めてきたのでしょうか。世界の企業・投資家が熱視線を注ぐインドのスタートアップの現状、成功の裏側にあるインドの特殊事情、バンガロールに本社を置くベンチャーキャピタルChiratae Ventures(チラテ ベンチャーズ)に話を伺いました。
目次
Mr. Sudhir Sethi
Chiratae Ventures
創業者兼会長
工学修士・FMS Delhi MBA。ディープテック、アグリテック、デジタルコンシューマー、SAAS、フィンテック、ヘルスケア部門にわたる投資に関するアドバイスを提供。2001年にレッドヘリングに国内の先導的なベンチャーキャピタリストの1人に、データクエストにトップテンITプロフェッショナルの1人に、2011年にはブルームバーグUTVに「ビジョナリー・ベンチャーキャピタリスト」に選出される。
Mr. Anoop N Menon
Chiratae Ventures
投資プリンシパル
グローバルコンサルティングファームでの豊富な経験を経てチラテに参画。コンシューマーテック部門を率い、APAC地域の投資家および戦略的パートナーネットワークの構築に注力。マネジメントコンサルティングやファミリーオフィスVCでの18年にわたるキャリアを通じて、アーリーステージのスタートアップポートフォリオの管理責任者や、メディアテックスタートアップのCEOなど、多岐にわたる経験を有する。
大平 貴久(インタビュアー)
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
マネージングディレクター
独立系ITコンサルティングファーム、国内雑誌出版社(Webプロデューサー)を経て2015年にデロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社入社。ベンチャー企業支援と大企業向け新規事業開発コンサルティングを提供。MorningPitchや官公庁案件の統括を行う。Head of Asia Regionを務め、東南アジア、インドのベンチャー企業支援と日本のベンチャー企業のアジア進出支援を行う。インド駐在。
新興のスタートアップ拠点から世界で最高のスタートアップ拠点の1つに
大平
グローバル投資家がインドのテック系スタートアップに注目している理由を教えてください。
Sudhir
理由はいくつかあります。第一に、政治経済が非常に安定し、民主主義が発展していることが挙げられるでしょう。GDPは年率約7%で成長しており、さらにはインドの人口の65%は35歳未満と、今後も成長が見込まれる点が大きいと思われます。インドは現在世界第5位の経済大国となり、今後5~7年で世界第3位になることが見込まれています。
また、国際市場・国内市場を含め、輸出拠点として発展していることも特徴です。多くのグローバル企業がグローバル向け市場だけでなく、インド市場向けにも製造分野のソフトウェアサービスを手がけています。
規制の多い他国と比較すると、インド経済はとてもオープンです。グローバル投資家はインドに訪れれば自由に活動できます。
これらを背景に、インドは巨大なテクノロジー拠点になりました。インドでは、現在600万~800万人がテクノロジー産業に直接携わっているといわれており、場合によっては1,000万人を超えている可能性もあります。
そうして、過去13年間にわたり数多くの若い起業家を輩出し、100社以上のユニコーンが誕生しています。Chiratae Venturesのポートフォリオにも、ユニコーンは8社あり、いずれもグローバル展開しています。
私たち自身も、「インド全土および世界中でユニークな企業を成長させる」というビジョンを持つ起業家です。スタートアップ産業そのものが収益化すれば、その収益はテクノロジー分野だけで400億ドルを超えるとみられます。
数年前までは、「インドは新興のスタートアップ拠点」と表現していましたが、今では「世界で最高の拠点の1つ」といっても過言ではないでしょう。新しい技術や新製品、新たな収益モデルやビジネスモデル、新規市場などの点で、アメリカに次ぐ市場へと成長しています。
最後に、インドで長年活動してきたプロフェッショナルなグローバルファンドマネージャーの存在も大きいでしょう。私たちのようなファンドマネージャーは複数のファンドを保有し、13年以上にわたって結果を出し続けています。
これらを背景に、世界の投資家は直接投資家として、あるいはChiratae Venturesのようなファンドの投資家やPE(プライベートエクイティ)投資家などとしてインドを訪れているのです。
大平
日本と比較して、インドのスタートアップエコシステムはとても勢いがあるように見えます。
Sudhir
我々が資金を提供しているテクノロジー起業家の平均年齢は27歳ととても若いです。
投資してきた企業には世界最大の眼鏡会社、ベビーケアのグローバル企業、ロボット工学の、ロボット義肢のなどがあります。そのほか、化学染料をバクテリアから抽出した色に置き換えるという世界的にも珍しい取り組みをしている企業もあります。
より多くのインド人に届けられるソリューションの開発が成長とハイリターンにつながる
大平
インドのスタートアップ分野全体における最新のトレンドを教えてください。
Sudhir
私たちの身の回りにある課題は、テクノロジーで解決できるでしょう。わかりやすい例に保険や医療の分野があります。
インドでは、多くの人が医療保険に未加入です。それらの人々に医療保険を届けるためには、テクノロジーとデータマイニングによって設計された非常に効率的な保険商品が必要です。
また、インドでは多くの人が十分な医療を受けられない現状があります。
これを解決するために、多くの一般開業医はシンプルなアプリで簡単なサポートをしています。これを収益化した企業は、デジタルヘルスケア全体を収益化する興味深い方法を発見しました。
その他のトレンドとしては、フィンテックもあります。インド国内のクレジットカード数は7,000万~8,000万枚程度である一方で、インド独自の電子決済システムは4億人が利用しており、商取引や医療、金融サービス、農業技術などで活用されています。
大平
インドのテック系起業家が急成長できる理由は何でしょうか。
Sudhir
インドのテック系起業家はインドに腰を据えて、非常に大きな国内市場で必要とされるソリューションを開発しています。そしてインド市場では、西側の市場よりもはるかに低い価格を設定しなければならないという特徴があります。
例えば眼鏡。私はこの眼鏡を25ドルで購入しました。この価格帯の場合、インドでは2,500万~3,000万人が購入できるでしょう。1億人に提供したい場合、25ドルの眼鏡は20ドル、あるいは15ドルなど、より低い価格を設定する必要があります。
さらに次の層の1億人に提供するためには、4ドルを下回らなければなりません。多くの海外企業はこの企業と同レベルのコストと品質で眼鏡を提供する方法を知らないでしょう。
これはほかの製品でも同様です。インド市場向けにインドの起業家が高品質・低コストな製品を作ると、海外ではより高い価格で販売できます。ちなみに、インドで5ドルの商品がそのほかの国では10ドルの価格に設定されたとしても、まだ安い価格となります。
インドのテック系起業家は、インドの大衆が抱える課題解決に寄与する製品を生み出し、それをグローバル展開することで大きく成長できるのです。
昨今では、ベンチャーキャピタルを利用していることも理由として挙げられるでしょう。これは10年以上前にはとても珍しいことでした。しかし近年、インドの投資家だけでなくグローバル投資家もベンチャーキャピタルを通してインドの起業家への投資を行っています。
テック系起業家は、投資家の期待に応えるインドの大衆向けの製品を作るには新たな技術を開発する必要があることを理解しています。新しい技術でこれまでにない製品を作り、新たな収益とビジネスモデルを構築して、新規市場を開拓しなければならないのです。こうして、ようやくインド独自の電子決済システムを利用する4億人をターゲットとする市場に手が届くのです。
インド起業家のロールモデルとなる成功例はすでに数多くあります。例えばある電気通信事業者は時価総額1,000億ドルを超えています。インドのウォルマートを見ても、500億ドルから600億ドルあるでしょう。
ユニークなソリューションでインドから世界を変えていく
大平
今後5年間で、インドはどのようになっていくと思われますか。
Sudhir
これからの5年間で、インドはさらに飛躍を遂げるでしょう。しかし、それにはインドの起業家の原動力となる資本が必要です。過去の5年間で、インドのベンチャーキャピタルとPEは約3,000億ドル相当の資本を吸収しました。
当社では、毎年3,000~3,500人の起業家を見ています。これは業界全体の15~20%程度のシェアでしょうか。
インド全体では、年間2万5,000人というおそらく世界最大級の規模で起業家を輩出しています。2030年までには、その数を6万5,000人から7万5,000人程度に伸ばすとみられています。なぜか、その理由は単純です。巨大な国内市場、潤沢な資金、そして成功している多くのロールモデルの存在が新たな起業家の誕生を後押ししているからです。
インドのテック系スタートアップが成功している背景には、その製品やサービスのユニークさがあると考えています。ジェネレーティブAIの企業や、眼鏡製造販売企業など、ユニークな製品・サービスを提供する多くの企業が成功を収めました。
そしてこれらの企業は、規模の拡大に伴って国外に進出し、国外企業を買収するケースも少なくありません。国外企業の買収は、インドにマーケットを広げるにも良い方法です。日本とインドでいえば、自動車関連での結び付きが強くなっています。
「インドのためにインドに会社を設立する」という常識が崩れ去り、「インドと世界のためにインドに会社を設立する」というパラダイムシフトが起きています。これによって企業規模も拡大し、インドからグローバルに展開する企業も多くなりました。当社のポートフォリオを見ても、30億の収益のうち、約10億が国際的な収益によるものであることがわかります。
つまり、ベンチャーキャピタルからの投資を受けた社会的インパクトの大きいディープテック分野のスタートアップが、インド市場で拡大した後にグローバル化するというものが現在の潮流といえるでしょう。前述した世界にも珍しい特徴的なソリューションを提供する企業がインドにあることが、世界の投資家や起業家に認知されることでさらに拡大していく流れが起きると考えられます。
多くの起業家が国外に出て、より多くのグローバル投資家を招き入れることで、今後5年間のスタートアップはより大きく、素早く、さらなる成功を収めるようになるはずです。
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